ほのさんのバラ色在宅生活


低酸素脳症、人工呼吸器をつけた娘とのナナコロビヤオキ的泣き笑いのバラ色在宅ライフ
by honohono1017
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まざまざと、見せつけろ。

ほのさんのように「重症」を極めた障害を持つこどもが、
「発達」している、ということを
実感をもって理解できる人は世の中には少ないと思う。

かあさんも、
「ほのかあさん」となるまで、
そのようなことを理解できるはずがなかった。




ほのさんは、生まれてから9ヶ月間のあいだ、
「我が家に」に変えることもできず、
モニターなどの機械音が絶えず聞こえる異質の空間、
「病室」という場所で過ごした。

生後6ヶ月で、NICUから一般の小児科に転科してからの3ヶ月間は、
朝から晩まで、ほぼ毎日、
かあさんもほのさんに付き添い、
「病室」で過ごした。

その頃のほのさんは、青っ白い顔をして、
あまり表情も感じられず、
声もほとんど出ていなかった。

かあさんはかあさんで、
ほのさんをおうちに連れて帰ってから、
自分が責任をもってほのさんを育てられるように、
ほのさんのケアや、急変時の対応、機械類の扱いなどを覚えることに精一杯だった。


やっとの思いで、ほのさんをはじめてスイートホームに連れて帰った、
4年前の夏。

看護師さんやヘルパーさんや、
たくさんの人たちが1日にに何度も出入し、
なにもかも助けてもらわなければ自分でできないほのさんと、
そんなほのさんを自分ひとりでは育てていけないかあさん自身を、
時には悲しく思うこともあった。

ところが、ほのさんは、
「とうさんかあさん以外」の人たちと、
「ケア」を通して、自分自身で関係を築いていった。

かあさんが間にはいって、
ほのさんは、こういう子です、
こうされるとイヤがります、
などと通訳に入らなくとも、
ほのさんはだんだんと、表情や顔色、声など、
自分なりの方法で、
自分の力で伝え、理解されていくとともに、
「ケア」してくれるたくさんの人たちを、
それぞれの話しかけ方、触り方などで覚え、
理解していったのだ。

退院した当初、
「とうさんかあさん以外の人から、ケアされることができるように」
という願いを持っていたのだが、
それどころかほのさんは、
生きていくうえで欠かせない「ケア」を通して、
相互的な人間関係すら築いていったのである。

自分の力で動くこともできす、話すこともできないほのさんが、
「人間関係を築く」などということは、
当時のかあさんには、考えられなかったことだった。




お家で安定した生活を送ることができるようになり、
病院から遠ざかっていると、
たまに入院した時に、ほのさんの「ケア」がうまくいかない、
という問題が起こるようになった。

お腹を押しておしっこを出すことも、
排痰の動作や、吸引ひとつとっても、
簡単なことではないし、
はじめてほのさんをみる看護師さんが何もかもうまくできるかといったら、
それはとても難しいことだ。

だが問題は、技術的なことや、「慣れ」ということのほかにも、
もっと別な、大切なことがあるように感じていた。

ほのさんは、病院に行くと明らかに、
おうちにいるときとは違う。

表情はこわばって固く、
得意のおしゃべりも少なく、
声を出していても抑揚がなく、常に叫んでいる。

普段ならほとんど下げることもなく100点満点のサチュレーションも、
突然がくんと下げる。

本人は全身で「心地の悪さ」を表しているのだが、
「声にならない声」であるため、
スタッフには届かない。

入院生活から、おうちに戻っても、
その「心地の悪さ」が引き起こした全身状態の悪化はかなり長引き、
昨年の秋の入院後には、大量に髪の毛まで抜けてしまった。



なんとか、そこまでほのさんが苦しむことなく入院生活を送れるように、
何度も病棟に相談したが、

「おかあさんが一番だから」

という一言で話が終わってしまっていた。




たくさんの、時間ごとに決められたケアを、
忙しい病院にお願いすることも申し訳ないという気持ちもあり、
また、入院する機会も少ないためうまくいかなくても仕方がない、
と思いつつも、
おうちでは、新しくほのさんをみる人が来ても、
それほど苦労せずにほのさんと関係が築け、
そのうちにケアもすんなりとやっていただけるのに、
何が病院とは違うのだろうと考えていた。




