ほのさんのバラ色在宅生活


低酸素脳症、人工呼吸器をつけた娘とのナナコロビヤオキ的泣き笑いのバラ色在宅ライフ
by honohono1017
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カテゴリ:News/Report( 34 )

グラつくほのさんの歯と、研修会のおはなし その1。

3月17日、ほのさん5歳と5か月のお誕生日。

ついに、ほのさんの下の歯が、グラグラしはじめましたのです!

きれいに並んだ小さな歯がグラグラしているだけで、
なんともかわいく、
綿棒で、暇さえあれば、
グラグラさせております。


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さて、グラグラしているのは、
どの歯でしょーかっ!

(正解は、向かって右から3本目&4本目でした……)


いやはや、こどもの成長というのは、
ほんとうにすんばらしいもので、
ほのさんも、春の訪れを感じてか、
なんだかメキメキと大きくなっております。

うれしいことです。

が、水分の量など、どのタイミングでどれくらい増やすかとか、
なかなか難しいことも多いです。

(ほのさんは、ヤクルトを増やしてほしいらしいですが……)



さて、はなしはさかのぼりますが、
先日3月10日(日)

「NICU等長期入院児の在宅移行円滑化に向けた医療的ケア研修会
医療的ケアを介護としてではなく子育てとして」

でお話しするために、
仙台に行ってきました。

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横長の会場で、左右に一つずつスクリーンがあり、
左右のブロックにわかれた席の間、
つまりど真ん中に、マットが敷かれ、
こどもたちがバギーなどから降りて過ごすスペースになっていました。

ケアの必要なこどもたちには、
看護師さんと介護士さんが一人ずつ付けられ、
ご両親は席に座ってゆっくりお話を聞けるように、との
田中総一郎先生のご配慮には、
さすが!っと思いましたが、
はじめましてのこどもたちのお世話をする、
看護師さん、介護士さんたちも「スゴイ!」の一言。

前でお話ししながら見ていて、
看護師さん&介護士さんに抱かれながら
座っているこどもたちのお顔はとてもくつろいでいたし、
こどもたちを見つめる看護師さん&介護士さんのあたたかいまなざしは、
「ご両親じゃないよね?」と思うほどでした。

もし、ほのさんを連れてきていたら、
かあさんは、このご両親たちのように、
ほのさんを預けられたかしらん、
そして、ほのさんはいらしてくれたこどもたちのように、
ちゃあんと言うことを聞いていい子にしてくれていたかしらん、と思うと、
ご両親たち、こどもたちも、
本当にすごいなあ……とため息がでるほどでした。

そうやって、参加してくださったかたたちが、
みんなでこの「研修会をつくっている」という雰囲気を目の当たりにして、
わざわざかあさんが出て行って何をお話しする必要があるだろうか……と
かなり不安にもなりつつ……開会。


まずは、NPO法人あおぞらネット 訪問看護ステーションそら理事の
梶原厚子さんのお話からはじまりました。

梶原さんは、この分野ではかなりの有名人で、
どんな研修会に言ってもお話しや司会などをなさるような方で、
かあさんも何度も(一方的に)お会いして、
お話を聞いたことがありました。

でも、これまで聞いたことのあった梶原さんのお話は、
どうしたら小児在宅の移行が進むかというような会での、
訪問看護の役割やその実績などがメインだった気がして、
今回のように、訪問先での具体的な取り組みや事例などをうかがったのは
はじめてでした。

梶原さんのお話し、というよりも、
梶原さんが訪問看護をされている中での
一本、貫かれている信念、
そして、こどもたちを看ていく中で大切なことは、

「普通に育てること」
でありました。

かあさんも、ほのさんを5年間育んできた中で、
「ふつうに」ということは思ってきたことですが、
最初はやはり、さまざまな医療的ケアに意識が持ってかれていたし、
どの程度、母親の裁量でしていいことなのか、
それとも医師の了解が必要なことなのか、
というところも皆目、見当がつかなかったし、
「今でこそ」というところがありますが、
それはやっぱり、かあさんが「母親」であり、「我が子」のことだから、
大胆にできる、という面も大いにあると思います。

医療的ケアがたくさん必要な重度な子どもになればなるほど、
訪問看護が医療的な面で支える比重は重くなりますから、
どうしてもケアそのものとか、体調の管理なんかがメインのお仕事と考えがちですが、
梶原さんのお考え、実践されていることは、
どんなこどもでも、いかに「普通に育てる」か、ということで。



まず、子どもは「自分のことをグズグズと言える、
手のかかる子どもになるべき、だそうで。

なるほど子どもって、そういうものだし、
それこそ「子どもの特権」であるわけですが、
さまざまな医療的ケアを必要とする子どもたちが退院してくるときには
いかに「手をかけないか」ということを目指して「退院指導」みたいなことをされるのです。

例えば、吸引。

おうちでは2時間おきにしましょうね、と習う。

在宅生活を始めて、当然おかあさんの疲れもたまってきて
夜中なんか、ハッと目が覚めると吸引の時間をとおに過ぎていた……

そんなとき、おかあさんは決まって
「ああ、2時間おきに吸引できなかった、してやれなかった」
という逆メッセージをこの状況からうけとってしまうもの。

これはかあさん自身にも覚えがあることです。

吸引をいつするか、という問題も、
時間を決めるというのではなく、
たとえば、夢中になって「あそび」をしているときには、
ごぼごぼしていても割と平気だったりするものだし、
本人も眠っているときは、活動しているときよりも当然痰も少ないはず。


例えば、食事。

経管栄養をしている場合、これも何時間おき、と決めがちだけど、
本当は、本人が「お腹が空いた」ときに注入してあげたいもの。

経口摂取が難しくても、
必ず、ミルクを綿棒などに浸して口に含ませてやってから注入をしてみる。

「むせる」からダメなのではなくて、
「むせる」からオッケーなんだ、という認識。

食べ物を口のまわりにくっつけておいて、
本人が「食べてみたい」と思うような環境を作ってみる、とか。
(通称、鼻くそ作戦というそうなー。)



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(経管栄養は「食育」だなんていうすばらしい考え方は全くなくても、
意外と食べ物を口にのせちゃうもんで。

これはお雛祭りのひなあられだよー。

あー、ほのさんがたべたからしめってるー、
と嬉しそうに、このあととうさんが食べていましたん)




本人の意思や気持ちに沿ったケアをすることで、
大脳が鍛えられていくそうです。

すぐに答えの出そうな医療行為を断片的に覚えてしまうことは、
本人の自立を妨げてしまう、という梶原さん。

ああ、こういう考え方、
5年間の子育てで、やっと考えるようになったことで、
ほのさんをおうちに連れて帰ったばかりのかあさんに、
ぜひ聞かせてあげたかったなあ、と思うばかり。



それからそれから、「普通に育てること」で大切なのは、
「感覚」を鍛えること。

ハイリスクのベビーちゃんたちは、
帝王切開で生まれることも多くて。

本来なら、母親の心音を聞きながら産道を通って、つるっと生まれ、
母親のお腹の上に乗せられて、肌と肌をすり合わせる感覚を覚え、
おっぱいまで辿りつく、という幸せな体験をする赤ちゃん。

でも、帝王切開で生まれてくると、
赤ちゃんは、突然オペ室の明るいライトの下に出され、
はじめてお腹の外で触れるものが、
体を包まれるごわごわの布。
赤ちゃんのは、肌に感じる不快体験を記憶してしまう。

そしてその後も、病院では病状の深刻さを乗り越えること、
「いのちを守る」ことを優先される生活が続くので、
そこを脱したベビーちゃんたちが、
後々まで生きにくさを感じないようにサポートしていくことが、
医療の使命だとおっしゃっていました。

かあさんも、このお話を聞きながら、
当然、ほのさんの誕生の時の物語を思い出していました。

ほのさんはお腹を出るほんの間際まで元気に動き回っていたから、
普通分娩で生まれてはきたけれど、
緊急事態であったため、
強制的にお腹を押されてポーンと出され、
かあさんの肌を感じることなく、布に包まれて運ばれていった、のだ、多分。
(見ていないので、わからないのですが)

それは確かに、ほのさんにとって、とても辛く、淋しく、
不快体験に違いなかったわけで。

でもその時の「医療の使命」は、
ほのさんのいのちを救うこと。

結果的に、ほのさんの体は弛緩して、
低緊張になってしまったわけで。

だから、そんなほのさんの「感覚」を育てていきましょう、というお話しなのです。

そこで大切なのが、「マッサージ」。
そう、誰にでもできる「マッサージ」だそうで。

過敏な子は、マッサージすることで慣れさせ、
低緊張の子は、マッサージしてこすってあげることで、
「触られた」ということを認識しやすくなっていく、
つまり「脱感作」が大切。


そして、「揺らす」ことも大切。

「揺らす」ということには2つの意味があるそうで、
ひとつは、「前庭覚」(重力や運動を感じる」)を鍛えるということ、
ひとつは、「固有覚」(筋肉や関節を感じる)を鍛えるということ。

寝てばかりいたら、重力を感じることはできないですし、
そうすると、自分の「からだ」を感じることもできないわけです。



そしてもう一つ大切なこと、
「どんなふうに育っていくのか」ということが考えられる、ということ。

目の前のことだけではなくて、
この子がどうやって大きくなっていくのか、
どこで暮らすのか?学校は?就労は?経済的なことは?
というふうに、「社会」で生きていく、ということを考え、
そのためにはどんなことをしたらいいのかと、考えられるようになること。

最近では、小児在宅という分野にスポットがあたるようになって、
今使える制度は、サービスは、必要なことは……と、
「小児」の時期のことだけを切り取って提示できる人が出てきたけれど、
本当はそうではなくて、
その子どもが、一生の間に、どんな風に生活していくのか、
何が必要で、どんな支援があるのかということを、
連続して考えていくようにならなければならないのだと、
梶原さんは熱くおっしゃっていました。

本当にそうだなあ。

「子ども」は、やがて「おとな」になるのです。

そして、子育てしている親は、やがて老いる。

その「あたりまえ」が、いまの「小児在宅」には、
ほのさんの生活には、
すっぽり抜けています。

「なう」にばかり目が行き、
それは「なう」があまりに整っていないこともあるでしょうし、
「なう」しか考えられない余裕のなさも、きっとある。

でも、「見通し」を持つことで、
見えてくる「なう」って、きっとたくさんあるはずなんだろう。

「見通し」を持つこと、
「将来」を考えること、
「未来」をみること、
そんな「子どものあたりまえ」を、忘れてはいけないのです、
だって、「こども」なんだから。




梶原さんのおはなしは、とっても盛りだくさんで、
深い知識とたくさんの経験に基づいたもので、
とても1時間では足りない!と感じました。

かあさんのように、ただの「親」が、
知識などなく、あまり深く考えなくても、
子どもとのスキンシップ、あそび、
車に揺られていくお出かけ……
そんな家族の小さな幸せに溢れた時間は、
子どもの成長、発達にとって、
とても理にかなったものなのだなあと励まされ、
早く帰ってほのさんと遊びたい!そんな風に思うお話しでした。


梶原さんに、「とてもすばらしいお話でした」と申し上げたところ、
まだ、梶原さんが愛媛にいらした頃に出会った何人かのお母さんに、
自分は育ててもらったと、いまでも感謝しているのよ、
とおっしゃっていたのが、とても印象的でした。

