ほのさんのバラ色在宅生活


低酸素脳症、人工呼吸器をつけた娘とのナナコロビヤオキ的泣き笑いのバラ色在宅ライフ
by honohono1017
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カテゴリ:News/Report( 34 )

エッセイ連載 第4回、5回 のごしょーかい。

エッセイ 「かあさんの『ほのか』なしあわせ ~眠りっこ子育てetc.~」

第4回 「女子たるものオサレせねば 」

第5回 「往診は『子育て』エナジー」


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by honohono1017 | 2011-08-03 10:37 | News/Report

施行から1年、「変化」の日。



昨晩、このニュースを知って衝撃が走った。

Reiharakami さんの、急逝。

夏フェスでも、矢野顕子さんとのユニット、
「Yanokami」で出演される予定だったのに。

才能溢れる40歳。

いのちの終わりは、年齢にも境遇にも関係なく、
突然やってくるものなのだなと、しみじみ。

残してくれた音楽を、
聴き続けようと思う。



そんなニュースと共に書き留めておこうと思うのは、
去る、7月17日、
改正臓器移植法が施行されて丸1年が経ち、
それにあわせて7月18日、開催された
臓器移植法を問い直す市民団体主催の、
市民の集いに参加したときのこと。

脳死・臓器移植の問題については、
いろいろな考えの人がいて、
そして、その異なる意見は、
ある意味、いつまでも平行線かもしれず、
どちらがどうというわけでもなく、
ただ、施行1年を振り返って、
法律としてどうなのか、
きちんとした手続きをふんで、
いのちがきちんと扱われているかどうかを、
検証しなければならない、という風に考えていた。

だから、今回の集いの、

「少年自殺者からの臓器摘出は許されるのか?」

という副題に関しては、
何を思ったらよいのか到底わからず、
気が遠くなるほどの気持ちがしていた。




集いはまず、

「いのちへの作法 ~自殺者からの臓器摘出は許されるのか?」

と題して、

和光大学名誉教授、最首悟先生(生物学)から
お話をうかがった。

先生のお話は、きわめて観念的・思想的で、
「自殺者」とか「臓器移植」についてにかかわる内容はほとんど無く、
科学技術や文明の発達に伴って、
「精神」と「物質(あるいは肉体)」が
どのように扱われるようになってきたか、ということから始まり、

「いのち」の「はじまり」についてや、起源、
「いのち」が「つづく」ということなど、
「いのち論」ということに終始されたように思った。



自殺であるとか、病死であるとか、
その場合の臓器をどうするか、とか、
そのような議論自体に薄気味悪さを覚えるかあさんとしては、
そもそも論のような、「いのち」に対するお考えをお話になった、
最首先生のお話は、とても興味深くありがたかった。




その後、主催者から、
この1年を振り返っての、
臓器提供事例報告と問題点などが報告された。

その中で、生体腎移植後に、予後が悪化した事例などがあるとか、
かつての「和田心臓移植事件」のことなどが引き合いに出されたりしたことに関して、
会場から発言があった。

お嬢さんが、何年か前にアメリカで移植を受けられたという、
お父さまからの発言だった。

予後が悪化したろいうような事例ばかりではないし、
移植医についても、自身の野望に駆り立てられているような医師ばかりでなく、
実際には、真摯にいのちを救うことに取り組まれている先生方も、
たくさん知っています、
といった内容だった。



かあさんは、
実際にお子さんが移植を受けられたという親御さんのご意見を、
直接うかがう機会はこれがはじめてだったので、
この集いにおいて発言されるお父さまの表情、ことばに、
非常に心を打たれた。



集いの後半では、
議論の時間となっており、
予め主催者から発言を要請されていたのだが、
この集いの主旨に添った、
つまり、「少年自殺者からの臓器摘出」に関して、
とりたてて述べさせてもらう意見も持っていなかったため、
迷いながら出席していたかあさんだが、

