ほのさんのバラ色在宅生活


低酸素脳症、人工呼吸器をつけた娘とのナナコロビヤオキ的泣き笑いのバラ色在宅ライフ
by honohono1017
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ほのさんの夏休み 鼻チュー&初乗車の巻。

先日、9月11日、
ほのさんにもやっと遅い夏休みがやってきたとです。

久々の、家族のおでかけ。

バギーが少々(てか、かなーり)ちっさくなって窮屈なのがなんですが、
楽しく出発いたしました。

高速に乗って、1時間弱、
つきましたー。

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まだ残暑が厳しい頃でしたが、
時折吹く風は、秋の気配を感じて、
外にいても、なかなか爽やか。


まっちろいほのさん、
すこし、ひのひかりに、あたりなさーい。


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でもかあさん、おみせやさん、みたいー。


そうねー、じゃあちょっと
ほてるのなかを、たんけんしよっかー。

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ひろいねー。

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しんでれらじょーかなー。

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ふむふむ……

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いたいた、みっきー。
こんにちは。

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かあさん、きまったー。
これがほしー。

じゃあ、とーさんにかってもらおうねー。

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かあさん、はやくつけてみて!

はいはい、ちょっとまってね。

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かくれみっきーが、いるのよー。
わかるー。
むふー。



そんなこんなで、本日のメインイベントー。

「シェフミッキー」でお食事。

ミッキーや、いろんなキャラクターたちが、
食事をしているテーブルを次々に回って来てくれて、
写真撮ったり、戯れたりできるのが、
まあ、このレストランのウリなわけです。

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ところがですよー。

このほのさんのお顔を見たらわかるように、
さぞ喜ぶだろうと思いきや、
キャラクターたちが思ったよりもデカいのと、騒がしいので、
顔はこわばっちゃって。

しかも、

なんであたしたち
おしょくじしてるのに、
つぎからつぎに くるのー。

とか言って、なんでなんでー。
って、ちょっと不服な感じで。

いやいや、だから、そういうれすとらんだって
かあさん、いったじゃない。

とは言うものの、

バイキング形式のレストランなんだけど、
料理を取りに行くにも、
キャラクターたちが次々に来るもんで、
ほのさんが若干引き気味だからと言って、
キャラクターたちを邪険に扱うわけにもいかず、

やれミニーだ、
ほら次はドナルドだ……
とやっていたら、
あれ、わしらいつ食べるんだろ、と。

それじゃあとうさんと順番に料理をとってこよう!ってなって、
メイン料理のある一角をサーッと見てサーッと取って、
テーブルに戻って、ほのさんの吸引して、
ミルク作って、注入して……
って、なにコレ、
なんでこんなに慌ただしいのー、ってなってたら、
ついに来たよ、
この店のシェフがー。

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ほかのキャラクターたちと違って、
さすがミッキー。

なんかすごーく優しくて、
ほのさんの頭をゆっくり撫でてくれて、
しまいには、ミッキー伝統芸(?)
鼻チューしてくれた。

ほのさんも、ちょっとびっくりしてたみたいだけど、

みっきーは、みんなとなんかちょっと ちがうー
やさしー。

って。

我が家はそんなにディズニーファンじゃないけど、
ミッキーの優しさ、振る舞いには、
ちょっぴり感動して、
さすが人気なだけあるねー、と納得。



これまで長時間のお出かけの時は、
注入用のポンプ(時間当たりに落とす量を設定すると自動で注入してくれます)も持って使ってたけど、
荷物も多くなるし、バギーに設置するのも面倒だからと、
今回はちまちまとシリンジにミルクを入れては
手動で注入する……という方法をとったがために、

注入→吸引→キャラクター

という図式にどはまりしたかあさん。

とうさんは、ほのさんがキャラクターたちにおびえる様子を見ながら、
おそらく、ほのさん以上に楽しみ、満面の笑みで

「ポンプ持ってこない方がラクでいいね~」
と言い放ちまして。

かあさんは多少、ピキッときましたのは、
言うまでもありませぬが。。


なんかもう、何を食べたかもよーわからんし、
かわいい店内や、全部の料理をみることもないまま、
制限時間の90分が経つ前に、
ほのさんがビミョーにサチュレーションを下げ始めまして。

一応、予約するときに、
「ストレッチャー用」の席を予約して、
入店した際にはスタッフの方々が、
椅子やテーブルを希望通りにセッティングしてくれて、
丁寧に対応してもらいましたが、
残念なことに、店内には車いす用トイレがなく、
十二分にこの店のウリを満喫したような、してないようなで、
あはあは、と言いながら店を後にし、
アンバサダーホテルの車いす用トイレにまっしぐら。

おしっこをして吸引をして、一通りケアが済んでも、
サチュレーションが安定せず。

聴診すると、結構肺に雑音があって。

何度か一生懸命排痰しても、
狭いバギー上ではラチがあかず。


アンバサダーホテルに聞くと、
ホテル内には医務室がないということなので、
隣接するイクスピアリというショッピングモールの医務室を目指す。

インフォメーションで事情を話すと、
ただいまご案内します、
といわれたっきり、なかなかどうして待たされて、
その間に、ほのさんは涙を流し始めるしー。

しばらくすると別のスタッフの方が迎えに来てくれて、
先ほどから店舗の店員さんたちが出入りしていたドアを案内され、
そこからイクスピアリのバックヤードの奥の奥まで、
迷路のように進み、
やっとのことでたどり着いた医務室。


ほのさんをベッドにおろして、
心置きなく排痰。

ところがなかなかしつこい痰で、
アンビューしてもなかなか取れず。


用が済むまでずっと医務室で待機してくれてたスタッフのお姉さんも、
この子、だいじょうぶかしら、と思ったかもしれませんが、
ええ、ええ、これはほのさんにとって日常茶飯事。

とはいえ、場所が違えばなかなかやりにくいこともあるし、
お借りしたベッドがね、座った時にしっかり足がつく高さ、
つまり、ものすごーく低くって、
寝っ転がってるほのさんの胸をつかんで揺するかあさんには、
ものすごく無理な態勢……。

30分くらい必死の格闘が続き、
途中、もうこのまま帰るかな……なんて思いもよぎりましたが、
ほのさんの、まだいきたいとこがある!という執念か、
すっきりさっぱりサチュレーションも見事回復して、
再びディズニーリゾートへ戻ることができ。


医務室をあんないしてくれたお姉さんが、
どちらへ向かいますか?と聞いてくれたので、

リゾートラインにのります!