たくさんのお子さん、おかあさんと関わっていらした中で、
きっと「出会い」を大切にされていらっしゃることが伝わってきました。

この研修会のタイトルでもある、「子育てとして」ということを1番に考え、
子どもの成長・発達という視点を持つ「訪問看護」は、
子どもと家族をハッピーにするだろうし、
そしてその視点は、
「子ども」が成長して「おとな」になってからも継続して関わって行くことができるだろうし、
その視点は、小児に特化したことではなく、
ひとりの人間が社会で生きていくことを支えるものになるのでしょう。
そしてそれこそが、求められていることだと思いました。




このあと、かあさんが、

「ケアってなあに?」と題して、
おはなしさせていただきました。

つづく。


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by honohono1017 | 2013-03-18 18:18 | News/Report

NICU長期入院児の在宅移行円滑化に向けた医療的ケア研修会のお知らせ

如月。
にしては、暖かい朝。

1月はあっという間に駆け抜け。

いろんなことがあった割には、
あんまり記憶がないというー。

多分、アタマが飽和状態。

インフルエンザが猛威をふるっているそうで。

本当にあたたかな、うららかな春が待ち遠しいこの季節。

ほのさんの大好きなヘルパーさん(メンズ)がダウンしてしまい、
本当なら来るはずの晩、
ほのさんはずーっとおしゃべりしていた。

(なんでーよー。あそぶひとがいないよー。
かあさん おきてよー。)
的なことでしょうか。


さて、今日はひとつお知らせ。

かあさん、今度は仙台でおはなしさせていただくことになりましたー。

以下、詳細。



<NICU等長期入院児の在宅移行円滑化に向けた医療的ケア研修会>

日時:平成25年3月10日(日)10時~12時半

会場:TKPガーデンシティー仙台(アエル21階)Aホール

『医療的ケアを介護ではなく子育てとして』


プログラム
9:30 開場
10:00~10:10 開会あいさつ 会長東北大学小児科呉繁夫教授
11:20~12:20 講演 梶原厚子さん NPO法人あおぞらネット訪問看護ステーション・そら
10:10~11:10 講演 西村理佐さん 在宅人工呼吸器ケアを受けているお子さまのお母さま
12:30 閉会

参加費: 無料

参加希望の方: 告知資料裏に記入してFAX でお申込み下さい。

医療的ケアのある方とご家族には駐車場の確保と看護師の手配を行いますので遠慮なくご連絡ください。

事務局: 東北大学病院小児科

〒980-8574 仙台市青葉区星陵町1-1
TEL. 022-717-7289/FAX 022-717-7285

詳しいチラシはこちら





みなさまにお会いできることを楽しみにしています!

(ちなみにほのさんは、例によってとうさんとお留守番。。
あたたかかったら、連れていきたかったなあー。)





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by honohono1017 | 2013-02-01 12:04 | News/Report

第3回日本小児在宅医療・緩和ケア研究会@聖路加に行ってきたの巻

クリスマス頃から、 寒波がやってきていて、
なんだかとっても冷え込みますが。

今晩は、関東でも雪が降るかもしれん、ということで。

ここのところ、ほのさんはちょっとばかし痰が多く、
それでも、先日の危機を乗り越えて以来、
なんだか以前より上手に自分で痰をあげられるようになって、
かあさんも、その「タダでは起き上がらない」娘の様子に感激しながら、
無心に痰を確保しております。


先週の土曜日12月22日も、結構雨も本降りで、
そりゃあさむーい日でしたが。


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聖路加看護大学講堂で開かれた、

第3回日本小児在宅医療・緩和ケア研究会

平成24年度厚生労働省在宅医療連携拠点事業

『小児在宅医療の新時代へ
~多職種地域連携とend-of-life care ~ 』

に行ってきました。

第3回ということで、
かあさんが聖路加に行くのも、この3年、
恒例行事となりました。



正直、これまでは「小児在宅」という整わない分野で、
先進的に取り組んでいる先生方や事業所のお話を、
指をくわえて見ている感じだったけど、
今回は、タイトル通り、小児在宅の新時代が少しずつ、
でも確実に見えてきているなあという、
とても心強い、そしてなんだかすごくあたたかい内容でした。


簡単に内容をレポート。

シンポジウム1 障がい児支援における多職種・地域連携

座長 梶原 厚子 (NPO法人あおざおらネット理事)

●副島 賢和氏 (品川区立清水台小学校昭和大学病院内学級担任)

「子どもを真ん中において」

副島先生のことは以前、「プロフェッショナル」という番組で見たことがあった。

今回、シンポジスとの中に、教育の分野の方がいらっしゃるというのも、
こどもたちにとっての「連携」ということがどういうことか、
きちんと考えられているなあと思った。

入院中は、まず「治療」が第1に優先されるけれど、
こどもたちにとって「学校」という場所がどれだけ大切なところか。

どんなときでも、子どもたちの生活は「連続」していなければならない。

「学ぶことは生きること」ということばがとても印象的だった。

病そのもの、あるいは入院生活というもので、
こどもたちは、2つの「K」の喪失をすることとなる。
ひとつは、「感情の喪失」。
もうひとつは、「関係性の喪失」。

その辛さ、苦しみを、うまく表現できないこどもたちもいる。
表現していることがすべてではなく、
その一部だったり、周辺だったり、あるいはまったく別のことだったりもする、という気付き。

自分が入院中の両親の不和は、
自分のせいだと感じる、こどもの気持ち。

「学校」という場所だけでなく、
親としてもすごく、学びの多い話であった。


●長島 史明氏 (あおぞら診療所松戸理学療法士)

「たすきをつなごう ~理学療法士が考える連携の意味と求められる役割~」

在宅の理学療法士の役割は
「子どもと家族の夢を広げること」ということばが、ものすごく感動的であった。

支援には、「専門性による支援」と「関係性による支援」がある。

可動域の維持、拘縮予防といったことも、理学療法士の「専門性」であるが、
それだけではなく、在宅における「専門性」ということを深く理解し、
その実践が報告されていた。

いのちを守るドクター、
いのちを育むナース、
夢を叶える福祉職、
夢を広げるリハビリスタッフ、
という在宅におけるそれぞれの職種の「専門性」を理解し、発揮されると、
きっと多職種の「連携」がもたれ、そこに「関係性」が生まれ、
子どもや家族の願いである「安心して楽しく過ごせる家族の時間」が生まれ、
そうしてどんどん子どもの「できること」が増えて、夢が広がり、
「医療」とか「福祉」とかそういった枠組みを越えた、
「生きる」という「関係性」が生まれるのだろう。



●戸枝 陽基氏 (NPO法人ふわり 社会法人むそう理事長)

「むそう:発達保障と障害保障 ~障がい児支援における多職種・地域連携」 

ノーマライゼーション=障がい者の住居、労働、余暇などの生活の条件を
可能な限り障がいのない人の生活条件と同じにする(=ノーマルにする)。

エンパワーメントの視点=障がい者の能力や権力を訓練や指導によって後から付加するのではない。
本来、一人の人間として高い能力が備わっており、問題は社会に抑圧されているということ。
それをどう開花させるか、という環境整備をしていく。

日本の障害者施策は「同化」=障がい者が普通の人に近づいたときのみ受け入れる。
目指すは「共生」=障がい者と地域住民がお互いに良い影響を与え合う

本来の「地域福祉」とは、家族がいなくても本人が暮らせる状態を指す。

ソーシャルワークとは、サービスをマネージメントするだけではなく、
関係性を作り、サービスがなくても橋渡しをし、
そして、新たな社会資源を生み出すこと。

それらを実践するべく、東京で「小児在宅介護」の事業所をたちあげる際にぶつかったさまざまな壁。
建築関係の問題
都庁の「微細割」行政
枠組みを超えたネットワークの不在
相談支援事業の不在
人材育成の問題
コスト面の問題 etc...

従来の、障がい者を「取り囲む」ような介護事業のイメージを根底から覆された。
本当の意味で、障がい者が「地域で暮らす」ということと、
それをサポートする、あるいは支えあう「事業」といった面でのことが、
なんら矛盾せずに理想的に構築されていくことができる具体的なイメージがあった。

社会法人むそう http://www.musou03.org/


●鈴木 郁子氏 (社会福祉法人毛呂病院光の家療育センター施設長)

日本で3番目の規模の重症心身障害児施設

「子どもと家族を分断させない」入所施設としての取り組み
有期限入所
ローリングベッドの取り組み etc...

施設の中に一生隔離されて過ごすのではなく、
施設の機能を最大限活用しつつ、
地域で家族と共に暮らすことを目指す取り組みから、
これまでの「施設は入所するところ」という枠組みではなく、
今後、子どもが「地域」を中心にした生活を送る中で、
「施設」が担うことのできる役割は多くあると思った。



●田中 道子氏 (公益財団法人 日本訪問看護財団あすか山訪問看護ステーション)

「障害児支援における多職種連携」

小児の訪問看護を受け入れてから見えてきた問題点
⇒まずは1件受け入れることから

小児の受け入れをする訪問看護を増やしていくための取り組み
あすか山訪問看護での実地研修や小児看護についての学習会の設置
訪問の同行など

小児訪問看護を支える会 sukusuku の設置

小児地域連携会議の発足




シンポジウム2 小児のend-of-life care

座長 高宮 有介氏 (昭和大学医学部医学教育推進室)

●船戸 正久氏 (大阪発達総合医療フェニックス園長・南大阪小児リハビリテーション病院長)

こどもの「死」をダブー化している現実

「科学万能の考え方からは死は敗北。死の現実から目をそむけることで
うすっぺらな現実しか生きられなくなった(チベット死者の書)」
⇒事実を直視し、最善を考えることの大切さ

子どもの最善の利益とは?⇒利益・苦難・危害の比較衡量

all or nothingl ではなく、「これはして欲しい」「これはして欲しくない」というように
医療選択できるようにするべき

小児医療の最大のテーマ「自分の意思表示ができないこどもの人権と尊厳をいかに守るか」
「臨床倫理学」「緩和ケア」を必須教育に

「医療における尊厳」とは
無断で行わないこと
選択できるということ
大切にされている、と感じられること

本人が意思表示できない場合は、法的代理人である両親の意見を尊重
それを医療者が受け入れられない場合は、倫理委員会や法的手段が必要

Patient & Family-Centered Care
子どもを中心としたトータルケアを家族と共にどのように専門チームが支援するか

医療の3つの「C」
Cure(治療・治癒)  Care(看護・ケア)  Core(倫理・愛情)
Coreの部分において、医療者と家族が一致していれば、
Cureが中心でも、Careが中心でもいいはず


●鍋谷 まこと氏 (淀川キリスト病院・ホスピス・こどもホスピス病院院長)

11月1日に日本初の緩和ケア小児専門病棟を立ち上げ
「家族、仲間と共に生きる癒しと希望の病院」

小児がんを含んだ致死的疾患の緩和的医療
難病の児、および家族の在宅療養生活の改善

Life-threatening illness
治療が期待できず、そのために早期に死に至ることが避けられない病態も
緩和ケアの分野


●天野 功二氏 (聖隷三方病院臨床検査科・静岡県立こども病院緩和ケアチーム)

