ほのさんのバラ色在宅生活


低酸素脳症、人工呼吸器をつけた娘とのナナコロビヤオキ的泣き笑いのバラ色在宅ライフ
by honohono1017
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レスパイトに寄せる「願い」と、「うりずん」見学記。

怒涛の、ディズニーランド月間が終わり、
気付けば、7月。

改正臓器移植法がもうすぐ施行されるというのに、
あまりにも静か……と感じるのは、
かあさんだけだろうか。

選挙も近いので、
国民の関心は、すべてそちらに注がれるのか。

マスコミがどのように取り上げるのか、
ポツポツと、そんな内容の番組も見るが、
昨年とほとんど変わらない印象を受け、
なんとも落ち着かない。

施行の日、7月17日は、
ほのさんの2歳と9ヶ月のお誕生日であり、
23日には、
退院2周年を迎える。

生まれてすぐに、苦労の連続だった、
ほのさんの、人生。

そんなほのさんを、自分の手で、
あたたかい家族の住む家で育てたいと、
苦労して苦労して、
退院させた、2年前の夏。

念願の在宅生活は、思い描いたとおり幸せに満ちていたが、
想像以上に、大変なことだった。

重症児と呼ばれるこどもたちが、
地域に帰っていけるように、ということと、
地域に帰ったこどもたちと、家族の生活の質の向上、
そのどちらをも、同時に整えていかなければならないということを
強く思い、シンポジウムを開催した昨年の夏。

今年の夏は、どんな夏だろうか。
あれから1年、かあさんは、何をしてきただろうか。
ほのさんを取り巻く環境は、変化したろうか。



「うりずん」の看護師Mさんから教えていただいた、
「レスパイト」の本当の意味。

レスパイトというのは、
家族の休息、という意味だけでなく、
何より本人の『楽しみ』であるということ。
本人に我慢をさせ、
家族も不安に感じながら預けるものではない、と。

そのことを、ずっと、考えてきた。

現状、医療的ケアに加えて、
人工呼吸器をつけているほのさんを預けられるところは、
この地域には無い。

しかし、埼玉県でも、その必要性は受け止められ、
昨年度から重症心身障害児の一時預かりをする医療機関への
補助事業が始まったようだが、
補助金を受けて「レスパイト事業」として、
重症児の受け入れをはじめた県内の病院の数は、限られている。

実際に、一度も受診したことのない病院に、
何かのときに、元気なほのさんを預けるか……
といったら、おそらく利用することは無いと思う。

「レスパイト」と言っても、
我が家が望むスタイルは、
「お泊り」ではなく、
日中の預かりだ。

家の真ん中に、ほのさんがいることが
我が家の「当たり前」となった今、
たとえ、どんなに行き届いた病院であれ、施設であれ、
夜、そのほのさんが不在、というのは、
とうさんも、かあさんも、心配、
というよりも、淋しくてしょうがない。

だが、ほのさんのお世話を24時間365日するには、
いま以上の、どんな支援が必要かと考えたときに、
やはりそれは、「日中一時預かり」というスタイルが、
最も望むものなのだ。



かあさんは、昨年の夏、
さいたま市に、要望書を出した。

いくつかの要望の中に、
もちろん、その「日中一時支援」のことも書いた。

しかし、予想通り、
さいたま市長のサイン入りの回答書には、

「人工呼吸器を使用する等、医療的ケアを必要とする
在宅介護の重症心身障害児に対する日中一時支援については、
医師および看護師等専門職の必要性が想定されることから、
福祉施設において実施することは非常に難しいことであり、
医療機関での実施が必要と考えられますが、
医師および看護師等専門職の人材不足もあり、
実施する医療機関はほとんどない状況であります。」

