ほのさんのバラ色在宅生活


低酸素脳症、人工呼吸器をつけた娘とのナナコロビヤオキ的泣き笑いのバラ色在宅ライフ
by honohono1017

<   2009年 11月 ( 25 )   > この月の画像一覧

東大生の訪問 その2

1日経った、今、
かあさんが学生さんたちに何を語ったのか、
はっきりと、思い出せない…

ほのさんの手をとって、
「あったか~い!」と笑顔になってくれた、
二人の学生さんをみて、
かあさんは、用意していたのとは別の、
ほのさんが産まれて来たときのこと、
退院までの道のり、
あの法律が衆議院を通過したとき、
思いがけないほどのショックを受けたこと…
自然と、思いが溢れてきた。

とうさんも、ほのさんを受け入れるまでの、
辛かったこころのうちを、素直に話していた。



おはなしをしながらも、
ほのさんの声が少し変わったり、
モニターの音が途切れたりすると、
「大丈夫ですか…」と
すぐに気付く、お二人。

「あ、いま声が変わりました」と言っても、
ピンとこない方もいるのだけど、
何にも言わなくても、
ほのさんのちょこっとした変化に気付かれたのは、
単なる「注意力」というものとは、
また別のモノだと、かあさんは思う。


途中、ほのさんの一連のケアの時間になり、
用手排尿(ほのさんは自分でおしっこができないので、
お腹をマッサージしながら、
膀胱あたりを押して、出してあげる)をしていると、
「あっ!お顔が赤くなってきた!」と、
必死にお腹をマッサージしているかあさんよりも早く、
ほのさんの変化に気付かれた、お二人…



ほのさんが
「頑張って、生きている」と、
そう思って、
ほのさんをあたたかく、見てくれていたのだと思う。




終わりに、お2人の感想をうかがうと、
「ブログなどを読んでいて、大変なんだろうな…と思っていたけど、
おとうさんおかあさんの愛情に包まれて、
楽しく暮らしているんだなあ」
というようなことをおっしゃっていた。

かあさんととうさんが、
予想外に、バーッと話してしまって、
お帰りになってから、
もっと聞きたいことがあったのじゃないか…
臓器移植の話を、あんまりしなかったね…と
ほのさんと3人で反省会。

我が家が、
楽しかったり、
ちょっと大変だったり、
三人でどんなふうに生活しているかは、
とうさんやかあさんが、どんなにことばを尽くすよりも、
ほのさんの部屋を訪れてもらうのが、
いちばん、いい。




あの法律改正は、
我が家にとって、
あらためて、
大きな転機であった。

いろんなことを思い、
考え、
学び、
決心した。

ほのさんのことを伝えよう、と。

あの日があったからこそ、
こんな素敵な学生さんとも、出会うことが出来た。

ほのさんに、
たくさんの出会いが、もたらされた。

「伝えよう」と思っって、
伝え続けていくなかで、
はじめは、
こちらからの一方的な発信であったことが、
だれかのこころに届き、
出会いが生まれ、
その方たちの思いが、
我が家に「伝わって」きた。

伝えることは、
「伝え合うこと」。

いろんなひとの、
いろんな考えが出会って、
新しい何かが生まれたり、
何かが変化していくんだなと思う。



かくして、この2人の学生さんを引率された
男性職員のKさん。

これまたフシギなご縁で、
かつて、かあさんがまだ、働いていた頃、
職場である病院は違ったのだが、
「同期」であり、
看護学生に何を伝えるか、
どうやって、意欲のある看護師を獲得するか…
みたいな仕事を、一緒にしたことがあった。

現在は、医学生を担当しているらしい。

医療現場への異動願いも出されているようだが、
入職して10年以上、
理想の看護や医療について追い求めながら、
学生のお世話をし、
共に考える職場に居続ける、K氏。

もう、ムリだろうね。
この世界を、離れるの。
(ご本人も、薄々…?)