質の高いEOLケアのために緩和ケアは不可欠
緩和ケア医・薬剤師・看護師・児童精神科医・チャイルドライフスペシャリストと協働

チャイルドライフスペシャリスト⇒家族支援においての役割が大きい。特にPICUでのきょうだい児ケア

「その後」に繋げられるグリーフケア



シンポジウム3 我が国における様々な小児在宅医療の実践

座長 小沢 浩氏 (社会福祉法人日本心身障害児協会 島田療育センターはちおうじ所長)

●京極 新治氏 (福岡県 医療法人小さな診療所所長)

「地方都市福岡における在宅診療所の活動」

10年前から在宅医療を専門に行う診療所 0歳~100歳まで
小児科出身であり、当初より小児の紹介があったが、2008年ごろから小児の依頼増

2011年より日中一時支援事業「小さなさんかく」開始
1日3人程度 看護師+医療的エア可能なヘルパーが対応
事前訪問でケアを確認。写真やビデオを撮りサポートブック作成
初回は母親同伴で児の様々なサインを学び、安全で一貫したケアを。
予定利用以外にも急な対応や時間対応も2割
⇒母親同士の交流の場
短時間の診療中にはわかりにくかったことを確認できる
遊びや外出などにより潜在的な力の発現も

「福岡こどもホスピスプロジェクト」
「子どもホスピス」は地域にあること
①退院支援
②入院治療・症状コントロール
③日中一時支援・ショートステイなどの在宅ホスピスのサポート
④小児緩和ケア全体の情報センター的機能


●横林 文子氏 (京都府 医療法人よこばやし医院院長・チームドクター5事務局)

「内科医と連携した小児在宅医療:診診連携で小児・障害児者を支えるTDR5の活動」

「チームドクター5」
在宅療養支援診療所開始と同時に、京都乙訓地域で開業医5人(内科医3人・外科医1人・小児科医1人)
で診診連携を立ち上げ

小児在宅の問題点
ケアマネの不在
訪問看護の制限
特定疾患に適応されない etc...

病院主治医と地域かかりつけ医の連携の重要性

小児科医と内科医との連携の重要性

退院・かかりつけ医探しに医師会や小児科医会が在介するシステムの構築提案



●宮田 章子氏 (東京都多摩地区 医療法人社団さいわいこどもクリニック院長)

「我が国における様々な小児在宅医療の実践」

小児科医3名でグループ診療を行う小児科クリニック

2008年~「多摩療育ネットワーク」
多摩地区の病院医師、療育施設の医師、開業医、歯科医師などで年4回定例会
講演会、研修会の開催、メーリングリストで症例の医療相談や入院の受け入れ連携など

医師が在宅児に接する時間は少ない⇒訪問看護師やヘルパーからの情報が重要
病院、診療所間にとどまらず地域の他職種への情報伝達必要不可欠
子どもの成長と共に変化する医療・福祉の課題に対するケース会議

子どもの成長に合わせた時間軸で支えることを皆で意識



●戸谷 剛氏 (東京都23区 子ども在宅クリニックあおぞら診療所墨田副院長)

「子ども在宅クリニックあおぞら墨田 開設からの取り組み」

小児期に発症した慢性疾患で通院困難を含め在宅療養支援が必要な患者を対象
定期的な訪問(月2回以上)
24時間365日医師による電話相談、往診対応
130名の小児患者の在宅支援を行っている

スタッフ構成
常勤医師3名、看護師1名、事務5名、ケースワーカー1名、理学療法士(非常勤)3名

特別支援教育との関わりや行政とのかかわりの多さ

医療と福祉の相互理解の進展が必要、ともに目指すものは同じ

医療者の福祉制度の理解を進める

いのちはみんなで守るもの!




以上、簡単なレポート。
(かあさんの個人的諸事情により……たとえば睡魔に襲われたとか、
自分の発言内容を考えるのに没頭してしまったとか……
実際のお話しの内容というよりも、レジメをもとにしているところも多くあります)




今回の研究会で強く感じたことは、

日本のあちこちで、小児在宅の分野でさまざまな取り組みがされてきているということ

またその取り組みは、固定された一つのスタイルである必要はなく、
児や家族を取り巻く環境、問題点を知ることで、
いろいろな支援体制が考えられるということ

「連携」といういわば「使い古されたことば」でありながら、実際は中身がみえないようなものの、
具体的なモデルとなりうる関係が築かれてきているということ

またその「連携」というものが、子どもひとりひとりが地域で生きていく中で関わる、
さまざまな分野、医療、介護、福祉、教育etc...に渡っており、
「子どもが地域でより豊に生きる」という同じ方向を見ているということ

そして、そんな取り組みをされている方々がとても魅力的であたたかいということ

などでした。


医療と福祉はどうして「連携」することが難しいのか、
というような、だれもが感じていてでも突っ込めないような(笑)質問も出て、

演者の戸枝氏の回答がとても印象的で納得。

「医療と福祉はそもそも違った土壌の、違った文化を持っているが、
お互いが十分に知り合う準備がなく出会ってしまっている。

まずは、共通言語を持つための基礎研修などが必要」と。

「医療が福祉に対して上から目線」とも冗談交じりにおっしゃていたが、

在宅で暮らす子どもたちにとって、
医療分野の人も、福祉分野の人も、それぞれの専門性があって、
そのどちらも必要不可欠。

「医療的ケア」というものが日常的に必要なこどもたちが増えてきていることで、
「医療」と「介護」の境目もぼやけてきた。

色々な場面で言えることだと思うけど、
それがどの分野なのかとか、どっちの仕事なのかとか、資格がどうだとか、そういうことじゃなくて、
「子どもの暮らし」というものを中心に見れば、
それぞれの分野の専門性、つまり「視点」が、
子どもや家族にとっては、かけがえのない「支え」になるんだと思う。



310名の参加があったようだ。

310名のそれぞれの分野の方々が、
真剣に、子どもたちのいのち、暮らしについて考えて日々実践してくださっているということは、
我が家の生活にとっても、大きな励みだ。

いのちを守り、
いのちを育み、
夢を叶え、
夢を広げてくださる、
さまざまな方たちと関わってスクスクと育つほのさんと、
かあさんの子育ては、
とても幸せだ。

今はまだ、確立されず、
どこにいても、誰でも、というようにはいかない小児在宅という分野だけど、
だからこそ、たくさんの人が、たくさんの視点で、
考え、作り、生み出すことができる。

そこには、たくさんの一生懸命生きるこどもたちのいのちのように、
希望が溢れている、
そんな風に感じた。

かあさんは、ほのさんの母親としてほのさんのいのちを育みつつ、
ほのさんのような子どもの一番近くにいる地域住民として、
何ができるだろうかと思っている。



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by honohono1017 | 2012-12-28 12:31 | News/Report

誰もが暮らせる地域づくりフォーラム2012  その1

9月1日兵庫県伊丹市立産業情報センターにて


誰もが暮らせる地域づくりフォーラム2012

今、取り戻す「存在の価値」
誰にも在る「命のこと」について考えましょう

主催:NPO法人地域生活を考えよーかい

が開催されました。



主催者である李国本さんのご挨拶が始まってから、
ちょっとばかし遅刻して到着したかあさん。

4時半に家を出て、最寄の駅からの始発に乗って行ったので、
もうどんなに頑張っても、これがギリギリ……と思っていたのですが、
シンポジストでもあった尾瀬さん(あのケッタイなおじさまですよ)にあることを指摘され、
遅刻の原因は、かあさんの「鉄分」だったことが判明。

本当に申し訳なかったですが、
行きも帰りも、全く余裕がなく、せっかく素敵なまち伊丹にはるばるやって来たのに、
どこも見れず仕舞のとんぼ返りだったので、
鉄を満喫させてもらったことは、大目に見ていただこうと思います……。

(早い話、阪急電車に乗って行きたかったとですよ。
JRで行ってれば、遅刻してなかったとですよ……)




さて、(フォーラムのリポートが鉄リポになるとこでした)
午前中の講演。

宮城県拓桃医療療育センター 地域・家族支援部小児医療部長
田中総一郎先生のおはなし、

「語り継ぐあの日からのこと、語り伝えるいのちの授業」


田中先生のお話は、これまで2回ほど、
小児在宅の研究会などで聴いたことがあるかあさん。

とても優しい語り口から、先生のあたたかいお人柄がにじみ出て、
何度でもお話を聴きたいと思うほど。

これまでは、かあさんが一方的にお会いしていただけだったので、
今回は、直接お話しできるかしらんと、すごく楽しみにしていました。

毎回うかがってきた、先生のおはなしする「いのちの授業」は、
その名の通り、こどもたちに向けて先生がいのちについて授業されているもので、

「いのちのはじまりはいつ?」
「いのちの終わりはいつ?」
「いのちはどこにあると思う?」

といったような、おとなでも答えるのが難しいような質問をこどもたちにするそうで、
しかし、こどもたちというのは本当にwonderhulなこたえをスラッとしてしまうようで。

いのちのはじまりは、「人に良いことをしたとき」とか、

いのちの終わりは、「人と関わりをもたなくなったとき」とか、

いのちは、「人と人のあいだにある」とか。


おとなってのは、いろんな知識とか経験とかを身につけてしまって、
こどものこういうwonderhulな感覚を忘れてしまうのか、
大切な部分が見えなくなってしまうのか、
それとも、感じていながらも、口に出すのが恥ずかしいのか、
こどもたちの答えには、目からウロコです。



そして、「うまれてきてくれてありがとう」ということば。

「あなたが生まれてきたときのご家族の方の気持ちを聞いてきてください」という宿題に対して、
もっとも多かった答えだそうで。

「うまれてきてくれてありがとう」ということばの重みは、
こどもたちにはどんなふうに伝わっているのかなあ。

田中先生の「いのちの授業は」、

「うまれてきてくれてありがとう、は、

「自分は生きていていい存在なんだよ」という生の確証と、
「あなたは生きていてほしい存在なんだよ」というメッセージを伝えているそうで。

そんなことを教えてくれる先生がいるなんて、素晴らしいなあと素直に思います。


そして、「いのちの授業」は、
「みんなの体はなんのためにあると思う?」という質問で締めくくられるそうです。

「口は、ご飯を食べるためにある」
「手は、困っている人がいたら貸してあげる」

なんていう答えが子どもたちから返ってきて、

先生は、
「自分の体を自分のために使うことは一番大切。
そして、自分の体を人のために使うことはとてもいいことです。
でも、あなたたちの体は、かわいがられるためにもあるんだよ。
あたまはひとになでてもらうためにある。」

と教えるそうです。


先生の教えは、
子どもたちがこれから成長していって、いろんなことを覚えていくうちに、
経験として感じられていくことだと思うのですが、
いつもいつも親子の関係や、ほかのだれかとの人間関係は、
こんな風に愛に満ち溢れたものである場面ばかりではないこともあります。

でも、そんなときにきっと、このお話をこどもたちは思い出すでしょうし、
小さいうちに、自分が生まれてきたことに対する感謝、
自分はいてもいい存在なんだ、という「自己肯定感」を持っておくということはすごく大切で、
それがあることで、いろいろな辛いことを乗り越えていけるだろうし、
愛がないと感じる場面でも、
その愛がどこかに隠れてしまっているだけだということにも気付けるかもしれません。


