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ほのさんのバラ色在宅生活


低酸素脳症、人工呼吸器をつけた娘とのナナコロビヤオキ的泣き笑いのバラ色在宅ライフ
by honohono1017
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大切にしなければならない、「ネットワーク」の意味。

6月最後の日、
とある講座に行ってきました。

NPO法人埼玉よりどころネット主催、

「重症障害の人を支えるネットワークの力」

と題われた、障害福祉の先進事例を学ぶ連続講座のひとつ。




講師は、李国本修慈さん。

以前、このブログにも書きましたが、
伊丹市で、有限会社しぇあーどと、NPO法人地域生活を考えよーかいの二つで、
制度を利用したサービスと、制度ではまかなえないところのサービスを組み合わせて、
地域での生活を24時間、隙間なく支えていらっしゃる、
とてもすごいお方です。

(今年の春に西宮で開かれた「ラーの会」の主催者のお一人でもあります)

ほのさん&かあさんと、李国本さんとの出会いは、
かれこれ3年くらい前。

重症児のレスパイトケア施設をやられている先生に、
伊丹にもすごいところがあるよ、と教えていただいたのがきっかけ。

それ以来、一方的にホームページをのぞいては、
制度のことなどについての情報などを読んでは、
へー、そうなんだ……とか、
いろんな取り組みや催しについてのお知らせなんかを見ては、
すごいな、楽しそうだな……とか、
(ストーカーのように)いつも注視しておりました。

その後、SNSなどを通じて、
直接、やりとりをさせていただくようになって、
関西と関東ではありながら、
我が家はいつも、助けられてきました。

ほのさんとおうちで暮らすようになったこの4年、
いろんな壁にぶちあたるたびに、
いろんなことを考えてきたけれど、
その中の一つ、
「支援ってなんだろう」という、とっても難しい命題について、
李国本さんは、すごく大切な、根本的なところを、
まさに体現していらっしゃるなあ、と尊敬しています。



ほのさんは、世間的には「超重症児」なんて呼ばれる子です。

そもそも、「超重症児」という呼び名は何なのか、ということですが、
その定義は、本人の心身の機能の状態が基準になっているわけではなくて、
どれだけの「医療的介護」が必要か、ということで、
つまり、気管切開をしているか、人工呼吸器をつけているか、経管栄養をしているか、など、
いろんな「お世話」の必要の度合いをスコアであらわして、
何点以上が、「超重症児」です、
というようなことなわけです。

つまり、

「ほのさんは、超重症児です」

といったところで、
いろんな「お世話」が必要なんだ、
というような、「お世話する側」を中心とした情報がわかるだけであって、

それじゃあ、ほのさんが「どんな子なのか」ということは、
全く表していないわけです。


たとえば、同じ「超重症児」とよばれる子どもで、
人工呼吸器をつけているとして、

ほのさんのように、
特に病気は抱えていないのだけれど、
生まれたときの脳へのダメージによって、呼吸がうまくできずに、
人工呼吸器に助けてもらっている子どももいれば、

抱えている病気が原因で、呼吸に問題があって、
人工呼吸器に助けてもらっている子どももいます。

だから、実際に、「超重症児スコア」によって、
全く同じスコアであったとしても、
実際にその子のお世話をするに当たっては、
それぞれの状態はさまざまだし、
同じ機械を使っていたとしても、
気をつけなければならないところ、
注意しなくてはいけないところはそれぞれ違い、

また、当たり前のことだけれど、
それぞれの子どもの性格や好き嫌いなんかもあって、
そんな子どもたちを支援していくということは、
すごく難しいことだろうと思います。



話がそれましたが、
そんな、「超重症児」なんて呼ばれてしまう子どもたちが、
いまある制度から「漏れ」てしまうことは言うまでもありませんが、
そんな子どもたちの地域生活を実際に支えている様子を、
あらためて李国本さんご本人からうかがうと、

かあさんは、ほのさんと生活をしているだけに、
その苦労やら何やらがリアルに想像できる分だけ、
本当にスゴイなあ……とため息が出てしまいます。

いえ、ため息をついている場合ではなく、
そこで考えなければならないことは、
この「漏れ」をなくすということなわけです。

「ネットワーク」などと言いますが、
その、ネットだけに、「網」で掬い上げるとか、覆い包むとか、
そういうことでいいのだろうか、
と、李国本さんはおっしゃっていました。

本当に大切にしなければならない「ネットワーク」の意味……。

(ですから、講座のタイトル「重症障害の人を支えるネットワークの力」というのは、
李国本さんのお話の中で、本当に考えなければならないことの、
アンチテーゼのようにかあさんは感じてしまいましたが……)



例えば、ほのさんが何かをしようとして、
その際に何らかの手助けが必要だとします。

そんな時は、まず、どんな制度があって
どれがそれに当てはまるかを調べます。

そして、問い合わせてみると、
「あてはまらない」と、なるとします。

実際に、よくあることです。

そんな状況にある選択肢は2つ

①残念だが、諦める

②そんなのおかしい、と怒る



我が家においては、①を選ぶことはまずないのですが、
②を選択したときに落ち入りやすいことがあります。

なぜ、その制度が使えないのか、

というところに主眼をおいてしまいがちだ、ということです。


大切なのは、「制度」そのものではなく、
(もちろん、「制度」そのものから漏れる人がいないようにすることも大切ですが)
その制度を使ってやりたいことの方、
つまり、本人の生活や活動そのものの方に意味があるということです。

実際に、ほのさんが「日中一時支援」に通い始める時に、
その「足」が、現行の制度からは漏れていて困りました。

どうして制度が使えないのかとか、
どうしたら使えるのかとか、
そういうことを考えていてもラチはあかず、
そこにはまると、

「ほのさんが通う」ということの意味をすっかり忘れてしまったりするのです。
母親である、かあさんさえも……。


なんで制度が使えないの?

という議論と、

なんで通えないの?

という議論とでは、
根本的なところが違うということに気付かされたのです。


障害があるから、「超重症児」だから、という理由で、
生活がままならなかったり、
通園、通学ができないとか、
贅沢をしようということではなく、基本的な活動ができないということは、
制度云々のことではないからです。

そうやって考えていけば、
「超重症児」だから制度から漏れる、などということではなくて、

ほのさんが通うにはどうしたらいいのか、
〇〇ちゃんが修学旅行に行くにはどうしたらいいのか、

と、それぞれの子どもの場合で、
それぞれに必要なことを考えていくことができ、
そこには「漏れ」は起こり得ないというわけです。

それが、既存の漏れる「ネットワーク」ではない、
染み渡る「つながり」なのかなあ、と。


そして、そう考えることは、
障害の有無にかかわらず、
その「いのち」そのものを大切にし、
その「いのち」が地域で育まれていくこと、
また、本人の意思や希望を大切にすることにつながるのだろうと。



かあさんは、そんな大切なことを、
遠く関西の地から教えていただいて、
これもまた、我が家にとってはとても大切な支援となっているわけです。



そんなわけで、また色々と考えさせられる機会となりました。
感謝です。



そんな、李国本さんのNPO法人「地域生活を考えよーかい」主催、


「誰もが暮らせる地域づくりフォーラム2012」

今、取り戻す「存在の価値」
誰にも在る「命のこと」について考えましょう

が開催されます。

詳しくはこちら

いのちに、あたかも優劣があるかのような出来事が多くある中で、
「存在することの価値」について、
かあさんも、お話させていただきます。




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by honohono1017 | 2012-07-03 12:52 | News/Report
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