ほのさんのバラ色在宅生活


低酸素脳症、人工呼吸器をつけた娘とのナナコロビヤオキ的泣き笑いのバラ色在宅ライフ
by honohono1017

<   2010年 05月 ( 39 )   > この月の画像一覧

続 イライラの根底にあるモノの、正体。 

5月28日の記事、
「イライラの根底にあるモノの、正体」
に、たくさんのコメントをありがとうございました。

みなさんのお考えや、体験などをたくさん聞かせていただいて、
あらためて、自分の書いた記事を読み直してみると、
あれあれ、かあさん、一体何を言いたかったんだろう……
と、なんだかよくわからなくなってしまいました。

というより、いろんなことを、
かいつまんで、ひとつの結論にしてしまって、
どれもこれも、中途半端になってしまったなあ、と。



「書く」ということによって、
ああ、自分はこんなことを思っていたんだなあ、と気付くこともあり、
考えが深まっていくこともあり。


だから、心の奥底にあることについて考え出して、書き始めると
とても息苦しい内容になってしまうこともありますが、
常日頃、それを思って過ごしている、というわけでもなく。

ほのさんと、かあさんの心の叫びを書いているのが、
この日記なので、
文章にしてしまうと、なんだか深刻になってしまう部分もあるけど。

ご心配をおかけして、すいません。



イライラの原因を、かあさんは今回、
「ほのさんを元気に生むことができなかった」という責任からきている、
「申し訳ないと思っている」ところにある、と書きました。

それについての、
たくさんの方々のコメントなどを読み、
あれ、本当にそうなのかなあ、と
なんだか違う気がして、もう一度考えてみました。

ほのさんに対して、
「申し訳ない」「ごめんね」などと言うことはないし、
ほのさんの顔を見て、そのように思わなくなったからこそ、
かあさんは、ほのさんをお家に連れて帰ろうと思ったわけです。

「思わなくなったからこそ」というのが、クセモノです。

「思わなくなった」のではなくて、
そう思うことが、ほのさんに対して申し訳ないと感じるほど、
ほのさんは力強く生きていたし、
ほのさんのいのちは輝いていた。

かあさんの、「元気に産むことができなかった」という感情とは、
全く別なところで、
ほのさんは生きていたわけです。

じゃあ、だからと言って、
かあさんの心の中から、
「ほのさんを元気に生むことができなかった」という事実は、
なくなったかといえば、そうではなく、
この先も消えるかどうか、わかりません。

最初は、そのことを自分自身が一生背負っていくことに、
とても辛くなったり、
重いことを抱えているような、
どうしようもなく暗い気持ちにもなりました。

でも。

ほのさんは一生懸命、生きている。

そして。

起きてしまったことは、元に戻せません。

ほのさんに申し訳ない、というのではなく、
「元気なこどもを生むことができなかった」という事実は
それはそれとして、
かあさんの中に存在しています。

それは、常にかあさんを支配しているようなものではなくて、
ほのさんが具合が悪くなって、
やっぱり、いのちの心配をしなくてはならないときに、
ひょっと顔を出したりします。



マイナスな感情というのは、
自分の中にはないほうがいいもののようにも思いました。

でも、結局、
マイナスもプラスも、
どちらに揺れるかどうかということで、
たいした違いはないのではないかなあ。

ほのさんのバラ色在宅生活は、
とうさんとかあさんとほのさんの、バラ色在宅生活は、
楽しいことばかりだから、
「バラ色」なのではありません。

楽しいことばかりだったら、
それを楽しいと思ったり、
楽しくいられることに感謝したりは、
できません。

辛いことはつらいけど、
じゃあ、全部全部楽しいことばかりで、
悲しくなったり、辛い思いをすることが、
なーんにもない世界は魅力的かと言ったら、
そんな世界は、あっても行きたくはありません。

時々顔を出す、こういう気持ちも、
見ないようにしてやり過ごすこともあるけれど、
時にはそれをひしひしと感じることも、
かあさんには必要なのかなあと思っています。

そのあとに、決まって、幸せな気持ちになれるから。

一層、目の前のほのさんが愛おしくなり、
辛いこともいっぱいあるけれど、
ほのさんがいるこの生活が、大切で仕方なくなるから。

とうさんとのことも、そう。

自分のお腹を痛めて産んだほのさんをめぐって、
かあさんと感覚が違うことがあるのは、それは当然のこと。

父親と母親の違いもあるだろうし、
これまでは夫婦ふたりの関係しかなかったものが、
ほのさんという家族が増えたことで、
とうさんとの関係も変わっていくものであるし、
ほの家も色々と変化していかなくてはいけません。

