ほのさんのバラ色在宅生活


低酸素脳症、人工呼吸器をつけた娘とのナナコロビヤオキ的泣き笑いのバラ色在宅ライフ
by honohono1017
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ほのさんの学校生活と、特別支援教育についての覚書。その2

つづき

また、就学相談において大きな疑問を抱い点は、
「学区」の問題である。

ほのさんのような子どもにとって、
学校に行く際に最も問題となるのは、「移動」ということだ。

スクールバスにも乗ることができず、
移動に際して、母親以外にもう一人の手が必要な子どもにとっては
「学校が近い」ということが何よりも助かる。

ところが、「学区」が非常に厳しく決められており、
ほのさんの住む地域では、
特別支援学校がある地域に偏りがあり、
通学の負担緩和のため、
新しく特別支援学校が設立されて、
その学校が我が家から一番近い場所にあるのだが、
学区外であり、学区を乗り越えることは非常に難しいということで、
当初、その学校を希望していたが、まったくとりあってもらえなかった。

「学区」の問題は、ほのさんのまわりのお友だちからも、たくさん聞かれた。

通学の困難さから「学区」を超えて、より近い学校を希望したところ、
その希望にはそえないので、通えないのなら「訪問籍にしてはどうか」
と言われたというおともだちもいた。

一つの学校に生徒が偏ってはいけないし、
学校運営のためにかあさんなどには想像もつかない何かがあるのかもしれないけれど、
そもそも「個別のニーズ」ということでの特別支援学校ならば、
「通う」と言うことに関して、もう少し個別の配慮、あるいは
相談に応じる姿勢も必要なのではないかと思う。

さらに、「通う」ということに関して言うと、さらに問題がある。

特別支援学校からは、スクールバスが出ている。

バスストップまで一人で行けない子どもたちは、
ヘルパーさんに同行してもらえる。
もちろん、親がバスストップまで送り迎えしている場合もある。

スクールバスに乗れない子はどうか。
親が車で送り迎えをしている場合もあるし、
親だけでは手が足りない場合は、加えてヘルパーさんをお願いする場合もある。
この場合は、親が運転する車に、本人の横にヘルパーさんが同乗することになっている。
ヘルパーさんは、本人の横にいて支援にあたる、と決められているからだそうだ。

ところが、ほのさんの場合、
車の中でほのさんの横にいるのは「かあさん」でなければならない。
痰を詰まらせて急変する可能性があるからだ。
その上、かあさんは車の免許を持っていない。

だからと言って、移動について、
「車+運転手」では困る。

車の中で様々なケアをする場合、
ほのさんのケアに慣れているヘルパーさんの手助けが必ず必要となるからだ。

このような事情を役所に話すと、
提案される方法は3つ。

①「生活サポート」の利用
車+運転手(ヘルパー)が来てくれて、学校まで送り迎えしてくれる。

実際には、以前、しらみつぶしに事業所をあたったがことわられてしまい、、
医療的ケアのある子どもの利用ができる事業所は非常に限られているため空きがない。

②「移動支援(通学通所)」を利用、ただしヘルパー2人体制
ほのさんはもともと、ヘルパーさんが2人でケアにあたることが許可されているので、
ベッドからバギーへの移乗などの準備などにヘルパーさん2人で支援に当たり、
車に乗ってからは、一人が運転(あくまでボランティア)、一人がほのさんの横に。

実際には、ほのさんの横にはかあさんがいるので
(ほのさんが登校するときにはかあさんの付き添いが必須です)
もう一人ヘルパーさんが横にいる必要はない。
役所はあくまで本人の横に付き添うことが「支援」だとするが、
公共の交通手段やスクールバスに乗ることができない以上、
目的地まで安全に運んでくれる「足」というものも立派な「支援」であると
これまでもことあるごとに主張してきたが、なかなか認めてもらえない。

③福祉タクシーなどの利用

タクシー券が利用できるとはいえ、
学校まで距離がある以上、かなり料金がかかってしまうし、
タクシー利用の他にヘルパーさんも頼まなければならないし、
お金の問題以前に、子どもが義務教育で、県立の学区内の学校に通うのに
タクシーを利用するということが、かあさんにはとても受け入れられない。


この「通う」という問題において考えたいことは、
子どもたちが学校に安全に登下校することにおける責任がだれにあるか、
ということだと思う。

もちろん親にはその責任があるし
(親が毎日、付き添うことを強制されることが責任か、という問題は置いておいて)

スクールバスを出しているということは、
学校にもその責任があり、

スクールバスを利用できない場合においては、
それを補う形で、「福祉」が担うべき責任もあると思うのだ。

特別支援学校に入学を許可します。
入学を許可しますが、スクールバスに乗れない以上、
「通う」方法はそれぞれで何とかしてください、
「親」がどうにかしてください、
「福祉」分野で解決してください、
という問題ではどうもおかしい気がするのだ。

せっかく、どんな障害を抱えていても教育の機会が保障されるべきだ、とされていても、
「通う」ことができなくては、一体、何が保障されているというのだろうか。




それから、先に記した「インクルーシブ教育」という視点から見て、
現在の「特別支援教育」というものはどうなのか。

「インクルーシブ教育」や「インクルージョン」という用語は、
平成6年、「特別ニーズ教育に関する世界会議」によって国際的に認知されたといわれているが、
何か共通な定義があるわけではないという。

ここはかあさんも勘違いしていた点で、
全ての障がい児が通常の学級で学ぶべきとする立場のことをさすわけではなく、
多様な教育の形態を認める立場もあるらしい。

ただし、大きな特徴としては、通常教育自体の改革を求めていることがあげられ、
この点で、従来の統合教育(インテグレーション)とは異なると言われている。

理想を言えば、ほのさんもどんな子も、
近所のこどもたちがみんな、近くの同じ学校に通うことができたら、
それに越したことはないと思う。

だが、今現在の普通学校に、
ほのさんが通うことを考えたならば、
ほのさん的にも難しいことがたくさんあるし、
まわりの子どもたちにしてみても、
すべてをほのさんと共に行うことがいいことかどうか難しいところだ。

この想像自体、
いわゆる、かあさんも受けてきた従来の「通常教育」に
ほのさんを当てはめる形の過程であるから無理なのも当然で、
どちらかの誰かを、どちらかの教育に当てはめる形ではなく、
新しい形態を生み出すことがインクルーシブであるならば
それはとても素晴らしいだろうが、
ちょっとどんなものなのか考えようもない。

インクルーシブ教育は世界的な流れであり、
日本ももれなくこれに向かっているようなのだが、
これまでの経験や感覚からすれば、
障がいのある子どもたちがなんとか努力して普通教育にのっかりなさい、
頑張って地域の小学校に入学しなさい、それが一番なんだから、
という意味合いで「インクルーシブ」を捉えてはいないだろうか。

障がいをもった子どもたちやその親たちの必死の努力を前提とし、
そういった子どもたちを、大多数の子どもたちの方の「かた」にはめ込む形が
日本の「インクルーシブ」であるならば、
それは、特別支援学校に通っていることを差別的にみられることと同じくらいに
苦痛でおかしなことであると言わなければならない。

とはいえ、かあさんは全くの無知であり、
そんなことは見当違いであるならばいいのだが、
「インクルーシブ」という輸入された概念に対して、
誰でもがわかる、適当な日本語をあてることも難しいこの土壌の中で、

その理念を手っ取り早く実現しようと急ぐあまり、
もっと細かな、
先に述べたような、就学相談というシステムであるとか、
「通う」手段の不整備であるとか、
もっと根本的な、基礎的な問題が未解決になってはいないだろうか。

「我が国も、この理念に基づいていきます」
というようなお達しが、「うえのうえ」から降りてきて、
それにかかわる部署の人たちが、
その中身について深く、現実的に理解することを吹っ飛ばして、
教育に関わる手続きや仕事を行ってはいないだろうか。


昨年4月から始まった就学相談。

9月には、就学を次年度に控えた子どもたちには、
戸籍をもとに、一律に先に述べた「就学前検診」の案内が送られてくる。

ほのさんにも漏れなく送られてきたわけだが、
9月の時点では、すでに担当コーディネーターと繰り返し面談を重ねており、
つまり特別支援学校に入学希望である意思は伝わっている上に、
就学委員会もそれと同様の意見をだし、
その方向で進んでいっている状況であった。

かあさんにしてみれば、
それならば地域の学校で行われる健康診断には行かなくてよい、
というよりは、そこで健康診断を受けられる状態にないから
特別支援学校に入学を希望しているわけだから、
健診案内が送られてくることに疑問があった。

問い合わせたところ、戸籍に基づいて一律に送ることに定められている、
その上、現時点ではお子さんの特別支援学校への入学は決定には至っていないので、
仕方ない、ということであった。

それならば、「特別支援学校に入学を希望されている場合は」というような注意書きが、
「私学への進学を希望している場合は」などという注意書きと共に書かれていてもいいはずだし、
どうしても案内を送付するならば、
担当のコーディネーターがとりはからってくれてもいいのではないかと思った。

だが実際には、地域の小学校の教頭あてに
母親が「うちの子はこういう事情で(障害があって)健康診断に参加できません」と
電話連絡をしなくてはならなかった。

仕方ないので電話したところ、
教頭先生は、

「どんなお子さんでも一律に地域の学校で健診を受けるのが原則です」
と前置きして、

お子さんの状態はわかりましたので、
健診を欠席ということで了解しました、

とおっしゃったのですが。


「どんなおこさんでも一律に」
という一言に、
「平等に」というニュアンスを含ませたかったのか何なのか本当によくわからなかったし、
ほのさんのような子どもがこの地域にかつていなければ、
心底、健診を欠席するほのさんの体の状態について想像がつかなかったのかもしれないし、
とにかく、なんていうか、
「インクルーシブ教育」の実践で、
ほのさんがこの地域の学校の「かた」にはめこまれるということは
不可能に近いなあと思ってしまった。

また、「インクルーシブ教育」の実践のために、
わが県では「支援籍」という名前で、
地域の小学校と特別支援学校と、
両方に籍を置くことができるシステムがある。

少しずつなら両方の学校に行くことができる子どもにとって、
それは素晴らしいシステムであるのだろう。

新入生にもその「支援籍」の案内があったのだが、
まだ実際に授業も始まっておらず、
我が子が学校生活に慣れていけるだろうかという状況の中、
「支援籍」についての説明がさっとあったのちに、
希望される場合は手続き上、必要書類をこの場で提出してください、
という案内の仕方も、
いやー、インクルーシブねえ、と正直、苦笑ってしまった。

たくさんの子どもたちがいて、
たくさんの書類や手続きがあって、
ひとつのことをするにも、本当にたくさんの人が関わっていて、
想像するよりもはるかに大変なことなのだと思うのだが、
結局、一人ひとりのこどもたちとじっくり関わって、
その子どもに必要なこと、それに関わる準備などを、
丁寧に話して、確認して、
過程を大切にやっていくこと、
それを積み重ねていくこと以上に大切なことはないんじゃないかと
事あるごとに感じていて、
そうしていくことで、
さまざまな子どもたちが存在する今の世の中で、
「かたにはめ」ようとしていたんじゃないかと気づいたり、
「かたにはめる」ことそれ自体が「インクルーシブ教育」から、
一番遠いことなんじゃないかとか、
そうやって少しずつ、ちょっとしたことから変わっていくんじゃないのかなと思ったり。