このお父さまが、この集いに参加されていること、
この場で発言された意味、
最首先生からうかがった「いのち論」で、
かあさんの心は決まった。



かあさんの発言の趣旨はこうだ。

まず、生まれてすぐに脳死に近い状態になったほのさんの母として、
法的脳死判定を受けたわけではないので、
非常に微妙なボーダーラインに乗った立場であること。

ただし、ほのさんや我が家にとっては、
脳死臓器移植の問題は関係の無いことであること。

だが、最首先生のことばをお借りすれば、
「表現の義務」があると考えてこの集いに参加したということ。

そして。

この脳死臓器移植の問題について、
かあさんがいろんなところで意見を言おうとすると、
すぐに「ほのかあさんは臓器移植反対だから」とか、
「病気に苦しむ子どもの親の気持ちがわからないのか」とか、
「ほのさんは色んな人に助けてもらっているのだからマシ」などと言った、
かあさんが言おうとしていることとはまったく別のことをすぐに言われてしまい、

本当は、
今日いらしている、お父さまと、
「反対の立場」でもなんでもなく、
「対立」しているわけでもなく、
そのような構図が作られてしまっているだけで、

本来、この問題は、
そのような構図の中で話し合われるものではないということ。


最首先生のことばをお借りすれば、

『「その方に向かない矢」の議論が欠かさない』
ということだろう。




「立場によって意見が違うのはあたりまえ」
ということがよく聞かれる。

かあさんも、その通りだと思う。

そして、その立場の違いによって生まれる意見の相違は、
お互いに、永遠に、相容れないものかもしれない。

でも、
問題の本質はそこだろうか。



人の考えは、
おかれた環境、境遇、人間関係……
さまざまなことの影響を受けて形成されていく。

違うのは、当然だ。

自分と「違う」ということを、
すっと聞き入れて、
自分の考えに取り入れたり、変化させたりできる人もいれば、
「違い」は、頑なに拒否して、受け付けないひともいるだろう。

それもまた、
「違い」のひとつだ。



かあさんは、
この「脳死臓器移植」の問題を、
「いのち」の問題だと捉えている。

どの立場だとどうで、
こっちの立場だと、こう変わる、
というような事象ではなく、

この世に生きている人が平等に与えられた、
「いのち」の問題。

立場を超えて、
もっと、普遍的な……。



いろんな「いのち」があって、
いろんな選択肢も与えられる世の中である。

「いのち」が平等に与えられているのなら、

どんな「いのち」も、
よりよく生きる機会が与えられるはずだ。

そして、「立場」というのは、
普遍的なものではない。

今、置かれている環境は、
明日、変わっていることもある。

自分の「いのち」の明日さえわからない。



「たったいま」の、
「ひとつの選択」に、固執することなく、
この集いに参加されていたこのお父さまに会えたこと、
移植を受けて、
いまも元気にしていらっしゃる女の子がいるということを、
肌で感じられたということが、
かあさんにとっては、
非常に貴重な経験となり、感謝している。

このお父さまとは、
またどこかでお目にかかりたいですね、
と、最後にお話した。





生きているということは、
変化だ。

生き方も、
考えも、
「いのち」も。

「出会い」は、変化を与えてくれる。



「自分自身がこの世で見たいと思う変化になりなさい」

そんなことばを、思い出した。





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by honohono1017 | 2011-07-29 11:59 | News/Report

「改訂臓器移植法施行から一年をふりかえる」集いのお知らせ

改正臓器移植法が施行されて、
もうすぐ2年が経ちます。

下記のような集いが開かれるそうですので、
ご紹介します。


―市民の集い―

改訂臓器移植法施行から一年をふりかえる
 少年自殺者からの臓器摘出は許されるのか?

日時:2011年7月18日(月・休日)13:30~16:45(13時開場)

開場:コア・いけぶくろ(豊島区民センター)5階音楽室

講演:最首悟さん(和光大学名誉教授・生物学)
著書に『星子が居る』(世織書房)
共著書『生命ー人体リサイクル時代を迎えて』(緑風出版)

タイトル:「いのちへの作法ー自殺者からの臓器摘出は許されるのか?」

討論:施行1年を振り返って

主催:臓器移植法を問い直す市民ネットワーク

資料代:1000円
連絡先:080(6532)0916
email:abdcnet@gmail.com



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by honohono1017 | 2011-07-09 11:16 | News/Report

