ほのさんのバラ色在宅生活


低酸素脳症、人工呼吸器をつけた娘とのナナコロビヤオキ的泣き笑いのバラ色在宅ライフ
by honohono1017
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誰もが暮らせる地域づくりフォーラム2012  その1

9月1日兵庫県伊丹市立産業情報センターにて


誰もが暮らせる地域づくりフォーラム2012

今、取り戻す「存在の価値」
誰にも在る「命のこと」について考えましょう

主催:NPO法人地域生活を考えよーかい

が開催されました。



主催者である李国本さんのご挨拶が始まってから、
ちょっとばかし遅刻して到着したかあさん。

4時半に家を出て、最寄の駅からの始発に乗って行ったので、
もうどんなに頑張っても、これがギリギリ……と思っていたのですが、
シンポジストでもあった尾瀬さん(あのケッタイなおじさまですよ)にあることを指摘され、
遅刻の原因は、かあさんの「鉄分」だったことが判明。

本当に申し訳なかったですが、
行きも帰りも、全く余裕がなく、せっかく素敵なまち伊丹にはるばるやって来たのに、
どこも見れず仕舞のとんぼ返りだったので、
鉄を満喫させてもらったことは、大目に見ていただこうと思います……。

(早い話、阪急電車に乗って行きたかったとですよ。
JRで行ってれば、遅刻してなかったとですよ……)




さて、(フォーラムのリポートが鉄リポになるとこでした)
午前中の講演。

宮城県拓桃医療療育センター 地域・家族支援部小児医療部長
田中総一郎先生のおはなし、

「語り継ぐあの日からのこと、語り伝えるいのちの授業」


田中先生のお話は、これまで2回ほど、
小児在宅の研究会などで聴いたことがあるかあさん。

とても優しい語り口から、先生のあたたかいお人柄がにじみ出て、
何度でもお話を聴きたいと思うほど。

これまでは、かあさんが一方的にお会いしていただけだったので、
今回は、直接お話しできるかしらんと、すごく楽しみにしていました。

毎回うかがってきた、先生のおはなしする「いのちの授業」は、
その名の通り、こどもたちに向けて先生がいのちについて授業されているもので、

「いのちのはじまりはいつ?」
「いのちの終わりはいつ?」
「いのちはどこにあると思う?」

といったような、おとなでも答えるのが難しいような質問をこどもたちにするそうで、
しかし、こどもたちというのは本当にwonderhulなこたえをスラッとしてしまうようで。

いのちのはじまりは、「人に良いことをしたとき」とか、

いのちの終わりは、「人と関わりをもたなくなったとき」とか、

いのちは、「人と人のあいだにある」とか。


おとなってのは、いろんな知識とか経験とかを身につけてしまって、
こどものこういうwonderhulな感覚を忘れてしまうのか、
大切な部分が見えなくなってしまうのか、
それとも、感じていながらも、口に出すのが恥ずかしいのか、
こどもたちの答えには、目からウロコです。



そして、「うまれてきてくれてありがとう」ということば。

「あなたが生まれてきたときのご家族の方の気持ちを聞いてきてください」という宿題に対して、
もっとも多かった答えだそうで。

「うまれてきてくれてありがとう」ということばの重みは、
こどもたちにはどんなふうに伝わっているのかなあ。

田中先生の「いのちの授業は」、

「うまれてきてくれてありがとう、は、

「自分は生きていていい存在なんだよ」という生の確証と、
「あなたは生きていてほしい存在なんだよ」というメッセージを伝えているそうで。

そんなことを教えてくれる先生がいるなんて、素晴らしいなあと素直に思います。


そして、「いのちの授業」は、
「みんなの体はなんのためにあると思う?」という質問で締めくくられるそうです。

「口は、ご飯を食べるためにある」
「手は、困っている人がいたら貸してあげる」

なんていう答えが子どもたちから返ってきて、

先生は、
「自分の体を自分のために使うことは一番大切。
そして、自分の体を人のために使うことはとてもいいことです。
でも、あなたたちの体は、かわいがられるためにもあるんだよ。
あたまはひとになでてもらうためにある。」

と教えるそうです。


先生の教えは、
子どもたちがこれから成長していって、いろんなことを覚えていくうちに、
経験として感じられていくことだと思うのですが、
いつもいつも親子の関係や、ほかのだれかとの人間関係は、
こんな風に愛に満ち溢れたものである場面ばかりではないこともあります。

でも、そんなときにきっと、このお話をこどもたちは思い出すでしょうし、
小さいうちに、自分が生まれてきたことに対する感謝、
自分はいてもいい存在なんだ、という「自己肯定感」を持っておくということはすごく大切で、
それがあることで、いろいろな辛いことを乗り越えていけるだろうし、
愛がないと感じる場面でも、
その愛がどこかに隠れてしまっているだけだということにも気付けるかもしれません。