学生さんの思いをうまく引き出し、
かといって、共に学ぶという姿勢も忘れず、
久々にお会いしましたが、
サスガ!と思いました。

K氏が現在所属している、
東京民医連。

そこに加盟している病院の医師の中から、
1期ずつ、担当を決めて、
週1コマ確保して、
東大に講師として、このゼミを担当しているのだそう。

そんなすばらしい、取り組み、
もっと、声高に、言わないと…。

患者や地域住民と協力しながら、
積極的に医療をすすめている、
ドクターたちの、
医療の現場は、
熱意なくしては勤まらない。

その上、
学生たちと共に学び合おうという、
この自主ゼミ。

これからも、長く継続され、
学生さんたちが、
社会に羽ばたかれてから
このゼミでの学びが発揮されるように、祈る。


日本の将来、楽しみだ。


ポチッとな↓
にほんブログ村 子育てブログ 障がい児育児へ
にほんブログ村

にほんブログ村 介護ブログ 障がい者福祉・介護へ
にほんブログ村
[PR]
by honohono1017 | 2009-11-30 18:13 | Event

東大生の訪問

昨日も、ほのさんに来客。
まったく、ほのさんは、
交友関係の広い、2歳児だよ~(ちびまるこちゃん風)。

お客さまは、
東京大学で学ばれる女子学生さんお2人と、
引率男性1名。

f0199379_11272456.jpg


お2人は、、東大自主ゼミ「日本の医療の光と影~医療と福祉の現場から考える現代社会」
(代表講師土谷良樹医師)で学ばれる学生さん。
この自主ゼミは、4期目で、
今期は初の単位認定のないゼミらしい。

「テーマ設定」から「講師依頼」「フィールド設定」「参考文献」など、
学生さんたちがと議論しながら作っていくものらしい。

今期のテーマが7つあって、
「B型肝炎」の問題や、
「国保問題」など…

その中のひとつに、
「臓器移植問題」があり、
以前、ほのさんが「いつでも元気」という雑誌に
眠りっ子ほのちゃんの話という記事になったことから、
今回の訪問を受けたというわけ。



かあさんは、勝手に
理科3類、つまり医学部にすすむことを希望されている
学生さんたちが、この自主ゼミを作っているのかと、
勝手に思っていた。

聞けば、お2人は、
理科1類、(主に理学部や工学部を希望する学生さんが在籍)。

理学部や工学部、と言われても、
とっさに、何を学ぶとこなのか、わからないかあさん。

だが、自分が興味を持った専門分野にとどまらず、
「医療」の問題を通して、
「社会」を見つめようとする学生さんたちの姿を見て、
ものすご~く、感心した。

学校での勉強は、
「科目」にわかれている。

でも、本当の知識や、
「社会」を理解する、ということは、
ぜんぶが、繋がっていて、
ものごとを、いろんな角度からみる、
ということに他ならないのである。

でも、かあさんは学生の時分、
果たして、そのことに気付いていただろうか。

「学生」という狭い世界にとどまらず、
「社会」そのものに目を向け、
アカデミックな学びをしている学生さんたちが眩しかった。

また、この自主ゼミの講師陣の面々を見るに、
この学びの「環境」こそ、
わが国の「最高学府」なのかもしれない…と思った。



まさに「名実」ともに「東大生」をお迎えして、
かあさんも、少し、緊張していた。

自ら「臓器移植」というテーマを設定して、
事前学習もし、
かあさんの以前のブログ記事まで読んできてくれたとの事。

はっきりとした目的意識の元の訪問…
と思えば、やはりこちらも、
それに応えなくては…と思う。

だが、ほのさんのお部屋に入ってきたおふたりは、
ほのさんの手をとって、
「あったか~い!」と
ひどく感動された。

かあさんは、その姿を見て、
肩の力が抜けた。

そうだ。
かあさんが肩肘張って、何かを語らずとも、
ほのさんは、2人のおねえさんに、
ちゃーんと自己紹介をして、
毎日、からだいっぱい、せいいっぱい生きていることを、
全身で伝ることができるのだ。

おふたりは、それを、
ちゃーんと、受け取ってくれた。



この日にの備える意味と、
ここらできちんと整理…という思いから、
「脳死」ということ、
臓器移植についてなど、
基本的な知識と、
現在までの流れを整理しておいたのだが。

お2人を前にして、
「話したい」と思ったことは、
そんなことではなかった。


つづく…


ポチッとな↓
にほんブログ村 子育てブログ 障がい児育児へ
にほんブログ村

にほんブログ村 介護ブログ 障がい者福祉・介護へ
にほんブログ村
[PR]
by honohono1017 | 2009-11-30 13:15 | Event

Loveラブ、クリスマス

昨日いらした、
ほのさんの本の編集者M氏の奥様からいただいた、
超カンゲキの、クリスマスプレゼント、披露。

f0199379_1724191.jpg


サンタクリョーシカ!

f0199379_1742448.jpg

二人目。


f0199379_177283.jpg

三人目。


f0199379_1795338.jpg

四人目。


f0199379_17105321.jpg

さいごっ。



せいれーつっ。

f0199379_17123432.jpg


か、かわいい。
かわいすぎるっ。

しかも、このサンタクリョーシカのすごいところは、
かわいさだけではない…

みなさん、お気づきになりましたか?