紹介したい、ふたっつのこと。

7月にはいって、
ほのさんの中の「かえる」が騒ぐ頻度が、
減ったよーな。

しかし、相変わらず、
気圧なのか、湿度なのか、
痰が異様に多い日があったり、
よださん(←ヨダレ、ですよ)た異様に多く、
すぐにガラガラとうがいしているようになったり、
大忙しな、体調ですわ。

今朝は、ヘルパーMさんがおしっこをさせてくれて、
「おかーさーん、仕上げをしてくださーい」といつものように呼ばれ、
いってみる。

大半はヘルパーMさんがお腹を押して出してくれていて、
残っていたとしても、ほんのちょっと。

なので、「そんなには出ないテイ」でかあさんがお腹を押していると、
最初はちょろ、ちょろ……っと出て、
ああやっぱり、もうこれで終わりかな、と
最後の一押しをすると、

ジョッ!

と噴水のように立ち上ったおしっこが、
かあさんの手首めがけてヒット。

不意打ちだっただけにビックリはしたが、

ほのさんのおしっこなんて、
みずみたいに、きれいなもんよ。

とか言って、親バカサクレツ。


ま、ま、そんなほのさんの裏得意技は、
おいといて。


今日は、ご紹介したいこと、
ふたっつ。

ひとつ。

「どこ行くの、パパ?」 ジャン=ルイ・フルニエ
河野万里子 訳 白水社

という、本の紹介。

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この本は、最近知り合ったママのブログで
紹介されていたもので、
その日にアマゾンで注文、
翌日届いて、夕方、読み終えたという……。

筆者のジャン=ルイ・フルニエは、
ユーモア作家であり、
子ども向けテレビアニメの原作者であり、
200本近いドキュメンタリー制作なども手がけ、
長年に渡り、テレビ業界で活躍された、
1938年生まれの、フランス人。

しかし、1988年に、友人をガンで亡くしてから、
テレビの仕事から手を引き、
文筆活動をはじめたという。

華やかなテレビの世界に身を置いていたときには、
誰も想像しなかったことだが、
私生活では、2人の息子が重い障害を持って生まれてきたこと、
そのうち一人は、天国に旅立ち、
妻にも去られたことなどを、
この著書のなかで、初めて明かしたのだった。


かあさんは、彼がこれまでどんなアニメを作り、
どんなブラックユーモアを言って、
お茶の間を沸かせてきたのか、
全く知らないが、
この本を少し読めば、
彼の素晴らしいユーモアのセンスがわかる。

だが、かあさんがこの本を読み始めて、
最初に思ったことは、また別のことだった。



「外国にも、障害児って、いるんだ……」


考えてみれば、当たり前のことなのだが、
文化も生活習慣も違う外国に、
同じように「障害児」と呼ばれる子どもたちがいる、ということは、
なんだか考えてみたこともなかったし、
また、その障害児の「親」も、
日本人であれ、フランス人であれ、
同じようなことを思うものなんだと、
あらためて思ったのだった。


障害をもって生まれてきた兄弟、トマとマチューとの、
日常の生活の中での具体的なやりとりや、
父親としての正直な心のうちが書かれていると思えば、
「一人ならず二人も」障害児を抱えてしまった父親、
という立場を非常に客観的に語っている。


ユーモアは、根底に愛情があって、
そのことの真実を見抜いているときに生まれるものだ、と思うかあさんと、
ジャンが同意見かどうかはわからないが、
トマとマチューについて、
時にはドキっとするような表現をするのだが、
その表現が「障害」について現わしているから、というからではなく、
そんな「障害」を持っている我が子への、
温かいまなざしを感じるからこそ、
なんだかとても、胸が苦しくなってしまう。

