ほのさんのバラ色在宅生活


低酸素脳症、人工呼吸器をつけた娘とのナナコロビヤオキ的泣き笑いのバラ色在宅ライフ
by honohono1017
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新年度も、チャレンジ!

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こんにちは。

きょうから 4がつ。

あたしは、あたらしい かーでぃがんと おずぼんで

うきうきしているわ。


あっという間にやってきた、新年度。

ほのさんも、身長112㎝ 体重14,4㎏と
めきめき成長中。


この2か月間、
ほのさんの長い不調と、アクシデントによる不安定な支援体制が続き、
なかなかハードな日々を過ごしております。

かあさんの疲れ&不調により、
先週お休みしてしまったリハビリも、
今日は元気に。

やる気に満ち溢れ、
リハビリのS先生を大声で出迎え、
ベッド上で体をほぐしてもらっている間も、

うーん、とか、
うんうーん、とか、
ふんっ、とか、
さまざまに変化を付けながらお話しする様子を見ていると、
かあさんの疲れなどでお休みしてしまったことが、
ほんとうにすまなかったね……と思うほど。

近頃のほのさん、左足の親指を驚くほどはっきり動かすのだが、
今日は珍しく、左足のひざの裏あたりの筋肉がつぱっていたようで、
S先生に、

ほのちゃん、ひだりあり、がんばってうごかしてたのかな?

と言われていた。


このところ、右胸の肋間が取りにくく、
動きが悪くて痰が溜まっている様子だったので、
S先生に丁寧に動かしてもらっている間も、
早くいすに座らせろ、と言わんばかりに、
S先生の問いかけにタイミングよく大声で返事をしていた。


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ようやくいすに座ると、
パソコンを起動させて準備してくれる先生を急かすかのように、
このやる気に満ちた、真剣な顔!


今日も、右手首にピエゾセンサースイッチを付けて、
伝の心(という意思伝達のためのソフト)に接続。

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小指側の手首のあたりにセンサーを付けるのだけど、
この付ける場所がとってもビミョーで、
うまくつけられないと、
ほのさんが手を動かしていても、その筋の動きを拾ってくれない。

拾ってくれない、ということは、
ほのさんが入力したいと思う文字のところにカーソルが来て、
その瞬間に、ほのさんがちゃあんと手を動かせていても、
センサーが感知しないために、入力できない、ということになってしまう。


また、センサーの貼り付ける位置だけではなく、
手を置く場所、位置によっても、
ほのさんが手を動かしやすいかどうかに関係してくるので、
なかなか難しい。

ほのさんが右手を動かすことに気づいてから、
もう1年以上が経つが、
その間に、ほのさんが日々成長して、
腕の長さも随分長くなってきたので、
どこにクッションをいれて支えるかとか、
手を何の上に乗せるかとか、
この間までうまくいっていたことも、
成長とともにうまくいかなくなったりもして。

↑この写真で、右手を乗せている緑色のものは、
ほのさんが紙粘土を自分で捏ねて作ったものだけど、
すでに手の方が大きくなってきてしまった……


仮に、そのようなセッティングがすべてうまくいったとして。

まず、ほのさんが思っていることを、
「ことば」にして、
その「ことば」を「文字」に変換し、
それを一文字ひともじ入力していかねばならず、
五十音図の入力したい文字上にカーソルが来たときに、
タイミングよく手を動かす、という作業は、
なかなかどうして、難しい。




ほのさんは、この難しいチャレンジに取り組んで、
もうすぐ3か月が経つ。

最初は、自分が手を動かすと、文字が入力できる、
ということに、ものすごーく興奮気味たっだ。

回を重ねるごとに、その興奮がおさまり、
確実に「自分でやる」という感覚をモノにしていった。

どうすれば入力できるかがしっかりとわかるようになると、
セッティングがうまくいかないことで、
「動かしているのに反応しない」というもどかしさを感じていった。

ぶんぶんと手を動かしているのに、
まったくセンサーが感知せず、

なんでなの!