それぞれのサンタさんの持っている、プレゼントに。


たくさんの、ブランドものの箱。

ドン・ペリニヨン。

フェラーリの、鍵。

金塊の山…

そして。

いっちばん、最後に登場する、
ちっちゃな、サンタクリョーシカの持っているプレゼントは…

LOVEemoticon-0152-heart.gif


この、5人のサンタクリョーシカが届けてくれた、
どこか、風刺的な雰囲気も、
あったかいメッセージにも、
我が家は、とっても、感動。

ほのさんも、大喜び。

あ、でも、ほのさんは、
ブランドの包みも、
高級シャンパンも、
外車も、
金塊も、
もちろんLOVEも、
ぜーんぶ、自分のだと、思っている…

いやいや、
この世の中で大切なものを、
教えるのは、そう簡単ではないね。

だがかつて、「スカル」柄のマトを、
ほのさんに買ってやろうか、
どうしようか、
迷っていた自分は、間違いであったと思う…




そして、編集者M氏からいただいた、プレゼントは…

f0199379_17342174.jpg

一見、レコードのジャケットにも見えるが。

f0199379_17353720.jpg

飛び出す、アドベントカレンダー!

クリスマスまで1日ずつカウントダウンしながら、
ひとつずつ、日にちの窓を開けていくと、
ツリーに飾る、かざりが出てくるんだって~!

すてき~。

よく、お菓子なんかが入っている、
アドベントカレンダーは見るけれど、
こんな楽しいのは、はじめて~。


ところが、このクリスマスまでのカウントダウンカレンダーには、
編集者M氏の、恐ろしい意図が…

ほのさんの、本、
12月25日が、
完全入稿なのです…

つまり、
締め切りカレンダー…

な~んつって。

そんな、M氏からのかる~いプレッシャーも、
なんのその。

楽しんで、がんばるぞ。

ほんとは、いちばん、
プレッシャーなのは、
とうさんだったりして…

そのナゾは、
本の発売まで、
お楽しみに~。。




ほのさん、今年も「LOVE」に溢れた
クリスマスを、過ごそうね。

ポチッとな↓
にほんブログ村 子育てブログ 障がい児育児へ
にほんブログ村

にほんブログ村 介護ブログ 障がい者福祉・介護へ
にほんブログ村
[PR]
by honohono1017 | 2009-11-29 17:41 | Goods

「黒子」のドライアイス攻撃。

嫌な夢をみて、
あーよかった、目が覚めた…
と、思ったら、
それもまだ夢の中だった…
(実はまだ目は覚めていない)
ということが、かあさん、よくある。

昨晩、それだった。

しかも、ひどかった。

かあさんが、早いうちに休んで、
ほのさん当番を、とうさんと交代する、
深夜2時半の、少し前。

かあさんの寝室の、
隣の部屋にいる、ほのさんと、とうさんのところにまで、
はっきりと、かあさんのうなされる声が届いたらしい。

かなり、絶叫。

かあさんも、うなされながら、
自分がうなされている声に気付いていた。

でも、その夢のシチュエーションが、
まさに、かあさんの寝室で、眠っているところで、
あーよかった、目が覚めた~、と思ったら、
まだまだ、夢の中だったのだ。

うなされていた原因は、
眠っているベッドの足元から、
「黒子」が、ドライアイスを次から次に、投げてくる…
という、寒々しくも、痛々しい内容の夢。

隣の部屋から聞こえてくる、ジンジョーじゃない、かあさんの声に、
怪訝そうな顔をしたほのさんに、
ちょっと見て来い、と指示出しされた、とうさん。

おそる、おそる、起こしに来てくれた。

しっかし、なんで、そんな夢、見たかね。

ほのさんの横で仮眠している時じゃなくて、よかった。
ほのさん、きっと、怖がっちゃうよ。


結局、寝たんだか、寝てないんだか、わからないような、
気分的にも、よくない始まりだった、今日。

とうさんの休みの土曜日にしか行くことのできない、
自分の病院に、朝から出かけ、
日本一長いと言われている(おそらく)
近所のケヤキ並木がすっかり色づいているのを見、
深まる秋を感じつつ。
定期的に開催されている青空古本一をのんびり通り抜け。

あーこれも、あれれこっちも、
ほのさんに、見せてやりたい、と思いながら、
すっかし清々しい気持ちになった。



午後からは、
ほのさんの本の編集者、M氏がいらっしゃるというので、
ほのさんが、どうしても、
かあさんに抱っこされているとこを見せたい!と言うので、
11キロ超のほのさん、
しばし、かあさんの膝の上で、スタンバる。