だが、「ユーモア」たればこそ、
後味は、悲しくないわけだ。

そんな様子を、ジャンは、
自分に宛てて、
こんな風に書いている。



『おい、ジャン=ルイ。
おまえは自分のこともままならない小さなふたりのこどもを
冗談のネタにしたりして恥ずかしくないのか。

恥ずかしくない。
そんなことで、愛情は減ったりしない。』




ほのさんの、
頭の中にあるべき「脳」は、
生まれてきたのアクシデントによって、
「水」になった。

かあさんは、
そう説明されたとき、
まだ小さな赤ちゃんだったほのさんの、
その正体が恐ろしくてたまらなかった。

正体も、何も、ない。

ほのさんは、ただの可愛い、
赤ちゃんだったのだから。

だが、そこにあるべき「脳」が、
「水」になったということが、
どう受け止めるべきか、わからなかったのだ。



時は経ち、
ほのさんが、いかに可愛らしく、
愛すべき我が子であるのか、
心で理解した頃、
ほのさんの頭の中にあるものが、
何であろうと、構わなくなった。

構わなくなったどころか、
「脳」であるべきところに、
「水」があるほのさんが、
なんて、かわいらしいの、
そう、思うようになった。

そして、夏の暑い日に出かけるときなど、

おそとはあついから、
ぼうし、かぶろうね。
でないと、ほのさんのあたまのなかのおみず、
ふっとうして、おゆになっちゃうよ。

などと、とうさんと、
ほのさんと、
笑うようになっていた。


このユーモアの面白さと、
その裏にある苦しさと、
ほのさんに対する愛情を知らない人には、
「一体、何の会話なんだ」
ということに、なるだろう。

ジャンは、
トマとマチューの頭の中には、
「藁」が詰まっている、
と言っている。




ふたっつめ。

ちょっと前の、新聞記事。

もう4年半も意識をとり戻さない野球好きの弟と
その看病をする母のため、自分の夢のため、
鹿児島から甲子園を目指す少年、小湊剣心(コミナト・ケンシン)くんの記事。


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詳しくは、コチラ

剣心くんの弟は小学校6年生の秋、脳梗塞で倒れ、
ほのさんと同じような、眠りっ子になり、
今でも病院生活を送っている、
颯士くんという、とってもキレイなお顔の男の子。



かあさんとほのさんが、颯士くんのことを知ったのは、
2年前の夏、くらいだったか、な……
奄美で暮らす呼吸器っ子、
ほのさんの姉貴分、「おとめちゃん」のブログ。

おとめちゃんのブログは、 コチラ

おとめ母さんの綴るおとめちゃんの生活、
「おとめのたくらみ」は、
先に書いた、ジャンも真っ青になるくらい、
ブラックユーモアたっぷりで、
(ブラックユーモアと言うよりも、「毒」?……)
そして、ジャンに勝るとも劣らない、
我が子にかける愛情たっぷりの、
とっても楽しいブログ。

(おとめちゃんとおとめ母さんの話はさておき)
そこで出会ったのが、
ほのさんと同じような状態にある颯士くんで、
ほのさんもかあさんも、
もう勝手におともだち気分でいたところ、
6月26日の新聞記事に、
お兄ちゃんの剣心くんのことが載ったようで、
これはみなさんにご紹介せねば、ということで。

記事の中から、心に響いたところ。


『「弟も、親も大変なんだ」と改めて思った。
そして野球をやらせてもらっていることに感謝した。
両親は弟の看病の合間に時間を作って試合の応援に来てくれている。
「もっとやらなきゃいけない」 』


眠りっこの颯士くんも、
野球を頑張るお兄ちゃん剣心くんも、
そして、お母さんのみどりちゃんも、
それぞれの胸の中にある、
それぞれの、気持ち。




フランスでも鹿児島でも、
辛いこともすばらしいことも、
いろいろある。

そうしてみんな、生きていく。



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by honohono1017 | 2011-07-05 15:27 | News/Report

小論文の、問題です。

このブログ「ほのさんのバラ色在宅生活」をまとめた本、

「長期脳死の愛娘とのバラ色在宅生活
ほのさんのいのちを知って」

の一部が引用されて、

大学の入試問題に使われていた、
ということを知った。


出題されたのは、
平成23年度 三重大学 後期日程
特別支援教育コース小論文試験問題。

問題は、以下の通り。


【問題】
最近、医療の力を借りながら自宅・学校で生活し学習する子どもたちが増えています。
このような子どもたちに教育・支援を行う上で重要であると思われることについて、
別紙イラスト資料を参考にあなたの考えを述べなさい。(800字以内)