ほのさんがこういう子だからなのか、
それとも元気なこどもだったら……
なんて、考えても仕方のないことでした。

とうさんと、かあさんの子は、
ほのさんなんだもん。



ほのさんといういのちを与えられた、かあさん。

かあさんは、ほのさんと過ごしている間に、
とうさんと2人で精一杯の愛情を注いでいる間に、
いろんなことを感じたいと思います。

それが、どんなに辛いことでも。

それが、ほのさんと、
家族3人で生きている証。

ほのさんが生まれて、
まだ、
2年7ヶ月。

だんだんに、変化して、
いろんなことに、挑戦して。

そうやって、
ほのさんの、バラ色在宅生活は、
今日も、
続きます。



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by honohono1017 | 2010-05-31 16:13 | Life

あまりの、まつじゅんの麗しさに……。

やっと、痰がおさまったと思っていた、日曜日。

お昼のミルクを飲み終わってから、
なんとなく、ほのさんの「たたずまい」が、
いつもと違う気がして。

特にサチュレーションを下げたり、
心拍を上げて汗をかいたりしているわけではないのだが。

なんとなくおかしいな……
と思って、時間よりも早目にオムツを開けてみた、ら、
かなりの量の下痢が……

それから2時間半、止まらず。

やっと落ち着いて、
3人で、嵐のDVDを見ていたら。

開始、2、3分のところで、
サチュレーションモニターのアラームがビービービーっと。

慌てて見ると、
サチュレーションは、100、
心拍が、0!

なーぬー。。

明らかにおかしいのはわかっていても、
さすがに、そうそうあることではないので、
とうさんもかあさんも少し慌てて、
ほのさんに駆け寄る。

プローブを巻き換えたら、フツーにひろいだした。

おーい、ほのさん、
まつじゅんの、あまりのうるわしさに、
いっしゅん、きぜつしちゃったかー。

最近、大野君の踊りがめちゃめちゃイケてる!
といって、彼のダンスソロをユーチューブで見まくっているという、
某友人からの情報を受けていたので、
大野君に注目してみたが、
よーわからんかった(笑)


おさまったと思われた、下痢、
夜、再び。
3回も。

今日は止まっているが。

まだまだ、絶好調では、ないらしい。




ほのさん、じゃあ、きょうも、みますかね、
あらし、もういちどみて、げんきだしますかね。

かあさん、またあたし、きぜつしても
しらないですよ。



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by honohono1017 | 2010-05-31 11:10 | Condition

ライムに、注意です。

今日は、土曜日。

ほのさんは、とうさんとかあさん、
それぞれの楽しみに、
「いってきたらええよん」と、ご機嫌で。

朝もはよから、とうさんは
釣りキチと化し。

とうさんが戻ってから、
かあさんは自分の病院へ行って、
その足でマブ(←昭和)と待ち合わせて、ランチ。

その後、コーヒー飲もうか……
と、言ったものの。

び、ビールじゃね?

だ、よ、ね~。

ということになり、
カールスバーグ&コロナで乾杯しましたとさ(←昼間)。

コロナにささったライムが、
ビンの口に対して、意外と太く、
沈めるのに一苦労。

だいーぶ前、
かあさん一人でこのお店でコロナを飲んだときも(←バレた)
全然ライムが落ちていかなくて、
変えてもらったという過去もあり。

いいお店で、ほのさんも大好きだけど、
ライムの大きさに注意です。

そうそう、こんなカッコいい店員さんがいるトコ……

f0199379_209079.jpg

今日も一生懸命働いていた、
イケメン店員さん。

今度、このドアラ写真、差し上げようかしらん。


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by honohono1017 | 2010-05-29 20:10 | Life