現在の特別支援教育は、

「学校は集団で学びあったり遊んだりしながら、
お互いに育ちあうところという学校文化が揺らいできていることを危惧している」

とか、

個別の指導計画やソーシャルスキルトレーニングなど、
個別の指導が重視され、
子ども集団や人と人とのつながりが軽視される傾向」

だと指摘されているようだ。


かあさんは、教育学者ではないからよくわからないし、
ほのさんの学校生活も始まったばかり。

この指摘によれば、
先生対生徒、1対1の訪問教育は「学校」ではなくなってしまう。

しかし、ほのさんの受けている訪問授業は、
場所は「家庭」であるが、
先生が来てくださることで「学校」となり、
本人もこれまで関わってきてくださった方たちとはまた違った関係、
つまり、本人なりに「先生」という人をわかっている。

そして先生の、ほのさんとの関わり、
ほのさんという一人の生徒の受け止め方、接し方はとても素晴らしく、
ほのさんの個性、できること、ニーズを捉えて授業がすすめられている。

ほのさんのような子どもにとって、
じっくりと本人にあわせて関わりをもってもらうこと、
そうやって少しずつ成長して、
意思表示ができるようになったり、できることが増えていくということは、
本人の生活にとっても、人生にとっても、今後においても、
非常に大切なことが。

障がいの有無にかかわらず、
全ての子どもに教育の機会が保障されるべきだ、
という文句は、
「平等」という視点からのみならず、
たかがまだ授業が始まって1か月足らずだが、
ほのさんの成長、変化が顕著であることから、
「それぞれにあった教育」の大切さについては、
自信を持って言えることだ。

先生との関係が築けてきたので、
明日は、入学式以来、初めて登校させてみるつもりだ。

お友だちを感じること、
お友だちと過ごすことで、
お友だちの中の自分を感じること、

これがほのさんの次なるステップだ。

そうやって一歩ずつ進んでいくことが
インクルーシブ教育への道筋ではないか。
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by honohono1017 | 2014-04-30 22:45 | normalization

ほのさんの学校生活と、特別支援教育についての覚書。

感動的な入学式も、なんだか遠い昔のよう、

慌ただしくも充実した新生活が始まって1か月足らず。


ほのさんは、すっかり訪問の授業にも慣れてきて。

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楽器にあわせて歌をうたったり、

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先生のお膝のうえでもご機嫌で、

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手に絵の具を塗ったって、もう泣いたりしないし、

とにかく、あたらしいことをするということが、

心から嬉しくて、楽しくて、仕方のない様子。


授業のない日は、うんともすんとも言わずに、
ただひたすらふかーい眠りに落ちて過ごす時間も多く、

いくら呼びかけてもおしゃべりしないものだから、
みなさんに心配されたり、

ほのさんのおこえがきけなくて さびしいなあ

って言われたり。

それでも学校の先生がいらっしゃるとパキッと起きることも多く、

うんっ、とか、うんうーん、とか、

先生の問いかけに、さまざまにお返事できるようになりました。

これまでやったことのないことに取り組むときは、

スーッスーッと声をひそめて、目をぐっと見開いて、
目を吊り上げて真剣な表情をして、
全身で、いま何をしているのかを受け止めている様子で、

あるいは、あんまりびっくりすると涙をほろりと流すこともあったり。
(ほのさんの手のひらがフライパンになって、目玉焼きが焼けた、
という手遊びの時には、あんまりに衝撃的だったのか、
涙がほろり、でした 笑)


あんまり一生懸命に取り組んで、はりきってお返事などしていると、
疲れてしまわないかしらと心配になることもあるけれど、

そのあと、くーっと眠りに落ちたり、
あるいは何日間か、ほとんど起きなかったり、
具合が悪くなることも無く、
自分でちゃんと調整ができるようになったみたいで、
それも大きな変化。


それから、授業は、
自分のベッドからソファーベッドに移動したり、
先生のお膝に乗ったり、
座位保持椅子に座ったりと、

たくさん移動して、いろいろな姿勢を取るので、
授業が終わってベッドに戻ると、

もう自然にたくさん痰が上がってきていて、
これまでみたいに雑音が取れないとれないと言って
ものすごく時間がかかる、ということもほとんどなくなった。

授業が始まったことで、これまでのケア時間などがずれたりしたけど、
自然に痰が上がってきてくれるので、
時間がずれたことで体調が狂うということもなく、
授業の良い影響と、
ほのさんの体力がついたことをひしひしと感じている。

いやあ、小学生って、スゴイ。

本当に。



授業がはじまったことで、
毎日、午前も午後もびっしりと予定が詰まって、
かあさんが息つく間もなくなることで
かあさん自身の体調もちょっと不安だったけど、
ほのさんがこれだけ授業を楽しみにしていること、
ぐんぐんと新しいことを吸収して、受け止めてくれていること、
またその様子をそばで見られること、

それがかあさんにとってもすばらしく嬉しことで、
忙しい生活の励みになっている。

これからは少しずつ、登校させてみよう。




こうして始まった、ほのさんの学校生活。

特別支援学校の訪問授業は、
ほのさんにとって本当に大きな大きな経験であり、
今後の成長がますます楽しみになってきたわけだけど、

そもそも特別支援教育というものがなんなのか、
入学に向けて行なってきた、疑問の多かった就学相談とか、
あるいは「教育」そのものが一体どういう意味を持つのか、
ということを、少し考える機会となった。


平成16年6月、「学校教育法の一部を改正する法律」が成立、
平成19年4月、改正法が施行。

従来の「特殊教育」は「特別支援教育」に改められ、
盲学校、聾学校、養護学校が、特別支援学校に一本化された。

その後、「障がい者の権利に関する条約」に規定された、
「インクルーシブ教育」の実現に向けて、
特別支援教育の今後が問い直されている。


この、「特別支援教育」への転換による大きな変化は、

それまでの「特殊教育」が
「障害の程度等に応じて特別の場所で教育を行う」ことだったのに対して、

「障害のある児童生と一人ひとりの教育的ニーズに応じて
適切な教育的支援を行う、としたことだという。

特別支援教育の推進に当たり、文科省は、

「特別支援教育は、障害のある児童生徒の自立や社会参加に向けた
主体的な取り組みを支援する視点に立ち、
幼児児童生徒一人ひとりの教育的ニーズを把握し、
そのもてる力を高め、
生活や学習上の困難を改善または克服するため、
適切な指導および必要な支援を行うものである。

とした。

そして、特別支援教育が行われるべき「対象」「場所」についても、

「これまでの特殊教育の対象の障がいだけでなく、
知的な遅れのない発達障害も含めて、
特別な支援を必要とする幼児児童生徒が在籍する全ての学校において
実施されるものである」

とした。

さらに、

「特別支援教育は、障害のある幼児児童生徒への教育にとどまらず、
障害の有無やその他の個々の違いを認識しつつ
様々な人々が生き生きと活躍できる共生社会の基礎となるものであり、
我が国の現在及び将来の社会にとって重要な意味を持っている」

としている。


つまり、これらのことを噛み砕いて言うならば、

特別支援教育の大きなポイントは、

①これまでの「障害種別」ではなく、「教育的ニーズ」に焦点を当てた教育であること

②軽度の発達障がいを伴うといわれる子どもたちへの支援もその範疇であること

③特別支援学校はその「センター的機能」を担う場所であること

となる。



それでは、この特別支援教育が抱えている問題はどこにあるのか。


まず、さきほども出てきた、
「障がい者の権利に関する条約」において、教育というものがどう規定されているかというと、


a 障がい者が障害を理由として教育制度一般から排除されないこと
及び障害のある児童が障害を理由として無償かつ義務的な初等教育から
又は中等教育から排除されないこと

b 障がい者が、他のものと平等に、自己の生活する地域社会において
包容され、質が高く、かつ、無償の初等教育の機会及び
中等教育の機会を与えられること

c 個人に必要とされる合理的配慮が提供されること

d 障がい者がその効果的な教育を容易にするために必要な支援を教育制度一般の下で受けること

などと記されている。


この障害者権利条約の締結に必要な国内法の整備を行うため、
平成21年12月、民主党政権は内閣に「障がい者制度改革推進本部」を設置。

同会議では、

①「障がいに基づく分離」制度の廃止

②地域の小学校への学籍の一元化

③本人や保護者が特別支援学校や特別支援学級を選択する選択権の保障

などを議題として扱った。



一方、就学先の決定についてはどのような仕組みになっているかというと

「原則として、市町村の教育委員会が就学時の健康診断を踏まえ、
就学基準に該当しない場合は小(中)学校への入学期日等を保護者に通知し、
該当する場合には特別支援学校への就学を都道府県教育委員会に通知する。

ただし、障害のある児童の就学に当たっては、平成14年の学校教育法施行令の改正により、
専門家の意見聴取が、
平成19年の同施行令改正により、
保護者の意見聴取が市町村の教育委員会に義務付けられた。

また、就学基準に該当していても、市町村の教育委員会が、
小中学校において適切な教育を受けることができる特別の事情があると認める児童生徒については
小中学校に就学させることが可能となった。

なお、多くの市町村で教育委員会が適切な就学指導を行うため、
障害の種類、程度に応じて教育学、医学、心理学等の観点から
総合的な判断を行うための審査・審議機関である就学委員会を設置している。




小難しい内容のことを書き連ねたのは、
自分自身の整理のためと、
障がいをもった子どもたちの教育についての実際が、
何に基づいて行われているのか、行われていないのか、
ということについて考えるにあたって、
とても大事なことであると思ったからだ。


ほのさんのように特別支援学校への入学を希望している場合、
年長さんの年の4月から、「就学相談」というものが始まり、
教育委員会の特別支援教育コーディネーターと呼ばれる人を通じて、
就学委員会に就学先をどうするかについて意見をうかがわなければならない。

これは、
「もし特別支援学校への入学を希望している場合は、教育委員会に連絡してください」

などとどこかで教えてもらうこともなかったし、
先に記したとおり、
就学前健診の案内が9月に送られてきて、
普通に地域の小学校に健康診断に連れて行って初めて、
「お宅のお子さんは地域の小学校は無理です」と言われたり、
「うちは特別支援学校を希望しているんですけど」となったり、
あるいは、健康診断自体に連れていくことができなくて、
はじめて教育委員会などに問い合わせて発覚する、ということにもなりかねなかったと思っている。

(ほのさんの場合は、療育センターなどにも通っていなかったし、
年上の小学生のお友だちなども身近にいなかったのだが、
まだ4歳ころに、
知り合いのY美さんに、
もし特別支援学校に入学させたいと思っているならば、
就学年齢の1年前にお母さんから連絡するんですよ、
と教えていただいていたので、
就学相談のスタートが遅れずにすんだ。感謝)

どうして然るべき機関の然るべき人が、
特別支援教育を希望している可能性がある本人家族に、
きちんと「就学相談なるものを受ける必要があるので連絡してください」と
アナウンスしない理由が、

どんな子どもも地域の小学校に籍を置くことに一元化する方向であったり、
特別支援学校への入学はあくまで保護者の意向であると取り決めたから、
であるのだとしたら、
何も知らずに、障がいを持つ子どもの親にしてみればいささか「不親切きわまりないことであり、
何を「尊重」してのことなのかわけがわからないなと思う。


