ほのさんのバラ色在宅生活


低酸素脳症、人工呼吸器をつけた娘とのナナコロビヤオキ的泣き笑いのバラ色在宅ライフ
by honohono1017
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“死んだばかりの赤ちゃん”

2歳まで、カウントダウンのほのさん。
今日も、ごきげんであります。

先日、往診のT先生に、
3種混合の予防接種、追加分を打っていただいた。

そのとき、準備するのを忘れていて
問診表を慌てて探したとき、
ほのさんが産まれてすぐに深刻な状況を説明されたときと、
ほのさんがこういうことになった原因を説明されたときの文章が出てきて、
そのとき以来、目にした。

f0199379_1731373.jpg


問診表を探していたときは急いでいたので、
ちょっと目にして、少し動揺して、
すぐにしまってしまった。

1週間、なんとなく気になっていたのだが、
シンポジウムの準備をしていて、
ほのさんの産まれてからの経緯を振り返っていたので。
今日、勇気を出して、見てみた。

相変わらず、
「シーン」というか「キーン」というか、
張り詰めた緊張の音が聞こえた。

だが、思ったよりも、大丈夫だった。

これをまた見た時に、どんな気持ちがするのか自分でも予想ができず、
また見る時が来るとかどうかもわからなかったのだったが、
それほど揺れない自分が意外でもあり、
納得でもあった。

原因のあった胎盤の写真が一番グッとくる。

あまり目にすることも無い、
リアルな胎盤のグロさも手伝ってなのか、
それとも、母と子を結ぶ一番大切なへその緒が断裂した部分を見て、
ほのさんとの繋がりを断裂されたように思ってショックなのか…。

生まれてすぐに、
NICUの主治医O先生から説明を受けたときのメモには、

“死んだばかりのあかちゃん”

と書かれていた。


そんなことを言われたのは、全く記憶に無い。

おそらく、他にもショックなことをたくさん言われたからだろう。
ほとんど耳に入ってこなかったのかもしれない。


“死んだばかりの赤ちゃん”

普通、赤ちゃんを形容する言葉は、

“生まれたばかりの”

である。

“死んだばかり”

なんて形容詞が付くと、
それはもう、すでに
赤ちゃんであることも否定されたような、
目の前の子が、一体何なのか、
生きているんだか、どうなんだか
生まれたんだか、なんなんだか、
わからない。

そんな世の中のすべてのことがわからなくなってしまうほどの状況の中で、
ほのさんは、
生きることを望んだんだ。

横にいるほのさんの顔を見ながら、
この恐ろしい得体の知れない文章を見ると、
誇らしくも思える。

当時は、いつかきっとこのときを思い出して、
「あの時、大変だったんだよ~」って
笑って話せるようになるんだから、と思っていた。

それは、こんなの現実であるはずが無い、
きっと、ウソのように元気にピンピンして、目を覚ます、動き始める…
という気持ちから、そう思っていた。

今のほのさんは、目を覚ますことも無い。
動くことも無い。

だが、かあさんは、
当時のことを振り返って、
ちょっと笑って話すこともできる。

ほのさんが、こうして、
かあさんの傍にいてくれるだけで、幸せなんだもん。



先日、とうさんがビデオのデータを整理して時。

そのとき、作業途中に、やぱり上映会になってしまったのだが、
まだほのさんがNICUに入院中で、
おそらく4ヶ月位のときかなあ、
1日中、家族水入らずで過ごせるというイベントの
日の前の晩、
翌日ほのさんに持っていく洋服とか、
遠足気分でとうさんと2人で準備している映像があった。
(NICUの面会は1日1回1時間で、普通は病院指定の肌着しか着せられなかった)

それを見て。

とうさんも、かあさんも、恐ろしく淋しくなってしまった。

だって、この我が家のリビングのど真ん中に、
ほのさんが、居なかったから。

部屋がガランとしていて、暗くて、薄ら寒そうで。

ほのさんがいない部屋が、こんなに淋しいなんて!



今のかあさんは、
あの日、ほのさんが生死をさまよったときの文章を見るよりも、
ほのさんのいない我が家を見る方が、
怖い。

それは、
ほのさんがいるこの毎日が、
とても、とても、
何よりも、
幸せだから。
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by honohono1017 | 2009-09-18 17:34 | Life
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