イライラの根底にあるモノの、正体。

異様な水様痰がおさまったと思ったら、
今度はミルクの飲み残しが目立ってきた、ほのさん。

風邪がお腹に来たのかな。。

下痢はしていないし、
「あれ、お腹すいた……」
とふと気付いて、残さず飲んでくれることに
期待しつつ(そんな単純じゃない……)。



かあさんは、今回の痰騒動で、
なんだかとても気持ちが落ちた。

ほのさんの状態をめぐって、
いろんなことがあったのだけど、
自分の気持ちがこんなに凹む原因は、
わかっているつもりだった。

だけど、わかっているようで、
わかっていなかったんだ、ということに
気付いてしまったりして。



先月の終わり、かあさんはある方から
お手紙をいただいていた。

一度、ほのさんの在宅生活を取材にいらした方で、
ほの本の感想などを書いて送ってくださったのだ。

取材を通してお話したときのも感じたことだったが、
とても真をついたことをおっしゃる方で、
頂いたお手紙にも、
読んで、ハッとするようなことが書かれていた。

だが、そこに書かれたことについて、
かあさんは、きちんと考える必要があるなあと思いつつ、
とても難しいことなので、
なんとなく「見てみぬフリ」を通してきた。

それで。

今回のほのさんの痰騒動で、
そのことを、どうしても考えざるをえなくなったというわけだ。



お手紙には、ほの本「ほのさんのいのちを知って」(エンターブレイン)の中の、
「いつものかあさん帰ったよ」115ページあたりに
書かれている、
「とうさんにあたる」
ということについて書かれていた。

「いつものかあさん帰ったよ」の内容は、
日曜日、「出かけてきていいよ」とかあさんに、
快く言ってくれる、とうさん。

なのに、体拭きをしてくれたはいいけど
「体温は下がっちゃった」、
ズルッと痰の音がしても、
いっこうに引く様子がない。

そんな、とうさんの様子を見て、少しイラッとするかあさんだが、
とうさんが悪いわけでもなく、
むしろ、とうさんは優しく「気分転換しておいで」と
言ってくれており、
なんだか、かあさんはやりばのない怒りを
どうすることもできずに出かけ、
結局は、とうさんとほのさんが恋しくなって帰ってくる…
という話。

それを読んで、
以前取材された別のお母さまの姿を思い出されたという。

ご主人がお子さんに対するやり方にイライラし、
看護師さんたちに対しても「完璧主義」なお母さま。

「頑張り屋さんですね」という言葉をかけると、
謙遜されながら目を伏せて
「当然です」と、おっしゃる。

そんなお母さまのご様子を見ていて、
「完璧主義」などということとは別に、
おかあさんの中に、もっと何か複雑な思いがあるのではないか、
と思うようになり、
今でも心に引っかかっているという。

そして、かあさんにも、
似たような感情が、
ひょっとしたらあるのではないでしょうか…
と、書かれていたのだ。


かあさんは、そのお母さまのお話を聞いて、
なんとも言えず、
切なく、
苦しく、
涙が溢れてしまった。



とうさんに「あたる」のは、
もちろん、かあさんにとって、
最も身近な、心許せる相手であるからで。

そして、時に、
ほのさんのお世話に関して、
「もうちょっと、ちゃんとして」と思うことは正直あり、
でも、それは、
かあさんの方が、ほのさんと一緒にいる時間が多く、
「母親」という生き物だからこそ
わかることも多くあり、
我が家のとうさん個人の問題、
というよりは、
「母親」と「父親」のことと、
捉えている。

今回は、その「母親」「父親」のことで、
ずいぶんと苦しい思いもした。

それは、同時に
とうさんにも、させていた、
と考えたほうがいいのだろうと、思う。

かあさんといる時にしか、
「3分おき吸引」のような異様な痰は出てこず、
いくら、昼間のほのさんの辛そうな様子をはなしても、
心配はしているのだろうが、
だからといって、普段より目を光らせて
注意してほのさんを見るでもなく。

「痰つまり」は命とりになり兼ねない事柄であるだけに、
その「心配度合い」のズレが、
かあさんには不安であり、
とうさんに対して「どうしてやってくれないの」
という思いではなく
「ほのさんが苦しくないように」
と思っているからなのだが、
「やってくれない」と責められているように、
受け取っているかもしれないとうさんを見ると、
二重に苦しくなった。


2週間近く続けば、
「昼間は大変だったね」と一言、
言って欲しい、という甘えもかあさんには出てきた。

そして、とうさんにはとうさんの
ストレスがあることもわかればこそ、
我が家の空気は、重たくなるのだ。


ほのさんの生まれてから、おうちへ帰るまでの
9ヶ月間の入院生活の中でも、
今、振り返ってみれば、
そんなにイライラすることもなかったかな、
と思うこともたくさんある。