田中先生のこんなに素晴らしい授業のようなものは受けたことはないですが、
小学校1年生のときに、
自分が生まれてきたときのこと、体重、両親の気持ち、
名前の由来などを聞いてきて発表するという授業がありました。

それは本当に今でもはっきりと覚えていて、
特に、名前に込められた意味を初めて知った時には、
なんというか、すごく嬉しくて、
自分がとても大切に思われているんだということを、
幼心に感じたのを覚えています。



そして、先生のお話は、先の震災当時のお話に。

おむつもなく、ガソリンもなく、
きっと想像もつかないほど大変な中で生活しなければならなかったはずなのに、
先生のお話の中には、たくさんの支援に対する感謝と、
人と人との繋がりや信頼関係が発揮された様子が語られました。

また、停電時にも使用できる足踏み吸引器の機種と使い方や、
シリンジとカテーテルを繋いで吸引する方法、
電源確保の方法などはとても参考になりました。


また、「福祉避難所」の話題は少し気にかかりました。

障害のある人たちが一般の避難所には行きにくく、
自家用車の中などで過ごした方たちが多かったということで、
たとえば、障害のある子どもたちが普段、通いなれている学校などを、
避難所にあてることの必要などがあるということでした。

また、「福祉避難所」と指定されていても、
その多くが高齢者の施設などであるため、
子どもたちが利用していいのかどうかわからないということもあったということで、
石川県金沢市などは、
障害者と障害児の避難所をきちんとわけて設置し、
どの子がどこの避難所を利用するかということを事前に把握しておくことで、
あの子が利用するならば、呼吸器を使っているから自家発電が必要だとか、
おのずと準備しなければならないものも把握でき、
同時にそれによって安否確認もできるということでした。

今回の震災で、多くの地域では、
健常者に比べて障害児者のいのちが多く失われていた中で、
日ごろから、地域で障害児者も同じ防災訓練に参加していたところでは、
他の地域に比べて、障害児者の死亡率が低かったということもあったようでした。

このお話で気にかかった点は、
地域の防災訓練に参加した方がよいのはわかっていても、
障害を持った子どもが家にいるということを、
周囲に知られたくないと思う親御さんが非常に多いということでした。
また、障害児に対する地域の目というのも、地域性であるのか、
理解のあるものではないということでした。



ほのさんの住む地域では、
大きなマンションの隣りにどんな人が住んでいるかわからないというのが結構当たり前で、
干渉しあわない分、助け合いも難しい面があります。

地域によって、その辺の事情はかなり違うと思うのですが、
気になったのは、
「障害のある子どものことをあまり知られたくない」という気持ちについてでした。


そこにもやもやとしていると、
田中先生のお話は、また、先ほどの「いのちの授業」に戻りました。

「生まれてきてありがとう」という言葉が素直に出てこない場面がある、ということについてです。

障害のあるこどもが生まれてきて、
おかあさんたちが「生まれてきてくれてありがとう」をいえなくなってしまっているとしたら……
と田中先生がおっしゃった時に、
かあさんも、自らの約5年前の姿を思い出していました。

かあさんの場合は、その言葉が「言えなくなった」というよりは、
もうどうなってしまったのかわからず、
長い陣痛に耐えたのにもかかわらず、
ほのさんがこの世に誕生したのは、
先生がかあさんのお腹をボンと押したからで、
かあさんには、ほのさんを「産んだ」という実感はなかったし、
抱きしめてあげることも、顔を見ることもできなくて、
すぐに連れ去らてしまったから、
かあさん自身、「生まれてきてくれて」というのが実感としてなかったのです。

そして、周りの人たちも誰一人、
「おめでとうございます」と言ってくれなかったのです。
(正確には、NICUの受け持ち看護師Tさんただ一人は、
ものすごい笑顔で言ってくれましたが……)

今、思い返してみても、
あの状況で、みんなが「おめでとう」と言えなかった気持ちもとてもよくわかるし、
言ってもらっても、「おめでとう」どころじゃない、と思ったかもしれません。

それでもなお、やっぱり、
言ってほしかったなあという気持ちは消せず、
そして、かあさん自身も、
ほのさんに初対面したときに、
「生まれてきてくれてありがとう」と言ってあげられなかったことを、
今でもすごく、心残りに思っているのです。

あのときは、たぶん、
「おかあさんだよ、ほのちゃん、
だいじょうぶだからね、がんばろうね」
そんなことばをかけて、保育器の中に手だけをいれて、
必死にほのさんのちっちゃな手を握っていたように記憶していますが、

ほのさんに、あの時に、
「生まれてくれてありがとう」と言えていたら、何かが変わっていたかしらん。


少し、話がそれました。

田中先生のお話では、
障害のある子どもを産んだお母さんたちが、
「生まれてきてくれてありがとう」のことばを飲み込んでいるのだとしたら、
診断を与えることが医療の仕事、となっていることを考え直さなくてはならないし、
障害があろうとなかろうと、
どんな人でも、その人は診断や評価の対象ではなく、
人は愛される存在であり、
そのいのちを祝福できる社会と医療者でなくてはならない、とおっしゃいました。