ほのさんにとって、

おしっこがすっきり出た

痰がすっきり取れた

口の中がさっぱりとしている

お風呂にはいってきれいになった

というような、
ケアが行き届いて、清潔が保たれている状態は、

尿路感染を防ぐとか、
無気肺や肺炎を防ぐとか、
つまり、「いのち」をまもるために重要であるとともに、
「心地よい」という、とても大切な感覚を生んでいる。

ほのさんにとって、その「心地よい」という感覚は、
ほのさんが生きている中で、とても大切な感覚なんだと思う。

健康な人にとって、
自分の体が「調子が良い」という状態は、
それほど本人の意識に上らないことであると思うし、
「調子が良い」ということに生きがいなど感じないだろう。

かあさんがかつて、機械がいっぱいくっついた状態で、
保育器に入れられた、生まれたばかりのほのさんを見て、

「この子はこんな状態で生きていて辛くないのだろうか」

と思ったにもかかわらず、

ほのさんと接していくうちに、
不思議と、

「生きている」ことそれ自体を、
とても喜んでいるように見受けられたのは、

この、「心地よい状態」のことだったのかもしれない。



そして、「心地よい状態」であるために必要な「ケア」を通して、
ほのさんは人間関係を築いているわけだから、
「ケア」は、ほのさんの生きる喜びを作り出すと共に、
ほのさんの社会性を作る。

だとすれば、病院で「ケア」がうまくいかないのも納得がいく。

緊急度や治療が優先される環境で、
(本来ならばいのちを守る上でも重要なはずなのだが)
ひとつひとつのケアがおざなりにされ、
ケアを行うときにも、
本人に声かけがなかったり、
嫌がっていないか、痛くないかと様子を見ずにおこなってしまえば、
ほのさんはその人と関係を築くこともできず、
ひょっとしたら「やめて」と、いつものように顔を赤くして目を吊り上げていたかもしれないのに、
気付いてもらえず、不快さだけが残り、
そのうちに、「やめて」という意思表示すらできなくなってしまう。



ほのさんにとっての「ケア」の深い意味がわからずとも、
少なくとも、
ほのさんが「何にもわからない子」ではないということ、
本人なりの意思表示がたくさんあるということを一緒に伝えてもらうべく、
先日のレスパイト入院の際に、
いつもお世話になっている訪問看護師さんに同行してもらい、
病棟で短時間のカンファレンスを開き、
かあさんも参加した。

今回から、ほのさんのプライマリーナースになっていただいたKさんを中心に、
お家で行っている「ケア」のやり方を徹底してもらうこと、
訪問看護師さんから、ほのさんの意思表示やサインについてお話していただき、
言葉かけにもよく反応することや、
話しかけたり、手遊びや読み聞かせなどが大好きで、
そんなときには鼻息を荒くして興奮し、楽しそうにするなど話していただいた。

結果的に、
これまでの入院時より、ケアのやり方がおうちでのそれに近づいたこともあったが、
ケア中に、「ほのちゃん、痛くない?」「ほのちゃん、教えてね」などの声かけをしてもらったことで、
本人の緊張も解け、表情も緩み、
看護師さんとほのさんの協力によって、ケアがされていった。

そして、ケア以外の時にも、看護師さんたちに度々話しかけてもらったり、
触ってもらう機会が増えたことで、
ほのさん本人の様子が普段により近くなったばかりか、
不思議なことに、看護師さんたちが、
ほのさんのちょっとした声の変化や表情の違いなどに気付いてくれるようになっていった。

4泊5日のレスパイトを終えて帰る日には、
プライマリーナースのKさんに対して、
甘えるような、安心しきった表情を見せており、
これにはとうさんもかあさんもすごく驚いた。






「おかあさんが一番」

それはどんな子どももそうだろうと思う。

だが、ケアに関しては、
(ほのさんの胸のうちは、誰が一番かというようなホントの気持ちがあるのかもしれないけれど、)
誰が一番かということよりも、
このひとは、こういうふうにしてくれる、とか、
このひとは、ちょっとらんぼうだけど、とってもたのしい、とか、
そんな風に理解しているのだ。