病院はおうちではないし、
患者はほのさんだけではない、
ということは十分わかっていながらも、
あの時のかあさんがイライラしていたのは、
不快を表すほのさんの、その原因について、
かあさん自身も、まだ何もわかってあげられなかったということ、
ほのさんを生んだとはいえ、
母親としてお世話らしきことが、
なにひとつできていない、という、
「子育て」に対する絶対的な自身の無さというものが、
根底にあたのかもしれない、と思う。

在宅をはじめたばかりの頃も、
訪問看護師さんや、ヘルパーさんたちが
助けてくれるのに、
そのやり方一つ一つが気になって、
結局、自分でやったほうが早い、などと
イライラすることもたくさんあった。

あと2ヶ月で在宅生活2年を迎える今でこそ、
助けてくださる皆さんに、
心から感謝して、
信頼して、お任せし、
100%、かあさん自身のやり方である必要はない、
という余裕もできた。

それは、重症児を看ている在宅生活の自信、
というよりは、
かあさんの場合、
母として、
ほのさんを誰よりも理解してあげられるのは自分である、
という子育ての自信がでてきた、
ということのように思うのだ。



だが、どんなに疲れていようとも、
ほのさんのことに関して、妥協することができなかったり、
とうさんに対してイライラする気持ちが消えないのは、
なぜなのか。

母親と父親の違いも認識し、
自分は母親としての立場での、ある程度の自信も持て、
それなのに。

かあさんは、毎日毎日、
本当に神経をはりつめて、
ほのさんのサインをキャッチしている。

神経をはりつめて、というと
大変なことのように聞こえるが、
そういう意味ではなく。

何をしていても、神経だけはほのさんに対して開かれ、
耳を澄まし、
かあさんは、何をしていても、
ほのさんを「見ている」のだ。

文字通り、四六時中、ほのさんを「見て」いては
生活は成り立たないから、
何かをしながら、ほのさんを「見ている」。

掃除をしたり、ご飯を作ったり、
かあさんが本を読んだり、自分の時間を少しでも作るためにも、
ほのさんを「見ながら」、その生活を成り立たせるためには、
本当に、こまかいこまかい、
かあさんだけの決まりごとがある。

朝は、必ず
「ポットのお湯と、ほのさんの白湯のために、
やかんを火にかけながら、
ほのさんのミルクボトルを洗浄し、
同時に、お顔拭き用タオルを湿らせてレンジにかける」
などという、ルール。

「掃除機をかけに、ほのさんから離れて、寝室に行ったときに、
オムツなどのストックを出して来る」
などという、ルール。

それを毎日欠かさずやらないと、
使いたいときにモノは無く、
1日何時間あっても、用は済まないばかりか、
1日中、何かに追われるハメになる。

ルールにがんじがらめになっているようで、
そのルールに従って用事を済ませたほうが、
生活に余裕は出るわけだ。

それが、ほのさんとの生活の実際。

平日はそんな風に過ごしている我が家で、
とうさんの休みの日に、
何かを分担してやってくれる時に、
例えば「体拭いたら、体温下がっちゃった」という、
ちょっとしたことで、
かあさんは、
毎日毎日、細々とした決まりごとを自分で作って、
がんばって、がんばって、
楽しいほのさんとの生活を作っていることが、
一瞬にして、
ぜーんぶ、ひっくり返されたような気持ちになってしまうのだ。

普段、自分が気を配っている、
小さな小さな、
ひとつひとつのことが、
なんだか、バカらしくなって、
バカらしくなるけど、
そのバカらしくなるような、
小さな小さなことで、
この生活が成り立っていることもよくわかっているので、
余計に、情けなく、なる。

正確には、
「成り立たない」のでは、ない。

何か、どうでもよいことを少しくらい、
うっちゃっておいてもいいはずだし、
元来ずぼらなかあさんにしてみれば、
いのちとりにならない、
笑って済ませられる程度の、ほのさんに関することなら、
もう少し緩やかな気持ちを持ってできるはずなのに。

そうやって、
自分自身をがんじがらめにする、
正体。

それが、
何なのか。

お手紙にあった、お母さまの
「当然です」
ということば。

そう、
あたりまえ、
なのだ。

あたりまえであり、
これだけしても、
どれだけしても、
たりない。

ほのさんが、
いっしょうけんめい、
生きている前に、
たりない。


ほのさんを、こんな風に生んでしまったことを、
謝ることをしなくなったいま。

幸せいっぱいのバラ色在宅生活を送る、いま。

元気に産んであげられなかったという、
母親としての責任は、
かあさんの中から消えたのではなく、
ほのさんに対して
精一杯のことをしてあげることで、
そんな気持ちを昇華しているのに、
過ぎないのではないか。