……。

M氏、いらっしゃる。

M氏が、かあさんの膝の上のほのさんの手をとって、
にぎにぎ、してくれた。

ほのさんは、すっかり、気が済んだよう。

でも、かあさんは、知っている。

ほのさん、本当は、
M氏に、抱っこ、してほしかったんだよね。

うふふ、
恥ずかしがりで、ちょっぴり意地っ張りの、ほのさん。

今度、ほのさんの代わりに、
かあさんが、お願い、してみようね。


その後、本の「ゲラ」を受け取って。
いろいろ、相談し。

うふ、うふふ…
い、忙しく、なる…のね…。


本の話は、また明日。

M氏とM夫人にいただいた、
素敵なクリスマスプレゼントについても、
また、明日。


今日は、うなされませぬように。

(今度、うなされたら、ほのさんテケテケ歩いて、起こしにきてくれんかね。)

ポチッとな↓
にほんブログ村 子育てブログ 障がい児育児へ
にほんブログ村

にほんブログ村 介護ブログ 障がい者福祉・介護へ
にほんブログ村
[PR]
by honohono1017 | 2009-11-28 21:36 | Life

はっぴぃな、読書の秋。

本日、2回目の栄養剤(エレンタール)に挑戦の、ほのさん。

ちなみに、青りんご味は、初。

「いつもと同じ」とか、「規則正しさ」を好むほのさんに、
新しいことのチャレンジは、結構大変。

体調を崩しながらだから、
気をつけなければいけないけど、
新しいことにチャレンジするすばらしさや、
楽しさなんかも、
ほのさんに伝えたいんだが。

頼む~、下痢、しないでおくれ~…


さて、近頃「読書の秋」を満喫しているほのさん。

宵の口、かあさんが先に隣の部屋で休んでいると、
ほのさんの部屋から、
そりゃすげー、感情移入っぷりの、
とうさんの、本の読み聞かせの声と、
あいづち(?)を打つほのさんの声が、
夜な夜な、聞こえてくる。

とうさんも「読み聞かせ」にはまっている様子で、
今こそ、たくさん本を読まない手はない!と、
今日は、午後から、
ほのさんを訪問看護師のAさんにお任せして、
近所の図書館に、チャリでひとっ走り。

そこは、はじめて行く、図書館。
分館とあって、とてもこじんまりとしているが、
絵本や子ども向けの本の充実っぷりには、驚いた。

書店で、ほのさんにと絵本を選ぶことはたびたびあったが、
図書館に来て選ぶのは、初めて。

かあさんも幼い頃、
母と姉と、バスに乗って、
隣の町の図書館までよく通ったときにことを思い出した。

何を選ぶのも、買うのも、ほとんど迷わないかあさん。

なのに、今日は、
きょどーふしんなまでに、
あっち行ったり、こっち行ったり、
なかなか決まらない。

子ども向けの低い書棚には
かあさんが幼い頃読んだ本から、
キャラクターの本、
昔話…とにかくたっくさん。

自分がかつて読んだ本を選んでみては、
いやいや、ほのさんが読みたそうなのにするべきだ、とか、
ん?ほのさんって、どんなの読みたいんだろう…
いやいや、母として読んであげたいのを、選ぼうか…とか。

とにかく、かあさんよ、落ち着くのだ。

ここは、図書館。

ぜーんぶ、タダなんだし、
いつでも来て、
また、借りればいいんだし。

そう思ったら、やっと、ゆっくり選ぶことが出来た。

タイトルがいいな~、と思って手に取ると、
絵がなんだか気に入らなかったり、
絵がいいな~、と思うと、
おはなしがイマヒトツだったり、
意外と、難しい。

それで、
フガフガいいながら、の、かあさんセレクション。

f0199379_16365092.jpg


「直感を大切に」なんて思いながらも、
こうしてみると、どれも選ぶには理由があった。

「スイミー」は、かあさんも幼い頃、何度も読んだ。
近頃、Kさんに貸していただいた、
しあわせってなあに」 (葉祥明の、言わずと知れた名作)を読んであげたときに、
英語訳のほうも読んであげたら、
ほのさん、思いのほか、
聞きなれない英語のリズムが心地よかったのか、
楽しそうだったので、
思い切って、「Swimmy」英語版。
(かあさんの胡散臭い、発音が笑っちゃったのかも)

「サンタクロースはおばあさん」
クリスマスものは、この時期、はずせませんから。
サンタがおばあさん?
みたいな、興味をそそる、内容。

「カッパがついてる」
言うまでもありません…
先日の、ハロウインの際の仮装、
「カッパほのさん」があまりにも、強烈で…
絵も、ほのさん好み。

「はっぴぃさん」
これは、タイトルも、絵も、
かあさんの「ツボ」です。
内容に、期待。

「あかちゃんのゆりかご」
従姉妹が生まれて、ウレシイほのさんに、と。

帰って、真っ先に、
「はっぴぃさん」を、ほのさんと。

f0199379_16493022.jpg


「はっぴぃさん」って、何よ。
みたいな、涼しいお顔だったほのさんも、
読み進めると、楽しくなってきたのか、
われも「はっぴぃさん」に会たし~、
と思ったのか、
フガフガしてたよ。