と元気よくこたえると、
来た道とは違うルートでバックヤードを抜け、
ドアを出ると、そこは別世界、
楽しげなイクスピアリの賑わいの中に戻って、
リゾートライン(ディズニーリゾート内を走るモノレールです)の乗り場に案内してくれた。

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改札口に着くと、今度はリゾートラインのスタッフのお姉さんが、
障害者手帳で付添者1人が料金割引になることを教えてくれて、
切符を買いなおし、
いざ、エレベーターに乗ってホームへ!

リゾートラインは1周13分。
ディズニーランドやディズニーシー、
ホテルなどを回っている。

アンバサダーホテルの駐車場に車を止めているので、
1周してまた戻ってくることをお姉さんに伝えて、
いざ、のりこみまーす!

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すろーぷをかけてくれて、ありがとう!
いってきまーす!!


鉄道博物館にある、
昔の中央本線(武蔵小金井行)には乗車済みのほのさんだけど、
ほんとうに走っている電車に乗るのはこれがはじめてー!

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とーさん、みっきーのまどから
おそとがみえますー。

途中、海が見えたり、
2年前にお泊りしたランドホテルが見えたりで、
リゾートライン1周の旅は、
あっという間に過ぎて。

初めての乗車には13分くらいがちょうどいいかと思ってたけど、
本当にあっという間すぎて、
にしゅうするって、いえばよかったね……

と、後ろ髪をひかれる思いで、
またさっきのお姉さんが待っていてくれた元の駅で降りることに。


ほのかちゃん、またいつでもきてね!

とお姉さんに見送られて、
すごく名残惜しいけど、改札を出た。



それからまたアンバサダーホテルに戻って、
持ってきていたヤクルトを飲んで一休みして、
またこようね!と言いながら帰路についた。



車に乗って出発するとすぐに、
モニターの「充電がもうすぐなくなります音」が鳴り出して、
こんなことだろうと、コードを持ってきてよかった!といいながら
インバーターにさす準備をしていて、
三つ穴コンセントを2つに変えるソケットを忘れてきたことに気が付き、
いーみーねー、とうなだれた。

医務室での苦労の甲斐あって、
その後はサチュレーションも安定していたので、
しばらくモニターを切って、
様子を見ながら、たまに測定しながら帰ることに。

本日2回目の注入を手動でしながら、
夕方の渋滞にも巻き込まれることもなく、
50分ほどで最寄りのインターを降りた。


まったくもってディズニー好きじゃないけれど、
やっぱりなんだかすごいスペシャル感を味わって、
またいこうねーと、何度も言い合った。




今年の春ぐらいまでは、
ほのさんはバギーに乗っておでかけすると、
ほとんどサチュレーションを下げることもなく、
途中でベッドに降りてケアをしなくてはならないような事態には、
全くならなかったんだけど。

近頃では、
痰が増えたのか、
詰まりやすいのか、
痰が上がりやすくなったのか、
はたまたバギーが窮屈なのか、
長時間のお出かけになると、どうしてもサチュレーションが不安定で、
できればベッドに降ろして丁寧なケアをしたい感じになる。

また、車の中でも、
1時間くらいの乗車なら、
ほとんど吸引をしなくてもよかったのだが、
近頃は、乗ったとたんに痰が上がってくるし、
揺れでサチュレーションも不安定になる。

だから、行き先もえらばなくてはならないし、
かあさんの気持ち的には以前より緊張感が増してはいるけど、
やっぱり家族そろってのおでかけは、
ああなんと楽しいことよ!

今作ってもらっている、新しいバギーができて、
ほのさんもリクライニングをおこして、
座っていろんなものを眺めながらそとを歩けるようになったら、
また少し、違う楽しみも増えるし、
ケアの方法も変わってくるかなあ。


まあ、いろんなことに負けず、
いろんなとこに、いくのだよー。



(余談ですが……

帰った翌日、起きると体中が痛くって、
きっとあの医務室の低いベッドのせいだ……
と思っていたら、
かあさん、熱が出てしまいましてん。

シェフミッキーの優しさにあてられてしまったかね。。)







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by honohono1017 | 2012-09-28 15:52 | Event

「発達」ということ。

気が付けば9月も終わり。

ようやくnewパソコンもやってきてくれた……。

過ごしやすい、暑くもなく、寒くもない「秋」というのは、
最近ではなくなってしまったのか、
急に冷たい風が吹いたりして。

気温がグンと下がって厚い雲が空を覆っていた昨日、
ほのさんは、療育センターに行ってきました。

これまで療育センターに行くのは、
バギーや椅子をつくってもらう時だけ。

この夏も、すでに小さくて窮屈になってしまっているバギーのつくりかえで、
約1年ぶりにお世話になって。



思い出せば、退院した当初(かれこれ4年ほど前)、
別の療育センターに、リハビリに少しだけ通っていたのだけど、
その頃、ほのさんはそのリハビリがあまり好きではなくて、
移動の負担と、体調を崩すことが続いたりして、
結局、通うのを断念してしまったという経過もあり。

思えばその頃は、まだおうちでの生活にも不慣れで、
おそらくちょくちょく体調を崩していたのだろうけど、
それにかあさんも気付いたり気付かなかったりだったと思うし、
まして、排痰なんて全くやっていなかったわけで、
今思うと、恐ろしくなるほどで……。

そんなんで、退院5か月目に、
まじで危ない状態になった痰詰まりを経験し、
そこからいろんな試行錯誤がはじまって、
痰に負けない態勢を整えるべくかあさんの格闘がいまなお継続中。

痰のことだけではなく、
ほのさんの成長は振り返れば目覚ましく、
椅子を作ったことで覚醒度もアップし、
いろんな遊びや作業にも挑戦するようになり、
「意欲」が目覚め、
運よくお願いできることになった訪問リハビリの先生との出会いもあって、
右手の自発的動きを、ほのさん自身にフィードバックしていく取り組みも。