かあさが、どんなにがんばって、がんばって、
ほのさんのために、
がんばって。

ほのさんが、何を思っているのか、
何をして欲しいのか。

楽しく歌を歌って、
おはなしして。

それでも、それでも、
ちからいっぱい、
楽しそうに、
健気に生きるほのさんに対して、
何もしてやれていない、
まだ、まだ……
という気持ちがあるのではないか。



そんなことを深く掘り下げて考える必要は、
ないのかもしれない。

考えても、仕方ない。

かあさんにとって、こどもは、
ほのさんきりだから、
元気なこども育てていたら、
何を思うのかもわからないし、
答えなど無い。



ただ、いわれの無いイライラを
そのだびにとうさんに向けるのも嫌だし、
いわれがあればいいということでもないのだが。

かあさんが頑張り屋なのではなく、
「おかあさん、頑張り屋だね」という言葉が辛く感じるのは、
かあさんが頑張るのは、当たり前、
ほのさんを元気に産んであげられなかったから…
と、むしろどこかで辛くなっていたのかなあ、って。

家族に対して、
病院や、在宅チームの支えてくださるたくさんの方たちに対して、
母親の厳しい目が向けられるのは、
「どうしてやってくれないの」とか、
「もっとちゃんとやって」とか、
そういうことではなくて、
母親としての自分自身に厳しく向けられたものなのかなあ、って。



自分の根底にある重い塊に気付いたところで、
どうにも暗い気持ちになった。

だけど。

それがどうだ。

どうしようもなくマイナス感情だけど、
それが原動力になって、
良い方向に向くためには、
いわれを知っておくことも
大切だ。


そして。

ほのさんは今日も、可愛く、
愛しい。

そして、とうさんも、優しい。

だから、今日も楽しい。

「母は、強し」だ。



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by honohono1017 | 2010-05-28 17:32 | Life

かあさんって……。

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こんばんわ。
あたしは、きょうも、いいこです。

たんがすくなくなって、らくになったから、
すーすーいっていると、
あなたがおとなしいと、さみしいから、
もっとおしゃべりしてって、
かあさんが。

たんがおおけりゃ、
しんぱいだって、おおさわぎするし、
ほんと、かあさんってば。


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by honohono1017 | 2010-05-27 17:58 | Life

「医師に延命治療の中止を認めることの立法化」について思うこと。

「やっぱり」。

こんな風な流れになっていくであろうことは、
あのときから、予想はしていた。

民主党は20日、
人工呼吸器などの生命維持装置が装着されたまま
「臨床的脳死」と診断された患者に限り、
特別な脳死判定を経た上で
医師に延命治療の中止を認めることの立法化に向け、
党内での検討を始めたという。

2010年5月20日 共同通信

臓器移植に関する法律で、
「脳死を人の死」とすることは、
全てのはじまりにすぎなかったのだ、
やっぱり、
だ。




桜井充・党参院政審会長が「試案」として骨子を作成、
国会内で同日開かれた党政策研究会で示したという。

この桜井充氏、医師でもあり、
尊厳死議連の現会長でもある。

試案によると……
医師が「臨床的脳死」と診断した後、
患者や家族の意向を確認。
延命治療の中止を求める場合、臓器移植の際の法的脳死判定に近い形で
「特別脳死判定」(仮称)を実施する。
これで「脳死」と判定された場合、
医師が患者への医療行為を中止し、
心停止に至った時点で死亡宣告を行うとしている。

者本人が事前に治療継続を望んでいた場合は、
家族が希望しても延命中止はできず、
逆に本人が中止を希望していた場合でも、
家族が治療継続を望めば中止できない。本
人の意思が不明で家族が存在しない場合も中止できない。

ということらしいのだが。


まず。

臓器移植法が改正されることによって、
「脳死を人の死」とされた、
ということを大前提にしていること。

いいかげんな国会での議論で、
結局。改正は決まってしまったが、
A案支持者は、きちんとした脳死診断を行った、
長期脳死のこどもが存在することも、
事実ををまげて否定し続けた。

国民に きちんとした情報を公開することなく、
強引に改正が決められた後も、
小児の脳死判定基準についても、
科学的根拠もなく、
判定の間隔を長く取るというということだけで
済まそうとしている。