それは、相手が誰かによって、
同じケアをしていても、ほのさんの反応が本当に違っているので、
よくわかる。

先日も、訪問看護師Nさんに対して、
聞いたこともないような切ない声で「いやだ……」と訴えている様子を見て、
かあさんは、はっきり思った。

ものすごく優しいNさんの優しさに、ほのさんはつけ込んでいる……



ほのさんは、右向きをするのが、少し苦手だ。

体位ドレナージをしながら痰を出すのだが、
かあさんが右向きをさせるときにも、
一声、大きな声で「うーん」と言って嫌がることもあるが、
ほとんどの場合は、
ほろりと涙を流して、ぐっとこらえている。

「イヤだ」としつこく言っても、
かあさんはあまりとりあってくれないし、
どうせやらなきゃならないんだ、
と、ほのさんはわかっているのだ。

だが、相手がNさんだと、
そこは優しいNさん。

切ない声で「イヤだ」とかわいく言えば、
ほのちゃん、どこがいやなの?
つらいけど、がんばれる、
えらいね、えらいね、
と言ってくれるのを、ほのさんは知っているのだ。

痰を取り終わって、体位を整えるときも、
クッションの入れ方など、完全にかあさんのやり方と同じとは言えないまでも、
そんなに嫌がるほどの違いではないのに、
ほのさんは、しきりに
「ちがう」「ちがうのよー」と言う。

そして、Nさんが優しく、

ほのちゃん、どこがちがう?ここ?
ごめんね、かんごしさん、じょうずじゃなくて。

と言い、結構長いこと、そのやりとりをするのだ、
毎回。



そして先日、あまりにほのさんが長いことNさんに訴えているものだから、

Nさんの優しさに、つけ込んでるんですよ~、

と笑いながら話すと、
Nさんも笑いながらびっくりしていた。

びっくりされていたので、
かあさんや、そのほかの人にやってもらうときの反応の違いなどを話した。



たとえば、訪問リハビリのS先生とほのさんの関係。

固くなっている右足首を伸ばすとき。
S先生は、いたかったらいってね、と言う。

だから、ほのさんは、
怒ったような大きな声で「ううーん」と言って痛がる。

でも、それでもS先生は止めないことをしっているので、
ほのさんは、決して切ない声などださない。

大きな声を出しつつも、
必死にこらえながら、がんばっている様子だ。

きっと、これは遊んでいるのではなくて「リハビリ」だということも、
ほのさんは知っているに違いない。

ほのさんにとって、S先生は「先生」なのだ、きっと。

かあさんと2人きりだと、それほど長いことは続かない、
右手を動かす動作なども、
S先生が、

ほのちゃん、やってごらん

と言うと、タイミングよくやるのだ。

S先生も、とてもうまく、ほのさんの意欲を引き出してくれる。

ほのさんも、「じぶんでやるたのしさ」を教えてもらって、
本当に一生懸命没頭するのだ。




ほのさんが自分で人間関係を築くこともそうだが、
ほのさんが自分で動かしたり、
意欲をもって取り組む、といった発達を見せてくれるとは、
ほとんど夢にも思っていなかった……。





そんな風に、これからが楽しみな、ほのさん。

先日、レスパイト中に、
この4月にできたばかりの、特別支援学校を見学してきた。

ほのさんの入院している病院から目と鼻の先のところにできて、
面会に向かう途中、
急に思い立って、とうさんとのぞいてみることにしたのだ。




これまで、とうさんとかあさんは、
ほのさんに学齢期が来た時にどうするか、
というような話を何度かしたことがあった。

ほのさんのコンディション的な問題や、
移動のリスク、
ほのさんの可能性を一番引き出せる方法を考えて、
先生におうちに来ていただく、「訪問籍」がいいのではないか、
というのがとうさんかあさん共通の意見だった。

だがそんななかでも、
このところのほのさんの成長の様子をみていて、
なんでも自分の思い通りにしてもらえる今の環境、
おうち以外にいくととても緊張することなどと考えると、
おうちやかあさんから離れた場所で、
おともだちに交じって、
「順番」や「我慢すること」、「緊張しながらも自己主張すること」を、
覚えていて欲しいという思いが強くなっていた。




たまたま立ち寄った、真新しい特別支援学校。

すでに生徒たちの下校時間は過ぎていて、
ちょこっと外観をみたら帰ろうと思っていたのだが、
駐車場に車を入れたところ、
職員の方が声をかけてくださって、
ほのさんのことをちらっと話したら、
中を案内してくださることになった。

