ほのさんのバラ色在宅生活


低酸素脳症、人工呼吸器をつけた娘とのナナコロビヤオキ的泣き笑いのバラ色在宅ライフ
by honohono1017
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ほのさん長時間お留守番と、ラーの会のことなど その1

ほのさんの大切なおともだち、Yくん。

緊急入院して、いまもとても辛い状態だという連絡が。

本当に、祈ることしかできないけれど、
辛いけど、どうか、どうか……




先週、土曜日の西宮遠征。

お留守番以前のほのさんは、
肺のコンディションもすこぶるよかったのだが、
在宅生活史上初の長時間留守番withとうさんで、
とってもいい子にしていたものの、
肺雑が増え……。

かあさんがいなくて淋しかったのか、
かあさんに対するほのさんの、精一杯の反撃なのか。

久々に手を焼く痰なのだが。

まあ、それもまた愛しい日常なり。

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だって かあさん なかなか かえってこないんだもん
そりゃ すこしは さみしかったんだもん 





ラーの会について、
そこで受けた衝撃や思ったこと、
わざわざ西宮まで行こうと思った理由についても、
まだ記憶が鮮明にあるうちに書き留めておきたいのだけど。

なんせ、ラーの会の、
自由さ、良い意味でのとっちらかりぶりと言ったら!

何の議論においても、「本質」を見極めようとするからこその、
「揺らぎ」というか、
まあ、期待通りの会であったという。



そもそも、「ラー」とは何なのか。

重症心身障害児者といわれる方々らと共に生きる会
という正式名称。

「ラー」とは、
「マヨラー」と言われるように、
末尾に「ラー」をつけることによって、
「重症心身障害児者と言われる方々が大好きだという意味、だそう。

さらに、
「私たち、この地域、この社会に『あなたたちが必要なんです』ということ、
『決してあなたたちを外さない』ということ、
『私たち抜きに私たちのことを決めないで』」
ということ、だそう。


「マヨラー」の「ラー」……なのか。
そうなのか……。

はじめて知ったときには、
そのユーモアというか、感覚というか、に、
驚きと共に、なるほどーと思った。

そして、最も共感したところは、

「あくまで緩やかなネットワークながら核心部分は共にし、
ご本人さん、支援者、家族、関係(関心のある方)者、
どなたとも繋がりながらネットワークとして、
全国各地で生きておられるご本人さん及びご家族の実態や、
支援者と共に生きる実践を見聞しながら、
できるだけ広く発信しつつ共働して、
それらの実践を実体化し、普遍的なしくみへと繋げていければと考えています。

決して絵空事ではなく、多くの方々と繋がりながら推し進めたいと思います」

(重心ラーの会設立宣言書 より)

というところ。

詳しくは 地域生活を考えよーかい 


これまで、ほのさんのいのちを育んできた中で、
ほのさんの抱える問題は、さまざまなところにあった。

分類すれば、
NICUの問題、小児在宅の問題、障害者自立支援法の問題、
脳死臓器移植の問題……etc.

しかし、いろいろな分野にわたる問題を抱えて生活をしている、
「ほのさん」という一人の人間を、
ひとつの全体として見た場合、

というか、人間というものは、
そもそも全体とてしての存在なわけなのだが、

この問題は、こっちの分野、
で、この問題は、また別なところ……

というような成り立ちをしていることに疲弊もしていたし、
結局、その1つのことに関係している人たちだけが集まって、
どうするどうする、と言っていたら、
それは社会全体としての問題としては捉えられないし、
「分野」が違うところの問題だとしても、
本質的には、

病気だろうと障害だろうと、
それらを抱えながら生きている人たちが、
自分たちらしく、自分の望むように暮らしたい、
という願いは共通なはずなんだがなあ……、
という思いがずっとしていた。

そして、同じ分野の中でも、
「支援者」のあつまり、
「当事者家族」のあつまり、
などと、さらにわかれていたりして、
同じ事をかんがえていくのなら、
立場を越えて「共働」できないのだろうか、
ということを、その難しさを知りながらも、いつも思っていた。