資料
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出典:ほのさんのいのちを知って 長期脳死の愛娘とのバラ色在宅生活(2010)
西村理佐 著 エンターブレイン 50-51頁


このイラストは、
ほのさんの1日11回の一連のケアについて、
どんなことをやっているのか、
イラストレーターのmappyさんが、
かわいいイラストで、
わかりやすく描いてくださったページ。
(実物の本では、カラーです)

いまではもっとケアの仕方が複雑で難しくなったけど、
それを言葉で説明すると、さらに難しく、
こんな風に絵で描いてもらうと、
本当にわかりやすいし、
「医療的ケア」というよりは、
生身のほのさんを「お世話している」という臨場感に溢れていて、
かあさんも、お気に入りのページ。



話がそれた。

入試問題のこと。

問題文にもあるように、
「医療の力を借りながら自宅・学校で生活し学習する子どもたち」
というのは、まさにほのさんのことであり、
そのほのさんをかあさんは育んでいるわけだが。

この問題を見て、
客観的に、
「教育・支援を行う上で重要であると思われることについて」
問われると、
本当に、難しい。

三重大学が、どのような解答を「合格」とするのか、
受験した学生さんたちが、
どのような解答をしたのか、
非常に気になるところだ。

かあさんも、800字以内で答えてみようと思ったけど、
やめた(笑)

不合格になったりして……



親の立場として、このような子どもたちが
生活し、教育を受けるうえで必要と考えることと、
それを支援する側が、必要と考えることは、
果たして、どのくらい、
一致するのか、
しないのか。

どちらにせよ、
両者が、おんなじ方向を、
向いていますように。


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by honohono1017 | 2011-06-21 11:33 | News/Report

NICU卒業生注目、の講演。

昨年8月、このブログでも読後感を紹介した本、

「救児の人々 医療にどこまで求めますか」
(熊田梨恵著 ロハスメディカル)

そのときのブログはコチラ

以前も書いたように、
色々な問題提起がなされていて、
かあさん自身もかなり考えさせられた本だが、
その著者の熊田梨恵氏が、
講演をなさるそうです。


日時 平成23年6月21日(火曜日) 18:00-19:30
場所 大森キャンパス医学部第2講義室
   (他キャンパスで中継あり)
講演内容
18:00-18:30
「東邦大学周産期人材育成事業について」
東邦大学周産期人材育成推進室 室長 広田幸子

18:30-19:30
「記者が見たNICU~高度医療と福祉サービスのギャップ」
ロハス・メディカル論説委員
関西版「それゆけ!メディカル」編集長 熊田梨恵


東邦大学周産期人材育成推進室
TEL 03-5763-6551(内線2101)
mail shusanki(アットマーク)@jim.toho-u.ac.jp


詳しくはコチラ


この本や、自分が昨年持った感想を読み返して思うことは、
新生児医療のあり方について、
あるいは、倫理観や死生観について、、
いのちを支える社会システムのあり方について、
医師は医師で、
患児家族は家族で、
それらを客観的にみる記者などの立場の方はその立場において、
いろいろなことを思い、悩み、
その中でそれぞれの職務や生活に向きあっているが、
それらをどうすり合わせて、
より良い社会を、
どんないのちであれ、
そのいのちのある限り幸せに生きることができるか、
という「協同」について、だ。

ほのさんは、NICU卒業生。


あの日のブログに、
非公開でコメントをくださった、
NICU卒業生のお子さんやのおかあさまたちも、
元気に生活していらっしゃるかな。


どんな講演がなされるのかな。


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by honohono1017 | 2011-06-17 11:15 | News/Report

はじまりました。

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かあさんの、新連載はじまりました。

かあさんの「ほのか」な幸せ ~眠りっこ子育てetc.~

というタイトルでございます。

担当編集Y氏(20代メンズ)の、
粋なはからいで、
ピンクの枠で、かわいいイラストなんかもあって、

かあさんのお気に入りのタイトルも、
手書き風にしてくれて。

2週間ごとに〆切がやってきますが、
楽しくやっていこうと思います。



詳細は、オンラインで↓
(記事のステキな感じがなくなってて残念ですが……)


