ほのさんのバラ色在宅生活


低酸素脳症、人工呼吸器をつけた娘とのナナコロビヤオキ的泣き笑いのバラ色在宅ライフ
by honohono1017
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今ごろご挨拶…

母さんがほのさんとのバラ色在宅生活のブログを初めて10日以上がたちます。
そこで今日は、とっても今さらながら、「ほのバラ」に遊びに来てくださった皆さんにご挨拶を…。

なぜこんな中途半端な時にご挨拶することになってしまったかというと…
 
  ① 「継続は力ナリ」という言葉が大嫌いな母さん。ブログやるっていっても果たして続くのか…
  ② どんなブログなのか説明したいが、自分でもやってみないことには、はっきりしなかった
  ③ やるからには、ちゃんと楽しくやっていきたい

とまあ、自分のなかでモヤモヤと…。ほのさんと「今日何書く~?」と相談しながら今日までやってきました。そこではっきりしたこと、すごくたくさんあって自分でもびっくりしています。

まず1番に、
ほのさんは病気ではないということ!
自分で呼吸できない、目は開かない、動けない、ミルクを口から飲めない、ないないずくしだけれど、それがほのさんというヒトである。よって、このブログは「闘病生活」ではない。

フツウの子育てとは違って、お世話の仕方が特殊です。でも、それはそれ。特殊なお世話の必要ないわゆる「超重症児」でもこんなに楽しく在宅生活が送れるという事をたくさんの人に知ってもらいたい。知ってもらえたら、母さんの言ってることが「あれひょっとしてそれはフツウの子育ての悩み…」って、世のお母さんたちが共感してくれることもいっぱいあると思う。そして、はたまた、「いのち」のスバラシサなんかに少しばかり思いを馳せてくれる瞬間があるんじゃないかと思う。

色んな病気や障害をかかえたこどもたちを抱えながら頑張っているご両親、医療・介護に携わっている方はもちろん、そういう方たちに限定することなく、ほのさんの生活を書くことでたくさんの人たちが楽しめるブログになればと思う。

2番目。
「書く」ということのスバラシサ。これまで母さん、自分で日記やほのさんの状態などを自分でつけてきたが、それは「読む人」を想定していないため、あまりに主観的。しかし、ブログにして皆さんが読んでくださることを思うと、ほのかの状態もわかりやすく客観的にみれるし、母さん自身の気持ちも整理できる。だからとても皆さんに助けられています。

さいご。
これはほのさんの「在宅生活」であり、母さんの「在宅生活」でもある。文字通り「宅」に「在る」。大半の時間をお家の中で過ごしているわけで、だからなんとか少しでも快適で豊かな時間をこの部屋で送れるようにしたいというのが二人の切なる願い。「ほのバラ」を訪れてくれた皆さんからも色んなご意見やつっこみなどいただけたら、またそこから世界が広がります。

なので、ぜひぜひ遊びに来てくださったときは、どなたでも自由にコメントに足跡を残していってください。


そして、このあと、ほのさんと我が家のこれまでの歴史について簡単におはなしシマス。

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2007年10月17日
16:00  母さんいよいよ分娩台へ。先生が見ると羊水が血で濁っている。突然回りが慌しくなり何が起きたかわからない。NICUの医師などがスタンバッっているらしい。(母さんは陣痛でモウロウ)

16:28  先生が母さんのお腹の上に馬乗りになってお腹を押し、一気にほのさん誕生。泣き声をあげずに、その顔を見ることもなく、NICUへ運ばれる。

「新生児科の先生たちが今、がんばっているからね…」

18:00  父さんが分娩室に呼ばれ、説明を受ける。
「胎盤早期剥離」を疑ったが、胎盤を見る限り、そうではない。おそらく、途中で臍帯が切れてしまったものと思われるが、今後検査が必要。」

「ほのかは生きているんですか?」

「大丈夫です…」

20:00  ほのさんとやっとご対面できることに…。NICUに呼ばれるが、通されたのは医師やスタッフが何人も集まっている部屋。
「10分間の心肺停止の後、蘇生。すぐに挿管して、今は薬で眠らせてある。今後、命が助かる確率は五分五分、助かったとしてもかなり重症な障害が残る…」

「とにかく、会わせて下さい…」

保育器の中で、たくさんの医療器具がつけられ、へそのをから点滴が入っている。これが我が子?