また、そういう分野にわけたときに、
ほのさんが「どこにも属さない感」がいつもあった。

ほのさんは、生まれたときのトラブルで、
脳に大きなダメージを受けたわけだが、
そのほかには、何の病気も持っていない。

同じ病気のひとがいるわけでもなく、
かといって、「障害児」として見たときにも、
人工呼吸器が付いていて、
常に医療的ケアが必要、
「重症心身障害児」とよばれる子どもたちの中にも入っていけない。

同じく、人工呼吸器をつけている子どもたちの中でも、
「意思疎通が難しい」というところは、
かなり大きな違いになる。

実際の制度などからも漏れていると同時に、
感覚的にも「漏れている」「引っかからない」感はずっとあった。

きっと、ほのさんのこういう感覚のように、
「難病」であっても、難病指定がされていなかったり、
非常に稀な病気であったり、
「漏れている」感を持ちながら、
制度にもすくわれるれずにいるこどもたちが、たくさんいるんだろうと思っている。



まあ、そんなこともあって、
疾患とか、重症度とか、所属とか、
そんなことにはとらわれず、
そして、
「支援者」「本人」「家族」が共働していけるような「ラーの会」には、
なんというか、「最後の砦」感すら漂っていた。

そして、それが「絵空事」ではなく、
というところを、
実際に、以前から感じる機会が多くあった。のだ。

遠く離れた、関西方面でご活躍の「支援者」の方々、
つまりは「ラーの会」の発起人である方々とは、
少し前から繋がりがあり、
「支援」とは、実際に「痰を引いてもらう」とかそういうことだけではなく、
遠くにいても気にかけてくれたり、
発信していることを受け止めあったり、
あるいは、遠い空の下で、今日もあの人たちが「持ち場」をしっかり守っているんだ、
と思って勇気付けられたりすることなんだと、
ほのさんとかあさんに、ずっと教え続けてくれていた。


そうして今回、西宮に行こう、という気持ちになった。

前置きが長くなった。


第2回ラーの会 西宮大会
誰もがあたりまえに暮らしていける地域・社会・国づくりを西宮から!
~重症心身障害といわれる方々と共に生きていく実践報告とアピール宣言~

の具体な内容を書いておきたい。



第1部 「この国のこの情勢の中で一人ひとりの『存在価値』を取り戻すために」
~障害者制度改革の行方、今、私たちが向かわなければならないこと~


大熊由紀子さんコーディネーターのもと、

北野誠一さん(障害者制度推進会議&総合福祉部会委員)
清水明彦さん(青葉園)
李国本修慈さん(しぇあーど)
のお三方が「喋り手」と称して自由にお話になり、

冨田昌吾さん(寝屋川市民たすけあいの会)が、
コメンテーター、というか、
「通訳」的に、お三方の発言を簡潔にまとめてくださる、

という、非常に珍しいかたちの第1部。

テーマからすれば、
新しい法律の中身とかなんとか、
そんなことかしらんと思いつつ、
まあ、それもふまえつつ、
これが「ラーか!」と思うような展開。。

障害者総合福祉法の中身については不勉強なかあさんにとっては、
なかなかわかりにくいこともあったけど、
その中で、印象深かったことを、いくつか。


そもそも「法律」は、役人が決める。
今回の「障害者総合福祉法」を扱う、厚生労働省も、
「国家権力」そのもの。

新しい法律を作っていく時に、
55名で作られた「総合福祉部会」は、
小手先の制度技術のことではなく、
本質的な部分、「私たちなしに、私たちのことを決めるな」というところから、
骨格提言を行ってきた。