それにしても、
初めて図書館でアタフタして、
ちょっぴり「初めて」が苦手なとこも、
何かとフガフガしちまうとこも、
ほのさんと、
かあさん、
親子だね~。


はっぴぃさんはこちら

ポチッとな↓
にほんブログ村 子育てブログ 障がい児育児へ
にほんブログ村

にほんブログ村 介護ブログ 障がい者福祉・介護へ
にほんブログ村
[PR]
by honohono1017 | 2009-11-27 17:00 | Life

セレンディピティ

昨日、風邪っぽいかあさんのせいで、
午後の楽しい予定をキャンセルされた、ほのさん。

ほのさんとかあさんは、少し離れて
平行に横になり、
珍しく、何とはなしにテレビを見ていた。

10年前の、懐かしい映画をやっていた。


かあさんは、映画好きだ。

大学生の頃などは、
空き時間などあれば、一人で映画館に行った。

色んな国の映画を観た。

映画も好きだが、映画館も好きだった。

ハリウッドのエンターテイメントの似合う、
ポップコーンの匂いのする、大きな劇場、
ここでしか観られない、という単館上映をする、小さな劇場…

その中でも、目黒の街中にある、
地下の劇場には、足しげく通った。

その劇場では、
公開からしばらくたったメジャーな映画から、
マニアックな映画まで、
このご時勢、2本立てで上映していた。

だから当然、
片方は観たいけれど、もう片方はどうでも良い…
という組み合わせになることがほとんどで、
2本とも興味ナシ…ということもあった。

かあさんは、
「これが観たい」というのではなく、
「映画」が観たい、
「映画館に行きたい」、という気分のときに、
何を上映しているのかも調べずに、
何が観られるのか、ちょっとしたドキドキ感を楽しんで、
何度も足を運んだ。

その映画館(今もあるのかな…)で、
10年前に観た映画が、
昨日、偶然、テレビから流れてきた。

そのタイトルも、
「セレンディピティ」…
「幸せな偶然」と日本語訳されている。

この手のラブストーリーは、
かあさんの得意分野ではないが、
主人公の「神秘主義」と言われる、
運命を信じる生き方と、
その「運命」の不思議さには、
2度目観た、昨日も、
爽やかな気持ちになった。


映画の内容はさておき、
「セレンディピティ」を
かの、ウィキペディアで引いてみた。

何かを探しているときに、探しているものとは別の価値あるものを
見つける能力・才能を指す言葉である。
何かを発見したという「現象」ではなく、
何かを発見をする「能力」を指す。
平たく言えば、ふとした偶然をきっかけに閃きを得、
幸運を掴み取る能力のことである。

フムフム。 

イギリスの小説家のホレス・ウォルポールによる造語らしい。

日本語訳は、それを端的に表すものがなく、
あえて言うなら「偶察力」だそうな。


10年前は、このことばをさほど気に留めなかった。

だが、含蓄のあることばだなあ、と思った。



何かを探していて、
その探し物が見つかるか、見つからないかはさておき、
探し物をする道中の中では、
いろんなことが起こるものだ。

その、いろんなことのお陰で、
結局、探し物ではない別なものを選ぶことになったり、
探し物がとてもくだらないことに気付いたり、
探し物を探す過程で、
何を得るか得ないか、
何かに気付くか気付かないか、
それが、それぞれの人の、
それぞれの人生なんだと思う。


探し途中の、淡々とした、
あるいは険しい道のりの中には、
きっと、多くの発見すべき何かがあるのに違いない。

それを発見できる能力。

それこそ、かあさんの人生に備えたい、
持ち物だ。

そして、かあさんは、
ほのさんを授かってから、
道のりの中で、
何かを発見することが増えたように思う。




先日、大切ないのちを、
お空に還した、Mちゃん。

Mちゃんは、
その「セレンディピティ」に恵まれた女性であると思う。

かあさんとほのさんの、
大切なおともだち。

小さないのち、
お空でキラキラ、見守っていてね。





発売予定を確かめて~↓ ↓ ↓ ↓ ↓
http://www.enterbrain.co.jp/schedule/index.html



ポチッとな↓
にほんブログ村 子育てブログ 障がい児育児へ
にほんブログ村

にほんブログ村 介護ブログ 障がい者福祉・介護へ
にほんブログ村
[PR]
by honohono1017 | 2009-11-26 16:16 | Life

どんないのちも。

この連休で、
やむを得ず、人ごみに行かねばならぬ用事が多くあり、
またまたかあさん、風邪っぽい。

その上、
新型インフル感染者と接触していた事実まで
明らかになった今、
かあさんはマスクをして、
遠巻きから、ほ~の~さ~ん…
と言って、用事が無い限り、
出来る限り近づかない。