「ほのか!ほのか!」手を握ってあげる。

2007年10月20日
命の危機からは脱しましたと説明。50%の確立を勝ち取った我が子、きっと障害などのこるはずがない…

2007年10月末日
眠らせる薬を中止したのに、ほのかは何日たっても目を覚まさない…

2007年11月7日
すべての検査結果が出そろい、説明を受ける
「脳は殆どダメになっており、萎縮もはじまっている。目は光も感じていないし、聴覚も反応ナシ。今後目覚めることはない…」

担当看護師さんより希望を聞かれる
「とにかく家に連れて帰りたい…」

その後NICUにて肺炎、感染症など繰り返しながら、ほのさんは徐々に成長。母乳も飲んでくれるようになる。あまりに突然の事態に取り乱し、困惑し…。母さんはこのあと「うつ」と診断され、抗うつ剤を服用しながら ほのさん退院までカウンセリングに通う。しかしほのさんの「生きたい」という強い意思を徐々に感じるように なっていく。

2007年12月
担当医師より、気管切開のオペをすれば、呼吸器をつけたまま、自宅に帰ることもできるかもしれないという話がある。短い一生をこのNICUで過ごすことになると思っていたので、一筋の光が見える。

2008年2月20日
身体障害者手帳取得(肢体不自由1級)
医療相談員さんと在宅医探しなど始める
   
2008年3月14日
気管切開オペ。成功。
在宅生活を視野に入れて、父さん母さん、医療的ケアの手技の特訓を開始する。

2008年4月17日  ほのさん6ヶ月のお誕生日
一般小児科病棟に転科。半年を過ごしたNICUと涙の別れ。
母さん、ほのさんの在宅生活が安全で楽しいものとなるためには、これから始まる小児科での生活がとても重要だと考える。できるだけ看護師に頼らず、できる処置は自分で行い、少しでもほのさんの体のことを知ろうと、決意。

NICU担当看護師さんから転科に際し頂いたことば
「帆花ちゃんは生まれたときから幸せそうでした。苦しそうな時でも。生きることを拒否せず、生きることを心から喜んでいる。そんな明るいオーラを感じます。」

2008年5月~6月
呼吸器を搭載できる専用バギーのオーダー、あらゆる医療器具の手配・購入など退院準備を開始。そして、在宅を支えてくれる往診ドクター、訪問看護、ヘルパー探し。小児でしかも呼吸器つきということで非常に難しい。
2008年7月
院内母子同室(個室にてお泊り訓練)や、バギーへの移動、n院内・院外散歩、車に乗せる練習などをつむ。
自宅の段差改修工事実施

2008年7月23日
退院。ほのさん、9ヶ月と6日目、初めてお家へ帰る。

退院後は大きく体調を崩すこともなく、非常に安定。公園へお散歩やお買い物など、お出かけへも行くようになる。

2008年10月17日
めでたく自宅で1歳のお誕生日を迎える

2008年12月7日
夕方、突然の急性呼吸不全にて死にかけ、救急搬送。
重篤な肺炎、感染などはなく、1週間の入院で退院。

現在に至る。


振り返ってあらためて、ほのかといういのちをとりあげてくれた先生、そのいのちを救ってくれたNICUの先生やスタッフの皆さん、退院の準備をすすめてくれた小児科の先生、スタッフの方々、あらゆる退院準備の手配をしてくださった医療相談員さん、心療内科・カウンセリングの先生、そして、そこでできた大切なお友だち、その他本当にたくさんのみなさんに心からの感謝。母さん久しぶりにちょっと涙…。

そして現在、在宅生活を支えてくださっている先生、訪問看護師さん、ヘルパーさん、保健師さん、役所支援課の方、マッサージの先生、まだまだ書ききれませんが、ほのさんが1日450ccのミルクしか飲まないのにここまでスクスクと成長しているのは、みなさんの愛情のおかげです。

1日の終わりに、今日もほのさん無事に楽しく過ごすことができた…と○印を付けるとともに、いつも心からの感謝の気持ちを持って…



ホントウに山あり谷あり、ほのさんと母さんのデコボココンビの珍道中…。
これからも1日1日を大切にキヨク、タダシク、タクマシク。

どうぞ 「ほのさんのバラ色在宅生活」を末永く、可愛がってください016.gif
  
    
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by honohono1017 | 2009-04-07 11:45
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