そうしてスタートした就学相談だが。

まず、市の特別支援教育コーディネーターと呼ばれる人に、

「ほのさんのように障がいを持ったお子さんは、
地域の小学校であろうと、特別支援学校であろうと、
どこに入学するにしてもまず、
県にお伺いを立てる必要があります」

と言われてスタートした。

その時点でかあさんは、「就学相談」なるものが、
何のためなのかよくわかっていなかったのだが、
このコーディネーターの説明にはいささか???だった。

先に記したとおり、障がい児の就学にあたっては、
専門家の意見聴取が必要であり、
そして、平成19年以降、保護者の意見聴取が義務付けられたとはいえ、
実際の就学相談は、こちらの意向に沿って、というものではなく、
専門家で構成される就学委員会でそれぞれの子どもの就学先への意見をもらうために、
色々な質問をされ、こちらの希望を聞かれる、という流れだった。

ほのさんがそもそも特別支援学校を選んだのは、
これまで訪問看護師さんやPTさん、OTさん、ヘルパーさんなど、
さまざまな方たちとの関わり合いの中で、
手や足が動かせるようになったり、
初めは単なる「リーク音」だったのが、うん、とかうんうーんとか、
さまざまな声色で問いかけにタイミングよく「声」を出せるようになったり、
手の動きを利用してスイッチやパソコンに取り組むようになったりと、
すこしずつ「自分」と「そと」の区別が育ち、
「そと」との関わり合いの中でじっくりと成長してきたということがあったため、
個別のニーズにあわせてかかわってくれる(だろう)特別支援学校を希望したのだ。

そして、入学の時点で訪問籍を希望したのは、
少しずつ挑戦していきたいと思ったこと、
苦手な冬に、通学籍では登校できない、先生も訪問してくれない、
では困るから、という理由からだった。

もちろん、1回目の就学委員会から出された意見も、
「特別支援学校」の「通学籍」というものだった。

コーディネーターさん曰く、
就学委員会のメンバーからは、「通学籍」というところを強く言われた、ということだった。

本人や親は、就学委員会には出席できず
(つまり、就学委員会のメンバーは、ほのさんに会ったことがない)
あくまでコーディネーターが作成した書類をもって参加して意見をもらうので、
委員会に提出した、判断の材料になる書類を見せてもらったところ、

なんのことはない、

食事、排せつ、着脱などのそれぞれの項目について、
全介助から自立までの段階のどこにあてはまるか、といったようなことがずらっと並び、
そのあとに、保護者の希望、教育的ニーズという欄があって、
幾度かのコーディネーターの面談の中でこちらが話した内容が、
簡単に2、3行で書かれた小さな用紙だった。

我が家においては、
「特別支学校」「訪問籍」という点において、
結果的に就学委員会の出した意見と一致していたから良かったものの、
その結論を導き出した道筋には大きな違いがあって、
特別支援教育は「障害種別」によって行われるものではないとしているにもかかわらず、
やはり、就学先を決定する際には、
本人の自立度や医療的ケアの有無、人工呼吸器をつけているかどうかなどが
大きく関わっている、というより、
それのみによって判断されているといっても過言ではない、という印象を受けた。

つづく
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by honohono1017 | 2014-04-30 22:44 | normalization

まざまざと、見せつけろ。

ほのさんのように「重症」を極めた障害を持つこどもが、
「発達」している、ということを
実感をもって理解できる人は世の中には少ないと思う。

かあさんも、
「ほのかあさん」となるまで、
そのようなことを理解できるはずがなかった。




ほのさんは、生まれてから9ヶ月間のあいだ、
「我が家に」に変えることもできず、
モニターなどの機械音が絶えず聞こえる異質の空間、
「病室」という場所で過ごした。

生後6ヶ月で、NICUから一般の小児科に転科してからの3ヶ月間は、
朝から晩まで、ほぼ毎日、
かあさんもほのさんに付き添い、
「病室」で過ごした。

その頃のほのさんは、青っ白い顔をして、
あまり表情も感じられず、
声もほとんど出ていなかった。

かあさんはかあさんで、
ほのさんをおうちに連れて帰ってから、
自分が責任をもってほのさんを育てられるように、
ほのさんのケアや、急変時の対応、機械類の扱いなどを覚えることに精一杯だった。


やっとの思いで、ほのさんをはじめてスイートホームに連れて帰った、
4年前の夏。

看護師さんやヘルパーさんや、
たくさんの人たちが1日にに何度も出入し、
なにもかも助けてもらわなければ自分でできないほのさんと、
そんなほのさんを自分ひとりでは育てていけないかあさん自身を、
時には悲しく思うこともあった。

ところが、ほのさんは、
「とうさんかあさん以外」の人たちと、
「ケア」を通して、自分自身で関係を築いていった。

かあさんが間にはいって、
ほのさんは、こういう子です、
こうされるとイヤがります、
などと通訳に入らなくとも、
ほのさんはだんだんと、表情や顔色、声など、
自分なりの方法で、
自分の力で伝え、理解されていくとともに、
「ケア」してくれるたくさんの人たちを、
それぞれの話しかけ方、触り方などで覚え、
理解していったのだ。

退院した当初、
「とうさんかあさん以外の人から、ケアされることができるように」
という願いを持っていたのだが、
それどころかほのさんは、
生きていくうえで欠かせない「ケア」を通して、
相互的な人間関係すら築いていったのである。

自分の力で動くこともできす、話すこともできないほのさんが、
「人間関係を築く」などということは、
当時のかあさんには、考えられなかったことだった。




お家で安定した生活を送ることができるようになり、
病院から遠ざかっていると、
たまに入院した時に、ほのさんの「ケア」がうまくいかない、
という問題が起こるようになった。

お腹を押しておしっこを出すことも、
排痰の動作や、吸引ひとつとっても、
簡単なことではないし、
はじめてほのさんをみる看護師さんが何もかもうまくできるかといったら、
それはとても難しいことだ。

だが問題は、技術的なことや、「慣れ」ということのほかにも、
もっと別な、大切なことがあるように感じていた。

ほのさんは、病院に行くと明らかに、
おうちにいるときとは違う。

表情はこわばって固く、
得意のおしゃべりも少なく、
声を出していても抑揚がなく、常に叫んでいる。

普段ならほとんど下げることもなく100点満点のサチュレーションも、
突然がくんと下げる。

本人は全身で「心地の悪さ」を表しているのだが、
「声にならない声」であるため、
スタッフには届かない。

入院生活から、おうちに戻っても、
その「心地の悪さ」が引き起こした全身状態の悪化はかなり長引き、
昨年の秋の入院後には、大量に髪の毛まで抜けてしまった。



なんとか、そこまでほのさんが苦しむことなく入院生活を送れるように、
何度も病棟に相談したが、

「おかあさんが一番だから」

という一言で話が終わってしまっていた。




たくさんの、時間ごとに決められたケアを、
忙しい病院にお願いすることも申し訳ないという気持ちもあり、
また、入院する機会も少ないためうまくいかなくても仕方がない、
と思いつつも、
おうちでは、新しくほのさんをみる人が来ても、
それほど苦労せずにほのさんと関係が築け、
そのうちにケアもすんなりとやっていただけるのに、
何が病院とは違うのだろうと考えていた。




ほのさんにとって、

おしっこがすっきり出た

痰がすっきり取れた

口の中がさっぱりとしている

お風呂にはいってきれいになった

というような、
ケアが行き届いて、清潔が保たれている状態は、

尿路感染を防ぐとか、
無気肺や肺炎を防ぐとか、
つまり、「いのち」をまもるために重要であるとともに、
「心地よい」という、とても大切な感覚を生んでいる。

ほのさんにとって、その「心地よい」という感覚は、
ほのさんが生きている中で、とても大切な感覚なんだと思う。

健康な人にとって、
自分の体が「調子が良い」という状態は、
それほど本人の意識に上らないことであると思うし、
「調子が良い」ということに生きがいなど感じないだろう。

かあさんがかつて、機械がいっぱいくっついた状態で、
保育器に入れられた、生まれたばかりのほのさんを見て、

「この子はこんな状態で生きていて辛くないのだろうか」

と思ったにもかかわらず、

ほのさんと接していくうちに、
不思議と、

「生きている」ことそれ自体を、
とても喜んでいるように見受けられたのは、

この、「心地よい状態」のことだったのかもしれない。



そして、「心地よい状態」であるために必要な「ケア」を通して、
ほのさんは人間関係を築いているわけだから、
「ケア」は、ほのさんの生きる喜びを作り出すと共に、
ほのさんの社会性を作る。

だとすれば、病院で「ケア」がうまくいかないのも納得がいく。

緊急度や治療が優先される環境で、
(本来ならばいのちを守る上でも重要なはずなのだが)
ひとつひとつのケアがおざなりにされ、
ケアを行うときにも、
本人に声かけがなかったり、
嫌がっていないか、痛くないかと様子を見ずにおこなってしまえば、
ほのさんはその人と関係を築くこともできず、
ひょっとしたら「やめて」と、いつものように顔を赤くして目を吊り上げていたかもしれないのに、
気付いてもらえず、不快さだけが残り、
そのうちに、「やめて」という意思表示すらできなくなってしまう。



ほのさんにとっての「ケア」の深い意味がわからずとも、
少なくとも、
ほのさんが「何にもわからない子」ではないということ、
本人なりの意思表示がたくさんあるということを一緒に伝えてもらうべく、
先日のレスパイト入院の際に、
いつもお世話になっている訪問看護師さんに同行してもらい、
病棟で短時間のカンファレンスを開き、
かあさんも参加した。

今回から、ほのさんのプライマリーナースになっていただいたKさんを中心に、
お家で行っている「ケア」のやり方を徹底してもらうこと、
訪問看護師さんから、ほのさんの意思表示やサインについてお話していただき、
言葉かけにもよく反応することや、
話しかけたり、手遊びや読み聞かせなどが大好きで、
そんなときには鼻息を荒くして興奮し、楽しそうにするなど話していただいた。

結果的に、
これまでの入院時より、ケアのやり方がおうちでのそれに近づいたこともあったが、
ケア中に、「ほのちゃん、痛くない?」「ほのちゃん、教えてね」などの声かけをしてもらったことで、
本人の緊張も解け、表情も緩み、
看護師さんとほのさんの協力によって、ケアがされていった。

そして、ケア以外の時にも、看護師さんたちに度々話しかけてもらったり、
触ってもらう機会が増えたことで、
ほのさん本人の様子が普段により近くなったばかりか、
不思議なことに、看護師さんたちが、
ほのさんのちょっとした声の変化や表情の違いなどに気付いてくれるようになっていった。

4泊5日のレスパイトを終えて帰る日には、
プライマリーナースのKさんに対して、
甘えるような、安心しきった表情を見せており、
これにはとうさんもかあさんもすごく驚いた。






「おかあさんが一番」

それはどんな子どももそうだろうと思う。

だが、ケアに関しては、
(ほのさんの胸のうちは、誰が一番かというようなホントの気持ちがあるのかもしれないけれど、)
誰が一番かということよりも、
このひとは、こういうふうにしてくれる、とか、
このひとは、ちょっとらんぼうだけど、とってもたのしい、とか、
そんな風に理解しているのだ。