「在宅生活」というのはもっと広い意味を持つと思うのだけど、
文字通り、「おうちの中での生活」ということに限定していうのであれば、
ベッド上で寝かせきりの生活ではなく、
楽しみもあり、充実した生活を送れるようになってきたなあと実感するようになってきていた。

そんな中、年齢的に当然考えるようになった、小学校のこと。

いまのように色々なことにチャレンジする機会の増えた生活を送るようになるまでは、
当然のように、先生に訪問していただくスタイルを考えていたのだが、
この夏、たまたま見学することのできた、新しくできた養護学校を見て、
ほのさんを「通わせる」ということが現実的な選択肢として視野に入ってきた。

そんなこともあって、今現在、どこにも通っていないほのさんが、
学齢期になって、突然「学校に通う」というのは、
ほんさんにとっても、付添をするであろうかあさんにとっても、
かなりハードルが高いなあという思いがあり。

そんなことで、最近では訪問リハビリの時間が大好きなほのさんだから、
今なら、療育センターにリハビリに「通う」というチャレンジもうまくいくかもしれないし、
「学校に通う」という一段階前のステップとしてもいいのではないかと思って、
今回、療育センターの小児神経科を受診して、
リハビリのオーダーを出してもらおうと思ったのだ。



そして、もう一つ、リハビリに通わせようと思った、
大きな理由。

最近の、ほのさんの「内弁慶」っぷり……。

おうちにいる分には、
訪問してくれる方々に対して、
きちんと意思表示したり、
上手にリークを利用しておしゃべりできるのに、
病院に行ったり、知らない場所に行ったりすると、
人見知り、場所見知りなのか、
とたんにシーンと黙りこくってしまい、
まるで何にもかわっていないかのようになってしまうことが、
かあさんとしては、どうにも気がかりで。

それだけいろんなことをわかり始めてきたということでもあり、
年齢的にそんな時期なのかもしれないけれど、
少し、「おうち」という、ほのさんにとって居心地がよく安心しきった場所を離れること、
そして、同年齢のおともだちがたくさんいるところに行くということを、
少しずつしていかなくてはならない時期なんだとしみじみ思っていたわけだ。




退院直後の療育センターでのリハビリは失敗に終わったけど、
きっと今こそ、ほのさんにはうってつけの時期に違いない、と思いながらも、
昨年秋にチャレンジした「日中一時支援」もうまくいかなかったこともあって、
「通う」ということに対して、絶対的に自信をうしなっていた(かあさんが)こと、
そして、もうすぐ5歳になるというのに、どこにも通えていないということが、
少々コンプレックスでもあり(全面的にかあさんが……)、
いささか緊張気味に、昨日、療育センターに出かけて行ったわけです。
(緊張していたのは、ほのさんも、です。。)




案の定、ベッドからバギーに移乗したとたん、
全く返事すらしなくなった、ほのさん。

お手伝いしてくれたヘルパーTさん(メンズ)にもクスクス笑われながら出発。

診察室に入ってからも、
先生とかあさんが話しているのを横で聞いていて、
時折、「ふん」と、息の抜けるような小さな声を出す程度。

訪問で作業療法を受けているということ、
ほのさんの体がそれほど拘縮が強くないというような、
割と軽い動機で、療育センターでも月1回の作業療法を希望しての受診となったわけだが、
先生曰く、「ほのさんタイプ」のこどもが療育センターにリハビリに通うということもあまりないらしく、
あるいは、先生としては具体的に何を目標としてオーダーを出すのか、
訪問リハビリとの関連をどうやって持たせていくのかということで、
かなり頭を悩ませていた様子で。

それで、前述した、「小学校の前段階」ということ、
あるいは、場所を変えて「通わせる」ということの意味などをお話しすると、
「なるほど、それならやってみましょう!」ということになった。

かあさんとしても、専門機関での受診は初めてだったし、
リハビリのオーダーというのはもっと簡単に(安易に)出るものかと思っちゃってたとこもあり、
「ここへ来て我々がほのちゃんに何をしてあげられるか」という先生の言葉の意味が、
最初は全然理解できず、
「ほのちゃんタイプの子は来ても意味がない」とまたもや言われちゃうのか……なんていう、
被害妄想的な考えもこれまでの様々な経験から浮かんでしまったりもしたけど、
じっくりお話をきいてくださって、
かあさんとしての思いや、
「いまのほのさんにとって必要なこと・経験」というところで、
先生とうまく一致できたように思う。



一致するまでの話の中で、
「PTのほうがいいのではないか」と言われたときに、
拘縮が強くないこと、肺リハも今のところかあさんができていること、
右手の自発的な動きをなんとか伸ばしてやりたいことを、
結構キッパリ言ってしまった手前、
いざ先生が、「ほのちゃん、からださわってもいい?」と言って寝袋を開けたときには、
まあ、かなりドキドキしてしまい。

手足の拘縮の状態、関節の状態、むくみなどを見てくださって、
そうするうちに、ほのさんも先生の呼びかけに「いつものように」ちゃんと返事ができて、
声色もくるくると変化させながらおしゃべりしてくれたので、
かあさんは、ホッと胸を撫で下ろした。

約4年前の退院後の経過なども話して、
先生からも、「体も上手にいつも動かしているのがよくわかるし、
おかあさんのいうとおり、耳も聞こえているようで、うまく声もいろいろにだしている」
と言っていただいて、なんだか本当に久々に嬉しかった。

「体調」という面では、定期的な通院で相談しているけど、
「発達」という側面からは、きちんと先生に診てもらうことはほぼ初だから、
すごく安心もした。

ほのさんがとてもいい状態でここまで成長できたのも、
本当に「生活」を支えて、一番ほのさんの近くにいるヘルパーさんや、
これまで足りなかった「発達」という視点を与えてくれて、
様々にアドバイスしてくれたり、いろんなことに一緒にチャレンジしてくださる、
訪問看護師さんや訪問リハビリの先生のおかげだなあと、
あらためて感謝の気持ちもいっぱい湧いてきた。