田中先生のこんなに素晴らしい授業のようなものは受けたことはないですが、
小学校1年生のときに、
自分が生まれてきたときのこと、体重、両親の気持ち、
名前の由来などを聞いてきて発表するという授業がありました。

それは本当に今でもはっきりと覚えていて、
特に、名前に込められた意味を初めて知った時には、
なんというか、すごく嬉しくて、
自分がとても大切に思われているんだということを、
幼心に感じたのを覚えています。



そして、先生のお話は、先の震災当時のお話に。

おむつもなく、ガソリンもなく、
きっと想像もつかないほど大変な中で生活しなければならなかったはずなのに、
先生のお話の中には、たくさんの支援に対する感謝と、
人と人との繋がりや信頼関係が発揮された様子が語られました。

また、停電時にも使用できる足踏み吸引器の機種と使い方や、
シリンジとカテーテルを繋いで吸引する方法、
電源確保の方法などはとても参考になりました。


また、「福祉避難所」の話題は少し気にかかりました。

障害のある人たちが一般の避難所には行きにくく、
自家用車の中などで過ごした方たちが多かったということで、
たとえば、障害のある子どもたちが普段、通いなれている学校などを、
避難所にあてることの必要などがあるということでした。

また、「福祉避難所」と指定されていても、
その多くが高齢者の施設などであるため、
子どもたちが利用していいのかどうかわからないということもあったということで、
石川県金沢市などは、
障害者と障害児の避難所をきちんとわけて設置し、
どの子がどこの避難所を利用するかということを事前に把握しておくことで、
あの子が利用するならば、呼吸器を使っているから自家発電が必要だとか、
おのずと準備しなければならないものも把握でき、
同時にそれによって安否確認もできるということでした。

今回の震災で、多くの地域では、
健常者に比べて障害児者のいのちが多く失われていた中で、
日ごろから、地域で障害児者も同じ防災訓練に参加していたところでは、
他の地域に比べて、障害児者の死亡率が低かったということもあったようでした。

このお話で気にかかった点は、
地域の防災訓練に参加した方がよいのはわかっていても、
障害を持った子どもが家にいるということを、
周囲に知られたくないと思う親御さんが非常に多いということでした。
また、障害児に対する地域の目というのも、地域性であるのか、
理解のあるものではないということでした。



ほのさんの住む地域では、
大きなマンションの隣りにどんな人が住んでいるかわからないというのが結構当たり前で、
干渉しあわない分、助け合いも難しい面があります。

地域によって、その辺の事情はかなり違うと思うのですが、
気になったのは、
「障害のある子どものことをあまり知られたくない」という気持ちについてでした。


そこにもやもやとしていると、
田中先生のお話は、また、先ほどの「いのちの授業」に戻りました。

「生まれてきてありがとう」という言葉が素直に出てこない場面がある、ということについてです。

障害のあるこどもが生まれてきて、
おかあさんたちが「生まれてきてくれてありがとう」をいえなくなってしまっているとしたら……
と田中先生がおっしゃった時に、
かあさんも、自らの約5年前の姿を思い出していました。

かあさんの場合は、その言葉が「言えなくなった」というよりは、
もうどうなってしまったのかわからず、
長い陣痛に耐えたのにもかかわらず、
ほのさんがこの世に誕生したのは、
先生がかあさんのお腹をボンと押したからで、
かあさんには、ほのさんを「産んだ」という実感はなかったし、
抱きしめてあげることも、顔を見ることもできなくて、
すぐに連れ去らてしまったから、
かあさん自身、「生まれてきてくれて」というのが実感としてなかったのです。

そして、周りの人たちも誰一人、
「おめでとうございます」と言ってくれなかったのです。
(正確には、NICUの受け持ち看護師Tさんただ一人は、
ものすごい笑顔で言ってくれましたが……)

今、思い返してみても、
あの状況で、みんなが「おめでとう」と言えなかった気持ちもとてもよくわかるし、
言ってもらっても、「おめでとう」どころじゃない、と思ったかもしれません。

それでもなお、やっぱり、
言ってほしかったなあという気持ちは消せず、
そして、かあさん自身も、
ほのさんに初対面したときに、
「生まれてきてくれてありがとう」と言ってあげられなかったことを、
今でもすごく、心残りに思っているのです。

あのときは、たぶん、
「おかあさんだよ、ほのちゃん、
だいじょうぶだからね、がんばろうね」
そんなことばをかけて、保育器の中に手だけをいれて、
必死にほのさんのちっちゃな手を握っていたように記憶していますが、

ほのさんに、あの時に、
「生まれてくれてありがとう」と言えていたら、何かが変わっていたかしらん。


少し、話がそれました。

田中先生のお話では、
障害のある子どもを産んだお母さんたちが、
「生まれてきてくれてありがとう」のことばを飲み込んでいるのだとしたら、
診断を与えることが医療の仕事、となっていることを考え直さなくてはならないし、
障害があろうとなかろうと、
どんな人でも、その人は診断や評価の対象ではなく、
人は愛される存在であり、
そのいのちを祝福できる社会と医療者でなくてはならない、とおっしゃいました。


かあさん自身もそうでしたが、
多くの人たちは、自分の子どもが「障害」を持って生まれてくるなど、
夢にも思わないとおもいます。

自分とは、関係ない話。

だからこそ、
「急に」自分が障害を持った子どもの親となることに戸惑い、
その子をどう受け止めていいかわからないということもあると思います。

でも、「障害」と「自分」とは、全く関係のない話ではなくて、
誰にでも障害を持つ可能性はあるし、
障害を持つ子どもを授かる場合もあるのです。

そして、障害があるから、
それは「生まれてきてくれてありがとう」
から外れるものではなく、
かあさんの今の実感からしても、
本当に、ほんとに「ありがとう」なのです。

田中先生の「いのちの授業」は、
こどもたちだけではなくて、
これから出産するおかあさんとか、
地域の人たちとか、
社会をひっぱっていくおとなたちにもぜひ聴いてもらいたいと思いました。


「障害」ということが、
障害を持つ子ども、その親、かかわる人たち、
その狭い範囲でのことではなくて、
世の中に生きるいのちのひとつとして、
きちんと理解されていたのなら、

本当は、
「生まれてきてくれてありがとう」と心の中で大声で叫び、
親にとって、「大切なたいせつなかわいい子」であることは、
ほかのどの子とも同じであるのに、
そのことを堂々と言えず、
地域でもひっそりと暮らさなくてはいけないなんていうことは、
そんな悲しいことは、
起きなくても済むのになあと思います。


かあさんは、ほのさんが生まれてすぐには、
とても混乱し、鬱になったりもしましたが、
きちんと状況を整理して、
起きたことを自分のことばで語りなおすことでだんだんと受け止めました。

一旦、整理がつくと、

自分は「母親」になった。
あの子は、一生懸命生きている。

というものすごくシンプルなことに気が付き、
そのあとはもう、
ほのさんの存在を否定したりすることはなくなって、
むしろ誇りに思うようになっていました。
「いのち」というものがあまりにもすばらしくって、
そのことに気が付いてしまうと、
今となってはもう、こうもあっさりと「ほのさん」があたりまえになってしまうかあさんは、
ちょっとどっか、アホなんかね、と思うほどに。


9か月間の入院生活を終えて、
初めておうちに帰り、
初めての家族でのお出かけは本当にうれしく、
ほのさんと一緒に外を歩けることが本当にうれしく、

とうさんが、
「ちょっと人の目が気になった」
とだいぶ経ってから言っていたことが、
「えー?そうなの?」とびっくりしたくらいでした。



お母さんたちの気持ちも、きっと色々です。

田中先生のお話にもありました。

お母さんたちが、「子どもの障害をどう受け入れるか」ということについて、

「否認」「怒り」「抑うつ」「受容」などという段階説が一般的によくいわれるけれども、
本当にそうか、という疑問があり、

診察に来るお母さんたちと話しても、
「淡々」とするしかないのではないか、と。

それで、田中先生は、
「らせんのリボン」という考え方を紹介してくださいました、

診療心理士の田中洋二郎氏がおっしゃっていることで、
お母さんたちの心理は、
受け入れられたり、否定したり、ということを日々繰り返して、
それはまるで、らせんを描くリボンの表裏のようた、ということだそうです。

なるほど、と思いました。

人の心なんて、そう簡単に割り切れるものではないし、
段階を踏んで、どこかのステージに落ち着く構造ではないのかもしれません。
中には、かあさんみたいに単純な人もいるかもだけど。

でも、人の心がそうだとして、
お母さんたちが、愛しい我が子を否定したり、
「あまり知られたくない」と思ったりしなくちゃならないのは、
そんなのは、あまりに悲しいなあと思って。

田中先生の「いのちの授業」で語られていることは、
本当は、大人たち一人一人が、子どもたちに伝えていかなくちゃいけないことで、
でも、なんだかそんな風にもいかない世の中になっちゃて、
それをちゃんと教えられない大人たちが、
「障害」のあるこどもも、
あたりまえに「うまれてきてくれてありがとう」なんだよなんて、
教えられるはずもないなあって。



新しいいのちの誕生は、この世の中の、希望です。

それは、どんないのちであっても。

そのあたりまえのことが「あたりまえ」になっていたら、
お母さんたちは、こどものいのちのことで、
ちょっとは「らせん」を繰り返さずに済むのになあと思います。



あらためて、そんなことを強く思った、
田中先生の、おはなしでした。



つづく。

ちなみに、当日の配布資料はこちらから見れます。

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by honohono1017 | 2012-09-04 12:38 | News/Report

大切にしなければならない、「ネットワーク」の意味。

6月最後の日、
とある講座に行ってきました。

NPO法人埼玉よりどころネット主催、

「重症障害の人を支えるネットワークの力」

と題われた、障害福祉の先進事例を学ぶ連続講座のひとつ。




講師は、李国本修慈さん。

以前、このブログにも書きましたが、
伊丹市で、有限会社しぇあーどと、NPO法人地域生活を考えよーかいの二つで、
制度を利用したサービスと、制度ではまかなえないところのサービスを組み合わせて、
地域での生活を24時間、隙間なく支えていらっしゃる、
とてもすごいお方です。

(今年の春に西宮で開かれた「ラーの会」の主催者のお一人でもあります)

ほのさん&かあさんと、李国本さんとの出会いは、
かれこれ3年くらい前。

重症児のレスパイトケア施設をやられている先生に、
伊丹にもすごいところがあるよ、と教えていただいたのがきっかけ。

それ以来、一方的にホームページをのぞいては、
制度のことなどについての情報などを読んでは、
へー、そうなんだ……とか、
いろんな取り組みや催しについてのお知らせなんかを見ては、
すごいな、楽しそうだな……とか、
(ストーカーのように)いつも注視しておりました。

その後、SNSなどを通じて、
直接、やりとりをさせていただくようになって、
関西と関東ではありながら、
我が家はいつも、助けられてきました。

ほのさんとおうちで暮らすようになったこの4年、
いろんな壁にぶちあたるたびに、
いろんなことを考えてきたけれど、
その中の一つ、
「支援ってなんだろう」という、とっても難しい命題について、
李国本さんは、すごく大切な、根本的なところを、
まさに体現していらっしゃるなあ、と尊敬しています。