それは、相手が誰かによって、
同じケアをしていても、ほのさんの反応が本当に違っているので、
よくわかる。

先日も、訪問看護師Nさんに対して、
聞いたこともないような切ない声で「いやだ……」と訴えている様子を見て、
かあさんは、はっきり思った。

ものすごく優しいNさんの優しさに、ほのさんはつけ込んでいる……



ほのさんは、右向きをするのが、少し苦手だ。

体位ドレナージをしながら痰を出すのだが、
かあさんが右向きをさせるときにも、
一声、大きな声で「うーん」と言って嫌がることもあるが、
ほとんどの場合は、
ほろりと涙を流して、ぐっとこらえている。

「イヤだ」としつこく言っても、
かあさんはあまりとりあってくれないし、
どうせやらなきゃならないんだ、
と、ほのさんはわかっているのだ。

だが、相手がNさんだと、
そこは優しいNさん。

切ない声で「イヤだ」とかわいく言えば、
ほのちゃん、どこがいやなの?
つらいけど、がんばれる、
えらいね、えらいね、
と言ってくれるのを、ほのさんは知っているのだ。

痰を取り終わって、体位を整えるときも、
クッションの入れ方など、完全にかあさんのやり方と同じとは言えないまでも、
そんなに嫌がるほどの違いではないのに、
ほのさんは、しきりに
「ちがう」「ちがうのよー」と言う。

そして、Nさんが優しく、

ほのちゃん、どこがちがう?ここ?
ごめんね、かんごしさん、じょうずじゃなくて。

と言い、結構長いこと、そのやりとりをするのだ、
毎回。



そして先日、あまりにほのさんが長いことNさんに訴えているものだから、

Nさんの優しさに、つけ込んでるんですよ~、

と笑いながら話すと、
Nさんも笑いながらびっくりしていた。

びっくりされていたので、
かあさんや、そのほかの人にやってもらうときの反応の違いなどを話した。



たとえば、訪問リハビリのS先生とほのさんの関係。

固くなっている右足首を伸ばすとき。
S先生は、いたかったらいってね、と言う。

だから、ほのさんは、
怒ったような大きな声で「ううーん」と言って痛がる。

でも、それでもS先生は止めないことをしっているので、
ほのさんは、決して切ない声などださない。

大きな声を出しつつも、
必死にこらえながら、がんばっている様子だ。

きっと、これは遊んでいるのではなくて「リハビリ」だということも、
ほのさんは知っているに違いない。

ほのさんにとって、S先生は「先生」なのだ、きっと。

かあさんと2人きりだと、それほど長いことは続かない、
右手を動かす動作なども、
S先生が、

ほのちゃん、やってごらん

と言うと、タイミングよくやるのだ。

S先生も、とてもうまく、ほのさんの意欲を引き出してくれる。

ほのさんも、「じぶんでやるたのしさ」を教えてもらって、
本当に一生懸命没頭するのだ。




ほのさんが自分で人間関係を築くこともそうだが、
ほのさんが自分で動かしたり、
意欲をもって取り組む、といった発達を見せてくれるとは、
ほとんど夢にも思っていなかった……。





そんな風に、これからが楽しみな、ほのさん。

先日、レスパイト中に、
この4月にできたばかりの、特別支援学校を見学してきた。

ほのさんの入院している病院から目と鼻の先のところにできて、
面会に向かう途中、
急に思い立って、とうさんとのぞいてみることにしたのだ。




これまで、とうさんとかあさんは、
ほのさんに学齢期が来た時にどうするか、
というような話を何度かしたことがあった。

ほのさんのコンディション的な問題や、
移動のリスク、
ほのさんの可能性を一番引き出せる方法を考えて、
先生におうちに来ていただく、「訪問籍」がいいのではないか、
というのがとうさんかあさん共通の意見だった。

だがそんななかでも、
このところのほのさんの成長の様子をみていて、
なんでも自分の思い通りにしてもらえる今の環境、
おうち以外にいくととても緊張することなどと考えると、
おうちやかあさんから離れた場所で、
おともだちに交じって、
「順番」や「我慢すること」、「緊張しながらも自己主張すること」を、
覚えていて欲しいという思いが強くなっていた。




たまたま立ち寄った、真新しい特別支援学校。

すでに生徒たちの下校時間は過ぎていて、
ちょこっと外観をみたら帰ろうと思っていたのだが、
駐車場に車を入れたところ、
職員の方が声をかけてくださって、
ほのさんのことをちらっと話したら、
中を案内してくださることになった。

この特別支援学校は、市内2校目で、
市の、「誰もが共に暮らすための障害者の権利擁護等に関する条例」の理念を実現するための
拠点に位置づけられ、
地域や近隣の幼稚園、小中学校との連携交流を積極的に進めていくという。

まずは、校内にある、
「特別支援教育相談センター」の職員さんとお話した。

ほのさんはいま、年中さんの年齢にあたるのだが、
来年、つまり、年長さんの4月から、
「就学相談」なるものが始まるという。

そのほか、事務的なことなどをうかがってから、
校内を教頭先生に案内していただいた。

日当たりが良く明るい新しい校舎、
あちこちに、こどもたちのカラフルなバギーが停まっており、
下校時間は過ぎていたが、
こどもたちの楽しそうな顔が見えるようだった。

床暖房を完備、
温水プールや、意思伝達装置、調理実習のお部屋など、
整った設備。

小学校から高等学校までの生徒たちが、
スクールバスを利用して通っており、
もともと、「通う」ことを想定して建てたので、
訪問籍の生徒はいないという。


最後に、入学式などを行う広い体育館を見せていただき、
広い構内1周を終えた。

どこもかしこもため息が出るほどすばらしく、
体育館にたどり着いたときには、
そこに、緊張した面持ちでバギーに乗っているほのさんの顔すら見えるようだった。



見学を終えて、
これまで、色んなことを考えてきたとはいえ、
早々と「訪問籍」がいい、なんて結論を出してしまっていたこと、
ほのさんの気持ちをちゃんと聞いたり、
学校がどんなとこなのかきちんと説明したり、
見せてあげたりもしないで、
どうしてそんなことができるだろううと、愕然とした。

結果的に、通うことになっても、訪問籍でも、
それは、どちらでもいいのだ。


「あなたのためをおもって」なんて、
勝手に決めて、
可能性を潰してしまうところだった。


いろんな選択肢があることは、喜びでもある。

果敢にチャレンジすることもできる。

障害があるから「就学免除」なんて、
差別というより、ナンセンスだ。



かあさんは、
ほのさんに「障害」とよばれるものがあることを、
気にしていないし、恥じてもいないし、
なんていうのか、
気にとめていない。

でも、「ふつう」にはいかないこともよくわかっているから、
「ふつう」に入れないことも仕方ないと思う。

いろんな不自由さがあっても、
通えるかもしれない「特別支援」学校なんてところがあること、
先生がおうちまで来てくれるかもしれないこと、
すごいなあ、なんて呑気に思ってしまう。

それはきっと、
ほのさんには、「特別支援」などという言葉がつく学校や、
あるいは先生にきていただくことが、
良い方法であり、
ほのさんの居場所だと思うからだ。

そうではなくて、
人工呼吸器がついていても、
医療的ケアが必要でも、
普通の学校に通いたい、という願いをもっている子どもにとって、
そういう「条件」だけで、
そのこがどういう子で、どんな願いをもっているか知ることもせず、
「特別支援学級」や「特別支援学校」にふりわけてしまうような
機械的な「就学相談が行われ、
入学先が一方的に決められてしまうのであれば、
それは全く意味が異なると思う。

誰もが「ふつう」に生きるというのは、
例えば「普通学級」に進学することではなくて、
本人にとって心地よい場所、
可能性を広げられるところで過ごせるということ、
そのことを妨げられないこと、
そのために必要な手助けが「ふつう」にされることなのかな。

そういう世の中なら、
自身をもって胸張って、
「特別支援」学級にでも「特別支援」学校にでも、
進学できるし、
そこに通っているこどもたちが特異な目で見られることもない。

だって我が家は、
あの特別支援学校に通えるかもしれない、
ほのさんが通えるかもしれない、
と考えるだけで、
胸が踊るのだから。



「重症児」や「超重症児」などとよばれるこどもたちに接したことがなければ、
なかなか理解しにくい。

だが、人はみな、
障害があろうとなかろうと、
病気があろうとなかろうと、
発達し、成長していく、
社会的な存在なのだ。

発達や成長に、
「ふつう」という尺度はない。

それぞれ、だ。

そのことをいま、
ほのさんの成長に、
まざまざと見せ付けられている。





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by honohono1017 | 2012-06-14 17:34 | normalization

どうでもよくて、どうでもよくない「呼び名」のはなし。

河北新報が11月24日、とても興味深い記事をあげている。

河北新報社が全国遷延性意識障害者・家族の会などを対象に
実施した調査を分析した結果などの内容だ。

以下。


「植物状態」家族7割超拒否感 偏見に傷つき苦しむ ⇒ 詳しくはこちら

遷延性意識障害 全国アンケート(上)追いつめられる家族 ⇒ 詳しくはこちら
遷延性意識障害 全国アンケート(下)制度に不満、漂流続く⇒ 詳しくはこちら

12時間超介護4割 遷延性意識障害・全国アンケート    ⇒ 詳しくはこちら


「遷延性意識障害」とは、少し難しい言葉だが、
そもそも、どういう意味なのか。

日本脳神経外科学会によれば、
以下のような定義になっているという。

1.自力移動が不可能である。
2.自力摂食が不可能である。
3.糞・尿失禁がある。
4.声を出しても意味のある発語が全く不可能である。
5.簡単な命令には辛うじて応じることも出来るが、ほとんど意思疎通は不可能である。
6.眼球は動いていても認識することは出来ない。

以上6項目が3ヶ月以上続いた場合を「遷延性意識障害」とする。



遷延性意識障害と脳死の違いは、
ざっくり言えば、生命維持を司っている「脳幹部」が生きているかどうか、
の違いらしい。

脳幹部の機能を失っている脳死の場合は、
通常は10日以内に心停止に至るとされており、
ただし、、30日以上脳死状態が続く場合を、
【遷延性脳死】(長期脳死)と呼ぶ……

などとされていて、
正直、よくわからない。

(脳死は本来、10日以内に心停止に至るはずなのに、
脳幹部の機能が失われていても、30日以上いのちが続く場合、
「脳死」の定義を見直すことをせずに、
「のびのびになっている」という意味の「遷延性」をくっつけちゃったり、
じゃあ、遷延性脳死は、遷延性意識障害にふくまれるんですか、とか、
定義って、なんなの、と心底思うのだが……)

遷延性意識障害は、一般的に「植物状態」などとよばれ、
記事の中にもあるように、
偏見や社会の理解不足に8割以上の家族が苦しむ実態も明らかにされ、
7割以上が「植物状態」と呼ぶのはやめて欲しいと訴えているという。

偏見や社会の理解不足が、
回復の可能性を失くしてしまったり、
必要な医療・福祉サービスが受けられない原因となってしまうことは、
本当に避けなければならないことだと思う。

