ほのさんのバラ色在宅生活


低酸素脳症、人工呼吸器をつけた娘とのナナコロビヤオキ的泣き笑いのバラ色在宅ライフ
by honohono1017
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ほのさんの学校生活と、特別支援教育についての覚書。その2

つづき

また、就学相談において大きな疑問を抱い点は、
「学区」の問題である。

ほのさんのような子どもにとって、
学校に行く際に最も問題となるのは、「移動」ということだ。

スクールバスにも乗ることができず、
移動に際して、母親以外にもう一人の手が必要な子どもにとっては
「学校が近い」ということが何よりも助かる。

ところが、「学区」が非常に厳しく決められており、
ほのさんの住む地域では、
特別支援学校がある地域に偏りがあり、
通学の負担緩和のため、
新しく特別支援学校が設立されて、
その学校が我が家から一番近い場所にあるのだが、
学区外であり、学区を乗り越えることは非常に難しいということで、
当初、その学校を希望していたが、まったくとりあってもらえなかった。

「学区」の問題は、ほのさんのまわりのお友だちからも、たくさん聞かれた。

通学の困難さから「学区」を超えて、より近い学校を希望したところ、
その希望にはそえないので、通えないのなら「訪問籍にしてはどうか」
と言われたというおともだちもいた。

一つの学校に生徒が偏ってはいけないし、
学校運営のためにかあさんなどには想像もつかない何かがあるのかもしれないけれど、
そもそも「個別のニーズ」ということでの特別支援学校ならば、
「通う」と言うことに関して、もう少し個別の配慮、あるいは
相談に応じる姿勢も必要なのではないかと思う。

さらに、「通う」ということに関して言うと、さらに問題がある。

特別支援学校からは、スクールバスが出ている。

バスストップまで一人で行けない子どもたちは、
ヘルパーさんに同行してもらえる。
もちろん、親がバスストップまで送り迎えしている場合もある。

スクールバスに乗れない子はどうか。
親が車で送り迎えをしている場合もあるし、
親だけでは手が足りない場合は、加えてヘルパーさんをお願いする場合もある。
この場合は、親が運転する車に、本人の横にヘルパーさんが同乗することになっている。
ヘルパーさんは、本人の横にいて支援にあたる、と決められているからだそうだ。

ところが、ほのさんの場合、
車の中でほのさんの横にいるのは「かあさん」でなければならない。
痰を詰まらせて急変する可能性があるからだ。
その上、かあさんは車の免許を持っていない。

だからと言って、移動について、
「車+運転手」では困る。

車の中で様々なケアをする場合、
ほのさんのケアに慣れているヘルパーさんの手助けが必ず必要となるからだ。

このような事情を役所に話すと、
提案される方法は3つ。

①「生活サポート」の利用
車+運転手(ヘルパー)が来てくれて、学校まで送り迎えしてくれる。

実際には、以前、しらみつぶしに事業所をあたったがことわられてしまい、、
医療的ケアのある子どもの利用ができる事業所は非常に限られているため空きがない。

②「移動支援(通学通所)」を利用、ただしヘルパー2人体制
ほのさんはもともと、ヘルパーさんが2人でケアにあたることが許可されているので、
ベッドからバギーへの移乗などの準備などにヘルパーさん2人で支援に当たり、
車に乗ってからは、一人が運転(あくまでボランティア)、一人がほのさんの横に。

実際には、ほのさんの横にはかあさんがいるので
(ほのさんが登校するときにはかあさんの付き添いが必須です)
もう一人ヘルパーさんが横にいる必要はない。
役所はあくまで本人の横に付き添うことが「支援」だとするが、
公共の交通手段やスクールバスに乗ることができない以上、
目的地まで安全に運んでくれる「足」というものも立派な「支援」であると
これまでもことあるごとに主張してきたが、なかなか認めてもらえない。

③福祉タクシーなどの利用

タクシー券が利用できるとはいえ、
学校まで距離がある以上、かなり料金がかかってしまうし、
タクシー利用の他にヘルパーさんも頼まなければならないし、
お金の問題以前に、子どもが義務教育で、県立の学区内の学校に通うのに
タクシーを利用するということが、かあさんにはとても受け入れられない。


この「通う」という問題において考えたいことは、
子どもたちが学校に安全に登下校することにおける責任がだれにあるか、
ということだと思う。

もちろん親にはその責任があるし
(親が毎日、付き添うことを強制されることが責任か、という問題は置いておいて)