そのほか、ほのさんの「好き嫌い」「快刺激・不快刺激」なども聞かれて、
いまのところ「嫌いなこと」はあまり見当たらないけれど、
「やりたいやりたくない」とか、その時の気分なんかはかなりハッキリしていますと伝えると、
「気難しいの?気分屋?」と聞かれたので、
「いやだ!とへそをまげても、聞き入れてあげればすぐに忘れてご機嫌になります」
と言うと、
「扱いやすいのね……」と、先生。

「素直なんです。ほのちゃん、かあさんほめてるんだよ」と答えると、
「そうかしら……ね。」と先生も笑った。

右手の動きは大きなものだから確かだけれど、
そのほかにもきっと微細な動きや反応があるはずだから、
これまで以上に注意してみていきましょう、
それをこちらがいかにして見つけてのばしていくかです!
と力強く言ってもらいました。


療育の専門機関ていうのはそういうところなんだろうけれど、
こんなに「ほのさん」という子についてちゃんと聞いてもらったのは初めてだったし、
今後がとても楽しみになったし、
自信もつき、意欲も湧いた受診となった。



先生からのオーダーは、
①いつもと違う場所にいることに慣れる
②OTでできることを検討する
③本人にとっての快刺激・不快刺激をみつける
④今後の方針をたてる

ということになった。

現在、通っている場所はないけれど、
長時間のお出かけには慣れていると話すと、
それなら「通園」でもいいんじゃないかと言われたけれど、
週1回、というようなコンスタントな外出には不慣れなので、
まずは月1回のOTから始めることになった。

これから季節的に、ほのさんにとっては苦手な時期になるし、
体温維持の問題など、まあいろんなことはあるけれども、
やってみてうまくいかなければ「それは、それ」と、
今回は思えそうだ。



もうすぐ5歳になるほのさん。

5年という年月それ自体に重みもあるが、
その年月を生きたほのさんの「成長」には驚かされるばかり。

これからも、みなさんの力を借りながら、
ほのさんの大切な発信を見逃さないように、
そして、「チャレンジする」ということの大切さを噛みしめながら、
ゆっくり進んでいこうと思ったのでした。

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帰り道には、
ほのさん(とかあさんの)大好きな電車も見ることができて、
楽しいおでかけとなりましたー。


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by honohono1017 | 2012-09-26 14:19 | Life

いってくるぜー。

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しゃきーんっ

これから、りょーいくせんたーに
いってくるぜー。

(実際は、緊張してるのか、
バギーに乗ったとたん、
シーンとしてます。
相変わらず、内弁慶ちゃんです...)
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by honohono1017 | 2012-09-25 12:55

幸せいっぱい、17の日。

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今日は大切な友人の結婚式で軽井沢へ。

友人が結婚して淋しさみたいなものを感じたのは
これが初めてです。

今日の新婦は、元職場の同期でした。
恐ろしいほど人見知りの彼女ですが、
なぜかはじめましての時から意気投合、
本当に色んな感情を共有し、
時にはかなりケンカもしました。

彼女自身も抱えるものが多く、
早く支えてくれる人と巡り合えるようにと心から祈ってきたけど、
花嫁姿の彼女を見たら、
なんか淋しくなっちゃった。


サプライズで頂いてしまったブーケ。
(※私は既婚者です。。)

他にも贈りたい人がいただろうに、

"おうちで待ってるほのちゃんと西村さんに"

なんて言ってくれて、
もーゲストの皆さまの前で
小学生並みにビーッて泣いちまいました。

彼女の新しい幸せだけでなく、
私自身の幸せにも改めて気付かせてもらって、
ハッピーな気持ちって、
なんて偉大なんだろうと思ったのです。

折りしも、
今日はほのさんの4歳11ヶ月のお誕生日。

彼女との色んな思い出と、
たくさんの幸せが詰まったブーケを持って、
スイートホームへと帰ってきました。

今日から新生活をスタートする彼女に負けないくらい、
気持ちも新たに、
我が家もますますバラ色に。

心からおめでとう。
そして、いっぱいありがとう。
お幸せに。
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by honohono1017 | 2012-09-17 22:21

いまからサマバケ。

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昨日のお絵かき。

今日のお出かけの行き先に
心踊っている様子。

もう9月だけど、
ちょっと遅いサマーバケーションに、
出発しんこー!
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by honohono1017 | 2012-09-11 09:43

夏の終わり、右肺真っ白事件。。

夏休みの宿題(フォーラムの準備)も佳境に入ったころ、
パソコンがぶっ壊れるという大惨事にも見舞われましたが、

(なななんと、かあさんが伊丹に行っているのと入れ替わりに、
この新しいPCがほの家に届いていたという……
日付をまたぐ頃に、やっとの思いで帰って、
PCの箱を見たときには、
タ、タイミング……!
とわなわなと一人、ツッコミをいれました。

そしてなんと、このPC,開けたときから、
画面に傷がありまして、
今日にも明日にも返品。
そして、受注生産のため、
これからまた20日ほど待ちぼうけを食らうらしいです、よ……)


ほのさんも、ちょうどお盆あたりから、
体調を崩しておりました。

7月末にレスパイトに行き、
8月に入って10日ほど絶好調が続いたのですが、
その後、痰が詰まり気味に。

レスパイトで、適切な圧設定に変更してきてもらって、
かなりの威力を発揮していたカフアシストもあるもんで、
百万馬力的な強気でおりましたが、
詰まり気味の肺は、それだけでエアーが入っていきにくく、
カフアシストをもってしても詰まった痰は取れず、
エアー入りもあまり回復しない。

カフアシストのことは抜きにしても、
だいたい、具合が悪いということには、
「経過」っちゅーモンがあることもわかってますから、
まあ、細心の注意を払いながら、排痰に燃えていたわけです。

4日間ぐらいは、ほんとに「悪いな」という状況だったんだけど、
(エアーが弱いのに、かといって雑音がきこえるわけでもなく、
どんなに頑張っても、思ったほど痰がとれない、という状況)
それでもサチュレーションはずっと100。

ほのさんのピークはだいたい2週間目あたりにいつもやってくるので、
この後、ズルズルとたくさん痰が取れてくるはず、と予想。

そして今回も、そんな感じで経過をたどり、
痰が動き出して、雑音が取れないー、という状況になった一晩だけ、
酸素を0.25流して過ごした以外、
サチュレーションは相変わらず、100.

