ほのさんのバラ色在宅生活


低酸素脳症、人工呼吸器をつけた娘とのナナコロビヤオキ的泣き笑いのバラ色在宅ライフ
by honohono1017
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グラつくほのさんの歯と、研修会のおはなし その1。

3月17日、ほのさん5歳と5か月のお誕生日。

ついに、ほのさんの下の歯が、グラグラしはじめましたのです!

きれいに並んだ小さな歯がグラグラしているだけで、
なんともかわいく、
綿棒で、暇さえあれば、
グラグラさせております。


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さて、グラグラしているのは、
どの歯でしょーかっ!

(正解は、向かって右から3本目&4本目でした……)


いやはや、こどもの成長というのは、
ほんとうにすんばらしいもので、
ほのさんも、春の訪れを感じてか、
なんだかメキメキと大きくなっております。

うれしいことです。

が、水分の量など、どのタイミングでどれくらい増やすかとか、
なかなか難しいことも多いです。

(ほのさんは、ヤクルトを増やしてほしいらしいですが……)



さて、はなしはさかのぼりますが、
先日3月10日(日)

「NICU等長期入院児の在宅移行円滑化に向けた医療的ケア研修会
医療的ケアを介護としてではなく子育てとして」

でお話しするために、
仙台に行ってきました。

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横長の会場で、左右に一つずつスクリーンがあり、
左右のブロックにわかれた席の間、
つまりど真ん中に、マットが敷かれ、
こどもたちがバギーなどから降りて過ごすスペースになっていました。

ケアの必要なこどもたちには、
看護師さんと介護士さんが一人ずつ付けられ、
ご両親は席に座ってゆっくりお話を聞けるように、との
田中総一郎先生のご配慮には、
さすが!っと思いましたが、
はじめましてのこどもたちのお世話をする、
看護師さん、介護士さんたちも「スゴイ!」の一言。

前でお話ししながら見ていて、
看護師さん&介護士さんに抱かれながら
座っているこどもたちのお顔はとてもくつろいでいたし、
こどもたちを見つめる看護師さん&介護士さんのあたたかいまなざしは、
「ご両親じゃないよね?」と思うほどでした。

もし、ほのさんを連れてきていたら、
かあさんは、このご両親たちのように、
ほのさんを預けられたかしらん、
そして、ほのさんはいらしてくれたこどもたちのように、
ちゃあんと言うことを聞いていい子にしてくれていたかしらん、と思うと、
ご両親たち、こどもたちも、
本当にすごいなあ……とため息がでるほどでした。

そうやって、参加してくださったかたたちが、
みんなでこの「研修会をつくっている」という雰囲気を目の当たりにして、
わざわざかあさんが出て行って何をお話しする必要があるだろうか……と
かなり不安にもなりつつ……開会。


まずは、NPO法人あおぞらネット 訪問看護ステーションそら理事の
梶原厚子さんのお話からはじまりました。

梶原さんは、この分野ではかなりの有名人で、
どんな研修会に言ってもお話しや司会などをなさるような方で、
かあさんも何度も(一方的に)お会いして、
お話を聞いたことがありました。

でも、これまで聞いたことのあった梶原さんのお話は、
どうしたら小児在宅の移行が進むかというような会での、
訪問看護の役割やその実績などがメインだった気がして、
今回のように、訪問先での具体的な取り組みや事例などをうかがったのは
はじめてでした。

梶原さんのお話し、というよりも、
梶原さんが訪問看護をされている中での
一本、貫かれている信念、
そして、こどもたちを看ていく中で大切なことは、

「普通に育てること」
でありました。

かあさんも、ほのさんを5年間育んできた中で、
「ふつうに」ということは思ってきたことですが、
最初はやはり、さまざまな医療的ケアに意識が持ってかれていたし、
どの程度、母親の裁量でしていいことなのか、
それとも医師の了解が必要なことなのか、
というところも皆目、見当がつかなかったし、
「今でこそ」というところがありますが、
それはやっぱり、かあさんが「母親」であり、「我が子」のことだから、
大胆にできる、という面も大いにあると思います。