ほのさんは、世間的には「超重症児」なんて呼ばれる子です。

そもそも、「超重症児」という呼び名は何なのか、ということですが、
その定義は、本人の心身の機能の状態が基準になっているわけではなくて、
どれだけの「医療的介護」が必要か、ということで、
つまり、気管切開をしているか、人工呼吸器をつけているか、経管栄養をしているか、など、
いろんな「お世話」の必要の度合いをスコアであらわして、
何点以上が、「超重症児」です、
というようなことなわけです。

つまり、

「ほのさんは、超重症児です」

といったところで、
いろんな「お世話」が必要なんだ、
というような、「お世話する側」を中心とした情報がわかるだけであって、

それじゃあ、ほのさんが「どんな子なのか」ということは、
全く表していないわけです。


たとえば、同じ「超重症児」とよばれる子どもで、
人工呼吸器をつけているとして、

ほのさんのように、
特に病気は抱えていないのだけれど、
生まれたときの脳へのダメージによって、呼吸がうまくできずに、
人工呼吸器に助けてもらっている子どももいれば、

抱えている病気が原因で、呼吸に問題があって、
人工呼吸器に助けてもらっている子どももいます。

だから、実際に、「超重症児スコア」によって、
全く同じスコアであったとしても、
実際にその子のお世話をするに当たっては、
それぞれの状態はさまざまだし、
同じ機械を使っていたとしても、
気をつけなければならないところ、
注意しなくてはいけないところはそれぞれ違い、

また、当たり前のことだけれど、
それぞれの子どもの性格や好き嫌いなんかもあって、
そんな子どもたちを支援していくということは、
すごく難しいことだろうと思います。



話がそれましたが、
そんな、「超重症児」なんて呼ばれてしまう子どもたちが、
いまある制度から「漏れ」てしまうことは言うまでもありませんが、
そんな子どもたちの地域生活を実際に支えている様子を、
あらためて李国本さんご本人からうかがうと、

かあさんは、ほのさんと生活をしているだけに、
その苦労やら何やらがリアルに想像できる分だけ、
本当にスゴイなあ……とため息が出てしまいます。

いえ、ため息をついている場合ではなく、
そこで考えなければならないことは、
この「漏れ」をなくすということなわけです。

「ネットワーク」などと言いますが、
その、ネットだけに、「網」で掬い上げるとか、覆い包むとか、
そういうことでいいのだろうか、
と、李国本さんはおっしゃっていました。

本当に大切にしなければならない「ネットワーク」の意味……。

(ですから、講座のタイトル「重症障害の人を支えるネットワークの力」というのは、
李国本さんのお話の中で、本当に考えなければならないことの、
アンチテーゼのようにかあさんは感じてしまいましたが……)



例えば、ほのさんが何かをしようとして、
その際に何らかの手助けが必要だとします。

そんな時は、まず、どんな制度があって
どれがそれに当てはまるかを調べます。

そして、問い合わせてみると、
「あてはまらない」と、なるとします。

実際に、よくあることです。

そんな状況にある選択肢は2つ

①残念だが、諦める

②そんなのおかしい、と怒る



我が家においては、①を選ぶことはまずないのですが、
②を選択したときに落ち入りやすいことがあります。

なぜ、その制度が使えないのか、

というところに主眼をおいてしまいがちだ、ということです。


大切なのは、「制度」そのものではなく、
(もちろん、「制度」そのものから漏れる人がいないようにすることも大切ですが)
その制度を使ってやりたいことの方、
つまり、本人の生活や活動そのものの方に意味があるということです。

実際に、ほのさんが「日中一時支援」に通い始める時に、
その「足」が、現行の制度からは漏れていて困りました。

どうして制度が使えないのかとか、
どうしたら使えるのかとか、
そういうことを考えていてもラチはあかず、
そこにはまると、

「ほのさんが通う」ということの意味をすっかり忘れてしまったりするのです。
母親である、かあさんさえも……。


なんで制度が使えないの?

という議論と、

なんで通えないの?

という議論とでは、
根本的なところが違うということに気付かされたのです。


障害があるから、「超重症児」だから、という理由で、
生活がままならなかったり、
通園、通学ができないとか、
贅沢をしようということではなく、基本的な活動ができないということは、
制度云々のことではないからです。

そうやって考えていけば、
「超重症児」だから制度から漏れる、などということではなくて、

ほのさんが通うにはどうしたらいいのか、
〇〇ちゃんが修学旅行に行くにはどうしたらいいのか、

と、それぞれの子どもの場合で、
それぞれに必要なことを考えていくことができ、
そこには「漏れ」は起こり得ないというわけです。

それが、既存の漏れる「ネットワーク」ではない、
染み渡る「つながり」なのかなあ、と。


そして、そう考えることは、
障害の有無にかかわらず、
その「いのち」そのものを大切にし、
その「いのち」が地域で育まれていくこと、
また、本人の意思や希望を大切にすることにつながるのだろうと。



かあさんは、そんな大切なことを、
遠く関西の地から教えていただいて、
これもまた、我が家にとってはとても大切な支援となっているわけです。



そんなわけで、また色々と考えさせられる機会となりました。
感謝です。



そんな、李国本さんのNPO法人「地域生活を考えよーかい」主催、


「誰もが暮らせる地域づくりフォーラム2012」

今、取り戻す「存在の価値」
誰にも在る「命のこと」について考えましょう

が開催されます。

詳しくはこちら

いのちに、あたかも優劣があるかのような出来事が多くある中で、
「存在することの価値」について、
かあさんも、お話させていただきます。




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by honohono1017 | 2012-07-03 12:52 | News/Report

白雪姫プロジェクトのご紹介。

本日は、「白雪姫プロジェクト」をご紹介します。


白雪姫プロジェクトとは……
(ホームページより)

病気や事故のために、意識が無く、
回復の見込みが少ないと思われてきた「植物状態」と言われる人たちが
世界に何十万人もいるといわれています。
その方たちは、これまで、ベッドで長い間寝たままの生活を送ってこられました。

けれど、意識を取り戻し、食べる、思いを伝えるなどの生活行動を
取り戻すための方法があることがわかってきました。

白雪姫プロジェクトは、回復の方法や、
それにつながる意思伝達の方法、口から食事をとること、リハビリの方法、
介護の方法などの情報を集め広めるプロジェクトです。

私たちは、「誰もが思いを持っていて、回復する可能性がある」ということが
当たり前になっていく世界をめざします。




ほのさん&かあさんの、
白雪姫プロジェクトとの出会いは、
あるひ、かっこちゃんこと、山元加津子さんから、
このブログにコメントを頂いたことがはじまりでした。

かっこちゃん(とよ呼ばせてくださいね)は、
特別支援学校の先生であり、作家であり、
さまざまな活動をされています。

恥ずかしながら、かあさんは存じ上げなかったのですが、

このブログ、「ほのさんのバラ色在宅生活」を、
白雪姫プロジェクトで紹介させてくれませんかと、
かっこちゃんからご連絡をいただき、

脳幹出血から奇跡の回復をなさっている、
かっこちゃんの同僚、
こどもたちから宮ぷーの愛称で親しまれている、
宮田俊也さんのことなど、
はじめて知りました。



医学的には「回復の見込みがない」と診断されたり、
こちらからみたら「意識がない」ように見えたり、
「意思疎通ができない」と思われるような人たちでも、

さまざまな感覚を使って感じとり、
健康な人とは同じ方法ではないかもしれないけれど、
自分の体調や気持ちを表現しています。

むしろ、そのことにこちらが気付けなかったり、
うまく理解できなかったりすることが、
「障害」になっていたりするのです。

そして、宮ぷーのように「奇跡的」な回復をみせる人たちもいます。

周りの方たちの働きかけや、
ご本人の並々ならぬ努力、という点では、
「奇跡的」かもしれないけれど、
それだけ人間という存在は、
「医学」や「科学」だけでははかりしれないということだと思うのです。





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ほのさんは、生まれてすぐに、

「目も見えない、耳も聞こえない、これから動いたり目覚めたりすることはない」
と言われ、フラットな脳波を見せられました。

ですが、
昨年末あたりから、
右手の動きが著しく見られるようになり、
スイッチを鳴らしたり、人形を動かしたりするようになっています。

かあさんも、

「医学だけでははかりしれない」と言いつつも、

ほのさんが必死に右手を動かす様子を見て、
はじめは自分の目を疑い、信じられず、
どう受け止めていいのかわからないほどでした。

このほのさんの大きな変化を、
「回復」と呼ぶのか、「成長」と呼ぶのか、
「奇跡」と呼ぶのか、
いろいろな考え方があると思います。

あるいは、実際に動いている様子を見てみないと、
俄かに信じられないかもしれません。


かあさんにとっても、
ほのさんに「動き」が出てきたことは、
それはもちろん嬉しいことであり、
ますますこれからが楽しみにもなりました。

でも、
小さな頃から、
いつでもほのさんに話しかけ、触れ、遊び、
いつでもほのさんが、なんでもよーく聞いていて、
ほのさんが「わかっている」ということは、わかっていたし、
これからもそうやってほのさんと暮らしていくのだから、

きっと、ほのさんが動き出したことは、
ほのさんにとっては「あたりまえの流れ」であったんじゃないかと、
そんな風にも思っています。


相手が「わかっている」とか、
「通じている」というはっきりとした確信が得られれば、
それはこちら側にしてみれば、とてもわかりやすいことです。

でも実は、それほど「不確か」なことはないのだと思います。

健康な人と同じように話したり、動いたりできない人は、
「自分なり」の方法で一生懸命、意思表示をしようとしているのに、
逆に、健康な人の方が、
それをきちんと受け止めて、理解してあげられない。

「意思疎通」の難しさは、
伝える側の問題だけではない、ということ。

受け取る側の意識や、価値に、
大きく左右されてしまうということ。

かあさんは、いま、そのことを深く思っています。




そんなわけで、「白雪姫プロジェクト」、
せひ、下のバーナーをクリックして、
まずはホームページをのぞいてみてください。

f0199379_1027361.png




(ほのさんのブログは、「みんなの広場」
意識障害から回復されたり、
いま回復しようとしているご本人や家族のブログ
というところで紹介していただいています)





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by honohono1017 | 2012-04-06 15:36 | News/Report

ほのさん長時間お留守番と、ラーの会のことなど その1

ほのさんの大切なおともだち、Yくん。

緊急入院して、いまもとても辛い状態だという連絡が。

本当に、祈ることしかできないけれど、
辛いけど、どうか、どうか……




先週、土曜日の西宮遠征。

お留守番以前のほのさんは、
肺のコンディションもすこぶるよかったのだが、
在宅生活史上初の長時間留守番withとうさんで、
とってもいい子にしていたものの、
肺雑が増え……。

かあさんがいなくて淋しかったのか、
かあさんに対するほのさんの、精一杯の反撃なのか。

久々に手を焼く痰なのだが。

まあ、それもまた愛しい日常なり。

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だって かあさん なかなか かえってこないんだもん
そりゃ すこしは さみしかったんだもん 





ラーの会について、
そこで受けた衝撃や思ったこと、
わざわざ西宮まで行こうと思った理由についても、
まだ記憶が鮮明にあるうちに書き留めておきたいのだけど。

なんせ、ラーの会の、
自由さ、良い意味でのとっちらかりぶりと言ったら!