そこが、ほのさんの偉いとこなんですが、
逆に、コワイと言えば、コワイとこ。

サチュレーションが下がり始めた時には、
もう結構、アブナイもんで。



しかし、今回は、いつもと違うところがひとつだけ。

ほのさんの声がね、
聴診したときに、大きく響いちゃって、
全くエアーの音が聞こえない、ということ。

これまで、片肺にしかエアーが入ってないとか、
両肺、わずかにしか入ってないとか、
ほんとにわずかなエアーで頑張っているようなひどい時でも、
(たいがいそういう辛い時には、ほのさんは唸り声のような大声を出しているんだけど)
弱いなりにちゃんと、そのエアーの音が聴取できたんだけど、
今回は、あまりに声しか聞こえなくて、
嫌がるほのさんに、ごめんねって言いながら、
口を無理やり閉じて、
声が出ないようにして、
なんとか、3回に1回ぐらいうまいこと声が響かないで、
エアーの音がかろうじて聞こえる……
という感じで。

そうやってなんとか聞くと、
エアーはちゃんと入っているし、
見た目、胸も結構あがってて。

どこかがものすごい詰まってる、っていうような感じには思えず。
(というか、これまでのごっつ詰まってる時の感じとは違うような、というか)


ただ、それ以外にすごく気になっていたことがあって。

かあさんは、ほのさんの気管吸引をするとき、
右手でカニューレの中にカテーテルを入れて吸引、
その時に、同時に左手で、左胸(右胸)の肋間に手指を入れて、
指先に力を込めてバイブレーションをかけているのだが。

コンディションの良い時は、
その指先の感覚が柔らかく、
その奥で動いている痰を感じるので、
感じた場所を重点的にバイブレーションをかけながら吸引していて。

でも、今回の不調に入って、
いまだかつて、自分の指先が感じたことのないほど、
肋間がどこかわからないほど、
つまり、肋骨なのか、肋間なのかがわからないほど固く、
動きが悪く、
バイブレーションをかけようにも、
表面を揺すっている感じで、
全く効果がないような感覚だった。

痰が多くあって、局所的に動きが悪くなっているところだけが、
そういう感覚を感じるときはよくあるけど、
右肺の上の部分全体が、
まるで全部肋骨でおおわれているような固さを感じたのは初めてだった。

そのわりに、口を閉じてなんとかエアーを聞こうとすると、
弱いながらも入っているし、
見た目、胸も上がっている、という不思議。



で、結局、先週の木曜日(伊丹フォーラムの2日前)、
定期通院だったので、
この経過を先生に話すと、
先生も、口を閉じてエアーを聞き、
胸の上りを確認して、
かあさんと、同じことを言う。

エアーは入っているみたいだし、
胸も上がってる、
ただ、エアーが入っていく音は聞こえるのに、
その後が声が響いてしまう理由がわかりかねる……
と。


ただまあ、ベストコンディションではないんでしょうね、と言われ。

それはそうなんだと思うけど、
結局、ほのさんの悪い、というレベルを、
いつもは聴診して判断してきたので、
あまりに声が響いてしまうことで、
いったいどんな状態にあるのか、
自信をもって判断できないから心配、と必死に訴え、
念のため、レントゲンを撮りましょう、ということに。





結果、右肺上葉、真っ白。
見事に。

いろんなことを総合すれば、
案の定、ということになるんだろうけど。

それで、理屈は分からないけど、
真っ白の部分が回復すれば、
きっと、声も響かなくなるんじゃないか、ということで。



伊丹行きを2日後に控え、
一瞬、かあさんの目の前が真っ白にもなりかけたけど。
(それくらい、レントゲンで肺が白い、ってのは威力がありますな)

よくよく考えれば、
悪い部分が特定できたということだし、
この3週間の経過を総合すれば、
一番悪かったときに、レントゲンを撮っていたら、
おそらく、両肺、もやがかかっていただろうから、
もうあとは、右肺上に全身全霊をかけて、
排痰するしかないっ!と気合を入れたとさー。


病院から帰宅して、
30分おきに体位交換しながらの吸引を繰り返し。

ヘルパーTさん(メンズ)の協力も得ながら、
一晩中、続けて。

翌日の午前中には、エアーの音が口を閉じずとも聞こえ始め、
午後にはバイブレーションをかける手指の違和感も全くなくなり。

念のため、日中は20分おきに体交&吸引をひっきりなしにして、
そのたびに結構な量の痰が取れて、
「体を動かす」ことの大切さも身に染みたとさ。



とうさんと長時間留守番の前の日に、

あした、かあさんいないから、
いまのうちに なおしとかなきゃ

と思ったか、

とうさんと おるすばんするのに
とうさんにめいわくかけたくないから、
きょうのうちに なおしとかなきゃ

と思ったかは不明だが、
いやいやホント、ほのさんたらよく頑張ってくれました。



土曜日の明け方4時半、

おとさんと いいこにしていてね。
かあさん、おでんわするからね。

と約束して伊丹に出発したかあさん。

結局、フォーラムが終わるまで、
ほのさんにもしもしできず、
会がひらけてすぐにケータイをみると、
お昼過ぎに、とうさんからメールが。

「ほのかが、心拍だけ0にする。
理佐の声、聞きたいんだと思うから、
電話して。」


えー。

なになに、心拍0って……

かあさんもこれを見て一瞬青ざめ、
会場からすぐに電話すると、

とうさんもあせって心臓に手をおいて何度も確かめるけど、
もちろん心臓は動いているし、
肺の状態も落ち着いているとのこと。

それを聞いてほっとしたけど、
逆に、余計に、なんだか心配になっちゃって。

淋しかったのかな。
電話が来ない、って怒っていたのかなって。。



深夜、かあさんが帰宅すると、
またちょっとだけ右肺上の固さがでていたけど、
とうさんと頑張って、ごろんごろんとあっち向き、こっち向きして痰をとったてたんだろう、
まあまあのコンディションでいてくれました。