そんないい加減づくしの中で、
本当に「脳死は人の死」ということについて
全国民のコンセンサスを得ているとは言いがたい。




次に。

そのような状態の中で。

そもそも。
「脳死」という概念が必要になったのは、
フレッシュな臓器でなくては使い物にならないが、
心停止以前に取り出してしまっては、
「殺人罪」に問われる、という状況の中で、
人工呼吸器の開発に伴ってうまれた「不可逆的昏睡」状態を、
新たな死の基準として「死」という言葉をつけて
「脳死」とした、
という経緯もすっかりどこかに捨て去り、
その「脳死」という考え方を、
臓器移植とは全く関係のない場面においても持ち出し、
「特別脳死判定」という名の脳死判定を行って、
場合によっては、その後の医療行為を中止できるように
定める必要があるというのだ。



「脳死が人の死である」ということを、
たとえ、臓器移植に関る法律の中であったとしても、
そこに明文化されていないとしても、
認めてしまえば、
「脳死は人の死」であるという国民的理解があり……とされ、
その範囲はどんどん拡大されていくだろう事は、
きちんとした事実を自分の頭で考えれば、
昨年の国会の議論の最中から、
危惧してきたことだった。

臓器提供を拒否できるのだから関係ないでしょ……
ではすまされない、と言った所以である。



臓器移植とは関係ない場面に置いて、
「脳死診断」を行わなくてはならない理由は、
何なのか。

これまで行われてきた
「臨床的脳死診断」と、何が違うのか。
(そもそも、これまで行われてきた「臨床的脳死診断」だって、
臓器移植を希望していない患者にしてみれば、
臨床的も、法的もよくわからないわけで、
もし、臓器移植が存在していなくて、
「脳死」という概念そのものがなければ、
ほのさんも受けた「臨床的脳死診断」は、
「脳の機能が失われています」という、
単なる、「病状説明」でいいわけだ。)

延命装置をつけてまで、
回復の見込みがないの患者の、
医療費削減か。

回復できる患者に対して行うものが、
「日本の医療である」という、取り決めか。

生命維持装置をつけてまで、生きていたくはない……
という患者本人、
あるいは、
そのような家族を看病するのは辛い……
という患者家族を救うためか。

また、そのような患者家族の感情を汲み取った医師の、
苦悩を合法的に取り去るためか。

これら、全ての、ためか。


おそらく、桜井氏に言わせれば、
患者本人の意思は尊重されるし、
患者本人が「特別脳死診断」後の医療行為中止を希望しても、
家族の拒否があれば
中止できないのだから、
問題ない、とおっしゃるだろう。

それで、本当に問題ないのですか。
本当に、問題ない、と思っているのですか。

いのちのあり方を、
法律で決めるということがどういうことなのか、
仮にも医師であるならば、思うことはないのだろうか。

いのちの「尊厳」などというが、
その「尊厳」は、
自分のいのちの行方についてすら、
どうしようもできない人間が、
法律などで決めてしまえるものなのか。



臓器移植のもとでは「脳死=人の死」である、となったのに、
臨床的脳死診断を行ったあとの、
その後の治療方針を決めていく医療現場の違和感を心配するのなら、
まず、他に心配することは、ないのですか。

臓器提供を拒否した患者に対して、
きちんと必要な医療が実際に行われるような配慮、
現に、脳死に近い状態で生きている人たちの権利と、
生活が守られていくような世の中をつくること、
具体的な支援を増やしていくこと……
そっちが、
先じゃ、
ないんですか。

それを先にやらないで、
なにをやろうとしたって、
「拒否できるんだから守られている」とは、
言えないはずだ。

生命維持装置などというけれど、
ほのさんにとって人工呼吸器は、
かあさんにとっての、
「めがね」と似たようなものだ。

人工呼吸器とともに、
豊かな人生を送っているひとたちは、
たくさんいる。

そのひとたちが生きやすい世の中であるよう、
医師や、法律などを作る国会議員たちが、
きちんと動いて、
そういった世の中が実現されていれば、
その後、このような法律が決められても、
何を危惧する必要もない。