という、前置きがあり、
その後、先に述べた、埼玉県での補助事業に触れ、
「連携をとって体制確保に努めたい」
と、まとめられてしまった。

重症児のケアに、専門性が求められるのも、
専門職の人材不足も、事実。

だが、その中で、どうしていくか……
という問題なのだ。

我が家の、ほのさんの生活ひとつをとってみても、
わかることだが、
行政に携わる人たちから見たら、
それはあまり望ましくない、と思うことなのかもしれないが、
「医師および看護師等医療職」の方々と同じくらい、
介護職の方たちに支えられている部分が、非常に大きい、という事実。

そこに、この隘路を打開していく鍵がある、
と、どうして発想を転換していけないのか。


ほのさんは、気管の吸引や用手排尿など、
すべての医療的ケアを、
ヘルパーさんにお願いしている。

もちろん、かあさんのいる日中は、
確認や最後の仕上げなどは、かあさんが一緒に確認するが、
夜に関しては、重大な体調の変化がない限り、
(体調が悪いときはサービスをキャンセルする)
すべて、深夜0時から朝の4時半まで、
ひとりのヘルパーさんに、お任せすることができている。

ほのさんの場合と同じように、
どこでも、どの子にも、どの家庭でも、
ヘルパーさんが実施できる、ということを言いたいのではない。

ほのさんのような子の「医療的ケア」は、
不足している「医療の専門職」だけで担う
「特別なこと」ではなく、
その子の「生活そのもの」に必要なことである、ということだ。

安全を確保することはもちろん何よりも、大切。

だが、安全を確保しながら、
不足する医療職、医療機関では行うことの出来ない
日中一時支援をどう行っていくか、
考えていかなくては、ならないと思うのだ。



そして。

かあさんが、日中一時預かりを望む、
もうひとつの、理由。

あまり大きな声で言ったこともないことだが、
うりずんの看護師Mさんに「レスパイト」の意味を教えられて、
ああ、かあさんは、
「そう願っても、いいんだ」
と、ホッとしたこと。


「ほのさんの、社会性を育てたい」
という、願い。


ほのさんには、幸せなことに、
おともだちがたくさんいる。

おともだちが、ほのさんを訪ねてきてくれたり、
最近では、一緒におでかけをすることも、
できるようになった。

だが、ほのさんは、もうすぐ3歳になる。

元気だったら、幼稚園に行かせていたかもしれない。

学齢期になっても、きっと「通学」ではなく、
「訪問」を選ばざるを得ないかもしれない。

そうなると、
ほのさんは同じ年頃のこどもたちの中で、
何かをしたり、遊んだり、
そういうことが、
できない。

おともだちや、先生や、
おうちではなく、家族のいない環境で、
ほのさんを過ごさせたい、という願い。

そんなものは、
贅沢で、
お家に帰ることが出来ただけで、幸せだ、
という意見もある。

そんな環境を整えるために、
行政はお金を出すことは、難しいのかもしれない。



そんなことを考えながら、
「うりずん」を見学させていただいた。

朝、お母さんとヘルパーさんに送られてきた、
利用者のおこさん。

お母さんは、簡単に看護師のMさんに申し送って、
「じゃあね、よろしくおねがいします」と、
おこさんを預けて、帰られた。

かあさんは、その姿を見て、
本当に、いろんな思いで、胸がいっぱいになった。

日中一時支援が欲しい、ほしい、といいながら、
実際にさいたまにそれが出来たとして、
かあさんは、このお母さんのように、
ほのさんを送って、「じゃあね」と、
預けることができるのか?

預ける先が信頼できない、という問題ではなく、
自分自身の中に、
ある、もの。

ほのさんを、
自分の手元から離して、
自律させる。

これは、かあさんが、成長しなければ、
ならないことだ、と思い知った。


そして。

大事なおこさんを預かった「うりずん」の、
看護師Mさんと、介護職のお2人の働きを見て……

送られてきたおこさんは、
まず、ベッドに移して、
呼吸器を設置する、という一番困難な作業からはじまるのだが。

看護師Mさんがバギングをしながら、
かあさんたち見学者に説明をしてくださり、
そのあいだに、介護職のスタッフの方が、
黙々と呼吸器の回路をつけかえ、設置する。

この光景をみて、かあさんは衝撃を受けた。

呼吸器の回路をつけかえ、安全に設置する作業が、
どれだけ神経を使い、
困難なことであるかは、
かあさんが、よく、知っている。

病院のスタッフだって、
容易に行えるものではない。

しかも、
聞けば、「うりずん」を利用されているおこさんは、
全部で4種類の呼吸器を使っているそうなので、
それらすべての取り扱いを、スタッフは覚えている、
ということになる。