スクールバスを出しているということは、
学校にもその責任があり、

スクールバスを利用できない場合においては、
それを補う形で、「福祉」が担うべき責任もあると思うのだ。

特別支援学校に入学を許可します。
入学を許可しますが、スクールバスに乗れない以上、
「通う」方法はそれぞれで何とかしてください、
「親」がどうにかしてください、
「福祉」分野で解決してください、
という問題ではどうもおかしい気がするのだ。

せっかく、どんな障害を抱えていても教育の機会が保障されるべきだ、とされていても、
「通う」ことができなくては、一体、何が保障されているというのだろうか。




それから、先に記した「インクルーシブ教育」という視点から見て、
現在の「特別支援教育」というものはどうなのか。

「インクルーシブ教育」や「インクルージョン」という用語は、
平成6年、「特別ニーズ教育に関する世界会議」によって国際的に認知されたといわれているが、
何か共通な定義があるわけではないという。

ここはかあさんも勘違いしていた点で、
全ての障がい児が通常の学級で学ぶべきとする立場のことをさすわけではなく、
多様な教育の形態を認める立場もあるらしい。

ただし、大きな特徴としては、通常教育自体の改革を求めていることがあげられ、
この点で、従来の統合教育(インテグレーション)とは異なると言われている。

理想を言えば、ほのさんもどんな子も、
近所のこどもたちがみんな、近くの同じ学校に通うことができたら、
それに越したことはないと思う。

だが、今現在の普通学校に、
ほのさんが通うことを考えたならば、
ほのさん的にも難しいことがたくさんあるし、
まわりの子どもたちにしてみても、
すべてをほのさんと共に行うことがいいことかどうか難しいところだ。

この想像自体、
いわゆる、かあさんも受けてきた従来の「通常教育」に
ほのさんを当てはめる形の過程であるから無理なのも当然で、
どちらかの誰かを、どちらかの教育に当てはめる形ではなく、
新しい形態を生み出すことがインクルーシブであるならば
それはとても素晴らしいだろうが、
ちょっとどんなものなのか考えようもない。

インクルーシブ教育は世界的な流れであり、
日本ももれなくこれに向かっているようなのだが、
これまでの経験や感覚からすれば、
障がいのある子どもたちがなんとか努力して普通教育にのっかりなさい、
頑張って地域の小学校に入学しなさい、それが一番なんだから、
という意味合いで「インクルーシブ」を捉えてはいないだろうか。

障がいをもった子どもたちやその親たちの必死の努力を前提とし、
そういった子どもたちを、大多数の子どもたちの方の「かた」にはめ込む形が
日本の「インクルーシブ」であるならば、
それは、特別支援学校に通っていることを差別的にみられることと同じくらいに
苦痛でおかしなことであると言わなければならない。

とはいえ、かあさんは全くの無知であり、
そんなことは見当違いであるならばいいのだが、
「インクルーシブ」という輸入された概念に対して、
誰でもがわかる、適当な日本語をあてることも難しいこの土壌の中で、

その理念を手っ取り早く実現しようと急ぐあまり、
もっと細かな、
先に述べたような、就学相談というシステムであるとか、
「通う」手段の不整備であるとか、
もっと根本的な、基礎的な問題が未解決になってはいないだろうか。

「我が国も、この理念に基づいていきます」
というようなお達しが、「うえのうえ」から降りてきて、
それにかかわる部署の人たちが、
その中身について深く、現実的に理解することを吹っ飛ばして、
教育に関わる手続きや仕事を行ってはいないだろうか。


昨年4月から始まった就学相談。

9月には、就学を次年度に控えた子どもたちには、
戸籍をもとに、一律に先に述べた「就学前検診」の案内が送られてくる。

ほのさんにも漏れなく送られてきたわけだが、
9月の時点では、すでに担当コーディネーターと繰り返し面談を重ねており、
つまり特別支援学校に入学希望である意思は伝わっている上に、
就学委員会もそれと同様の意見をだし、
その方向で進んでいっている状況であった。

かあさんにしてみれば、
それならば地域の学校で行われる健康診断には行かなくてよい、
というよりは、そこで健康診断を受けられる状態にないから
特別支援学校に入学を希望しているわけだから、
健診案内が送られてくることに疑問があった。

問い合わせたところ、戸籍に基づいて一律に送ることに定められている、
その上、現時点ではお子さんの特別支援学校への入学は決定には至っていないので、
仕方ない、ということであった。

それならば、「特別支援学校に入学を希望されている場合は」というような注意書きが、
「私学への進学を希望している場合は」などという注意書きと共に書かれていてもいいはずだし、
どうしても案内を送付するならば、
担当のコーディネーターがとりはからってくれてもいいのではないかと思った。