この3週間、ずっと大きな唸り声をだしていて、
その声があんまり野太いもので、

ほのさん、おっさんみたいだ

なんてからかってごめんよ。


それから、「何か違う」と思った時には、
それは絶対、どこかがおかしいのだから、
早めに手を打つか、
それとも様子をみても大丈夫なのか、
ちゃんと判断しなきゃだな、と改めて。

明らかに痰づまりとわかってしまうと、
レントゲンをとっても結局、
ああ、やっぱり詰まってますね、
ってなって、
頑張って排痰してくださいってなるだけのことだから、
レントゲンは撮らないことも多かったけど、
聴診でその部位が特定できなければ、
やっぱりレントゲンも必要だな。

それから、ほのさんの「声」は、
ホントにあの子の体調とか、訴えとか、
大切なメッセージなんだなあ。




まだまだ暑さの続く夏の終わりは、
いろんな意味でヒヤッとしたのでした。


(とうさんによると、明日、このPCを回収に来るらしいので、
フォーラムのリポート続編は、また先になってしまいそうですう。。)




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by honohono1017 | 2012-09-04 21:07 | Condition

誰もが暮らせる地域づくりフォーラム2012  その1

9月1日兵庫県伊丹市立産業情報センターにて


誰もが暮らせる地域づくりフォーラム2012

今、取り戻す「存在の価値」
誰にも在る「命のこと」について考えましょう

主催:NPO法人地域生活を考えよーかい

が開催されました。



主催者である李国本さんのご挨拶が始まってから、
ちょっとばかし遅刻して到着したかあさん。

4時半に家を出て、最寄の駅からの始発に乗って行ったので、
もうどんなに頑張っても、これがギリギリ……と思っていたのですが、
シンポジストでもあった尾瀬さん(あのケッタイなおじさまですよ)にあることを指摘され、
遅刻の原因は、かあさんの「鉄分」だったことが判明。

本当に申し訳なかったですが、
行きも帰りも、全く余裕がなく、せっかく素敵なまち伊丹にはるばるやって来たのに、
どこも見れず仕舞のとんぼ返りだったので、
鉄を満喫させてもらったことは、大目に見ていただこうと思います……。

(早い話、阪急電車に乗って行きたかったとですよ。
JRで行ってれば、遅刻してなかったとですよ……)




さて、(フォーラムのリポートが鉄リポになるとこでした)
午前中の講演。

宮城県拓桃医療療育センター 地域・家族支援部小児医療部長
田中総一郎先生のおはなし、

「語り継ぐあの日からのこと、語り伝えるいのちの授業」


田中先生のお話は、これまで2回ほど、
小児在宅の研究会などで聴いたことがあるかあさん。

とても優しい語り口から、先生のあたたかいお人柄がにじみ出て、
何度でもお話を聴きたいと思うほど。

これまでは、かあさんが一方的にお会いしていただけだったので、
今回は、直接お話しできるかしらんと、すごく楽しみにしていました。

毎回うかがってきた、先生のおはなしする「いのちの授業」は、
その名の通り、こどもたちに向けて先生がいのちについて授業されているもので、

「いのちのはじまりはいつ?」
「いのちの終わりはいつ?」
「いのちはどこにあると思う?」

といったような、おとなでも答えるのが難しいような質問をこどもたちにするそうで、
しかし、こどもたちというのは本当にwonderhulなこたえをスラッとしてしまうようで。

いのちのはじまりは、「人に良いことをしたとき」とか、

いのちの終わりは、「人と関わりをもたなくなったとき」とか、

いのちは、「人と人のあいだにある」とか。


おとなってのは、いろんな知識とか経験とかを身につけてしまって、
こどものこういうwonderhulな感覚を忘れてしまうのか、
大切な部分が見えなくなってしまうのか、
それとも、感じていながらも、口に出すのが恥ずかしいのか、
こどもたちの答えには、目からウロコです。



そして、「うまれてきてくれてありがとう」ということば。

「あなたが生まれてきたときのご家族の方の気持ちを聞いてきてください」という宿題に対して、
もっとも多かった答えだそうで。

「うまれてきてくれてありがとう」ということばの重みは、
こどもたちにはどんなふうに伝わっているのかなあ。

田中先生の「いのちの授業は」、

「うまれてきてくれてありがとう、は、

「自分は生きていていい存在なんだよ」という生の確証と、
「あなたは生きていてほしい存在なんだよ」というメッセージを伝えているそうで。

そんなことを教えてくれる先生がいるなんて、素晴らしいなあと素直に思います。


そして、「いのちの授業」は、
「みんなの体はなんのためにあると思う?」という質問で締めくくられるそうです。

「口は、ご飯を食べるためにある」
「手は、困っている人がいたら貸してあげる」

なんていう答えが子どもたちから返ってきて、

先生は、
「自分の体を自分のために使うことは一番大切。
そして、自分の体を人のために使うことはとてもいいことです。
でも、あなたたちの体は、かわいがられるためにもあるんだよ。
あたまはひとになでてもらうためにある。」

と教えるそうです。


先生の教えは、
子どもたちがこれから成長していって、いろんなことを覚えていくうちに、
経験として感じられていくことだと思うのですが、
いつもいつも親子の関係や、ほかのだれかとの人間関係は、
こんな風に愛に満ち溢れたものである場面ばかりではないこともあります。

でも、そんなときにきっと、このお話をこどもたちは思い出すでしょうし、
小さいうちに、自分が生まれてきたことに対する感謝、
自分はいてもいい存在なんだ、という「自己肯定感」を持っておくということはすごく大切で、
それがあることで、いろいろな辛いことを乗り越えていけるだろうし、
愛がないと感じる場面でも、
その愛がどこかに隠れてしまっているだけだということにも気付けるかもしれません。


田中先生のこんなに素晴らしい授業のようなものは受けたことはないですが、
小学校1年生のときに、
自分が生まれてきたときのこと、体重、両親の気持ち、
名前の由来などを聞いてきて発表するという授業がありました。

それは本当に今でもはっきりと覚えていて、
特に、名前に込められた意味を初めて知った時には、
なんというか、すごく嬉しくて、
自分がとても大切に思われているんだということを、
幼心に感じたのを覚えています。