かあさんは、
この桜井氏の動きを知って、
ほのさんに対して、
ほんとうに、ほんとうに、
申し訳なく、
打ちのめされた気持ちがしている。

こんなことを考える人が医師で、
日本をつくる、国会議員で、
そんな世の中にしてしまっている責任が、
かあさんにもあって。

未来あるほのさんに、
そんな世の中を残せない。

元気に過ごす「大多数」から漏れたひとたちを
平気で切り捨てる世の中に、
心が痛まないのだろうか。

「拒否できるから問題ない」と、
切捨てではないことを主張するのなら、
積極的に「守る」施策をまず、打ち出すべきだ。


そして。
「人工呼吸器をつけてまで生きたくない」
「そんな家族を看ていられない」
という切実な思いも、
ある。

それも、
事実。

かあさんだって、
ほのさんの生まれたときに、
幾度となく、思ったことだ。

しかし。
それでも、
生きる。

共に、
生きる。

いのちのありのままを受け入れ、
ありのまま、
生きる。

それが、
いのちの尊厳なのではないか、
と、
今は思っている。

そうして、
やるせない思いに、
辛い体験にあい、
揺れながら生きていくのが、
人なのではないか。

そうした幅が、
残された世の中が、
人の歩む道なのではないか。



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by honohono1017 | 2010-05-26 16:24 | normalization

ほのさん、完全復活宣言?

おようやくね たんがずいぶん おちついて
これでまた つよくなったわ
ほのか


good jobよ ほのさんとっても えらかった
かあさんも やっとホッとひといき
かあさん


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by honohono1017 | 2010-05-26 14:07 | Condition

晴れ渡る空と、ナゾの八分音符♪

だんだんと落ち着いてきた、ほのさん。

かあさんは少し、安心したのか、
昨晩は、いつものとおり、
午前2時半にとうさんと交代するはずだったが、
ふと目を覚ますと、外は明るく、
ハッとしてケイタイを見ると5時過ぎ……

やっちまったなあ~。。

起きていくと、とうさんは、
1時間おきに起きて、
ほのさんの痰の様子を見ていてくれたらしく。。

いっこうに交代しにくる様子のないかあさんを、
起こしに来るわけでもなく、
かあさんの心配をわかって、
ほのさんをいつもよりも注意してみてくれたとうさん、
その優しさは、
かあさんには、
ないもんだ。

(かあさんなら、30分が限界で、
起こしに行っちゃうもんねー。)

本日の、晴れ渡る空のようにとまではいかなくとも、
ほのさんの痰も、少しずつ減ってきた。

かあさんの、心も晴れ模様。

その調子。



さて、今日は、
そんなほのさんに、おもしろいプレゼントが
届いたよ。

f0199379_16285570.jpg

その名も「オタマトーン」
(明和電機)

その少し怪しげで、人懐こい笑顔の八分音符ちゃん。
ツッコみどころは、満載だが、
何より目を引くのが、
「明和電機」(爆)。

ご存知ですか、明和電機。

父親が過去に経営していた会社名からとった
ユニット名「明和電機」。
土佐信道という青い作業着を着たオトコ率いるアートユニット。

作品を「製品」、
ライブを「製品デモンストレーション」と呼び、
中小企業のスタイルで活動するという。
なんとも天才的なお方。

明和電機ホームページはこちら

それで、この楽器「オタマトーン」についても
調べてみた。

昨年夏のビックサイトで行われたオモチャショーで
正式にお披露目されたらしい。
f0199379_16375872.jpg


おっと、黒のおたまちゃんもいるではないでつか。

明和電機社長の製品デモンストレーションはこちら↓



音色も3種類のトーンがあり、
ビブラートもでき、
おたまちゃんの口も開く。

奥深い、楽器にゃり。

たおしてお琴のようにも弾けるので、
こりゃ、ほのさん、
特訓だね。

お人形やらおもちゃやら、
ほのさんの扶養家族は増える一方。
でも、どのこもみーんな大切にしてます。

Tさん、ありがとう。

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by honohono1017 | 2010-05-25 16:45 | Goods

かあさんの、正念場。

ほのさんの、痰が多くなって
はや2週間目突入……

風邪らば、
多少の波はあっても、
そろそろよくなってきてもいいんだけどね。

かあさんは、このところちょっと、沈んでいる。

もちろん、頻回の吸引で、
夜、ほのさんに付き沿っている間、ほとんどれないこと、
昼間も、ほのさんの横から離れられない時間帯があったり、
四六時中、ほのさんの呼吸音に耳を澄ませていなければならないことなど、
気分を穏やかにして過ごすことができないこともあるのだが。

それくらいで参っていては、
ほのさんとの生活はできない。

理由は、ほかにあるのだ。


ほのさんが、痰を多くするのは、
決まって、かあさんといる時。

のような気がしていた、最初は。

だけど、
確実に、さっきまでゴーゴー言っていたのに、
かあさんがいなくなると、
いわなくなる、のだ。

それで。

あまりにそうなので、
これは、とうさんや、自分以外の人が、
ゴーゴーという音に気が付かないのではないかとか、
とうさん、ちゃんと見ていてくれてないのではないかとか、
本気で思ってしまうほどに。