だが実際には、地域の小学校の教頭あてに
母親が「うちの子はこういう事情で(障害があって)健康診断に参加できません」と
電話連絡をしなくてはならなかった。

仕方ないので電話したところ、
教頭先生は、

「どんなお子さんでも一律に地域の学校で健診を受けるのが原則です」
と前置きして、

お子さんの状態はわかりましたので、
健診を欠席ということで了解しました、

とおっしゃったのですが。


「どんなおこさんでも一律に」
という一言に、
「平等に」というニュアンスを含ませたかったのか何なのか本当によくわからなかったし、
ほのさんのような子どもがこの地域にかつていなければ、
心底、健診を欠席するほのさんの体の状態について想像がつかなかったのかもしれないし、
とにかく、なんていうか、
「インクルーシブ教育」の実践で、
ほのさんがこの地域の学校の「かた」にはめこまれるということは
不可能に近いなあと思ってしまった。

また、「インクルーシブ教育」の実践のために、
わが県では「支援籍」という名前で、
地域の小学校と特別支援学校と、
両方に籍を置くことができるシステムがある。

少しずつなら両方の学校に行くことができる子どもにとって、
それは素晴らしいシステムであるのだろう。

新入生にもその「支援籍」の案内があったのだが、
まだ実際に授業も始まっておらず、
我が子が学校生活に慣れていけるだろうかという状況の中、
「支援籍」についての説明がさっとあったのちに、
希望される場合は手続き上、必要書類をこの場で提出してください、
という案内の仕方も、
いやー、インクルーシブねえ、と正直、苦笑ってしまった。

たくさんの子どもたちがいて、
たくさんの書類や手続きがあって、
ひとつのことをするにも、本当にたくさんの人が関わっていて、
想像するよりもはるかに大変なことなのだと思うのだが、
結局、一人ひとりのこどもたちとじっくり関わって、
その子どもに必要なこと、それに関わる準備などを、
丁寧に話して、確認して、
過程を大切にやっていくこと、
それを積み重ねていくこと以上に大切なことはないんじゃないかと
事あるごとに感じていて、
そうしていくことで、
さまざまな子どもたちが存在する今の世の中で、
「かたにはめ」ようとしていたんじゃないかと気づいたり、
「かたにはめる」ことそれ自体が「インクルーシブ教育」から、
一番遠いことなんじゃないかとか、
そうやって少しずつ、ちょっとしたことから変わっていくんじゃないのかなと思ったり。


現在の特別支援教育は、

「学校は集団で学びあったり遊んだりしながら、
お互いに育ちあうところという学校文化が揺らいできていることを危惧している」

とか、

個別の指導計画やソーシャルスキルトレーニングなど、
個別の指導が重視され、
子ども集団や人と人とのつながりが軽視される傾向」

だと指摘されているようだ。


かあさんは、教育学者ではないからよくわからないし、
ほのさんの学校生活も始まったばかり。

この指摘によれば、
先生対生徒、1対1の訪問教育は「学校」ではなくなってしまう。

しかし、ほのさんの受けている訪問授業は、
場所は「家庭」であるが、
先生が来てくださることで「学校」となり、
本人もこれまで関わってきてくださった方たちとはまた違った関係、
つまり、本人なりに「先生」という人をわかっている。

そして先生の、ほのさんとの関わり、
ほのさんという一人の生徒の受け止め方、接し方はとても素晴らしく、
ほのさんの個性、できること、ニーズを捉えて授業がすすめられている。

ほのさんのような子どもにとって、
じっくりと本人にあわせて関わりをもってもらうこと、
そうやって少しずつ成長して、
意思表示ができるようになったり、できることが増えていくということは、
本人の生活にとっても、人生にとっても、今後においても、
非常に大切なことが。

障がいの有無にかかわらず、
全ての子どもに教育の機会が保障されるべきだ、
という文句は、
「平等」という視点からのみならず、
たかがまだ授業が始まって1か月足らずだが、
ほのさんの成長、変化が顕著であることから、
「それぞれにあった教育」の大切さについては、
自信を持って言えることだ。

先生との関係が築けてきたので、
明日は、入学式以来、初めて登校させてみるつもりだ。

お友だちを感じること、
お友だちと過ごすことで、
お友だちの中の自分を感じること、

これがほのさんの次なるステップだ。

そうやって一歩ずつ進んでいくことが
インクルーシブ教育への道筋ではないか。
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by honohono1017 | 2014-04-30 22:45 | normalization
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