何の議論においても、「本質」を見極めようとするからこその、
「揺らぎ」というか、
まあ、期待通りの会であったという。



そもそも、「ラー」とは何なのか。

重症心身障害児者といわれる方々らと共に生きる会
という正式名称。

「ラー」とは、
「マヨラー」と言われるように、
末尾に「ラー」をつけることによって、
「重症心身障害児者と言われる方々が大好きだという意味、だそう。

さらに、
「私たち、この地域、この社会に『あなたたちが必要なんです』ということ、
『決してあなたたちを外さない』ということ、
『私たち抜きに私たちのことを決めないで』」
ということ、だそう。


「マヨラー」の「ラー」……なのか。
そうなのか……。

はじめて知ったときには、
そのユーモアというか、感覚というか、に、
驚きと共に、なるほどーと思った。

そして、最も共感したところは、

「あくまで緩やかなネットワークながら核心部分は共にし、
ご本人さん、支援者、家族、関係(関心のある方)者、
どなたとも繋がりながらネットワークとして、
全国各地で生きておられるご本人さん及びご家族の実態や、
支援者と共に生きる実践を見聞しながら、
できるだけ広く発信しつつ共働して、
それらの実践を実体化し、普遍的なしくみへと繋げていければと考えています。

決して絵空事ではなく、多くの方々と繋がりながら推し進めたいと思います」

(重心ラーの会設立宣言書 より)

というところ。

詳しくは 地域生活を考えよーかい 


これまで、ほのさんのいのちを育んできた中で、
ほのさんの抱える問題は、さまざまなところにあった。

分類すれば、
NICUの問題、小児在宅の問題、障害者自立支援法の問題、
脳死臓器移植の問題……etc.

しかし、いろいろな分野にわたる問題を抱えて生活をしている、
「ほのさん」という一人の人間を、
ひとつの全体として見た場合、

というか、人間というものは、
そもそも全体とてしての存在なわけなのだが、

この問題は、こっちの分野、
で、この問題は、また別なところ……

というような成り立ちをしていることに疲弊もしていたし、
結局、その1つのことに関係している人たちだけが集まって、
どうするどうする、と言っていたら、
それは社会全体としての問題としては捉えられないし、
「分野」が違うところの問題だとしても、
本質的には、

病気だろうと障害だろうと、
それらを抱えながら生きている人たちが、
自分たちらしく、自分の望むように暮らしたい、
という願いは共通なはずなんだがなあ……、
という思いがずっとしていた。

そして、同じ分野の中でも、
「支援者」のあつまり、
「当事者家族」のあつまり、
などと、さらにわかれていたりして、
同じ事をかんがえていくのなら、
立場を越えて「共働」できないのだろうか、
ということを、その難しさを知りながらも、いつも思っていた。



また、そういう分野にわけたときに、
ほのさんが「どこにも属さない感」がいつもあった。

ほのさんは、生まれたときのトラブルで、
脳に大きなダメージを受けたわけだが、
そのほかには、何の病気も持っていない。

同じ病気のひとがいるわけでもなく、
かといって、「障害児」として見たときにも、
人工呼吸器が付いていて、
常に医療的ケアが必要、
「重症心身障害児」とよばれる子どもたちの中にも入っていけない。

同じく、人工呼吸器をつけている子どもたちの中でも、
「意思疎通が難しい」というところは、
かなり大きな違いになる。

実際の制度などからも漏れていると同時に、
感覚的にも「漏れている」「引っかからない」感はずっとあった。

きっと、ほのさんのこういう感覚のように、
「難病」であっても、難病指定がされていなかったり、
非常に稀な病気であったり、
「漏れている」感を持ちながら、
制度にもすくわれるれずにいるこどもたちが、たくさんいるんだろうと思っている。



まあ、そんなこともあって、
疾患とか、重症度とか、所属とか、
そんなことにはとらわれず、
そして、
「支援者」「本人」「家族」が共働していけるような「ラーの会」には、
なんというか、「最後の砦」感すら漂っていた。

そして、それが「絵空事」ではなく、
というところを、
実際に、以前から感じる機会が多くあった。のだ。

遠く離れた、関西方面でご活躍の「支援者」の方々、
つまりは「ラーの会」の発起人である方々とは、
少し前から繋がりがあり、
「支援」とは、実際に「痰を引いてもらう」とかそういうことだけではなく、
遠くにいても気にかけてくれたり、
発信していることを受け止めあったり、
あるいは、遠い空の下で、今日もあの人たちが「持ち場」をしっかり守っているんだ、
と思って勇気付けられたりすることなんだと、
ほのさんとかあさんに、ずっと教え続けてくれていた。


そうして今回、西宮に行こう、という気持ちになった。

前置きが長くなった。


第2回ラーの会 西宮大会
誰もがあたりまえに暮らしていける地域・社会・国づくりを西宮から!
~重症心身障害といわれる方々と共に生きていく実践報告とアピール宣言~

の具体な内容を書いておきたい。



第1部 「この国のこの情勢の中で一人ひとりの『存在価値』を取り戻すために」
~障害者制度改革の行方、今、私たちが向かわなければならないこと~


大熊由紀子さんコーディネーターのもと、

北野誠一さん(障害者制度推進会議&総合福祉部会委員)
清水明彦さん(青葉園)
李国本修慈さん(しぇあーど)
のお三方が「喋り手」と称して自由にお話になり、

冨田昌吾さん(寝屋川市民たすけあいの会)が、
コメンテーター、というか、
「通訳」的に、お三方の発言を簡潔にまとめてくださる、

という、非常に珍しいかたちの第1部。

テーマからすれば、
新しい法律の中身とかなんとか、
そんなことかしらんと思いつつ、
まあ、それもふまえつつ、
これが「ラーか!」と思うような展開。。

障害者総合福祉法の中身については不勉強なかあさんにとっては、
なかなかわかりにくいこともあったけど、
その中で、印象深かったことを、いくつか。


そもそも「法律」は、役人が決める。
今回の「障害者総合福祉法」を扱う、厚生労働省も、
「国家権力」そのもの。

新しい法律を作っていく時に、
55名で作られた「総合福祉部会」は、
小手先の制度技術のことではなく、
本質的な部分、「私たちなしに、私たちのことを決めるな」というところから、
骨格提言を行ってきた。

「対国家権力」という図の中で、
部会が果たしてきた役割は、

「援護の客体から権利の主体へ」の転換、

つまり、「ただ介護を受けているわたし」、ではなく
「わたしを生きている主体」への転換と実践のためのしくみを考えることであったと。


具体的に、その成果は、
「基本理念」の中に、

「どこで誰と生活するかについての選択と機会が確保され」

という一文が加筆されることになった。

一方で、

「全ての障害者及び障害児が可能な限りその身近な場所において
必要な日常生活を営むための支援を受けられることにより
社会参加の機会が確保され……」

と書かれ、

「可能な限り」という言葉があることによって、
「可能かどうか」を決めるのが、
本人以外の誰か(国家権力)であっても仕方ない、
というニュアンスを含んでいることが、
残された課題でもあるということだった。



この話は、かあさんにとって、
結構、衝撃的だった。


「基本理念」というところに書かれていることが何を意味するのかなど、
ほとんど真剣に考えたこともなかったが、
結局、障害者や障害児が、
「どこで誰と生活するのか」というような、
健康な人にとってはほとんど問題にならないようなことでも、
法律の中にきちんと明記しておかなければ、
本人の意思が認められない場合もあるということなのだ。

「権利」などというと難しく聞こえるけれども、
その「権利」などというと言葉を主張しなければならないのは、
障害者や障害児が、
「全ての国民」の中に入れない事情が、社会の側にあるということなのだ。

法律の話みたいな難しい話はわからない、
などとは言っていられない。

障害を理由に、望む生活ができない場合は、
法律に明記された「権利」を盾にするしかないのだから、
弱い立場の人たちにとって、
「法律」は、生活そのものであったりするのだと、
あらためて感じた。



ここまで書くと、第1部が、
さぞ法律に終始した話だったように思われるかもしれないが、
実際は、全くそんなことはなく(笑)

どちらかというと、
独特なというか、抽象的なというか、本質的なというか、
「これがラーか……」というような空気感で進み。

(教祖と呼ばれている)清水さんのことばは、
本当に印象的だった。

清水さんが、20年以上もほとんどサービスなどを受けずに
お家で暮らしているご家族に出会った時のこと、
それでも、すべてを受け入れたかのように笑っていらしたご家族の姿をみて、
 
「笑顔で白旗を振っていた」

と、表現なさったのだ。



「笑顔で白旗」。

それがなんとも、かあさんの心境にぴったりとして、
うーん、と唸ってしまった。

「笑顔」と「白旗」。

一見、相対する2つのことが、同時に存在している。

それは、障害児者とその家族の生活そのものであり、
障害児者が今後、主体的に生きていこうとする社会そのもの、
あるいはその「展望」、
それを表すのに、ぴったりだと思った。

障害を抱えながら生きていくことを、
本人や家族が受け入れていく過程、

あたりまえの生活をしていく中でのとてつもない苦労、

それを打開するための、訴えの苦しみと理解のなさ、

しかし、そんな困難な状況であっても輝くいのち、

またその輝きに突き動かされる家族や周囲の人々、

そうしてできていく繋がり。

そうしったことを、
ほのさんを育んできた、まだたった4年の間でも、
毎日、まいにち感じてきた。

本当に、「両価的」というか、
時に、生きていることすら認められないような絶望感を感じながらも、
同時に、
「それでもあたしはいきてます」
という本人の力がいつもあり、
整わない世の中ながら、
なぜかいつも希望に溢れ、
笑顔になってしまう、
ほのさんとの生活は、いつもそうだし、
世の中の捉え方も、
絶望と楽観を行ったり来たりしているのだ。



障害者総合福祉法のゆくえや、
この世界に関わられて10数年の間の出来事の中で、
どちらかというと「怒り」や「悲観」の要素を多く感じられていた
李国本さんの発言も、印象的だった。


少し話はそれるが、
李国本さんは、ほの家を遠くからいつも支えてくださる方の一人である。

西宮に行くことにしたのも、
李国本さんにお会いしたい、という気持ちが強かったこともある。

李国本さんは伊丹で、
制度内のサービスを「しぇあーど」で、
制度をつかえない部分でのサービスを「地域生活を考えよーかい」で行い、
あらゆる状態の方々の生活を、
24時間365日、切れ目なく支えている。

そこでは、
人工呼吸器をつけているからとか、
こんな医療的ケアが必要だからとか、
はじかれることがなく、
理想的かつ、先進的なところだ。

その取り組みについてもそうなのだが、
かあさんが、李国本さんを尊敬して止まないところは、

支援者と、支援される人たちの関係性を、
「揺らぎ」ながら捉えていらっしゃるところ。

たとえば、意思表示が難しいひとの「自己決定」に関わる場面で、
「この人はこう言っている」と決め付ける危険性だとか、
それぞれに主体があって、それぞれが揺らぐ中で、
もうなんかわけわからなくなりながらも、
それでもみんなで立ち上がっていくのが、
「自己決定」なのではないか、と。