医療的ケアがたくさん必要な重度な子どもになればなるほど、
訪問看護が医療的な面で支える比重は重くなりますから、
どうしてもケアそのものとか、体調の管理なんかがメインのお仕事と考えがちですが、
梶原さんのお考え、実践されていることは、
どんなこどもでも、いかに「普通に育てる」か、ということで。



まず、子どもは「自分のことをグズグズと言える、
手のかかる子どもになるべき、だそうで。

なるほど子どもって、そういうものだし、
それこそ「子どもの特権」であるわけですが、
さまざまな医療的ケアを必要とする子どもたちが退院してくるときには
いかに「手をかけないか」ということを目指して「退院指導」みたいなことをされるのです。

例えば、吸引。

おうちでは2時間おきにしましょうね、と習う。

在宅生活を始めて、当然おかあさんの疲れもたまってきて
夜中なんか、ハッと目が覚めると吸引の時間をとおに過ぎていた……

そんなとき、おかあさんは決まって
「ああ、2時間おきに吸引できなかった、してやれなかった」
という逆メッセージをこの状況からうけとってしまうもの。

これはかあさん自身にも覚えがあることです。

吸引をいつするか、という問題も、
時間を決めるというのではなく、
たとえば、夢中になって「あそび」をしているときには、
ごぼごぼしていても割と平気だったりするものだし、
本人も眠っているときは、活動しているときよりも当然痰も少ないはず。


例えば、食事。

経管栄養をしている場合、これも何時間おき、と決めがちだけど、
本当は、本人が「お腹が空いた」ときに注入してあげたいもの。

経口摂取が難しくても、
必ず、ミルクを綿棒などに浸して口に含ませてやってから注入をしてみる。

「むせる」からダメなのではなくて、
「むせる」からオッケーなんだ、という認識。

食べ物を口のまわりにくっつけておいて、
本人が「食べてみたい」と思うような環境を作ってみる、とか。
(通称、鼻くそ作戦というそうなー。)



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(経管栄養は「食育」だなんていうすばらしい考え方は全くなくても、
意外と食べ物を口にのせちゃうもんで。

これはお雛祭りのひなあられだよー。

あー、ほのさんがたべたからしめってるー、
と嬉しそうに、このあととうさんが食べていましたん)




本人の意思や気持ちに沿ったケアをすることで、
大脳が鍛えられていくそうです。

すぐに答えの出そうな医療行為を断片的に覚えてしまうことは、
本人の自立を妨げてしまう、という梶原さん。

ああ、こういう考え方、
5年間の子育てで、やっと考えるようになったことで、
ほのさんをおうちに連れて帰ったばかりのかあさんに、
ぜひ聞かせてあげたかったなあ、と思うばかり。



それからそれから、「普通に育てること」で大切なのは、
「感覚」を鍛えること。

ハイリスクのベビーちゃんたちは、
帝王切開で生まれることも多くて。

本来なら、母親の心音を聞きながら産道を通って、つるっと生まれ、
母親のお腹の上に乗せられて、肌と肌をすり合わせる感覚を覚え、
おっぱいまで辿りつく、という幸せな体験をする赤ちゃん。

でも、帝王切開で生まれてくると、
赤ちゃんは、突然オペ室の明るいライトの下に出され、
はじめてお腹の外で触れるものが、
体を包まれるごわごわの布。
赤ちゃんのは、肌に感じる不快体験を記憶してしまう。

そしてその後も、病院では病状の深刻さを乗り越えること、
「いのちを守る」ことを優先される生活が続くので、
そこを脱したベビーちゃんたちが、
後々まで生きにくさを感じないようにサポートしていくことが、
医療の使命だとおっしゃっていました。

かあさんも、このお話を聞きながら、
当然、ほのさんの誕生の時の物語を思い出していました。

ほのさんはお腹を出るほんの間際まで元気に動き回っていたから、
普通分娩で生まれてはきたけれど、
緊急事態であったため、
強制的にお腹を押されてポーンと出され、
かあさんの肌を感じることなく、布に包まれて運ばれていった、のだ、多分。
(見ていないので、わからないのですが)