そして、先生のお話は、先の震災当時のお話に。

おむつもなく、ガソリンもなく、
きっと想像もつかないほど大変な中で生活しなければならなかったはずなのに、
先生のお話の中には、たくさんの支援に対する感謝と、
人と人との繋がりや信頼関係が発揮された様子が語られました。

また、停電時にも使用できる足踏み吸引器の機種と使い方や、
シリンジとカテーテルを繋いで吸引する方法、
電源確保の方法などはとても参考になりました。


また、「福祉避難所」の話題は少し気にかかりました。

障害のある人たちが一般の避難所には行きにくく、
自家用車の中などで過ごした方たちが多かったということで、
たとえば、障害のある子どもたちが普段、通いなれている学校などを、
避難所にあてることの必要などがあるということでした。

また、「福祉避難所」と指定されていても、
その多くが高齢者の施設などであるため、
子どもたちが利用していいのかどうかわからないということもあったということで、
石川県金沢市などは、
障害者と障害児の避難所をきちんとわけて設置し、
どの子がどこの避難所を利用するかということを事前に把握しておくことで、
あの子が利用するならば、呼吸器を使っているから自家発電が必要だとか、
おのずと準備しなければならないものも把握でき、
同時にそれによって安否確認もできるということでした。

今回の震災で、多くの地域では、
健常者に比べて障害児者のいのちが多く失われていた中で、
日ごろから、地域で障害児者も同じ防災訓練に参加していたところでは、
他の地域に比べて、障害児者の死亡率が低かったということもあったようでした。

このお話で気にかかった点は、
地域の防災訓練に参加した方がよいのはわかっていても、
障害を持った子どもが家にいるということを、
周囲に知られたくないと思う親御さんが非常に多いということでした。
また、障害児に対する地域の目というのも、地域性であるのか、
理解のあるものではないということでした。



ほのさんの住む地域では、
大きなマンションの隣りにどんな人が住んでいるかわからないというのが結構当たり前で、
干渉しあわない分、助け合いも難しい面があります。

地域によって、その辺の事情はかなり違うと思うのですが、
気になったのは、
「障害のある子どものことをあまり知られたくない」という気持ちについてでした。


そこにもやもやとしていると、
田中先生のお話は、また、先ほどの「いのちの授業」に戻りました。

「生まれてきてありがとう」という言葉が素直に出てこない場面がある、ということについてです。

障害のあるこどもが生まれてきて、
おかあさんたちが「生まれてきてくれてありがとう」をいえなくなってしまっているとしたら……
と田中先生がおっしゃった時に、
かあさんも、自らの約5年前の姿を思い出していました。

かあさんの場合は、その言葉が「言えなくなった」というよりは、
もうどうなってしまったのかわからず、
長い陣痛に耐えたのにもかかわらず、
ほのさんがこの世に誕生したのは、
先生がかあさんのお腹をボンと押したからで、
かあさんには、ほのさんを「産んだ」という実感はなかったし、
抱きしめてあげることも、顔を見ることもできなくて、
すぐに連れ去らてしまったから、
かあさん自身、「生まれてきてくれて」というのが実感としてなかったのです。

そして、周りの人たちも誰一人、
「おめでとうございます」と言ってくれなかったのです。
(正確には、NICUの受け持ち看護師Tさんただ一人は、
ものすごい笑顔で言ってくれましたが……)

今、思い返してみても、
あの状況で、みんなが「おめでとう」と言えなかった気持ちもとてもよくわかるし、
言ってもらっても、「おめでとう」どころじゃない、と思ったかもしれません。

それでもなお、やっぱり、
言ってほしかったなあという気持ちは消せず、
そして、かあさん自身も、
ほのさんに初対面したときに、
「生まれてきてくれてありがとう」と言ってあげられなかったことを、
今でもすごく、心残りに思っているのです。

あのときは、たぶん、
「おかあさんだよ、ほのちゃん、
だいじょうぶだからね、がんばろうね」
そんなことばをかけて、保育器の中に手だけをいれて、
必死にほのさんのちっちゃな手を握っていたように記憶していますが、

ほのさんに、あの時に、
「生まれてくれてありがとう」と言えていたら、何かが変わっていたかしらん。


少し、話がそれました。

田中先生のお話では、
障害のある子どもを産んだお母さんたちが、
「生まれてきてくれてありがとう」のことばを飲み込んでいるのだとしたら、
診断を与えることが医療の仕事、となっていることを考え直さなくてはならないし、
障害があろうとなかろうと、
どんな人でも、その人は診断や評価の対象ではなく、
人は愛される存在であり、
そのいのちを祝福できる社会と医療者でなくてはならない、とおっしゃいました。


かあさん自身もそうでしたが、
多くの人たちは、自分の子どもが「障害」を持って生まれてくるなど、
夢にも思わないとおもいます。

自分とは、関係ない話。

だからこそ、
「急に」自分が障害を持った子どもの親となることに戸惑い、
その子をどう受け止めていいかわからないということもあると思います。

でも、「障害」と「自分」とは、全く関係のない話ではなくて、
誰にでも障害を持つ可能性はあるし、
障害を持つ子どもを授かる場合もあるのです。

そして、障害があるから、
それは「生まれてきてくれてありがとう」
から外れるものではなく、
かあさんの今の実感からしても、
本当に、ほんとに「ありがとう」なのです。

田中先生の「いのちの授業」は、
こどもたちだけではなくて、
これから出産するおかあさんとか、
地域の人たちとか、
社会をひっぱっていくおとなたちにもぜひ聴いてもらいたいと思いました。


「障害」ということが、
障害を持つ子ども、その親、かかわる人たち、
その狭い範囲でのことではなくて、
世の中に生きるいのちのひとつとして、
きちんと理解されていたのなら、

本当は、
「生まれてきてくれてありがとう」と心の中で大声で叫び、
親にとって、「大切なたいせつなかわいい子」であることは、
ほかのどの子とも同じであるのに、
そのことを堂々と言えず、
地域でもひっそりと暮らさなくてはいけないなんていうことは、
そんな悲しいことは、
起きなくても済むのになあと思います。


かあさんは、ほのさんが生まれてすぐには、
とても混乱し、鬱になったりもしましたが、
きちんと状況を整理して、
起きたことを自分のことばで語りなおすことでだんだんと受け止めました。