先日、ほのおばさんの出産した赤ちゃんに
はじめましてをしに、
病院を訪ねた。

f0199379_20431058.jpg


なななんと、これは、
病室の窓から見える景色…

産科病棟も、
なんだかあたたかな雰囲気で、
妊婦さんや出産後のママたちの病衣も、
ピンクのギンガムチェックで、
ひじょーに可愛らしい。

なにもかもが、
かあさんがほのさんを出産したときと、違う。
違いすぎる。

そして、
かあさん、人生初の姪っ子は、
とっても、麗しい。
(義理兄にうりふたつ…)

かあさんの知っている「赤ちゃん」は、
微動だにしない、ほのさんきり。

だから、動いている赤ちゃんをたくさん見て、
「あー動いてる」「おーこっちも動いとる」
と、物珍しかった。

今頃、ほのさんの初従姉妹は、
お七夜を済ませ、
かわいらしいお名前をもらっただろう。


幸せ気分の一方で、
久しぶりに足を踏み入れる、
幸せに満ち溢れる、産科病棟の雰囲気に、
なんだか胸がキューっとしめつけられる思いが、
一瞬、した。

ほのさんを産んで、
生死をさまよう我が子と、
同じ病院にいながら、
抱いてやることも出来ずに、
身を切られるような思いで過ごした、あの頃。

ほのさんも、
とうさんも、
かあさんも、
がんばったね。

自画自賛の、今の胸中。

どんないのちも、
生まれて、
おめでとう。

生まれて、
ありがとう。

ポチッとな↓
にほんブログ村 子育てブログ 障がい児育児へ
にほんブログ村

にほんブログ村 介護ブログ 障がい者福祉・介護へ
にほんブログ村
[PR]
by honohono1017 | 2009-11-25 20:53 | Life

明日の日経新聞

おっと。

さきほど、
大真面目な記事を書いて、
すっかり忘れてしまった…

明日、11月25日の
日本経済新聞の夕刊に、
重症児の特集記事が掲載されます。

(本当は、本日24日と二日連続です…言うのが遅かった…)

ほのさんのケースが、書かれるはず…

よろしければ、ご覧ください。

ポチッとな↓
にほんブログ村 子育てブログ 障がい児育児へ
にほんブログ村

にほんブログ村 介護ブログ 障がい者福祉・介護へ
にほんブログ村
[PR]
by honohono1017 | 2009-11-24 18:52 | Event

287日目。

今日は、久しぶりにこの話題を書くことになってしまった。

22日夕、北海道内の病院で、
20歳代の女性が臓器移植法に基づいて
脳死と判定された。

23日に、臓器の摘出を終えた。

同日から24日にかけて、
各臓器の移植が行われているという。


今回の臓器移植は、
97年10月の施行以来82例目で、
今年7月の改正法成立後、初。

臓器移植は今年2月から途絶えており、
空白期間は、
1例目が出て以降、
最長の286日間…


ここのところ、
臓器移植について、
そもそものところから、勉強しなおしていたところだった。

この記事を見て、何を思うか。
何を思えばいいか。

正直、何か激しい感情が起こったわけではない。

だが、あまりにも色んなことが頭を巡って、
沈黙の音が「キーン」と鳴り響いた。

その中で、
ほのさんの、規則的な「声」が響く。



1968年、「不可逆的昏睡」が着目されて、
「脳死」という名称に改名された。

世の中は、心臓移植のブーム真っ盛り。
動いている心臓を取り出して移植を行えば、
殺人罪に問われかねない。

心臓移植をつつがなく行うためには、
「不可逆的昏睡」を
人の「死」にする必要があったのだ。




今年の夏に、日本での臓器移植法改正の議論の中で、
日本移植学会の理事長が、
「いくら心臓が動き続けても、脳機能は二度と回復せず、必ず心臓も止まる」。
と強調していたことを、鮮明に覚えている。

長期脳死と呼ばれるこどもについて、このように述べているのだが。

このことは、(今さらながら)二つの大きな問題をはらんでいる。

第一に、「脳死=人の死」であることを証明しようとする発言であるはずが、
(脳死状態で)心臓が動き続けていても、
「必ず心臓は止まる(心臓死にいたる)」と言っていること。

心臓死が人の死であることは、
誰もがそうであると受け入れる。

つまり、「心臓が止まる=死ぬ」ということならば、
脳死者は心臓が動いているのであって、
「死んだも同然」といいたいのだろうが、
「死んだも同然」と「死んでいる」のとでは
全く違う。