それは確かに、ほのさんにとって、とても辛く、淋しく、
不快体験に違いなかったわけで。

でもその時の「医療の使命」は、
ほのさんのいのちを救うこと。

結果的に、ほのさんの体は弛緩して、
低緊張になってしまったわけで。

だから、そんなほのさんの「感覚」を育てていきましょう、というお話しなのです。

そこで大切なのが、「マッサージ」。
そう、誰にでもできる「マッサージ」だそうで。

過敏な子は、マッサージすることで慣れさせ、
低緊張の子は、マッサージしてこすってあげることで、
「触られた」ということを認識しやすくなっていく、
つまり「脱感作」が大切。


そして、「揺らす」ことも大切。

「揺らす」ということには2つの意味があるそうで、
ひとつは、「前庭覚」(重力や運動を感じる」)を鍛えるということ、
ひとつは、「固有覚」(筋肉や関節を感じる)を鍛えるということ。

寝てばかりいたら、重力を感じることはできないですし、
そうすると、自分の「からだ」を感じることもできないわけです。



そしてもう一つ大切なこと、
「どんなふうに育っていくのか」ということが考えられる、ということ。

目の前のことだけではなくて、
この子がどうやって大きくなっていくのか、
どこで暮らすのか?学校は?就労は?経済的なことは?
というふうに、「社会」で生きていく、ということを考え、
そのためにはどんなことをしたらいいのかと、考えられるようになること。

最近では、小児在宅という分野にスポットがあたるようになって、
今使える制度は、サービスは、必要なことは……と、
「小児」の時期のことだけを切り取って提示できる人が出てきたけれど、
本当はそうではなくて、
その子どもが、一生の間に、どんな風に生活していくのか、
何が必要で、どんな支援があるのかということを、
連続して考えていくようにならなければならないのだと、
梶原さんは熱くおっしゃっていました。

本当にそうだなあ。

「子ども」は、やがて「おとな」になるのです。

そして、子育てしている親は、やがて老いる。

その「あたりまえ」が、いまの「小児在宅」には、
ほのさんの生活には、
すっぽり抜けています。

「なう」にばかり目が行き、
それは「なう」があまりに整っていないこともあるでしょうし、
「なう」しか考えられない余裕のなさも、きっとある。

でも、「見通し」を持つことで、
見えてくる「なう」って、きっとたくさんあるはずなんだろう。

「見通し」を持つこと、
「将来」を考えること、
「未来」をみること、
そんな「子どものあたりまえ」を、忘れてはいけないのです、
だって、「こども」なんだから。




梶原さんのおはなしは、とっても盛りだくさんで、
深い知識とたくさんの経験に基づいたもので、
とても1時間では足りない!と感じました。

かあさんのように、ただの「親」が、
知識などなく、あまり深く考えなくても、
子どもとのスキンシップ、あそび、
車に揺られていくお出かけ……
そんな家族の小さな幸せに溢れた時間は、
子どもの成長、発達にとって、
とても理にかなったものなのだなあと励まされ、
早く帰ってほのさんと遊びたい!そんな風に思うお話しでした。


梶原さんに、「とてもすばらしいお話でした」と申し上げたところ、
まだ、梶原さんが愛媛にいらした頃に出会った何人かのお母さんに、
自分は育ててもらったと、いまでも感謝しているのよ、
とおっしゃっていたのが、とても印象的でした。

たくさんのお子さん、おかあさんと関わっていらした中で、
きっと「出会い」を大切にされていらっしゃることが伝わってきました。

この研修会のタイトルでもある、「子育てとして」ということを1番に考え、
子どもの成長・発達という視点を持つ「訪問看護」は、
子どもと家族をハッピーにするだろうし、
そしてその視点は、
「子ども」が成長して「おとな」になってからも継続して関わって行くことができるだろうし、
その視点は、小児に特化したことではなく、
ひとりの人間が社会で生きていくことを支えるものになるのでしょう。
そしてそれこそが、求められていることだと思いました。




このあと、かあさんが、

「ケアってなあに?」と題して、
おはなしさせていただきました。

つづく。


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by honohono1017 | 2013-03-18 18:18 | News/Report
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