という風に、大声をあげて目を吊り上げている様子は、
なんとかうまくセッティングしてあげたい、という気持ちと共に、
そのもどかしさこそがチャレンジの醍醐味だぞ!と
褒めてやりたい気持ちでいっぱいになる。


とうさんやかあさん、いつも関わってくださる方たちと、
ほのさんはうまく意思疎通をして生活をしている。

だが、はじめましての人から見たら、
ほのさんは「何にもわからない子」に見えて当然だし、
ほのさんも、そんな風に扱われると、
いっこうにおしゃべりも出ず、
いつもみたいにお返事すればわかってもらえるのに……と思うのだが、
本人だって、「聞いてもらえない相手」に向かって話すことほど、
骨が折れて、悲しいことはないだろう。

だから、ほのさんがどんな人にも通じるような、
意思表示の方法を身につけてくれたらどんなにいいだろう、と思わないはずがない。

たった一言、
「はい」とか「いいえ」だけでも、
ほのさんが意思表示できたら。



医学上、生まれてすぐの時点では、
「なんにもわからない子」とされていたほのさんが、
たとえばパソコンを使って、
「はい」「いいえ」と言えたなら、
世間はきっと驚くのだろうし、
キセキだと言って、感動の物語になるのかもしれない。

でもね。

ほのさんには、ほのさんの「セカイ」がほのさんの内に必ずある。

この5年間、ほのさんの内なる「セカイ」、キモチと呼ぼうか、
それと、ことばを介さないコミュニケーションでやりとりしてきた。

ほのさんの全体から発せられるそのメッセージを、
周りのみんなが受け取って、
受け取った側が、その返事を「ことば」に変換して、
ほのさんに返事をしてきた。

だから、ほのさんは、5年間ずっと、
周りから聞こえてくる「ことば」に耳を澄ましてきたのだ。

いま、ほのさんがパソコンを使ってやっていることは、
いままで自分が「ことば」を使わずに発してきたメッセージを、
「ことば」に変換すること、
そしてその「ことば」を文字にして入力すること、なのだ。

そうして考えてみたら、
5歳の小さな女の子が取り組んでいるのは、
それは本当にほんとうに、難しいこと。

かあさんにしてみたら、
それを彼女が成し遂げるかどうかということではなく、
そのチャレンジそのものが、毎回感動的だ。

ほのさんが毎回取り組んでいるとき、
ひょっとしたら、こちらが考えているゴールを目指していないかもしれない。

それでも、うまくいったりいかなかったりすることで、
確かに「感じること」をしている。

いろんなことを、「感じること」で、
目指しているゴールとはまた別の、
思いもよらない何かを身についたりするものだ。



今日は、前半張り切りすぎたのか、
いつもより早く、10分ほどで集中力が途切れた。

ほのさんは、とってもわかりやすい。

集中力が切れると、
ウソみたいに急に腑抜けた顔になって、
気力のない声に変わる。

今日なんて、急にまったくしゃべらなくなって、
スースーと寝息のようになってしまっって、

ほーのーさーん、たいじょうぶー?

と大声で問いかけてしまった。



ベッドに戻ってヤクルトを飲みながら一休みしているほのさんに、
かあさんは思わず、独り言のように言った。



ほのさん、あなたがいま、とりくんでいることは、
とってもむずかしいことなのよ。

うまくいかなくっても いいの。
あせらず、だんだん、でいいんだから。

けっきょく、これができなくたって、
ほのさん、あなたはきっと、
べつのすばらしい 「なにか」を
ものにするように なるんだから。

かあさん、そう しんじてるのよ。



新年度。

ほのさんの力強く頼もしい、チャレンジする姿に、
かあさんは、心からそう思ったのだ。
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by honohono1017 | 2013-04-01 17:29 | Life
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