アンケート結果の中にも、
周囲から受けた差別的発言の具体的な事例が書かれていたが、
それは我が家にとっても、身に覚えのあるような言葉たちだった。

あくまで、医学的な定義が、
その人たち、その人の家族たちの暮らしを脅かし、
生きているということそれ自体を批難されたり、
ただでさえ難しい生活を、さらに助けを少なくしているような実態は、
あってはいけないのはずなのだが、
この調査のようにはっきりとわかってしまうと、なおさら辛い。


実際に、それは、我が家も体験していることだが。
(ほのさんの場合、脳幹部の機能も失われているらしいので、
「植物状態」というよりも、もっと辛辣なこと、言われます)



そもそも、病気や障害の中でも、
「意識があるかないか」というラインは、
他人から見た時に、大きな違いとなっているように思う。

つまり、
「意識がない」とか「意思疎通ができない」場合、
「生きているといえるのか」
という議論に発展しやすいと思うのだ。

確かに、「人間らしさ」とは何か、
というようなことを考え出すと話は難しくなってくるが、
じゃあ逆に、意思表示ができない、
厳密には、みんなと同じようにことばで意思表示ができない人は、
生きているとはいえないのか、ということになる。

これは非常に難しい問題だ。
ほんとうに。



ほのさんは、ことばをしゃべることができない。
身振り手振りで表現することもできないし、
目や手や足をわずかに動かすことはよくあるが、
本人の意思で動いているのかどうかはわからない。

だが、ことばをしゃべらなくても、
身動きができなくても、
ほのさんは涙を流したり赤い顔をして苦痛を訴えることができるし、
楽しく活動的なときには、大きなリーク音でおはなしし、頬を紅潮させる。

それらのほのさんなりの表現は、
私たち家族のやりとりを可能にしてくれているし、
伝え合っているのだが、
それを言えば、
「ほんとにそうなの?」「脳がダメなのに?」
と、とたんに批難されてしまう。

もちろん、ほのさんなりの表現が、
医学的根拠に基づいていないし、
一度会っただけではわかりにくいこともあるし、
現に、かあさんだって、ほのさんの母親とならなければ、
例えば遷延性意識障害の方が、ご家族と心のやりとりをしながら暮らしていると聞いても、
批難はしないまでも、俄かには信じられないだろうし、
そう思うことで、ご家族が心慰められるのだろう、
なんて思っていたかもしれないのだ。

ことあるごとに、ほのさんの様子や、
私たち家族の生活について、
そういった批難を受けるたび、悲しい思いをしつつも、
そのほのさんなりの表現方法や、彼女の生きる意志なんてものを、
はい、これがそうですと、
手にとって見せることもできないし、
誰にでも伝わるように説明できるわけでもなく、
なんとも言い難い思いをしてきた。

ウソでも、なんでもないのに。

ほのさんの、私たち家族の、
真実なのに。




だが、いまいちどよく考えてみる。

意識がなく、意思表示ができないと「されている」人の、
日頃、家族が汲み取っているもの、
心を通じ合わせている方法を、
みんなに説明する必要があるだろうか、と。


それを、誰でもが理解しない限り、
ほのさんを含め、そういった人たちが生きていてはいけない、
などと言うことになるんだろうか。


困ったことに実際、そんな風に言う人もいるのだ。

意思表示もできない人が、
生きている価値などない、
早くラクにさせてあげろ、
医療費ばかりかかって、税金のムダ……と。

一つひとつ、反論するのもどうかと思う言われようもあるのだが、
それでもひたすら生きている人たちに、
その病気や障害の「自己責任論」を押し付けているのだろうと思う。



ほのさんは、産まれる時に、へその緒が切れて、
生まれながらに、脳の機能を失った。
そのほかの臓器は、まったく健康。

へその緒が胎盤からもげてしまった例は、
世界でも非常に珍しいという。

原因はわからない。

母親にも、父親にも、もちろん本人にも、
原因は、ない、という。

そう、ただの確率の問題。


もし仮に、誰かの体のどこかに何かの原因があったとしても、
その原因がある体に生まれたことは、
それもまた、確率の問題。

誰でもその可能性があるのだ。

何かの罰でもなければ、バチが当たったのでもない。

それなのに、
あたかもその責任が本人や家族にあるかのように言われる。

本人は、与えられたいのちを精一杯生き、
とうさんとかあさんは、我が子のいのちを精一杯育む。

ほんとうに、あたりまえのことだ。

それなのに、みんなと同じように生きていけない人を差別して、
できないことを批難して、
一体何のためになる?

この世の中に、誰の頼りにもならず、
純粋に自分の力だけで生きている人が
本当に存在するのだろうか?

誰かを排除しようとすることは、
いずれ、自分が排除されるかもしれないということだし、
誰かが住みにくい社会は、
自分も住みにくい社会だとは思わないだろうか?


「遷延性意識障害」も、「脳死」も、「障害」も、
どの呼び名も、
その病態を現すためのことばであり、分類であり、
どれも全部、
実は、自分とおんなじ人間のことだ。

カテゴリーや病名や、その病気の部位などが、
その病気はかわいそうだ、
こっちの人はそれじゃあ生きててもしょうがない、
などと同情されたり、生きる権利を否定されたり、
人々の勝手な判断に用いられるのはおかしいことだ。

そもそも、自分以外のいのちについて、
とやかく言える人って、
どんな人なの。
そんなエライ人がどこにいるの。

生きている意味とか、
人生が辛くて素晴らしいとか、
それは自分のいのちを精一杯生きていて、
一生懸命毎日を過ごしている人が、
自分のいのちに照らして考えることであって、
ちょっと垣間見たくらいの誰かをとっ捕まえて、
高みから判断するようなことじゃないと思う。

自分の価値観で、
人のいのちの重みを測ろうとしても無駄だ。


この世にいのちを授かって、
縮こまって日陰で生きていかなくちゃいけない人なんていないはず。

いのちを授かった以上、
辛くても生きていかなくてはならない、
それが人間の使命なのだから。



少し、話がそれた。



先日、札幌市の「重症心身障がい児者の在宅支援に取り組む会」と
「札幌地区重症心身障害児者を守る会」が、

「重症心身障害児・者の在宅生活の改善を求める要請書」と署名をたずさえて
国会と厚生労働省に訴えに行かれたそうだ。

要請の内容は、
訪問看護の充実、相談体制の充実、療育の充実、
移動支援事業の拡充、短期入所施設の拡充などだ。

それぞれに該当する担当部署から回答というか返事というか……
が、その場のやりとりの中であったようだが、

訪問看護時間数と回数を増やしてほしい、という要望に対しては、

「別に制限などしていない」
ということだったらしい。

ほのさんのように人工呼吸器をつけていると、
2ヶ所の訪問看護ステーションを利用できたり、
長時間訪問や、状態によっては毎日の訪問が可能だったりするのだが、
実際にそれと同様の訪問が必要な状態でも、
病名などが該当しないと、利用できない場合などもあり、
困っている子どももたくさんいるというのに。

お金を自費で出せば、(制度利用でなければ)
利用できますよ、ということなのだろう……。

結局、国は、在宅小児の実態を、
その数さえも調査していないためにきちんと把握していないのだ。

国は憲法で生きる権利を保障しているというのに、
その具体的な制度を作ることはおろか、
実態を把握することすら怠っているといのは、
一体どういうことなんだと思う。

いま、日本にはたくさんの問題が山積している。
まったなしで解決しなければならないことも、震災の影響などであるだろうが、
問題というのは基本的にどれもみんなきちんと着手していかなくてはならないもので、
どっちのが重要とか、優先とか、比べるもんでもないと思う。
そしてコストについて論じることはその問題の本質からそれがちだ。



かあさんが、在宅生活を送る重症小児の問題について言うのは、
たまたまウチノコが該当者であるからであって、
そのことを今一番に優先してもらわないと困る、と言っているのではない。

困ってる人が、困ってる状況の中で、
自ら声をあげていかなくてはならない状況というのは、
ホントはどうなの、
ホントに生きる権利って保障されてるの、
と思うけど。

この世の中の人は、きっと多かれ少なかれ、
その内容に違いはあれども、
問題を抱えながら生きていて、
その人にとってはその問題がイチバン辛いわけだ。

それぞれの人が自分の問題と向き合って真剣に考えれば、
他人の抱えている問題についてとやかく言ったり、
差別するようなことは言えないと思うし、
自分の問題が、また違う別の問題と繋がっていたりして、
あるいは、全然考えてもみなかったようなところに解決の糸口があったりして、
結構、この世の中も捨てたもんじゃないのかもなんて思ったりする。

一人ひとりが真剣に
「幸せになりたい」と願えばいいのに、
「みんなが幸せになればいいのに」
と願えばいいのに。




障害者と呼ばれる人と、健常者と呼ばれる人と、
その間に境界線なんてない。

境界線がないどころか、
同じ人間で、同じところで生きているのだ。

そう思えないのなら、
思えない、思いたくない「なにか」が、
自分の中にあるのだと思う。

その「なにか」から逃げたり、
それを、人に向けたりしても、
何の意味もない。

誰かが、痛いだけだ。




本当は、大切なことがわかっていれば、
呼び名なんてどうでもいいはず。




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by honohono1017 | 2011-11-25 14:40 | normalization

ほのさんの「在宅生活」についての考察、あるいは決意表明。

山あり谷ありの、在宅生活3年と3ヶ月。

これまでも色んなことがあったけど、
その時々で、ほのさんのチームの方々や、
いろんな人たちに助けられて、ここまできた。

昨年の11月の転居などもあり、
サービスの使い方や、事業所が変わったりしたこともあったが、
ほのさんのおうちでの生活は、安定したものになっていた。

この秋、これまで利用したことのなかった、
「通う」というサービスの利用に伴い、
さまざまな未体験の問題などにも直面し、
あらためて色々なことを見直す、いい時期にあるのかもしれないと、
いま、シャワーを浴びていて、ふと思ったので、
忘れないように書き留めておこう。



今回の、呼吸器設定の問題と、
人口鼻のサイズアップに気付かずにきた問題で、
ほのさんの在宅チームについて、あらためて考えてみた。

ほのさんの在宅チームは、このように構成されている。

☆病院=月1通院(診察・カニューレ交換・必要時検査・物品支給・検査入院・緊急時対応)
☆在宅医=月1訪問診療(聴診・全身チェック・相談)
☆訪問看護=週3回(2事業所利用)(体調管理・各ケア・呼吸器回路交換・相談)
☆ヘルパー=日中週2回、夜間週3回(吸引を含めた各ケア・清拭・見守り等)入浴介助週2回
☆訪問リハビリ=週1回

そこへ今回、
☆日中一時支援=月3回(6時間以上 日中預かり)

という「通う」サービスが増えた。


それぞれの機関のサービスは、それぞれ単体としては、
非常にうまくいっていて、
本当に助けられている。

このような役割分担の確認をして退院してきたので、
そのかたちは、今でもその通りだ。

では、それぞれの機関同士の連携はどうか、という問題。

日常のほのさんの体調不良などについて、
かあさんが主に相談するのは、訪問看護だ。

かあさんのとった対応の確認をしたり、
アドバイスをいただいたりして、
大抵のことはそれでOK。

それでも、これまで遭遇したことのない事態だったり、
ちょっと心配な不調で、急を要することだったりすれば、
そうそうあることではないが、まず、在宅医の先生に電話して、相談する。