民医連新聞 2011年6月6日号
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by honohono1017 | 2011-06-10 11:50 | News/Report

親子Tシャツと、シンポジウムのお知らせ。

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日照時間と、人の気持ちは、
やっぱり関係あるわ……とぶつくさいいながら、
ほのさんのお風呂後のタオルやら何やらで、
強制的に回した洗濯機。

乾燥機をかけたくない、
ほのさんと自分の洋服を(とうさんのは、どした)、
室内に干しながら、何気なく見たら。

ほのさんのTシャツと、自分のが、
生成りで、とってもよく似ていて、
あれま、親子やな……
と、なんだか嬉しい気持ちが、やってきた。

曇天でも、
そちこちに
転がっている
ほっこり、幸せ気分。


さて、今週の土曜日、4月23日11時から、
国立オリンピック記念青少年総合センター 国際会議室にて、

難病のこども支援全国ネットワーク主催の、

≪政策提言フォーラム/どーする医療的ケアⅣ
~小さな命を守り・育む地域支援を求めて~≫

が開催されるそうな。


医療的ケアの必要な子どもたちが健やかに成長・発達できるために必要な、
様々な支援の充実やあり方について学ぶ場として企画された、シンポジウム。

かなり、もりだくさんな内容のようです。

詳しくは、
難病のこども支援全国ネットワークのHP⇒ コチラ
かあさんも、ほのさんのお許しが出たのなら、
勉強しにいきたいと思います。


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by honohono1017 | 2011-04-21 14:23 | News/Report

ついに、この日が……

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ついに、この日がきた……と、
思わず、ほのさんの手を握った。

関東甲信越地方の病院で治療を受けていた10代前半の男の子が、
12日朝、脳死と判定され、
家族が脳死からの臓器提供を承諾したことから、
臓器移植に向けた手続きが進められているという。

15歳未満の脳死判定 臓器移植へ NHKニュース

このNHKニュースによれば、

「院で脳死判定を行った結果、男の子は12日午前7時37分、
脳死と判定され、死亡が確認されました。」

と記されている。

「脳死と判定され、死亡が確認された」……

もちろん、臓器移植法は、
脳死を人の死と定めた上で、
臓器摘出、移植を行うものであるから、
脳死判定で脳死が確定した段階で、
「死亡」となるのだが、
まだ、心臓が動き、温かい体の少年が、
はっきりと「死亡」とされる、この違和感。

改正臓器移植法施行後、
15歳未満の脳死判定は初めてである。

そして、少年は、
「将来、世の役に立つ大きな仕事をしたいと言っていた」というが、
本人の、臓器提供に対する意思は、わからない。

夕方、たまたま見ていた情報番組でキャスターが、

「まさにいのちのリレーがはじまった。
彼のすばらしい意思が無駄にならないように、
手術が無事行われるように見守りたい」

というようなことを少し興奮気味に言っていた。

このニュースを、いま、
日本の人たちは、
どのように受け止めるのだろうか。

こどものいのちは、
誰のものだろうか。

親が、決めていいのだろうか。



明日未明、
その温かく、心臓が鼓動をする少年の体に、
メスが入る。

臓器が、
取り出される。


ほのさん。

かあさんは、あなたのいのちが、
とってもとってもたいせつで。

ほのさんのいのちは、
ほのさんのものであって、
それでも、あなたのおもいどおりにいかないの。
それほど、とうといものよ。

かあさんは、
ほのさんのしんぞうが、うごきつづけるかぎり、
きょうのように、
あなたが、おだやかなほほえみをうかべられるように、
あなたのいのちを、まもります。




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by honohono1017 | 2011-04-12 18:42 | News/Report