きちんと本質をみつめながらも、
マインドだけではなくて、
きちんとそれを実現されているところは、
本当にすばらしく。


そんな李国本さんの第1部での発言で印象的だったのは、
発言というか、なんというか、
とても個性的なイラストで表現された、
大切なこと。

きっとそこに会した誰もが感じていた、
社会や今後に対する「悲観」方面への「揺れ」の中で、

「救う(掬う)」というようなカタチではない仕組みを考えたいと、
なんや、舟の下に張られた「網」みたいなものが、
なにかを「掬っている」絵を、パワポで示された。

ネットで掬う(ネットワーク)では、
そこに引っかからない人たちがいて、
引っかからないようにしている人たちもいて。

そういったバーチャルな仕組みではなくて、
もっとこう、もれなく「染み込み」ながら、
「染み出していく」ようなカタチができないですか、と、
地球儀の日本の大阪辺りから突き出た1本の筋が、
上の方へ染み出し、地球の円周に染み渡る、
という、これまた不思議な絵を示された。



恐ろしく李国本ワールド炸裂な絵それ自体はそれとして、(笑)
社会そのもののありかたとか、
その社会において、何かしらの支援が必要な場合にも、
それを「救う」網にに引っかかれなかったりすることは、
どうなんだい、
もっと別な社会の仕組みってないですかい、という問題提起。

今の世の中は、本当に困っている人が、
その本当に小さな「ネット」に引っかかる努力をしなければならない。

その上、努力をしても、
自分に適した「ネット」が見当たらない場合も多くある。

これがきっと、いまある「ネットワーク」の限界。


ほのさんも、いつもこの限界にぶちあたり、
そしてなんだか関西方面からじわじわと染み出してきた何かが
だんだんと染み渡ってきて、
一緒にそんな仕組みについて考えたくて、
かあさんは、気付いたら西宮だったという。

もちろん、ほのさんが生活していく中で、
具体的なサービス、
例えば、医療依存度が高くても安心してショートステイが利用できる施設だったり、
通園に通うための送迎だったり、
そういったものを叶えたいという具体的な希望もあるのだが、
その子その人に、それぞれにあったものが必要だと認められて、
実際に整えられていかずに、
いつまでも「掬われる」範囲が限られていて、
そこからもれる人がいるというのは、
李国本さんの言うような、
根本的なところの問題というか、
そこをどうしていくの、とどうして言わないのかな、
それは、どこで言ったらいいのかな、
それで、どうしたらいいのかな、
という気持ちが、かあさんの中にもずっとあった。

ああ、それを今後もラーはやっていくのかな、
という果てしなく明るい兆しをかあさんは感じた、
李国本さんの発言。



一方で、北野さんからは、
アメリカのADA(障害をもつアメリカ人法)運動に比較して、
日本の障害者運動はいかに幼稚か、といおうお話もあり。

それじゃあ、どうやって「戦略」をもってやっていくのか、
という流れもできつつ、

ラーの会は第2部へと突入していったわけです。。

(あー、やっと第1部がおわた……)



第2部以降は、必ずつづきます……



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by honohono1017 | 2012-03-28 18:26 | News/Report

エッセイのご紹介と、大野更紗さんとの紙上女子会。

今日はほのさん、年内最後のお風呂にはいり、
一年間の垢を落としました。

年内のサービスはこれで全部、終了。

今年も、たくさんのかたたちにお世話になって、
ほのさんと我が家は楽しい毎日を過ごすことができました。

感謝。


2011年が終わる前に、
今年のエッセイ連載を一気にご紹介。


『かあさんの「ほのか」な幸せ』~眠りっこ子育てetc.~

2011年10月3日号
「吸引祭り」絶賛開催中の巻

f0199379_1711254.jpg

秋の台風シーズン。
気圧の変化に伴って痰が増え、
吸引が頻回になっているときの様子を書きました。


2011年10月17日号
「支援」とは 、「あたしのかたち」の巻

f0199379_1710127.jpg

「送迎問題」に悩む中、
「制度のためにほのちゃんがいるのではなく、
ほのちゃんの生活のために制度があるのです」と、
とある相談員さんが教えてくださいました。


2011年11月7日号
「発信」すること、それは「生きること」の巻

f0199379_1712547.jpg

この狭い部屋から「発信」する一見繰り返しの日常は、
普遍的な何か、
つまり「生きること」そのもの。


2011年11月21日号
移動支援問題その後、かあさんの心の叫びの巻

すっきりと解決しない「送迎問題」。
ほのさんが緊急入院し、病室のほのさんの枕元で書きました。



2011年12月5日号
「おうちの子」、入院するの巻

f0199379_17195797.jpg

すっかり安定した在宅生活が長くなり、
「おうちの子」となったほのさんが、緊急入院。
久しぶりの入院生活で感じた問題について書きました。
写真は、13日ぶりにお家に帰って、
お気に入りの椅子に座ったほのさん。



2011年12月19日号
「幸せ」とは何ぞよ、の巻

f0199379_17452487.jpg

この連載のタイトルにもなっている「幸せ」について、
考えてみた。
いのちは一面的な価値でははかれない。
関係性の中で育まれる。
いま、ほのさんが自ら築いている「繋がり」、
それは「幸せ」の一部に違いない。



2012年新年号
今回は、かあさんの「ほのか」な幸せ、はお休み。
そのかわり、

「困ってるひと」の著者である、大野更紗さんと、
紙上女子会をさせていただきました!

“困ってる”と言える社会に
大野更紗さん × 西村理佐  紙上女子会

f0199379_17525635.jpg

「困ってるひと」力について × 迷惑はNGなのか
私も社会の構成要素 × 「生きよう」と言いたい

与えられた運命、難病という「クジ」、
家族の絆と、制度、
私たちは、「信頼」して、生きていきたい!

たくさんの方に読んでいただきたい内容です!




来年も、我が家で起きているリアルタイムな記事を、
もりっと書いていこうと思います。



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by honohono1017 | 2011-12-29 18:05 | News/Report

昨日の通院と、エッセイ連載のご紹介。

昨日は、ほのさん定期通院の日。

ここ何ヶ月の間は調子がよかったので、
受診時も特に先生に相談することもなかったのだが。

今回は、かあさん的に不安要素てんこ盛りで、
ちょっと時間がかかることも覚悟で、出発。

この2年間連続で、
11月に呼吸不全、無気肺で緊急搬送されているほのさん。

今年はそんな事態にならないために、
注意して注意して、いるものの、
やはり、季節の変わり目、
気温や湿度の劇的変化は、キビシー要因。

10月の頭、久々に肺のコンディションが悪くなり、
そのまま痰が抜けずにすっきりしないまま、
どんどん寒くなって……
そして魔の11月、
みたいな最悪のシナリオを想像してしまうのだが、

今回の不調は、5日くらいですっかりよくなった。

しかし、相変わらず、
下痢をたびたび繰り返し、胃残(ミルクの飲み残し)もなんだか多く、
本調子ではない様子。

そんななか、ちょうどお誕生日の朝、
呼吸器のチェックをしていたら、
PEEPが、設定5のはずが、実測3、という低さになっていた。

(PEEPとは……
人工呼吸器から送られる空気と圧で、人工的に肺を膨らましているのだが、
圧を送らないとき、つまり肺がしぼんだとき……吐いているとき、に、
まったく圧をおくらず、肺をぺしゃんこにせず、
少しだけ圧をかけておくわけです。
そうしておけば、ぺしゃんこの肺を膨らませるよりも、
吸気の時に肺が膨らみやすくなるわけです。)


これまでも、PEEPが設定値よりも高くなったり低くなったり、
ということはあったのだが、
いつも、やはりほのさんの体調が揺れている時、
つまり肺のコンディションがよくないときに起こっていたので、
機械の調子、というよりも、
ほのさんの体調からその原因を探ることもしなくてはならず。


今回も、痰が多く、肺雑も多く聴かれている時だったのだが。

肺の中に分泌物が多くて、
いつもの圧をかけても肺が膨らみにくく、
PEEPが設定の5まで上がらないと考えるなら、
吸気圧26設定のところ、
最高圧も下がるのではないかしらん……とか。

いやむしろ、痰が多くて閉塞気味ならば、
圧は高くなるんじゃないか……とか。


それとも、リーク(漏れ)が多くて、
ちゃんと肺まで圧が到達していないんじゃないかとか。

そういえば、生まれてから1回も、
カニューレのサイズアップしていないしな……。


そして、最近、やけにお腹にガスが溜りやすく、
胃チューブからもエアーがたくさん引ける。

じゃあ、呼吸器の設定はそもそも体格にあっているのかな、とか。
いまやほのさん、身長100センチ、体重12キロ……。


まあ、そんなもろもろを
主治医のA先生にぶつけてきた。

とりあえず、呼吸器の設定のことと、PEEPのことは、
先生にゆっくりかんがえていただくことにし、
来月、カニューレはワンサイズアップしてみようか、
ということになった。



おうちではそんな風にいろいろあるのだが、
やっぱり受診日には、体調の良いほのさん。

それがいいのか悪いのか、
昨日は、いつものホルモン注射に加えて、
水疱瘡の予防接種をし、
結局、両腕に、ちっくん、とされたわけです。


この冬は絶対に入院しない!
という目標を死守……したいです。。


そんな盛りだくさんな受診を終え、
最後に看護師さんたちに、

「ほのちゃんよんさい、おめでとー。」

と言われ、
注射されたことなどすぐに忘れてしまった様子の、
嬉しそうなほのさん。

帰り道には、車窓からコスモスを見たよ。


さてさて、
このところ、エッセイの連載のご紹介をしていませんでした。

大変遅れましたので、
WEBでは見られませんが、
紙面には掲載されている写真とともに、ご紹介します。

第6回 拙著「ほのさんのいのちを知って」ご紹介の巻き
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第7回 「夢はかなえるものなのだ」の巻
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第8回 「夢はかなえるものなのだ」の巻 その2
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詳しい記事はこちら から読めます
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by honohono1017 | 2011-10-21 11:52 | News/Report

「障害者総合福祉法の骨格」について考えてみたー。

長月。

新しい月のはじめは、
台風が日本列島直撃で、
大荒れの幕開けとなった。

台風、低気圧、季節の変わり目……
徐々に、ほのさんにとってはキビシイ時期となっていくが、
負けてはおれん。



さて、現在「ほのさんのバラ色在宅生活」は、

「障害者自立支援法」

という法律により、
さまざまな支援を受けることで成り立っているのだが、

その法律のさまざまな不足、問題点を受けて現在、

「障害者総合福祉法」

という新しい法律の制定に向けて、
議論がすすめられている。



「障害者総合福祉法の骨格に関する総合福祉部会の提言(案)」
平成23年8月30日
障がい者制度改革推進会議総合福祉部会

とやらを、読んでみたのであーる。


ちなみに
「障害者総合福祉法」は、
障害者自立支援法の最大の問題と言われてきた

「応益負担」を廃止し、

「制度の谷間」のない支援の提供、
個々の地域生活支援体系の整備等を内容としているそうで、
平成24年常会へ法案提出、

25年8月までに施行を目指しているそうな。



ほのさんは、生後9ヶ月で、
念願の「在宅生活」デビューを果たしました。

生後9ヶ月といえば、
まだ、ほんの赤ちゃん。

何が大変だったかといえば、
在宅生活を送る上で要となる「障害者自立支援法」に定められたサービスが、
全くと言っていいほど、
赤ちゃんやこどものことは想定せずに作られている、ということ。