もちろん、その動作を、
看護師だけでなく、介護職もが行えなくては、
預かりは不可能であることはわかっていたが、
実際に目の当たりにすると、
ちょっと、震えがくるほどの、
感動。

見学者が来ようとも、
何をしていても、
看護師Mさんが目を配っていて、
こどもの体調から何から、全てを把握している、
という様子がみていてもわかり、
介護職スタッフのお2人も、
そのような環境の中で、自信を持って、
難しい作業もこなしていらっしゃって、
お互いに「信頼」のうちに動いていらっしゃる、
ということを感じ、これはとても大切なことだと感じた。

呼吸器の扱いなど、
病院でも、看護師であってもあまり担わないところを、
どのように介護職が携わっていくのか、
ということの、ひとつの答えが、
やはり「うりずん」にはあった。


驚きは、それだけではない。

「朝、お預かりしたときよりも、
良い状態にして、お帰しする」
というのだ。

痰の状態にしても、
水分のコントロールや、排便など、
一人ひとりの体調を、預かったときにきちんと把握し、
それを少しでも良くして帰すようにするのだそうだ。

それなのに。

「ここは病院ではないから、
ケアよりも『遊び』を優先して、
『遊び』にあわせて、ケアを組み込む」
と、おっしゃる。

そう、その
「遊び」。

「本人の楽しみ」。

それがどんな風に行われているのか、
とうさんからも、よく、見学して来て、といわれており、
かあさんとしても、とても楽しみにしていたこと。

「うりずん」のすごさは、
おっしゃったことが、実践されているということ。

こどもたちが、
元気に遊びたいのか、それとも少しまったりしたいのか…
などを把握して、
それじゃあ、のんびりした歌をうたいましょう、とか、
眠たそうだから、静かな絵本を読みましょう、とか。

午後は、お面作りをしていたのだが。

ことばを発することが出来ないこどもたちに、
きちんと意思表示をさせながら、
徐々に完成していく、お面。

「髪の毛は、何色の毛糸にする?
黒?赤?量は、もっとたくさん?」

その様子を見ていると、
こどもたちは、確実に、「赤!」と答えていた。

毛糸をこどもの手に巻きつけて、
感触を教える。

ボンドは少し、気持ち悪いかな。

でも、触ることって、とても大切。

かあさんは、こうして「遊ぶ」こどもたちを
はじめてみて、
こどもたちにとって「遊ぶ」ことが
どれほど大切で、
ああ、ほのさんにこんなことをさせてあげられたらなあと、
本当に、心から願い、
かあさんのいないところで、おともだちがいて、
先生がいて、
楽しいだけではなくて、ひょっとしたら
「それはやりたくない」ということも含めて
「遊んで」いるほのさんを想像し、
心配になったり、心が躍ったりした。

遊びの最中にも、こどもたちの体調を気遣うMさん。

朝、チアノーゼが強いように思われたので、
お昼寝を必ずさせようと思っていたけど、
本人がどうしても「遊びたい」という感じなので、
そちらを優先させた、と。

そして、ひとりのおこさんのケアをしている時に、
もうひとりのお子さんには、
「〇〇ちゃんが終わったら行くから、待っていてね」
と、「見通し」を与えて、
少し我慢させる、ということも、教えたいと。

これぞ、「社会性」。 

ほんとうに、ため息が出るほど、
鋭い観察力と、安全を守る目、
こどもたちを思った、深い判断……。



欲しい、ほしいと願っていた預かり施設だが、
実際に見せていただいたら、
こんなところが、あるのだろうか……
と思うほど。



つづく……

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