日中の時間帯であれば、
必ず在宅医の先生は電話対応してくださるので、
そこで指示をもらったりして、
そして、それで、大抵のことは急を凌げる。

結局、在宅医の先生に相談するか、
それとも、病院に電話して搬送するか、
大きな不調のときはこの2択なわけで、
その選択も、いまのところ、判断がつく。



で、このフローチャート的な判断、対応を、
次の月1の通院時に、
病院の主治医には報告し、
その時点でも解決していないようなら、
必要に応じて、検査なり、投薬なりが行われる、という順序。

つまり、訪問看護から病院主治医へ、とか、
在宅医から主治医へ、とか、
その間におきたことについて連絡がいくことは、
ほぼまれ、で、
かあさんが、報告するわけだ。




少し、話がそれる。

先日、10月29日、埼玉県大宮にて、
「第1回小児在宅医療支援研究会」というものが開かれ、
参加してきた。

日本全国から演題が発表され、
いま現在、小児在宅の分野の取り組みが、どのように行われているのか、
現場の医師や看護師、そのほかコメディカルの方々が、
どんなことを目指して取り組み、
そして問題点は何なのか、
これまで参加したどのシンポジウムよりも活気があり、
学ぶことも多かった。

さまざまな事例、事業などの報告を聞き、
その上で、ほのさんの在宅チームについてあらためて考えてみると。



ほのさんの在宅医の先生は、
「在宅支援診療所」の先生ではなく、
小児科クリニックで外来診療をしている先生、
つまり、在宅の患者はいっさい診ていない先生に、
飛び込みでお願いして、
なんとかOKしていただき、
月1回往診していただいている、
というスタイルなのだ。

クリニック診療時間内は、
どんなときでも電話対応してくださるが、
24時間連絡がつくというわけではなく、
例えば、採血や検査が必要になっても、
在宅ではできないので、病院に連れて行く必要がある。
(正確には、できないので、ではなく、
検査や処置は、病院で、という役割分担で引き受けていただいたので)

その分、往診時には、
その間にあった、ほのさんの不調のときの話、
かあさんがとった対応、
考えられる原因など、
詳しく相談にのっていただくことができている。

一方、病院はというと、
月1回の通院の時に、主治医の先生に、
在宅医の先生に相談するよりは、遥かにかいつまんで経過をお話しするのだが、
その時点では、その症状は治まっていることも多く、
そうでなければ、検査や処置が必要になり、
そうなれば当然、検査や処置をして、その後の経過に当然注目していくことになるので、
在宅でどのようにしているかということは、
やはり十分には伝えわりにくい。


小児在宅医療支援研究会などで報告され、
また、構築を目指している「在宅医療支援ネットワーク」は、
我が家のようなスタイルではなく、
在宅支援診療所が、がっつりと全てを受けおい、
在宅生活を支えていくというものであり、
だからこそ、小児を引き受けてくれる在宅支援診療所が少ない、
という話にもなるのだろう。

(まあでも、我が家のように、
在宅を全くやっていない小児科開業医の先生が特別に往診に出てくださる、
という例は、なおさら少ないのだろうと思うが……)

ここで疑問に思うのは、
在宅支援診療所が、
普段の体調管理から、点滴やら処置やら、24時間対応して、
物品の支給などもして、
カニューレ交換から、呼吸器回路交換まで何でも請け負った場合、
緊急時にどうしても入院しなくてはならないときや、
レスパイトを希望するときなんかは、
病院や施設などは、
一体どうやってその子のケアの仕方を把握して診るのだろう……と。

月1回、通院しているほのさんでも、
なかなか入院したときなどは、ケアの仕方が難しい、という悩みを抱えているのだが。。


逆に、訪問診療で、全てが済むメリットというのも、
とてつもなく、ある。

まず、ほのさんのような子は、
とにかく、何はなくとも、
「移動」が大変だ。

「移動」の動作も去ることながら、
呼吸器のセッティングを変えたり、
荷物の準備から、防寒対策……、
そして、そもそも「移動」の手段も問題となるのだから。

そのことで煩わされることなく、
寒さや、病院へ行った時にする、感染の心配をすることもなく、
安心して、いつものお部屋で、
全てが済むのだ。

結局、月に1回、カニューレを交換しなくてはならない、
必要な衛生医療材料の支給をしてもらわなくてはならないから、
通院に行かなくてはならない、ということがあるからやむを得ないのだが、
できれば、本人の体調が安定している時は、
なるべくなら行きたくない場所、それが「病院」なのだから。


それぞれの方法で、違った問題があるのは確かだが、
ほのさんが「在宅患者」と呼ばれながらも、
たびたび、「で、結局、誰が診てくれてるわけ?」というギモンが浮上するのは、
いまのほのさんの在宅チームの役割分担(特に病院と在宅医)に
その理由があるのかもしれない、と思う。




まあ、何はともあれ、
我が家は、このチームで今後もやっていくわけだ。

ほのさんのチームには、ほのさんのチームの良さ、強みもある。

いま一度、考えたいことは、
それぞれの機関の、連携。

それがなぜ必要かといえば、
ほのさんの全てを把握していて、
全てのことができる機関がなくとも、
連携することによって補えるから。

そうすることで、
今回のような人工鼻サイズアップ見直し事件みたいな
「盲点」がなくなるはずだ。


どこへいっても指摘されるようになった、
「ケアマネ不在」問題だが、
サービス調整のみならず、
この「連携」の場面でも、
その存在は、必要不可欠だ。

そう考えれば、サービス調整なんて、
ホントはそこまで大変じゃないかも、とさえ思えてくる、ほど、
ケアマネの代わりに、家族だけが頑張ってみても、
「連携」できるもんでもない。

日々の体調のコントロールや、不調への対応に、
神経をすり減らす中で、
「連携」みたいな問題について考えることは、
正直、結構、辛い……。


だが今日は、そんなかあさんの悩みを、
信頼する訪問看護師さんに相談したところ、
あらたな「連携」の方法を提示して頂くことができ、
早速、それを試してみることにする。

f0199379_2139864.jpg


ほのさんが生まれてからの4年間のことだけを見ても、
小児在宅に関する動きは活発に変化している。

だが、それがほのさん個人の生活に反映されるまでか、
といったら、それはなかなか難しい。

整わない制度、足りない資源の中で、
それぞれの機関の方々が、無理をしながら役割分担をし、
いまのチームを築いてきてくださったことは、
何にも代えがたい、誇りだ。

小児在宅のシステムが構築されつつある途中段階で、
こうして在宅生活をしてこれたのは、
ほのさんと我が家のニーズに沿って、
色々なことをカスタマイズできてきた、という素晴らしさもあるのだ。

画期的な変化や、目覚ましい発展は難しくとも、
「ほのさんのチーム」という、
超ミクロな捉え方で、これからもやっていくしかない。



ここ何日か、頭を悩ませ、
悶々としていた、非常に難しい問題について書くつもりが、
なんか結局、決意表明みたいになっちまったという。

それもこれも、
ほのさんの輝くいのちと、
それを支えてくださっている、みなさんの、
おかげに、他ならない。





 
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by honohono1017 | 2011-11-01 21:33 | normalization

「酔芙蓉」に寄せる思いと、「送迎問題」。

f0199379_1054895.jpg


酔芙蓉、という花。

晩夏から初夏に咲くという。

先日、初通園の時に、
「えがお」さんのお庭で初めてみた。

朝のうちは純白、午後には淡い紅色、
夕方から夜にかけては紅色になり、
酒を飲むと顔色がだんだんと赤みを帯びるのに似ていることから、
この名がついたといわれているらしい。


思い出がふっと蘇る瞬間は、
景色や空気や香りやその時に聴いた曲など、
思いがけないことがらが、運んでくる。

ほのさんの初めての通園は、
これからきっと、
この酔芙蓉の花をどこかで見かけるたびに、
微笑ましく思い出されるに違いない。



ほのさんを初めて「えがお」に連れて行って、
当日と翌日は、みんな少し興奮状態だったのか、
しみじみとする間もなく、
あっという間に過ぎた。

翌々日の日曜日、
なんだか急にホッとして、
全身の力が抜けた。

当日、何事もなく楽しく過ごせたことの安堵感と、
当日を迎えるまでのさまざまな準備など、
張り詰めていたものが一気に緩んだ感じだ。

当のほのさんは、まったく元気印であることが、
本当に何より。

ここで気が緩んでいては、
まだスタートを切ったというだけで、
これから「えがお」さんには、
ほのさんのケアを覚えていただいて、
ゆくゆくは、かあさんの手を離れるところを目指さなくてはならない。

そして、未だ解決の兆しのない問題が、
立ちはだかったままだ。

「送迎問題」。

そう、ほのさんを「えがお」まで送り届け、
迎えに行くための支援の話である。

これまであまり感じることのなかった、
制度の「穴」に直面しているのである。



ほのさんは、これまで月1回の通院には、
介護給付の中の、「通院介助」を申請して、
ヘルパーさんに付き添っていただいている。

ほのさんの「通院介助」には、
「ベッドからバギーに移乗する際の介助」というのが、
非常に重要になっている。

自発呼吸の全くないほのさんの、
人工呼吸器を一旦はずして、
一瞬でほのさんを抱っこしてバギーに移し、
もう一人が、呼吸器を持って追いかける。

あるいは、呼吸器をはずしている間に
アンビューでバギングする、という方法もあるが、
どちらにせよ、2人の介助人が必要だ。

抱っこするにも、
弛緩性のマヒ(だらんとしている)のほのさんは、
成長して長くなった手足をそのままにして抱き上げると、
手足だけがベッドに残って引きずってしまい、
骨折や脱臼の危険性もある。

かあさんのほかに、
この介助をしていただく方には、
ある程度の知識と訓練が必要であり、
だからといって、とてもとても難しいということではない。

本人の移乗が終われば、
あとは、呼吸器の回路をおでかけ仕様にきりかえて(加湿器をはずして)、
そのたの必要機器類を積み込むなどの作業は、
全部、かあさん一人でできる。


そのような介助を含む「通院介助」は、
現在は、日中・夜間の身体介護をお願いしているヘルパー事業所さんに
引き受けていただいている。


だが。

「えがお」さんに通う際には、
行き先が「病院」ではないので、
「通院介助」は使えない、というのだ。

なるほど、確かに、
行き先は「病院」では、ないですけども。

そう言われて、よくよく、考えてみる。

ほのさんは、病院以外に、お出かけだってする。

そのときには、いつも、とうさんかあさんが2人一緒だから、
介助をお願いしたい、という事態がなかった。

でも、制度を調べてみたら、
結局、ほのさんが外出する際に使える制度と言ったら、
「病院」に行くためだけの、
「通院介助」しかないのである。

なんだか、それを考えると、
ほのさんみたいな子は、
病院以外には行ってはいけない、といわれているようだ。


確かに、「地域生活支援事業」には、
「移動支援」というのがある。

これは、行き先は「病院」ではなく、
「屋外での移動が困難な障害者・児に対し、
余暇活動などの社会参加のための外出が安全かつ円滑にできるよう
移動についての支援を行う」と決められているが、

ほのさんはどうかと言ったら、
「おかあさんがいないと無理なので、
この制度は、本人が一人で外出できる場合に限る」と言われてしまう。

そして、「移動支援」が認められる子どもたちでも、
通園や通学には、利用できないというではないか!