一旦、整理がつくと、

自分は「母親」になった。
あの子は、一生懸命生きている。

というものすごくシンプルなことに気が付き、
そのあとはもう、
ほのさんの存在を否定したりすることはなくなって、
むしろ誇りに思うようになっていました。
「いのち」というものがあまりにもすばらしくって、
そのことに気が付いてしまうと、
今となってはもう、こうもあっさりと「ほのさん」があたりまえになってしまうかあさんは、
ちょっとどっか、アホなんかね、と思うほどに。


9か月間の入院生活を終えて、
初めておうちに帰り、
初めての家族でのお出かけは本当にうれしく、
ほのさんと一緒に外を歩けることが本当にうれしく、

とうさんが、
「ちょっと人の目が気になった」
とだいぶ経ってから言っていたことが、
「えー?そうなの?」とびっくりしたくらいでした。



お母さんたちの気持ちも、きっと色々です。

田中先生のお話にもありました。

お母さんたちが、「子どもの障害をどう受け入れるか」ということについて、

「否認」「怒り」「抑うつ」「受容」などという段階説が一般的によくいわれるけれども、
本当にそうか、という疑問があり、

診察に来るお母さんたちと話しても、
「淡々」とするしかないのではないか、と。

それで、田中先生は、
「らせんのリボン」という考え方を紹介してくださいました、

診療心理士の田中洋二郎氏がおっしゃっていることで、
お母さんたちの心理は、
受け入れられたり、否定したり、ということを日々繰り返して、
それはまるで、らせんを描くリボンの表裏のようた、ということだそうです。

なるほど、と思いました。

人の心なんて、そう簡単に割り切れるものではないし、
段階を踏んで、どこかのステージに落ち着く構造ではないのかもしれません。
中には、かあさんみたいに単純な人もいるかもだけど。

でも、人の心がそうだとして、
お母さんたちが、愛しい我が子を否定したり、
「あまり知られたくない」と思ったりしなくちゃならないのは、
そんなのは、あまりに悲しいなあと思って。

田中先生の「いのちの授業」で語られていることは、
本当は、大人たち一人一人が、子どもたちに伝えていかなくちゃいけないことで、
でも、なんだかそんな風にもいかない世の中になっちゃて、
それをちゃんと教えられない大人たちが、
「障害」のあるこどもも、
あたりまえに「うまれてきてくれてありがとう」なんだよなんて、
教えられるはずもないなあって。



新しいいのちの誕生は、この世の中の、希望です。

それは、どんないのちであっても。

そのあたりまえのことが「あたりまえ」になっていたら、
お母さんたちは、こどものいのちのことで、
ちょっとは「らせん」を繰り返さずに済むのになあと思います。



あらためて、そんなことを強く思った、
田中先生の、おはなしでした。



つづく。

ちなみに、当日の配布資料はこちらから見れます。

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by honohono1017 | 2012-09-04 12:38 | News/Report

希望に溢れた、呼び合ういのち。

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誰もが暮らせる地域づくりフォーラム2012
無事終了。

それにしても、"いのちが呼び合う"ということは、
本当にフシギでスバラシイ。

午前中に講演してくださった、
宮城県拓桃医療療育センターの田中総一郎先生は、
これまでいろんな学会、研究会で何度かお話を拝聴したことがあり、
一方的にお会いしていたのだが、
今日はたくさんお話させて頂き、
ほのさんの病院でもかつて勤務されていてそうで!

これからもまた、何かステキなことをご一緒できそうな予感。



サプライズ企画で、
心が洗われるような、なんともあたたかい歌声を聴かせてくださった、
声楽家の青野浩美さん。

歌いながら見せてくださる笑顔は、
歌声に勝るとも劣らない素晴らしさ。

"小さな籠に"という讃美歌を歌ってくださったのだが、
かあさんが中学高校の6年間通った横浜のミッションスクールでは、
毎日の礼拝や、一日の終わりの終礼で、
何度も歌った思い出深い讃美歌だ。
遠く離れた伊丹で、
この懐かしいメロディーを聴けるなんて!

その私の故郷、横浜で、
レスパイト事業をされている、
NPO法人"萌"の代表理事Kさんと初めてお目にかかったのだが、
Kさんは、かあさんの実姉の恩師にあたる方だった。



ニーマンピック病という希少難病と闘う、
大坪七海さんは、
この夏、まさゆめプロジェクトで、
飛行機に乗って奥入瀬渓流への旅行にチャレンジ。

お母さんの雅子さんとは、
春、西宮で開催されたラーの会以来の嬉しい再会となり。

そのほか、
たくさんの逞しい先輩おかあさん、おとうさんとの再会もあり、
ブログやその他SNSで知り合った方々、
ほのさんのメンズのお友だち(たろさん)、
我が家、会費滞納疑惑のバクバクの会の、
イケメン代表のおにいさん...

もちろん、本日の主催者、コーディネーターは、
あの、ケッタイなオジサマがたで。

書ききれないくらいの、
フシギなご縁と出会いに溢れた1日。

フォーラムは、西宮市社会福祉協議会、青葉園の
清水明彦さんのことばで締めくくられた。

いまを生き、
いまを引き受けていく。
たくさんキビシイことがあっても、
希望に満ち溢れている!
(実際は、関西弁で、
もっと教祖的世界観に満ち溢れてます...)

なんていうかこう、
胸があつくなりました。

いろんなこと、あります、
生きてたら。

それでも、どんなに辛くても、
行く手にはなんでか希望がある。
理由とか根拠なんてわからない。
わかんなくても、なくてもイイ。

でも、それがきっと、
いのちが在る、
生きてるスバラシサ。


ホントに心から、
みーんながシアワセな世の中になればいいなあって。

だって、こんなにステキな人たちと、
その人たちの大切な人たちが、
生きてる世の中なんだから。

だから、どんなに辛くても、
この社会に対して信頼感を持って過ごしたいと思う。
信頼感の持てる世の中にしていかなきゃと思う。

希望に満ち溢れたかあさんを乗せた"のぞみ"は、
東京へとひた走っております。

かわいこちゃん(&とうさん)!
待っていてね。
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by honohono1017 | 2012-09-01 22:10


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