「対国家権力」という図の中で、
部会が果たしてきた役割は、

「援護の客体から権利の主体へ」の転換、

つまり、「ただ介護を受けているわたし」、ではなく
「わたしを生きている主体」への転換と実践のためのしくみを考えることであったと。


具体的に、その成果は、
「基本理念」の中に、

「どこで誰と生活するかについての選択と機会が確保され」

という一文が加筆されることになった。

一方で、

「全ての障害者及び障害児が可能な限りその身近な場所において
必要な日常生活を営むための支援を受けられることにより
社会参加の機会が確保され……」

と書かれ、

「可能な限り」という言葉があることによって、
「可能かどうか」を決めるのが、
本人以外の誰か(国家権力)であっても仕方ない、
というニュアンスを含んでいることが、
残された課題でもあるということだった。



この話は、かあさんにとって、
結構、衝撃的だった。


「基本理念」というところに書かれていることが何を意味するのかなど、
ほとんど真剣に考えたこともなかったが、
結局、障害者や障害児が、
「どこで誰と生活するのか」というような、
健康な人にとってはほとんど問題にならないようなことでも、
法律の中にきちんと明記しておかなければ、
本人の意思が認められない場合もあるということなのだ。

「権利」などというと難しく聞こえるけれども、
その「権利」などというと言葉を主張しなければならないのは、
障害者や障害児が、
「全ての国民」の中に入れない事情が、社会の側にあるということなのだ。

法律の話みたいな難しい話はわからない、
などとは言っていられない。

障害を理由に、望む生活ができない場合は、
法律に明記された「権利」を盾にするしかないのだから、
弱い立場の人たちにとって、
「法律」は、生活そのものであったりするのだと、
あらためて感じた。



ここまで書くと、第1部が、
さぞ法律に終始した話だったように思われるかもしれないが、
実際は、全くそんなことはなく(笑)

どちらかというと、
独特なというか、抽象的なというか、本質的なというか、
「これがラーか……」というような空気感で進み。

(教祖と呼ばれている)清水さんのことばは、
本当に印象的だった。

清水さんが、20年以上もほとんどサービスなどを受けずに
お家で暮らしているご家族に出会った時のこと、
それでも、すべてを受け入れたかのように笑っていらしたご家族の姿をみて、
 
「笑顔で白旗を振っていた」

と、表現なさったのだ。



「笑顔で白旗」。

それがなんとも、かあさんの心境にぴったりとして、
うーん、と唸ってしまった。

「笑顔」と「白旗」。

一見、相対する2つのことが、同時に存在している。

それは、障害児者とその家族の生活そのものであり、
障害児者が今後、主体的に生きていこうとする社会そのもの、
あるいはその「展望」、
それを表すのに、ぴったりだと思った。

障害を抱えながら生きていくことを、
本人や家族が受け入れていく過程、

あたりまえの生活をしていく中でのとてつもない苦労、

それを打開するための、訴えの苦しみと理解のなさ、

しかし、そんな困難な状況であっても輝くいのち、

またその輝きに突き動かされる家族や周囲の人々、

そうしてできていく繋がり。

そうしったことを、
ほのさんを育んできた、まだたった4年の間でも、
毎日、まいにち感じてきた。

本当に、「両価的」というか、
時に、生きていることすら認められないような絶望感を感じながらも、
同時に、
「それでもあたしはいきてます」
という本人の力がいつもあり、
整わない世の中ながら、
なぜかいつも希望に溢れ、
笑顔になってしまう、
ほのさんとの生活は、いつもそうだし、
世の中の捉え方も、
絶望と楽観を行ったり来たりしているのだ。



障害者総合福祉法のゆくえや、
この世界に関わられて10数年の間の出来事の中で、
どちらかというと「怒り」や「悲観」の要素を多く感じられていた
李国本さんの発言も、印象的だった。


少し話はそれるが、
李国本さんは、ほの家を遠くからいつも支えてくださる方の一人である。

西宮に行くことにしたのも、
李国本さんにお会いしたい、という気持ちが強かったこともある。

李国本さんは伊丹で、
制度内のサービスを「しぇあーど」で、
制度をつかえない部分でのサービスを「地域生活を考えよーかい」で行い、
あらゆる状態の方々の生活を、
24時間365日、切れ目なく支えている。