赤ちゃんですけど、支援が必要やねん。

と説明したところで、

「障害者」の中に「障害児」が含まれていない、

柔軟に解釈して「含めた」としても、

実際に支援を担ってくれる事業所がない、

という八方塞りな事態にたびたび直面したわけで。



まず、今回の新法「障害者総合福祉法」で、

「障害(者)の範囲」、
つまり、法の対象規定に、

「障害者(障害児を含む)」と明記されようとしたことは、

言ってみれば、
やっとスタート地点に立った、
そんなところです。
やっと、ね。



ほのさんの「バラ色在宅生活」が始まってまもなく、
予想以上に過酷な生活に、
度々、救急搬送されたかあさんでしたが、
そこで考えたのは、

障害者自立支援法の「重度訪問介護」を申請して、
主に夜間、長時間にわたるサービスを受けよう。

ということでした。

が。

役所にといあわせたところ、

「重度訪問介護は15歳以上」と、ピシャリ。

そんでもって、例えばなんとか認めてもらったところで、
「重度訪問介護」を引き受けてくれる事業所自体も無い、
という悲惨な現実を知ったわけです。

(この詳しいやりとりについては
拙著「ほのさんのいのちを知って」エンターブレイン
に記しておりますので、ぜひ。。)


じゃあじゃあ、新法では、どうなのよ、
というのは、当然、気になるところ。

新法においては、支援体系そのものが
大幅に変更されるようですが、

ありました、よ、

「重度訪問介護の発展的継承によるパーソナルアシスタンス制の創設」と……

なになに、パーアシ制って(←勝手に略ってみた)って話ですが。

訳せば「個別支援」とゆーことで、

① 利用者の主導により
② 個別の関係性の下での
③ 包括性と継続性を備えた生活支援
である、というのですが、
わかりにくいですね。。

つまり。
我が家の話に置き換えますよ。

①支援を担う事業所や、ヘルパーさんが、
ではなくて、
ほのさんがイニシアティブを持って、
(かあさんが通訳しますが)

②はい、今日はこのヘルパーが行きます、
えっと、今日はこっちのヘルパーが行きます、
なんていう不特定の方が介助を担うのではなくて、
ほのさんが信頼して
あたしのことまかせられるわよ、
と思う人が、ほのさんの支援に当たる

③これまではね、
体を拭いて、お着替えして欲しいんだけど、
はい、それは「身体介護」です。

じゃあじゃあ、病院に一緒に連れて行って欲しいのよ、
はい、それは「通院介護」です。

みたいに、ほのさんの望んでいることはいろんなことがあるのだけど、
それぞれが、はい、それはこっちのカテゴリー、
で、そっちのは、また別のカテゴリー、
なので、申請してくださいよ、時間数決めますから、
みたいなことになってたわけですが。

それをね、これまでみたいに分断していると、
ほのさんの生活と一体化した支援じゃないでしょ、
だから、いろんな支援を継続的に、
比較的長時間、可能にしましょうよ。




ということだそうです。

もちろん、
「現行制度においては重度訪問介護の対象となっていない
障害児童についても対象とする」 のです。

まあ、そんな風に聞くと、
いかにも素晴らしい制度にガラっと変わる、
みたいに思われるかもしれませんが。

現行法においてもですよ、

ほのさんの支援に関しては、
誰でもできるわけではないですから、

何?こども?
医療的ケア?

いやいや、やりますよー。
がんばりますよー。
夜ですか?
いいですよー。

という素晴らしい事業所との出会いに恵まれた2年前の秋以来、
ヘルパーTさん(メンズ)に、まず、
ほのさんの医療的ケアを含む全てのことを覚えていただき、
最初はもちろん家族が付き添い、
徐々に、一人でやっていってもらい、
今では素晴らしく何でもやっていただいてます。

この2年の間に、
ヘルパーTさん(メンズ)が体調不良になることたって、
当然ありましたし、
我が家的にも、「Tさんがいないと成り立たないほの家の生活」
というのではマズイ……
とだんだんと思うようになり、
事業所さんのほうでも、
Tさん以外にも、ほのさんのケアができる人を、
と考えてくださって、
今では、
日中のケア、入浴介助、夜間のケア、全部あわせると、
5人のヘルパーさんが、
ほのさんと我が家の生活を支えてくださるまでに、
なったのです。

現行の「重度訪問介護」を利用するような重度の方は、
きっとほのさんのように、
「今日はじめて来たヘルパーさん」ではできないようなケアも
当然たくさんあるでしょうし、
パーソナルアシスタンス制は理にはかなっているけれど、
一人が担えればいい、
というわけにもいかない現状もあるわけです。

地域で安心して生活していくうえでは、
とにかく、
ほのさんのことを知っていて、ケアができる人が
一人でも多くいてくれたら、
という願いがずっとありましたし、
我が家のパーソナルアシスタントは、
間違いなくTさんであると思っているし、
そのTさんを中心に作られた素晴らしいチームに
支えられて、いまなお、生活しているというわけなのです。

いかに、制度が後をいっているか、とゆーことですよ。

そして、日本全国、
子どもだろうが大人だろうが、
吸引が必要だろうが、
呼吸器ついていようが、
どんな人でもみてくれる事業所が増えていかなくては、
こんな制度は絵に描いた餅でしかなく、
その人材をどうやって育ててていくのか、
それに見合った報酬はどうするのか、
ってゆー話になってくるわけですね。

平成23年の社会福祉法及び介護福祉士法の改正により、
平成24年度から、吸引と経管栄養について、
研修を受けた介護職員も行えるようになるわけですが、
そんなこと、言ってる場合じゃ、ないんですよ、

いま、この瞬間にも、
痰は出るし、
ごはんだって、注入するんですよ、
生きてるんですからねー。




これまでも、「ケアマネ不在問題」については
何度か書いててきたと思いますが、
在宅生活で利用するさまざまなサービスの申請や事業所探し、
まあとにかくたくさんの調整や連絡が日常的に必要なわけですが、
それらをね、介護保険では「ケアマネージャー」という専門職がいて、
その人がうまいことやってくれるわけですけど、
現行法の「障害者自立支援法」では、
そういう立場の人がいないもので、
全部、必然的に、家族がやっているわけです。

役所に出向くこともできない、状況でね。。

現在の相談支援事業というものが、
個別的な対応もできないし、
年齢によっても分断されているし、
ここでは無理です、いや、うちでも無理です、
みたいな「相談たらいまわし」現象も指摘されており、
あるいは、障害者の地域生活に関る相談というものが、
いろんな職種、いろんな機関にわたるもので、
その連携が必要である一方で、
それらの連携、調整を行う制度的な枠組みもなければ、
それらに該当しそうな専門職の人材も不足していますよね、
って話です。

「ワンストップ相談」を心がける、って言いますけど、
普通、相談を受ける側がちゃんとしてれば、
相談は「ワンストップ」であるはずでしょうし、
いろんな分野に渡る難しい相談内容であることは確かですけど、
それを知りながらも、これまで見逃してきたとゆーことですよね。

今後、そのむつかしい相談にあたる、
相談支援専門員とゆー人々が設置されるようですが、
その位置づけに、
「サービスが不足しているときは必要なサービスの開発につなげる」
とまでしてしまって、
新たな社会資源を生んだり、
うもれている社会資源を見つけるとゆーことが、
どれほど難しく、
だって、これまで、すでに存在してるでしょ、
と思われる社会資源だってうまく利用できないような法律だったくせに、
突然、大きく出たわね、
みたいな印象も、持ってしまいます。。



さらに、

障害児の「ケアマネジメントと個別支援計画」というところもありますよ。

「障害児相談支援事業所」というところが、
障害児や家族にとって身近な地域における支援を利用しやすくするために、
福祉、教育、医療等の利用するサービスを一つの計画、
「個別支援計画」として策定するのだそうですよー。

いまの状況は、
福祉、教育、療育、医療は、
完全に、スパッと分断されています。

そもそもね、教育は学校、
医療は病院、
そんな風にスパッといかないのが、
障害児ですよね。

ほのさんのように超重症で、
学齢期前のこどもなんか、
なーんも知らなくて家にいたら、
「療育」という世界も全く知らずに過ごしてしまうし、
下手したら、おうちではベッドに寝たまんま、
行くのは月1の病院で、
先生に相談するのは、体調のことののみ……
みたいな、せまーい世界になり兼ねないのです。

もちろんね、
元気に毎日過ごせればいい、というのはあってもね、
超重症児にだって、
「健康で文化的な最低限度の生活」が保障されているわけでしょうよー。

そしてそして、
障害児への支援は、
同時に家族への支援、
きょうだいがいる場合は、きょうだいへの支援も、
欠かせないのですよー。




まあまあ、そんなことで、
これまで、ほのさんとの「バラ色在宅生活」の中で
リアルに感じてきた現行法への問題が、
いままさに議論され、
新しい法律へと移行しようという時期。。

大いにね、目を光らせんと、とゆーわけですが、
気になるのは、やっぱり、
その「財源」ですよね……。。

「財政のあり方」の項を読み始めて、

「社会資源の実態を把握し、
予算措置に必要な基礎データを把握するべきである」

とゆー文字をみて、
ひじょーに深いため息をついたところです。

障害者総合福祉法の骨格提言にあたって、
あわせて財政面の積算を行うべきかもしれないが、
そのための基礎的なデータがあまりにも不足している

のだそうな……。



確かにね、
今回も、ほのさんが新しいサービスを利用することが決まり、
いろんなことを調べていたわけですが、
そのサービスに関る自治体の予算をみつつ、
ほのさん居住区の超重症児が、
「推定125人」と書かれていたのを目にして、
ああ、自治体規模であっても、
きちんとした数字が把握できていないんだな、
とゆーことを、目の当たりにしたわけです。

それで、どうやって予算、組むんかい、
とゆー話ですよね、ホントは。

推定、ってあまりにも失礼な話じゃないですか。

市や保健所にはね、
ちゃんとした数の把握と、
実態を調査してくださいと、お願いしたこともありましたが。



これから良い法律にして行こう、
とゆー時に、
なんだか辛口でテンション低いのは、
やっぱりね、
いままさに、
「生活しているから」
とゆー一言に尽きるわけです。

新しい決め事を作って、
それをやりはじめて、
軌道に乗るまでのことを考えたら、
10年単位の話になるのは当然です。

ただね、「いのち」のことを考えたら、
10年先のことはわからないのです。

そうやって、問題だらけで、窮屈な地域生活かもしれないけど、
それでも「いま」、
たくさんの人に支えられて生きている、障
害を持った人たちに関ること、
もっと言えば、
社会全体の問題なんた、
ということを思ったら、
いまからできること、
あると思うんですよ。

問題は指摘されている。
それに伴って、法律が変わる。

それまでの
「端境期」になっては、困るのですよ、
「いま」が。



変えていくのなら、
いまから、やりましょうよ、ね。
柔軟に。





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by honohono1017 | 2011-09-02 13:30 | News/Report


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