それじゃあ、支援が必要で、通園通学に行きたい場合、
どうしているのかというと、
「障害児(者)生活サポート事業」というのがあるらしく、
そこが主に通園通学の送迎を担っており、
その他にも、一時預かりや派遣の介護などを行っているという。

「生活サポート事業」と言われてもとっさに、
ヘルパー事業所と何が違うのかわからなかったが、
福祉ガイドを読む限り、
ほのさんのような超重症児が頼めそうなものではないという匂いがプンプン。


よくよく調べてみると、
「生活サポート事業」に登録できるのは、
法人格を持たない、「非営利団体」で、
障害児者の介護経験があれば、
ヘルパー・保育士・介護福祉士などの資格のない方でも、
サービスの提供ができるという。

それを見て、
「えがお」に行くためのサービスが他にないからといって、
「生活サポート」を利用してください、と簡単に言われても、
ヘルパー事業所だって、なかなか引き受けてくれない超重症児を、
どうして「生活サポート」が引き受けてくれるだろう、と絶望的に。

結局、通園の「送迎」が必要なら「生活サポート」で、
と一律に言われてしまうのは、
ほのさんの「送迎」にまつわる、
先ほど書いた、バギー移乗にまつわる作業などがいかに大変で、
それらを含めて「送迎」なんだ、

つまり、
「ベッド to  ベッド」
でなければならない、
ということに対する理解がないのだな、と。



なかなかその介助を引き受けてくださるヘルパー事業所がないという現状は、
これまでも何度も直面してきたし、
でも、実際いま、「通院介助」をしてくださっている事業所があるのに、
それが「病院じゃないからダメ」という理由でお願いできない、
ということには、制度というものの融通のきかなさにいささか腹が立つが、
それを言ったところで「制度ですから」と言われるのだから、
それじゃあ、その「生活サポート」の事業所にあたってみるしかなく。

引き受けてもらえるかどうかのカギは、
おそらくバギーへの移乗介助になるだろうと、
ほのさんを実際にバギーへ乗せるところを見てもらって、相談したが、
まあ、結局、お断り、ということになった。

そりゃ、そうでしょうよ、と思いつつも、
実際に「生活サポート」の事業所さんいお会いしてお話を聞けば、
「送迎」と言っても、運転手さんと車が来る、という感じで、
料金的にも、定められた利用料のほかにも、
NPO運営のためか、登録料や運賃などもかかる仕組みで、
おそらく、その事業所によって形態も違うのだろうということもわかった。

それなら、運転手と車を生活サポートにお願いして、
バギー移乗にまつわる介助を、
「身体介護」でヘルパーさんをお願いするか……
なども考えてはみたが、
これから「えがお」に行こう、という日に、
そんなに細切れにいくつものサービスを入れることを考えたら、
それこそ頭の中が、ワーッとなってしまった……。




「えがお」さんも、役所にこの「送迎問題」について問い合わせてくださった。

すると、
「日中一時支援」というカテゴリーで運営する「えがお」さんは、
送迎をすると、加算がとれるという制度になっているから、

「送迎もえがおさんがなさったらいいじゃないですか」

と言われたという。

こどもの定員4名に対して、看護師2名。

もともと「日中一時支援」は、
「送迎」のための事業ではなく、
安全に楽しく子どもたちを「預かる」事業なのだ。

その「預かる」だけでも全く採算が合わないからこそ、
制度があってもこれまで手を上げる事業所がなかったことを、
役所は知っているのか、知らないのか。

加算がある、と聞いて、
それがいかほどのものかと調べてみて、驚いた。

「送迎1回 55単位」

つまり、「送り」をすれば、
1単位10円で、550円、
「お迎え」もすれば、
1日で1100円、という報酬……。

一般のタクシーよりも、安い……。

定員4名のこどもたちを順番に「えがお」さんが迎えにいってたら、
それは一体、なんのための事業……。




市では、この「日中一時支援」は、
「超重症心身障害児短期入所促進事業」の一つとして定められている。

そう、超重症心身障害児、です。

そのこどもたち、
移動するのに、どんだけ大変か……。



「超重症心身障害児促進事業」の予算が組まれて2年、
やっと、不採算でも、その必要性を感じて、
手を上げて、実際に預かりをはじめた「えがお」。

かあさんも、
ほのさんがその「初」の子であるということもあり、
この制度が、だんだんと、利用しやすく、
その、そもそもの目的、

「医療的ケアを必要とする在宅の超重症心身障害児に対する
支援の充実」

「介助する家族の負担軽減」

を果たす制度となるように、
できることを努力していきたいと思いつつ。



結局、すでに初通所を飾ったいまも、
この「送迎問題」は解決の糸口もないまま……。

いまのところ、とうさんが仕事をお休みできるときはお願いして、
全くのボランティア青年が一人、特訓済み……

そのあてが都合がつかなければ、

「行けない」

という事態であります。。

しどいっ。。




現在の自立支援法から、

「障害者総合福祉法」に変わるにあたって、
その骨格に関する総合福祉部会の提言(案)にも、
もちろんこの「送迎問題」、
あるいは「移動介護」については指摘されている。

以下。

「障害児の通学や通園のために移動介護を利用できるようにする」

「歩く、動くは、話す、聞く、見ると同様、
基本的権利であり、
自治体の裁量で行う支援には馴染まないため、
移動介護(移動支援、行動援護、同行援護)は個別給付とし……
(中略)また、車(障害者の自家用車や障害者が借用した車)を
移動の手段として認める」

「国は日中活動等支援への送迎を支援内容の一環に位置づけ、
これに係る費用は報酬上で評価する仕組みとする」

「医療的ケアを必要とする人の送迎には看護師の添乗も必要になる。
実績に応じて報酬に含まれるような制度にする必要がある」




制定に当たってこのような指摘がされている、
新法ですけど、平成25年8月の施行を目指しているそうだが、

いま、なう、
困っているこどもたち、
どーすんですかー、
と声を大に。。



通所デビューを果たして、
気が抜けた、なんて言っとる場合ではなかとー。




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by honohono1017 | 2011-09-27 11:48 | normalization

医療の「協同」のために。

一昨日、東北に住んでいる、
ちょっとおにいさんのおともだちと、
電話でもしもしした、ほのさん。

元気そうな声に、こちらが元気をもらった。

その何時間後に、
再び襲った、大きな余震。

夜の11時半をまわっていたが、
復旧したばかりの電気も、また停まってしまったという。

天災ばかりは、どうしようもないが、
復興へと大きく乗り出した矢先の余震は、
さぞ被災地の方々の身や心に堪えただろうと思う。

翌日、こちらは春の嵐ともいうべき、強風。

ベランダはとっちらかって、
片付けようにも、怖くて窓が開けられないほど。

せっかく咲いた花たちが、かわいそうだわ、
と、桜の心配をしている場合でもなく、
かあさんは、なんだか寒気がして、頭痛がして、
マスクをして、布団を被っていた。

気圧が動いていると思われるときは、
偏頭痛とか、神経痛とかある身には、堪え。
(※かあさんは、30代です……)

でもって、やっぱりそんなときは、
ほのさんの痰も、手ごわくなり。

なんだか2人して、ヒーヒー言いながら、
過ごすことになった。




さて、2月に開催された、
「日本小児科学会倫理委員会公開フォーラム」において、
「重篤な疾患を持つ子どもの医療をめぐる話し合いのガイドライン(案)」が
話し合われた、という記事を、以前書いた。

以前の記事はこちらこのガイドラインに対する意見を、
日本小児科学会が募集しているらしい。

ということで、日本小児科学会のHPをのぞいてみたが、
どこにも見つけられず、
結局、南條先生に教えていただいたのだが、
「11.4.5」の更新のところを開くと、
その旨、記載があった。

意見を募集している割には、
このガイドラインの原案は、
日本小児科学会のHPのどこにも載っていない、という不思議。

日本小児科学会倫理委員会のフォーラムが、
公開で行われたということ、
そして、そこでガイドライン(案)が提示されたということは、
すばらしいことだなあと思っていたけど、
これでは、せっかく意見を募集しても、
どれだけの人が投稿するのだろうか。

普通の人間関係とは違う、
医療者と、患者家族の特殊な関係。
限られた時間の中で、
いのちのゆくえを決めるような、
大切なことを決めなければならないときに、
医療者がどうやって医療者としての役割を果たすのか、
そのとき、患者家族にどのような気持ちが起こり、
そのふたつがどう作用するのかは、
色々な立場から検証することがなにより必要なことだと思う。

しかも、「こども」のいのちだ。

医療者側も、患者家族も、
こどもの幸せと、安楽な生活を考えていることに違いはない。

だが、十分に、話してみないとわからないことは、
非常に、多い。

病院の中で行われる「医療」が、
もっと開かれ、
医療者と患者家族の「協同」で行われるように。


すでに、その姿勢が問われているのではないか。

さっそく、かあさんも意見を送ってみよう。



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by honohono1017 | 2011-04-09 17:20 | normalization

コレぞ、支援。

先日、引越しにまつわるあれこれで、
とうさんが役所にいった。

障害の窓口である「支援課」にもたちより、
10月17日で3歳になるほのさんの、
オムツの支給などのことを、詳しく聞いてきてもらった。

すると、オムツの支給に関することはもちろんだが、
担当のIさんが、
引越したら、転居先で必要となる手続きなど、
考えられるすべての項目について、
「印鑑が必要」とか、「手帳が必要」とか、
そんなことまでも、書き出した文章を作っていてくれた。

とうさんに仕事を休んでもらわないと、
役所に出向くことも出来ない我が家にとって、
こういった手続きは、
どんなに考えて考えて準備して行っても、
あー、あれ忘れてた……
ということで、1回で済まないのが関の山。

ほのさんにまつわる必要な手続きを考えて、
支援課のIさんが用意してくれた資料を見て、
かあさんは、なんだかとってもうれしくなってしまった。

これぞ、支援。

こちらが頼んでもいないのに、
作成してくれたという、心遣いも、
なんと温かい。

そんなIさんとも、引っ越してしまえば、
区が変わってしまうので、
お別れとなる。

Iさんのように、
元気でヤル気があって、
ちょっとした心配りから仕事をできる人たちが、
支援課にどんどん増えていってくれたら、
どんなに心強いだろうか。

制度に精通しているだけでは、
利用者にとっては、有難くない。

ひとりひとりにあわせて、
カスタマイズしたものを。

痒いところに手が届く、支援。


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by honohono1017 | 2010-09-29 11:18 | normalization

「医師に延命治療の中止を認めることの立法化」について思うこと。

「やっぱり」。

こんな風な流れになっていくであろうことは、
あのときから、予想はしていた。

民主党は20日、
人工呼吸器などの生命維持装置が装着されたまま
「臨床的脳死」と診断された患者に限り、
特別な脳死判定を経た上で
医師に延命治療の中止を認めることの立法化に向け、
党内での検討を始めたという。

2010年5月20日 共同通信

臓器移植に関する法律で、
「脳死を人の死」とすることは、
全てのはじまりにすぎなかったのだ、
やっぱり、
だ。




桜井充・党参院政審会長が「試案」として骨子を作成、
国会内で同日開かれた党政策研究会で示したという。

この桜井充氏、医師でもあり、
尊厳死議連の現会長でもある。

試案によると……
医師が「臨床的脳死」と診断した後、
患者や家族の意向を確認。
延命治療の中止を求める場合、臓器移植の際の法的脳死判定に近い形で
「特別脳死判定」(仮称)を実施する。
これで「脳死」と判定された場合、
医師が患者への医療行為を中止し、
心停止に至った時点で死亡宣告を行うとしている。