そこでは、
人工呼吸器をつけているからとか、
こんな医療的ケアが必要だからとか、
はじかれることがなく、
理想的かつ、先進的なところだ。

その取り組みについてもそうなのだが、
かあさんが、李国本さんを尊敬して止まないところは、

支援者と、支援される人たちの関係性を、
「揺らぎ」ながら捉えていらっしゃるところ。

たとえば、意思表示が難しいひとの「自己決定」に関わる場面で、
「この人はこう言っている」と決め付ける危険性だとか、
それぞれに主体があって、それぞれが揺らぐ中で、
もうなんかわけわからなくなりながらも、
それでもみんなで立ち上がっていくのが、
「自己決定」なのではないか、と。

きちんと本質をみつめながらも、
マインドだけではなくて、
きちんとそれを実現されているところは、
本当にすばらしく。


そんな李国本さんの第1部での発言で印象的だったのは、
発言というか、なんというか、
とても個性的なイラストで表現された、
大切なこと。

きっとそこに会した誰もが感じていた、
社会や今後に対する「悲観」方面への「揺れ」の中で、

「救う(掬う)」というようなカタチではない仕組みを考えたいと、
なんや、舟の下に張られた「網」みたいなものが、
なにかを「掬っている」絵を、パワポで示された。

ネットで掬う(ネットワーク)では、
そこに引っかからない人たちがいて、
引っかからないようにしている人たちもいて。

そういったバーチャルな仕組みではなくて、
もっとこう、もれなく「染み込み」ながら、
「染み出していく」ようなカタチができないですか、と、
地球儀の日本の大阪辺りから突き出た1本の筋が、
上の方へ染み出し、地球の円周に染み渡る、
という、これまた不思議な絵を示された。



恐ろしく李国本ワールド炸裂な絵それ自体はそれとして、(笑)
社会そのもののありかたとか、
その社会において、何かしらの支援が必要な場合にも、
それを「救う」網にに引っかかれなかったりすることは、
どうなんだい、
もっと別な社会の仕組みってないですかい、という問題提起。

今の世の中は、本当に困っている人が、
その本当に小さな「ネット」に引っかかる努力をしなければならない。

その上、努力をしても、
自分に適した「ネット」が見当たらない場合も多くある。

これがきっと、いまある「ネットワーク」の限界。


ほのさんも、いつもこの限界にぶちあたり、
そしてなんだか関西方面からじわじわと染み出してきた何かが
だんだんと染み渡ってきて、
一緒にそんな仕組みについて考えたくて、
かあさんは、気付いたら西宮だったという。

もちろん、ほのさんが生活していく中で、
具体的なサービス、
例えば、医療依存度が高くても安心してショートステイが利用できる施設だったり、
通園に通うための送迎だったり、
そういったものを叶えたいという具体的な希望もあるのだが、
その子その人に、それぞれにあったものが必要だと認められて、
実際に整えられていかずに、
いつまでも「掬われる」範囲が限られていて、
そこからもれる人がいるというのは、
李国本さんの言うような、
根本的なところの問題というか、
そこをどうしていくの、とどうして言わないのかな、
それは、どこで言ったらいいのかな、
それで、どうしたらいいのかな、
という気持ちが、かあさんの中にもずっとあった。

ああ、それを今後もラーはやっていくのかな、
という果てしなく明るい兆しをかあさんは感じた、
李国本さんの発言。



一方で、北野さんからは、
アメリカのADA(障害をもつアメリカ人法)運動に比較して、
日本の障害者運動はいかに幼稚か、といおうお話もあり。

それじゃあ、どうやって「戦略」をもってやっていくのか、
という流れもできつつ、

ラーの会は第2部へと突入していったわけです。。

(あー、やっと第1部がおわた……)



第2部以降は、必ずつづきます……



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by honohono1017 | 2012-03-28 18:26 | News/Report
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