彼らが「死んだも同然」ということは、
つまりその人は、「生きている」と認めているということだ。

なんだか、あげあしをとっているように思うかもしれないが、
それくらい、無理のある話であって、
よくよく考えれば、トリックだらけなのだ。

もし、移植をするために、
生きた人間にメスを入れて臓器を取り出す…
ということに、あなたは賛成できますか…
と問われたら、人々の回答は違ってくるはずだ。


第二に、人間の臓器の一つである「脳」がダメになると
どうして「死」とみなされるのか、という問題。

脳とは、わたしたちの体の数ある器官の中で、
中心的な統合体、すなわち、
身体の中枢器官であり、
それが破壊されたり不可逆的に機能停止すれば、
身体の有機的統合性は失われる…
という考えが一般的だからだと思われる。

では、本当に
脳は身体の中枢器官であり、
その脳がダメになると、
体の統合性は失われて、
「死」に至るのか…


近年の医学では、
身体の基本的な構成要素である、
各臓器、器官が相互依存性を保ちながら、
それぞれ精神的・肉体的活動や、
体内環境の維持(ホメオスタシス)のために
機能を分担して、全体として統合性を保っている状態を、
「人の生」とし、
こうした統合性が失われた状態をもって
「人の死」とする考えである。

そして、その統合性を保つのに欠かせないのが
「脳」である、というわけだ。

これに対して、次のような指摘がなされている。

第一に、「脳の統合機能の大半は、
実は身体を制御していない」。

これまで、
体温調整、水分や電解質調整、栄養、呼吸、
循環、危険に対する反応…
といった諸機能が、
脳死=人の死」だとする人たちの間で、
脳が身体全体を制御する証拠として挙げられてきた。

しかし、本当にそうなのか。

例えば、「呼吸」について。
「呼吸」とは、「肺による換気、という外呼吸」を意味するとする。

そもそも外呼吸は、身体の統合機能ではないし、
生存に必須でもない。

なぜなら、胎児や人工心肺によって循環を受けている患者は、
外呼吸がなくても、
身体の統合性を維持して生きていく。

つまり、外呼吸という意味での呼吸は、
身体の統合機能そのものではなく、
その条件である。

また、呼吸が細胞内のミトコンドリアでの酸素と二酸化炭素との
ガス交換という内呼吸を意味するなら、
呼吸は脳を介さないまま、
外呼吸以上に、
身体の統合性を造りだしている。

栄養についても。

栄養を飲食や嚥下と捉えると、
そこには脳が介在するが、
栄養が身体の統合性をもたらすわけではない。

逆に、、
栄養を生化学的な同化、とすると、
それは確かに身体の統合機能であるものの、
脳はほとんど関与していない。


大脳はもちろん、脳幹部もダメだと言われた、ほのさん。

外呼吸はないが、
人工呼吸器をかりて、
脳を介さず、
ガス交換を行って、
統合性を保って、「生きている」。

栄養はどうか。
経口の飲食ができず、胃チューブを通して摂取。
脳を介さず栄養を同化させて、
元気に成長している。

つまり。

「脳の統合機能の大半は、
実は身体を制御していない」
ということ。

脳の統合機能のうち、
身体の統合性に係わるものでさえ、
身体の統合性そのものを創り出しているわけではなく、
既存の統合性を維持し、改良しているに過ぎない。


整理する。

「脳死は人の死」とする根拠は、
「身体の有機的統合性の喪失」である。

にもかかわらず。

脳死判定では、
身体の統合性に係わる脳の機能には一切触れていないのである。

脳死判定では、
意識や頭蓋内神経機能や、
自発呼吸(外呼吸)の有無を調べるだけ。

脳の視床下部からの内分泌や血圧、
体温の維持などは、
脳が介在して身体の統合性を生み出す典型的な例なのに、
脳死判定からは、除外されている。

第二に、
「身体の統合機能には、
脳が介在しないものや、
一部の脳死者にも存在するものが多数ある」
という指摘。

まず、有機的統合性の定義とは。

第1の定義として。
ホメオスタシスの維持、老廃物の排泄、解毒、再利用、
エネルギー調整、低体温時に毛布をかけた際の体温維持、
怪我の治癒、免疫拒絶反応、
感染時の熱発反応、脳死者の妊娠の維持、
脳死の子どもの性的成熟や均整のとれた肉体成長、など。

第2の定義まで満たすものとして、
急性心肺停止・低血圧・誤嚥・敗血症などから回復して安定する能力、
積極的治療を終えた後の自然治癒、
尿崩症に医学的に対処した後に、
水分と電解質のバランスを自分で維持する能力、
慢性脳死者が集中治療を離れて、
最低限の看護だけで生きてゆく能力…など。