でも、それは違うということは、
かあさんがよくわかっている。



しかし、あまりにひどいところを
かあさんしか見ていないから、
いくら「今日、これこれこうで、本当に痰が多かった」と
とうさんに、毎日はなしたところで、
やっぱりテンションが違う。

かあさんは、何も
自分が大変だったということを言いたいのではない。

とうさんが見ていないときは、こんな風になったから、
とうさんが見ている間も、十分注意して欲しい、
ということを、言いたいのだ。

とうさんが、かあさんほどに、
ほのさんの声色一つで、
その体調をわかることができないのは、
ほのさんと一緒にいる時間が違うこともあるし、
父親と母親の違いもあるのだから、
それは自然なことだろう。

だけど、今回は痰つまりのように3回もなっているし、
一大事にならないようにとの、
自分自身の気の張り詰めようと、
とうさんのほのさんへの対応に、
ギャップがあり過ぎて、
それが、とてもイライラしてしまう。

ただ、ほのさんを注意してみていて欲しい、
ということを言いたいのだが、
「どうしてやってくれないの」と受け取られてしまうので、
余計にモヤモヤする。

とうさんにしてみれば、
ちゃんと見ていて、痰が少ないのだから、
そんなこと言われても、
ということなのだから、無理もない。

それで、
かあさんは、
なんだかひとりで「大変、大変」と、
言っているだけのような気もしてきて、
ヘコむ……。

大変だったね、
ほのさんも、かあさんも。
そう言ってもらえれば、いいだけのはなし。

かあさんの、わがままなのでつ。。



そして、もう一つの理由。

ほのさんが、
「かあさんといる時だけ」痰が多いということ。

ほのさんは、何かをかあさんに、
一生懸命、伝えようとしているのだろうに、
かあさんには、それが何なのか、
わかってあげられていないような、気がして。

そんな気持ちを、Tママにうちあけてみた。
すると。

「私も、毎日、ずっと、こどもの気持ちが分かっているのかなあ、
こどもは本当はどうしてほしいのかなあと考えています。
ひょっとしたらこどものためでなく、私の都合にあわせていないかなあ、とか」

と、話してくれた。

かあさんは、ハッとした。

かあさんも、
いつだって、ほのさんの気持ちを、
ほのさんがどうしてほしいのか、ということを、
どんなときも考えていたはずなのに。

それが、痰ならば、
かあさんは、それを引いてあげればいいのだし。

いつだって、ほのさんのことを考えていたつもりで、
かあさんは、吸引の大変さや何やらに、
振り回されてしまっていたようだ。

そして。

「かあさんのときだけ」痰が多い、
というのが、ほのさんの何かのサインであって、
ほのさんなりの、成長であるとするならば、
どうして、どうして、ではなくて、
それをほのさんの成長だとして、
かあさんは、接してあげなければならないのだ。

どうしてなのか、
原因はなんなのか、
よりも、
大切なことがある。

ほのさんの世界は、
きっとかあさんが思うよりも、
いま、
とてつもなく、大きく、大きく、
広がりはじめているのかもしれない。

かあさんが思っている、
「ちいさな、ほのさん」ではなく、
ほのさんの自我は、
メキメキ、成長しているのだ。

自分の大変さが先立って、
子育てを、自分の「思い通り」にしようと、
無意識に、願っていだのではないかね、
かあさんよ。

物言わぬほのさんだが、
からだいっぱい、
かあさんに、たくさんのことを、
伝えている。

「痰」ということにまどわされず、
安全を守りつつ、
かあさんは、
ほのさんの「成長」を見出さねば。

ここはひとつ、
かあさんも、
成長しなければならない、
正念場、かもしれない。



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by honohono1017 | 2010-05-24 15:56 | Condition

まだまだ詠むぞ。

かあさんが いにちにずっと おやすみで
たんもださずに いいこにしていたんだもん
ほのか



かあさんは 「たんもださずに」がしんぱいで
ゆめにまでみる ごーっというおと
かあさん


とうさんのお言葉に甘えて、
ボロ雑巾のように、
ほぼ丸一日、寝ておりました。。

明日からまた、
1週間がはじまります。



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by honohono1017 | 2010-05-23 20:04 | Condition


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