この特別支援学校は、市内2校目で、
市の、「誰もが共に暮らすための障害者の権利擁護等に関する条例」の理念を実現するための
拠点に位置づけられ、
地域や近隣の幼稚園、小中学校との連携交流を積極的に進めていくという。

まずは、校内にある、
「特別支援教育相談センター」の職員さんとお話した。

ほのさんはいま、年中さんの年齢にあたるのだが、
来年、つまり、年長さんの4月から、
「就学相談」なるものが始まるという。

そのほか、事務的なことなどをうかがってから、
校内を教頭先生に案内していただいた。

日当たりが良く明るい新しい校舎、
あちこちに、こどもたちのカラフルなバギーが停まっており、
下校時間は過ぎていたが、
こどもたちの楽しそうな顔が見えるようだった。

床暖房を完備、
温水プールや、意思伝達装置、調理実習のお部屋など、
整った設備。

小学校から高等学校までの生徒たちが、
スクールバスを利用して通っており、
もともと、「通う」ことを想定して建てたので、
訪問籍の生徒はいないという。


最後に、入学式などを行う広い体育館を見せていただき、
広い構内1周を終えた。

どこもかしこもため息が出るほどすばらしく、
体育館にたどり着いたときには、
そこに、緊張した面持ちでバギーに乗っているほのさんの顔すら見えるようだった。



見学を終えて、
これまで、色んなことを考えてきたとはいえ、
早々と「訪問籍」がいい、なんて結論を出してしまっていたこと、
ほのさんの気持ちをちゃんと聞いたり、
学校がどんなとこなのかきちんと説明したり、
見せてあげたりもしないで、
どうしてそんなことができるだろううと、愕然とした。

結果的に、通うことになっても、訪問籍でも、
それは、どちらでもいいのだ。


「あなたのためをおもって」なんて、
勝手に決めて、
可能性を潰してしまうところだった。


いろんな選択肢があることは、喜びでもある。

果敢にチャレンジすることもできる。

障害があるから「就学免除」なんて、
差別というより、ナンセンスだ。



かあさんは、
ほのさんに「障害」とよばれるものがあることを、
気にしていないし、恥じてもいないし、
なんていうのか、
気にとめていない。

でも、「ふつう」にはいかないこともよくわかっているから、
「ふつう」に入れないことも仕方ないと思う。

いろんな不自由さがあっても、
通えるかもしれない「特別支援」学校なんてところがあること、
先生がおうちまで来てくれるかもしれないこと、
すごいなあ、なんて呑気に思ってしまう。

それはきっと、
ほのさんには、「特別支援」などという言葉がつく学校や、
あるいは先生にきていただくことが、
良い方法であり、
ほのさんの居場所だと思うからだ。

そうではなくて、
人工呼吸器がついていても、
医療的ケアが必要でも、
普通の学校に通いたい、という願いをもっている子どもにとって、
そういう「条件」だけで、
そのこがどういう子で、どんな願いをもっているか知ることもせず、
「特別支援学級」や「特別支援学校」にふりわけてしまうような
機械的な「就学相談が行われ、
入学先が一方的に決められてしまうのであれば、
それは全く意味が異なると思う。

誰もが「ふつう」に生きるというのは、
例えば「普通学級」に進学することではなくて、
本人にとって心地よい場所、
可能性を広げられるところで過ごせるということ、
そのことを妨げられないこと、
そのために必要な手助けが「ふつう」にされることなのかな。

そういう世の中なら、
自身をもって胸張って、
「特別支援」学級にでも「特別支援」学校にでも、
進学できるし、
そこに通っているこどもたちが特異な目で見られることもない。

だって我が家は、
あの特別支援学校に通えるかもしれない、
ほのさんが通えるかもしれない、
と考えるだけで、
胸が踊るのだから。



「重症児」や「超重症児」などとよばれるこどもたちに接したことがなければ、
なかなか理解しにくい。

だが、人はみな、
障害があろうとなかろうと、
病気があろうとなかろうと、
発達し、成長していく、
社会的な存在なのだ。

発達や成長に、
「ふつう」という尺度はない。

それぞれ、だ。

そのことをいま、
ほのさんの成長に、
まざまざと見せ付けられている。





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by honohono1017 | 2012-06-14 17:34 | normalization
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