重篤な疾患を持つ子供の治療方針決定のあり方」について

弥生。

月日の経つのは、本当に早い。

もう少しで新年度がはじまる。
また、生活も変わる。

今月は、学生さんたちもやってくるし、
いろいろな仕事も入っている。
楽しいイベントもある。

なんとか、芽吹きに負けないように、
乗り切りたい。


先日、2月25日(日)に開かれた、
日本小児科学会倫理委員会公開フォーラム、
「重篤な疾患を持つ子供の治療方針決定のあり方-話し合いのガイドラインの提案」。

ほんとうに参加したかったが叶わず、
色々なところでその報告を読ませてもらった。

「ガイドライン(案)」そのものをざっと読んで、
気になるところを抜粋してみた。
以下。

【基本方針】

「子どもの終末期を定義したり、また、生命維持に必要な治療の差し控えや中止の基準は定めず、
機械的に答えを導き出せるものとはしないこと」


「小児医療の現場では、治療方針の決定にあたり、子ども・父母(保護者)と
関係する多くの医療スタッフが、子どもの最善の利益について、
真摯に話し合い、それぞれの価値観や思いを共有して支え合い、
パートナーシップを確立していくプロセスが最も重視されるべきであること」


【基本精神】

父母(保護者)や医療スタッフの利益ではなく、
子どもの利益を最優先させることを父母(保護者)と医療スタッフが確認する。

子どもは、発達段階に応じてわかりやすく説明を受け、
治療のあり方に関して自分の気持ちや意見を自由に表出することができる。



【生命維持治療の差し控えや中止の検討】
(1)父母(保護者)または医療スタッフなどの関係者は、
子どもの最善の利益に適うと考えられる場合には、
生命維持治療の差し控えや中止を提案することができる。
生命維持治療の差し控えや中止を決定した場合は、それが子どもの最善の利益であると判断し
た根拠を、父母(保護者)との話し合いの経過と内容とともに診療録に記載する。
さらには決定事項を明記した文書に父母(保護者)を含めた関係者全員が署名する。



このあと、「生命にかかわる治療を差し控えるかあるいは中止するか検討する事態発生」
した時に使用するフローチャート、チェックリスト、と続く。


今回のフォーラムに参加していないため、
このガイドライン案をめぐってどんな議論がなされたのかわからないが、
小児医療の進歩によって、たくさんのいのちが救われながらも、
いまなお限界があり、医療の現場において、
「重篤な疾患を持つ子ども」についてさまざまな葛藤が生じていることは事実で、
医療者サイドにしてみればある一定の取り決めが必要であることも理解できるが、
ひとつの「大切ないのち」に対して、
フローチャートやチェックリストが作成されるような流れは、
正直、心が苦しい。


子どもの終末期を定義したり、
生命維持に必要な治療の差し控えや中止の基準は定められなかったことは、
ひとつ、救いであるとして、
だがそれは、
例えばほのさんが、
ほのさんの病院では、ほのさんに対する治療の中止や差し控え、
ということは考えられなかったが、
ひょっとして違う病院にお世話になっていたら、
そこでは、このフローチャートが登場していたかもしれない、
ということなのだろうか。


基本方針には、
「小児医療の現場では、治療方針の決定にあたり、子ども・父母(保護者)と
関係する多くの医療スタッフが、子どもの最善の利益について、
真摯に話し合い、それぞれの価値観や思いを共有して支え合い、
パートナーシップを確立していくプロセスが最も重視されるべきであること」
と、さらっと書かれている。

内容は、とてもすばらしい。

だが、「子どもの最善の利益」とはなにか。

医療者と家族が、真摯に話し合う場が、
現在の医療の場面において、十分にあるのか。

それぞれの価値観や思いを「共有」することは、
こどもが「重篤」な場面において、可能なことか。

「パートナーシップを確立していくプロセス」を、
具体的には、どう持つのか。

この基本方針が大前提となってのチェックシートであると思うのだが、
実は、その「大前提」を実現することが
いまの医療の現場では、なによりも難しいのではないだろうか。

自らの体験を振り返ってみれば、
出産の場面に起こった突然の事態であったから、
かあさんに最初に起きた感情は、
「医療」への不信。
もっと言えば、そこにいた「医療者」への「不信感」であった。

そのような感情が心の中に合ったことを、
医療者に告げなければ、
医療者は、家族の本当の心のうちを知ることはできないし、
その時点ですれ違っていれば、
そもそもパートナーシップを確立することなどできない。