者本人が事前に治療継続を望んでいた場合は、
家族が希望しても延命中止はできず、
逆に本人が中止を希望していた場合でも、
家族が治療継続を望めば中止できない。本
人の意思が不明で家族が存在しない場合も中止できない。

ということらしいのだが。


まず。

臓器移植法が改正されることによって、
「脳死を人の死」とされた、
ということを大前提にしていること。

いいかげんな国会での議論で、
結局。改正は決まってしまったが、
A案支持者は、きちんとした脳死診断を行った、
長期脳死のこどもが存在することも、
事実ををまげて否定し続けた。

国民に きちんとした情報を公開することなく、
強引に改正が決められた後も、
小児の脳死判定基準についても、
科学的根拠もなく、
判定の間隔を長く取るというということだけで
済まそうとしている。

そんないい加減づくしの中で、
本当に「脳死は人の死」ということについて
全国民のコンセンサスを得ているとは言いがたい。




次に。

そのような状態の中で。

そもそも。
「脳死」という概念が必要になったのは、
フレッシュな臓器でなくては使い物にならないが、
心停止以前に取り出してしまっては、
「殺人罪」に問われる、という状況の中で、
人工呼吸器の開発に伴ってうまれた「不可逆的昏睡」状態を、
新たな死の基準として「死」という言葉をつけて
「脳死」とした、
という経緯もすっかりどこかに捨て去り、
その「脳死」という考え方を、
臓器移植とは全く関係のない場面においても持ち出し、
「特別脳死判定」という名の脳死判定を行って、
場合によっては、その後の医療行為を中止できるように
定める必要があるというのだ。



「脳死が人の死である」ということを、
たとえ、臓器移植に関る法律の中であったとしても、
そこに明文化されていないとしても、
認めてしまえば、
「脳死は人の死」であるという国民的理解があり……とされ、
その範囲はどんどん拡大されていくだろう事は、
きちんとした事実を自分の頭で考えれば、
昨年の国会の議論の最中から、
危惧してきたことだった。

臓器提供を拒否できるのだから関係ないでしょ……
ではすまされない、と言った所以である。



臓器移植とは関係ない場面に置いて、
「脳死診断」を行わなくてはならない理由は、
何なのか。

これまで行われてきた
「臨床的脳死診断」と、何が違うのか。
(そもそも、これまで行われてきた「臨床的脳死診断」だって、
臓器移植を希望していない患者にしてみれば、
臨床的も、法的もよくわからないわけで、
もし、臓器移植が存在していなくて、
「脳死」という概念そのものがなければ、
ほのさんも受けた「臨床的脳死診断」は、
「脳の機能が失われています」という、
単なる、「病状説明」でいいわけだ。)

延命装置をつけてまで、
回復の見込みがないの患者の、
医療費削減か。

回復できる患者に対して行うものが、
「日本の医療である」という、取り決めか。

生命維持装置をつけてまで、生きていたくはない……
という患者本人、
あるいは、
そのような家族を看病するのは辛い……
という患者家族を救うためか。

また、そのような患者家族の感情を汲み取った医師の、
苦悩を合法的に取り去るためか。

これら、全ての、ためか。


おそらく、桜井氏に言わせれば、
患者本人の意思は尊重されるし、
患者本人が「特別脳死診断」後の医療行為中止を希望しても、
家族の拒否があれば
中止できないのだから、
問題ない、とおっしゃるだろう。

それで、本当に問題ないのですか。
本当に、問題ない、と思っているのですか。

いのちのあり方を、
法律で決めるということがどういうことなのか、
仮にも医師であるならば、思うことはないのだろうか。

いのちの「尊厳」などというが、
その「尊厳」は、
自分のいのちの行方についてすら、
どうしようもできない人間が、
法律などで決めてしまえるものなのか。



臓器移植のもとでは「脳死=人の死」である、となったのに、
臨床的脳死診断を行ったあとの、
その後の治療方針を決めていく医療現場の違和感を心配するのなら、
まず、他に心配することは、ないのですか。

臓器提供を拒否した患者に対して、
きちんと必要な医療が実際に行われるような配慮、
現に、脳死に近い状態で生きている人たちの権利と、
生活が守られていくような世の中をつくること、
具体的な支援を増やしていくこと……
そっちが、
先じゃ、
ないんですか。

それを先にやらないで、
なにをやろうとしたって、
「拒否できるんだから守られている」とは、
言えないはずだ。

生命維持装置などというけれど、
ほのさんにとって人工呼吸器は、
かあさんにとっての、
「めがね」と似たようなものだ。

人工呼吸器とともに、
豊かな人生を送っているひとたちは、
たくさんいる。

そのひとたちが生きやすい世の中であるよう、
医師や、法律などを作る国会議員たちが、
きちんと動いて、
そういった世の中が実現されていれば、
その後、このような法律が決められても、
何を危惧する必要もない。



かあさんは、
この桜井氏の動きを知って、
ほのさんに対して、
ほんとうに、ほんとうに、
申し訳なく、
打ちのめされた気持ちがしている。

こんなことを考える人が医師で、
日本をつくる、国会議員で、
そんな世の中にしてしまっている責任が、
かあさんにもあって。

未来あるほのさんに、
そんな世の中を残せない。

元気に過ごす「大多数」から漏れたひとたちを
平気で切り捨てる世の中に、
心が痛まないのだろうか。

「拒否できるから問題ない」と、
切捨てではないことを主張するのなら、
積極的に「守る」施策をまず、打ち出すべきだ。


そして。
「人工呼吸器をつけてまで生きたくない」
「そんな家族を看ていられない」
という切実な思いも、
ある。

それも、
事実。

かあさんだって、
ほのさんの生まれたときに、
幾度となく、思ったことだ。

しかし。
それでも、
生きる。

共に、
生きる。

いのちのありのままを受け入れ、
ありのまま、
生きる。

それが、
いのちの尊厳なのではないか、
と、
今は思っている。

そうして、
やるせない思いに、
辛い体験にあい、
揺れながら生きていくのが、
人なのではないか。

そうした幅が、
残された世の中が、
人の歩む道なのではないか。



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by honohono1017 | 2010-05-26 16:24 | normalization

人工 呼吸器についての、あれこれ。

今日もまた、悩みのタネは
「痰」。

みんなの体の中に絶対あるものなのに、
ほのさんのようなこどもたちを、
痰ってヤツは、
どうしてこうも、
苦しめるのか……。

サチュレーションはさげないけど、
うぐっ、うぐっ、
と苦しそうな声を出し、

同時に、気道内圧がグッと上がる。

頼りは、
かあさんのタッピング&スクイージング。



このところ、こんなエピソードが続く中、
呼吸器の設定そのものが、
成長したほのさんには合っていないのでは……
という心配をしている。

あるいは、逆流の悪化による、
誤嚥。

(チューブを通して注入しているミルクなどが、
食道を逆流して戻ってきて、
気管に垂れ込んでしまうこと。)

とにかく、
かあさんの思いつく限りのことを、
あれこれと考えては、
試行錯誤するのだが。


ここ最近の痰のエピソ―ドと、
呼吸器の設定の関係性について、
あーでもない、こーでもない、
と考えをめぐらしてみる。

思えば、呼吸器に関する知識を得ようと、
いろんな医学、看護雑誌などを読んではみるのだが、
そこに書かれたほどんどは、
「設定」に関する専門的なことであり、
実際の体調との関係など、
常に呼吸器をつけたこどもとの生活で
役に立つことなどは、
あまりないなあ、とつくづく。

よっぽど、
お母さんたち同士の会話の中の方に、
参考になることが多いのだ。

退院に向けて、在宅用の呼吸器に切り替えたときも、
病院のスタッフたちはとても不慣れであったし、
回路交換なども自力で覚えたし、
「線が抜けていた」などのちょっとしたことで、
ほのさんに苦しい思いをさせ、
かあさん自身も、
呼吸器の取り扱いについて、
「怖い」と思った経験が、何度もあった。

在宅用の呼吸器にも色々あるから、
病院のスタッフは、
不慣れなのだろうか…
とも思うが、
その機械をつけているこどもがいる限り、
病棟のスタッフは、
その安全な「扱い」について、
カンペキにするということは、
最低限のことなのではないのか。

入院中に、
こういう思いをしている子は、
とても、多い。

もし、入院中に、呼吸器について熟知したスタッフが、
安全に扱って、
きちんとした指導が親たちになされれば、
「こんな機械をつけて、連れて帰ることなどできない」
という不安は、少し解消されるのではないかとも、思う。

ミスは起こりうるが、
防げるのだ。



そんなとき、
2010年から、「呼吸ケアチーム加算」
なるものが、診療報酬に位置づけられたということを知った。

医師や看護師、臨床工学士、理学療法士などで作る、
呼吸サポートチーム(RST)が、
連携して患者の呼吸療法に取り組む動きが
広まっているということだ。

なんだか、「朗報」のようにも思えたが。

よくよく調べると、
この加算が算定できるのは、
「呼吸器離脱にむけてチームが取り組む場合」
だ、そうな。

人工呼吸器が必要になるのは、
さまざまな場面がある。

肺炎、感染症、事故……。

ほのさんが呼吸器をつけているのが当たり前だが、
「医療」から見れば、
そこから「離脱」することが大前提であり、
呼吸器ははずせるに越したことはないのだ。

だが、トラブルは、
常時、つけていなくてはならないほのさんたちにも、
等しく、起きる。

というか、
ずっと付け続けるのだから、
むしろ可能性の頻度的には、多くなるかもしれない。

加算が付かなければ、
ただでさえ人手不足の病院。
医師や看護師以外の職種が協力して作るチームなど、
夢のまた夢だ。

ここにも、
日本の医療制度が、
慢性期の患者に対する手薄さ、
あるいは「見守る視点」の無さを感じる。

それに、病院によっては、
呼吸リハビリテーションの指導が受けられたり、
誤嚥性肺炎を防ぐための口腔ケアなど、
きめ細かな指導があるところもあるが、
無いところは、無い。

その差も、不思議。
不平等。



2年前の冬、
痰つまりで死ぬ思いをした、ほのさん。

元気に回復してお家に帰ったあと、
また似たような感じになって、
かあさんは、ほのさんを死にかけさせてしまったトラウマから、
すぐに、夜間の当直医に電話してしまった。

「また、この間のように、
痰が詰まっているのか、圧も高めで、閉塞気味です…」

それに対して当直医は、
「その呼吸器は閉塞しません」
と答えた。

未だに、意味が、わからない。





普段、呼吸器ひっくるめて、こどもをみているのは、
その親たち。

おそらくは、
その子の体調と、呼吸器の関係を一番良く知るのは、
先生よりも、その親たちだ。

人工呼吸器とともに生きるこどもたちがいるのなら、
その設定やメカニズムだけではなく、
その子の体調に合わせたアドバイスなどを、
医療従事者ができるようになるのが、理想。

理想は、理想。

とにかく、
チームだろうが、加算だろうが、
どの患者も安全に、して欲しい。


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by honohono1017 | 2010-05-14 18:25 | normalization


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