ほのさんのバラ色在宅生活


低酸素脳症、人工呼吸器をつけた娘とのナナコロビヤオキ的泣き笑いのバラ色在宅ライフ
by honohono1017
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施行前シンポのお知らせと、ほのさんの意志。

来る7月17日、改正臓器移植法施行を前に、
生命倫理会議主催の、公開シンポジウムが開催されます。

生命倫理会議は、
生命倫理の教育・研究に携わる大学教員の組織です。

また、先日は岩波ブックレットから、
「いのちの選択
~今、考えたい脳死・臓器移植~」の出版もしています。

シンポジウム詳細は
コチラ

公開シンポジウム:「改定臓器移植法」施行を問う
主催: 生命倫理会議
日時:7月11日(日)13時半開場、14時~17時
場所:専修大学神田校舎7号館731教室


施行を前に、
かあさんは、何を思えばよいのか、
全く、わからないでいる。
薄気味悪いほどに。
何の考えも、浮かばない。

昨年、国会で議論中のように、
ほのさんが、自分の意志で、
一生懸命生きている、という事実を、
声高に訴えようとも、思わなくなった。

なぜなら、
ほんとうは、誰もが「死」という状態ではないとわかっている
「脳死」という状態を、
臓器移植という方法を広く使うために、
「脳死」を「死」としましょうよ、
としているだけのことを、
明らかに、「死んでない」と誰もが直感的にわかる状態を
あるひとつの治療方法(?)のために、
「死」としましょうよ、
としているだけのことだのに、
わざわざ、
臓器提供とは無関係の、
大切な大切な娘の存在を持ち出す理由が、
どこにあるだろうか、
という、気持ちになったからだ。



ただ、ひとつ。

言わなければならないこと。

ほのさんは、臓器提供の意思がないのだから、
「脳死」でもなんでもないはずなのに、
「脳死」という概念に、言葉に、
それに関する世の中の動きに、
おそろしく、その存在を脅かされたような気持ちになり、
辛い思いをし、
いま、ますます、
今後の生活に不安を抱いているということは、
あきらかに、おかしいことであり、
「拒否できるのだから問題ない」、という言い分が、
どうしたって、成り立たないことを証明している。

人間は、自分のいのちを、選べない。

移植が必要だと医者から言われる病気を持って生まれたこどもも、
ほのさんのように、生まれながらにして、
脳の機能を失ったこどもも、
自ら、好き好んで、その人生を選んだものではないはずだ。

そしてまた、親も、
そのようなこどもを授かることを、
望んで申し出るわけではない。

授かったいのちが、たまたま、
そのような困難な人生を歩まなければならない
こどもだった、ということだ。

だが、かあさんは、
生まれたときからヘビーな人生を歩むことになった我が子を、
かわいそうだとは、思わないし、
自らの「親」としての人生も、
悲しいものだと、思わない。

ほのさんが、たくさんの人の助けを借りて生きるのは、
ほのさんが、同情されるようなこどもであるからではない。

むしろ、逆だ。

ほのさんは、色々なことを、
助けなくしては、できないけれど、
人の手を借りて、立派に存在する価値がある。

人のいのちとは、そういうものだ。

そうやって、生きているこどもの存在を、
現に、脅かすようなありようの、
(そんな風には記されてません、ということではなく)
法律があって、許されるのだろうか?



以前、ほのさんのために募金活動をしたい、
と言われたことがある。

いま考えると、かあさんは、
とてもびっくりしたとはいえ、
妙な、受け答えをした。

「ほのさんは、お金を集めても、
治療法があるわけでもなく、
これ以上、よくはならないんです。」

と。

見ず知らずの、はじめましての方だったので、
驚きのあまり、ピントのずれた答えだ。

もしも、ほのさんが、
我が家では支払い能力はないが、
高額の治療費を準備できれば、
話したり、動いたりできるようになるのだったら、
かあさんは、
「じゃあ、募金活動、よろしくお願いします」
と、願い出たのだろうか。

この申し出をした方が、治療法がなくとも、
「それでも、ほのさんの支援がしたいから、募金させてくれ」
といわないのは、なぜか?

いろんなサービスを受けたり、
たくさんの在宅チームの方たちから受ける支援を
ありがたく、責任をもって、受けられるのに、
「募金」と言われて、あわてたり、
少し腹立たしかったりしたのは、なぜか?



病気や障害を抱えたこどもは、
他人から見れば「かわいそう」かもしれないが、
本人たちのしあわせが、
どこにあるかは、
なかなか、わからない。

治るよりは、治ったほうがいい、
というのは、
あまりにも無責任で、
稚拙な考えだ。



ほのさんと、かあさんは、
同情には値しない。

ほのさんは、あたえられたいのちを喜んで生き、
かあさんは、そのありのままのほのさんを
慈しみ、愛情いっぱいに育てるだけだ。

そのありのままのいのちと、ともに歩みましょうよ
と言ってくださる「支援」というものを、
ありがたく、受けたい。

生きていくのは、ほのさん自身。
自分の足で、歩んでく。

かあさんの、人生も、
また、同じく。

自分のもちもので、
自然に生きたい、
という感覚が、ある。

もし……だったら、
と考えることは、たくさんあるが、
やっぱり、自分の人生が、
ありのままが、いい、
という感覚が、ある。

これまで、我が家は、
ほのさんに「どうしたい?」と聞いて、
時間をかけて相談して、
一歩一歩、進んできた。

いまの我が家は、ほのさんの意志、そのもの。

もし、ほのさんが移植をして治るとしたら、どうするか、
という問いには、昨年から、
悩み続けた。

いまでも、はじめに、ほのさんの「親」として
考え始めると、
答えが、出ない。

だが、これまでもそうしてきたように、
「ほのさんは、どうしたい?」と
ほのさんの顔を見ると、
自ずと、答えが出るような、気がした。



かあさん、あたしは、あたし。
でしょ?


かあさんは、ほのさんの意志が貫けるような世の中を、
作っていかなければ、ならない。



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by honohono1017 | 2010-07-05 12:26 | Condition
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