かあさん自身もそうでしたが、
多くの人たちは、自分の子どもが「障害」を持って生まれてくるなど、
夢にも思わないとおもいます。

自分とは、関係ない話。

だからこそ、
「急に」自分が障害を持った子どもの親となることに戸惑い、
その子をどう受け止めていいかわからないということもあると思います。

でも、「障害」と「自分」とは、全く関係のない話ではなくて、
誰にでも障害を持つ可能性はあるし、
障害を持つ子どもを授かる場合もあるのです。

そして、障害があるから、
それは「生まれてきてくれてありがとう」
から外れるものではなく、
かあさんの今の実感からしても、
本当に、ほんとに「ありがとう」なのです。

田中先生の「いのちの授業」は、
こどもたちだけではなくて、
これから出産するおかあさんとか、
地域の人たちとか、
社会をひっぱっていくおとなたちにもぜひ聴いてもらいたいと思いました。


「障害」ということが、
障害を持つ子ども、その親、かかわる人たち、
その狭い範囲でのことではなくて、
世の中に生きるいのちのひとつとして、
きちんと理解されていたのなら、

本当は、
「生まれてきてくれてありがとう」と心の中で大声で叫び、
親にとって、「大切なたいせつなかわいい子」であることは、
ほかのどの子とも同じであるのに、
そのことを堂々と言えず、
地域でもひっそりと暮らさなくてはいけないなんていうことは、
そんな悲しいことは、
起きなくても済むのになあと思います。


かあさんは、ほのさんが生まれてすぐには、
とても混乱し、鬱になったりもしましたが、
きちんと状況を整理して、
起きたことを自分のことばで語りなおすことでだんだんと受け止めました。

一旦、整理がつくと、

自分は「母親」になった。
あの子は、一生懸命生きている。

というものすごくシンプルなことに気が付き、
そのあとはもう、
ほのさんの存在を否定したりすることはなくなって、
むしろ誇りに思うようになっていました。
「いのち」というものがあまりにもすばらしくって、
そのことに気が付いてしまうと、
今となってはもう、こうもあっさりと「ほのさん」があたりまえになってしまうかあさんは、
ちょっとどっか、アホなんかね、と思うほどに。


9か月間の入院生活を終えて、
初めておうちに帰り、
初めての家族でのお出かけは本当にうれしく、
ほのさんと一緒に外を歩けることが本当にうれしく、

とうさんが、
「ちょっと人の目が気になった」
とだいぶ経ってから言っていたことが、
「えー?そうなの?」とびっくりしたくらいでした。



お母さんたちの気持ちも、きっと色々です。

田中先生のお話にもありました。

お母さんたちが、「子どもの障害をどう受け入れるか」ということについて、

「否認」「怒り」「抑うつ」「受容」などという段階説が一般的によくいわれるけれども、
本当にそうか、という疑問があり、

診察に来るお母さんたちと話しても、
「淡々」とするしかないのではないか、と。

それで、田中先生は、
「らせんのリボン」という考え方を紹介してくださいました、

診療心理士の田中洋二郎氏がおっしゃっていることで、
お母さんたちの心理は、
受け入れられたり、否定したり、ということを日々繰り返して、
それはまるで、らせんを描くリボンの表裏のようた、ということだそうです。

なるほど、と思いました。

人の心なんて、そう簡単に割り切れるものではないし、
段階を踏んで、どこかのステージに落ち着く構造ではないのかもしれません。
中には、かあさんみたいに単純な人もいるかもだけど。

でも、人の心がそうだとして、
お母さんたちが、愛しい我が子を否定したり、
「あまり知られたくない」と思ったりしなくちゃならないのは、
そんなのは、あまりに悲しいなあと思って。

田中先生の「いのちの授業」で語られていることは、
本当は、大人たち一人一人が、子どもたちに伝えていかなくちゃいけないことで、
でも、なんだかそんな風にもいかない世の中になっちゃて、
それをちゃんと教えられない大人たちが、
「障害」のあるこどもも、
あたりまえに「うまれてきてくれてありがとう」なんだよなんて、
教えられるはずもないなあって。



新しいいのちの誕生は、この世の中の、希望です。

それは、どんないのちであっても。

そのあたりまえのことが「あたりまえ」になっていたら、
お母さんたちは、こどものいのちのことで、
ちょっとは「らせん」を繰り返さずに済むのになあと思います。



あらためて、そんなことを強く思った、
田中先生の、おはなしでした。



つづく。

ちなみに、当日の配布資料はこちらから見れます。

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by honohono1017 | 2012-09-04 12:38 | News/Report
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