いくら、「話し合い」を持っても、
それは、家族の「医療者に見せる」ある一部分の顔かもしれないのだ。

自分たち家族が何気なく言ったことばや、
面会時にみせた何気ない態度などが、
のちのち振り返れば、
ほのさんの大切な治療方針を決める要因になっていたりということも多かった。

そのような、人間として、親として「素」の部分を見せられる
医療者との出会いは、本当にかけがえがない。

その出会いがあったからこそ、
自分では気付いていなかった本当の気持ちが溢れてきたり、
希望が持てたり、
そのことによって、
一番大事なことは、「こどものきもち」なんだと、心底気付き、
「自分の辛さ」から抜け出して、
「こどものこえ」に耳を傾けることができるようになるのだ。

そのプロセスを、
「かけがえのない出会い」という抽象的なことではなくて、
どの病院においても、
どの医療者においても、
どの家族においても可能なものにするための方法、
それを、みんなで考えなければならないのではないだろうか。

医療の場面において、
そのプロセスをふむことが、
どれだけ難しいことであるのか、
「それぞれの価値や思いを共有する」ことが、
どれだけ難しいことであるのかを、
まず、認識したい。



次に、【基本精神】にある、
「子どもの利益を最優先させること」である。

「子どもの利益」とは、何か。

そして、
「子どもは、発達段階に応じてわかりやすく説明を受け、
治療のあり方に関して自分の気持ちや意見を自由に表出することができる。」
と、ある。

生まれたばかりの赤ちゃんや、
ほのさんのように、自分の気持ちや意見を自由に表出できない子どもは、
どうか。
あるいは、そのような子たちに対しても、
医療者は、同じように
「気持ちや心」がある子どもとして、尊重しているだろうか。

子どもは、親の所有物ではない。

ここに書かれているように、「子どもの利益」が最優先されるべきだ。

だが、その最優先されるべき子どもの意志がわからないときは、
どうすることが、「子どもの利益」なのか。
非常に難しい問題である。

何かを決めるとき、
治療方針などという大きなことではなくても、
例えばケアの仕方ひとつをとっても、
「これはほのさんのため、ではなくて、
自分の作業の効率のため」なのではないか、
という苦悩が伴うことも多かった。

どこまで子どものことを考えて、
それに加えて、世話をする自分や生活のことを考えるのか、
そういった、言葉にはしにくい、気持ちの折り合いをつけること、
あるいは、どちらも尊重できていると感じられるようになるのは、
「病気・障害を持ったこども」の存在をきちんと受け入れ、受け止め、
愛することができるようになってからのことであると思う。

今後の治療方針を決めなければならないという、
親にとってもっとも辛いときに、
「こどもの利益」を最も考えられるはずの親が、
もっとも考えることが「辛い」状況にあるということも
医療者は考えておかなければならないと思う。


'Shared decision making’(意思決定を共同で行うこと)については、

『「本来子どものことをもっともよく知っているのは親」で、
一方、「医療のことをもっともよく知っているのは医療者」である。

この両者が情報を共有し、意見をすり合わせて、
子どもにとっての最善の
利益を追求するのが医療である』

というような、単純な足し算ではないと思う。

もちろん、こどものことを一番よく知っているのは親であるが、
親であると言う理由において、
こどものいのちを思うままにしていいはずはなく、
特に、意思表示の難しい子どもの場合において、
「こどもの利益」が何なのかということは、
「いのちの尊厳」という意味において慎重に考えられなければならないと思う。



これだけのことを書いてきたら、
そのあとに続く、チェックシートについて意見することは
必要ないように思われた。

日常の医療の場面においても、
医療者と、患者家族の立場として接するときに、
ちょっとしたすれ違いや、行き違いは茶飯事である。

また、それが「すれ違っている」と意識されないことも多い。

それでも、「治療」はすすんでいくことも多いのだ。

そんな「医療」において、
「こども」をどう守っていくか、
なお一層、考えていかなくてはならない。

今回のフォーラムが「公開」というかたちで開催されたことは、
非常にすばらしいことだったと思う。

今後も、このような「共有」の場が増えていくことを望む。


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by honohono1017 | 2011-03-01 12:53 | News/Report


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