以上のように、
身体の統合性は脳によらないし、
脳の統合機能は身体を統御していない、とすると。

脳が統御しない身体の統合性は、
脳が介在することによって、
より活性化するものの、
能が無ければ消失するというものではない、ということである。


少々、難しくなった。

かあさんが、何を言いたかったか。

脳死診断を受けていない、ほのさんが、
脳死なのか、脳死状態なのか、
臨床的脳死診断を受けたのか、
そんなことは、どうでもいい。

だが、なんとも腑に落ちないことが、たくさんあった。

人間のすべてをつかさどっているはずの、脳が、
全部、ダメだよ、と、言われたのに、
なんで、ほのさんは、
こんなにもちゃ~んと、健康な2歳児同様、成長しているのか、
顔を真っ赤にして、うんちを踏ん張るのか、
「体温維持が出来ない」「低体温」なんて言われるけど、
じゃあ、どうして、電気毛布をかければ、
コントロールできるのか…。

かあさんも、
人間のすべては、脳がコントロールしていると思っていたのだ。

その一方で。

そうは言っても、
脳がダメだって、
ほのさんは、ちゃーんと意思表示するもん。
嬉しいって顔したり、
イヤだ~って言ったりするもん、って。

一般的な脳に対する、万能なイメージと、
脳がすべてではないということを、ほのさんが言ってるもん、という
娘から教わる「事実」とのハザマにあって、
臓器移植法改正の議論も重なり、
何が大切なことなのか、
少しわからなくなっていた。

「臓器の移植」という事柄に隠れて、
大切なことが議論されないできたこと、
完全に見失っていることを、
あらためて、思った。


問題は、もちろん、ほのさんが
「脳死」かどうか、ではない。

脳死に近い状態であろうと、
脳に障害がある状態であろうと、
脳に何らかの障害がある人たちを、
軽んじること、
価値の無いいのちだと、
暗に言っている、
ということに気付かなければならない。

脳がダメな人は、
生きていても、何も価値が無い。
脳がダメな状態で生きていても、
本人にとっても、何にも利益が無い。

「脳死者は、遠からず確実に死ぬ」
と言われているのは、
そういう意味なんだ。

人間は、みんな、確実に死ぬ。
生まれてきたということは、いずれ死が訪れるということだ。 

だが、脳死者だけが「確実に死ぬ」と
あえて言われなければならないのは、
「あとは死ぬだけだ」と言われているのと同じ。



脳がダメな状態で生きているほのさん。

ほのさんを毎日見ていて、
これが本当に「生きていてムダ」ないのちなのか、と思う。

ほのさんを知ってくださっているみなさんは、
そんなことないよ、
ほのさんは、ちゃーんと生きているよ、
と言ってくださるかも知れない。

だけど、
「脳死=人の死」だと言われていることは、
いろんな定義の誤りや、
言葉のアヤや、
理論のトリックがあるにせよ、
脳のダメなほのさんのいのちを否定することになる。

そして、脳死者が価値がないなら、
脳に障害がある人、
植物状態の人…
どんどん、価値のないといわれる人は増えていく。


かあさんは、
頭皮にまで伝わった脳の活動だけを探知している脳波検査で、
ほのさんの、その検査結果がたとえ「平坦」と言われても、
(ものすごい、身を切られるようなショックであるが)
目の前のほのさんが大切で愛おしいことに変わりがない。

だが、
そんな状態で生きていることに
「何の意味があるの」
「価値がない」
などと、
法律で決められることは、
ほのさんの親として、許しがたい。
人としても、許せない。

これまで書いたような知識がなくったって、
かあさんの目に映るほのさんはいつだって、
生まれたときからずっと、
統合性を保って、
人間らしく、生きてきた。
これからも、生きていく。
成長していく。


ポチッとな↓
にほんブログ村 子育てブログ 障がい児育児へ
にほんブログ村

にほんブログ村 介護ブログ 障がい者福祉・介護へ
にほんブログ村
[PR]
by honohono1017 | 2009-11-24 18:32 | normalization

どっちが、どっち?

f0199379_11141240.jpg


朝からお風呂に入って、ご満悦ほのさん。

でも、
どっちがほのさんで、
どっちがマトさんか、
よーわからんくなってきた、今日この頃。

かあさんは、これから、
ほのおばさんのベビーちゃんに
はじめまして、してくるよ。

ポチッとな↓
にほんブログ村 子育てブログ 障がい児育児へ
にほんブログ村

にほんブログ村 介護ブログ 障がい者福祉・介護へ
にほんブログ村
[PR]
by honohono1017 | 2009-11-23 11:15 | Life


以前の記事
カテゴリ
最新のトラックバック
お気に入りブログ
ライフログ
タグ
検索
人気ジャンル
ブログパーツ
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