ほのさんのバラ色在宅生活


低酸素脳症、人工呼吸器をつけた娘とのナナコロビヤオキ的泣き笑いのバラ色在宅ライフ
by honohono1017
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「現在の行動は、今までの体験の副産物」にゃり。

今日は、ほのさんの前にはもちろんだけど、
親として、一人の人間として、責任を持って生きなければならにということを
身につまされた一日だった。

朝から、とってもお忙しい訪問看護の所長さんに
お電話で、シンポジウムの相談をしていた。

なぜ、小児の在宅がスムーズに地域で受け入れられないのか、
どのような位置づけになっているのか、
といったようなお話をする中で、
やはり行き着くところは、「一朝一夕」にはいかない根深いところにある原因。

それがわかったところで、かあさんなどにはどうしようもできないし、
「モー本当にどうしたらいいんでしょうか…」というような一言を吐いてしまった。

所長さんは、
自分にできることをやり続ける、
例えば、一件一件の訪問を責任を持ってやる、やり続けるという、
身近なことをやるしかない、と。

かあさんは、重症キッズのほのさんを在宅で育てて、たかが1年。
この世界の不自由さを見て、まだ間もない。
だからこそ、すぐに結果を出したいと思ってしまう。
結果が出ないと、すぐに失望する。
当事者家族であるからという側面もあるのだろうが。

だから、所長さんのこの発言には、言葉が詰まった。

自分のできることを、地道にやり続けることで、
少ないところではあるかもしれないが、
確実に支援してくれる人が現れる。
少ないということは、きっと深く共感してくれているということでもあると。

Rさん(←かあさんの名前)が今回やろうとしているシンポジウムだって、
その思いに動かされた人が居たから、
協力してくれているでしょ、と。

確かに、そうだ。

だが、このところ、ほのさんを留守番させて、
外に出て色々な活動をしなければならない機会が増えている。

外に出れば、フシギなほどに大切な、願っても無いような出会いがあり、
学ぶことが多く、それはすべてほのさんのため。
重症キッズの楽しい在宅生活のためになると信じている。
重要な活動だ。


私は、そのような活動をするために、ほのさんと一緒に過ごせないこと、
傍に居てあげられないことに、すごくジレンマを感じています、
と、所長さんにぶつけてみた。

すると。

職業婦人は、みんなそう。
私なんて、ランドセルをしょている子どもの姿を見られなかったと言って、
未だに飲み会で、涙するのよ、と。

そういう中で、信念をもってやっているのよ。
それと、おんなじよ、と。


では、私はフツウの子育てをしていると言いながらも、
やっぱりどこかで、ほのさんのことを特別だと思ってしまっているんでしょうか…。


それは、まだ、ほのちゃんが、小さいからだわ…
と。


かあさんは、そんな所長さんの言葉に、
理由はわからず、涙が溢れた。


あの時、ほのさんの傍を片時も離れずにいてあげればよかった…と
後悔するのか。

あの時、もっとほのさんの周りにある障害を除くために、努力してあげればよかった…と
後悔するのか。


昨日、お会いした、低フォスファターゼ症の会のお母さんがおっしゃっていた。

お子さんを養護学校に通わせるならば、それはラクだった。
なにもかも整っているから。
その分、自分の心配も減る。
だけど、勇気を持って子どもと離れることも必要で、
頑張って、普通の小学校にやることで、
色々な不自由はあったけど、その都度、理解者と助けがフシギと得られたと。

そのお母さんの強さといったら、ないな。


そんなことを思い出しつつも、
胸がいっぱいになりながら、所長さんに、
では、私もやり続けます。
と言うのが精一杯だった。




そして、夕方。
台風の影響で雨風の強い中、行政の方が我が家を訪問。

以前、かあさんが提出した要望書についての回答を、
市長をはじめ、各関係機関の方々と調整して作成して来てくださった。

その内容は、やはり大きな前進はなかった。

一つには、要望の一つ一つが、やはり「一朝一夕」にはいかない内容であるということ。

一つには、その要望の裏に隠された、本当の家族の事情が伝わっていなかったということ。


ほのさんやかあさんにとって、「行政」というものは、
制度に基づいた支援をしてくださる機関である、ということがどうしても一番にある。

だから、お話しする機会があっても、
制度のこの部分が不足しています、とか、
こんな制度を作ってくださいとか、
そういう方向の内容になってしまう。

それでは、重症キッズを見ながらの生活の実態を見たことが無い担当者に、
すばらしい制度があっても、じつはこういう点で、使うことができないんだ、
といった本当の事情など伝わるはずも無く。

逆に、一般市民にはわかりにくい、
必要性は認識しているのだが、実行に移すことを阻むような法律があったり、
といった、行政側の事情などもあり。

やるのはそっちの責任でしょ、という市民と、
いやいや、そんなこと、できないよ、と言う行政と、
一向に平行線を辿っていくわけで。



例えば、レスパイトの話。

レスパイト施設を今から作るにはとっても大変だから、
既存の病院が、自立支援法の事業として「レスパイト事業」を始めてくれたとして。
そこに、行政がお金を出してくれたとして。



現在、理解あるドクター、病棟師長のお陰で、
空床があれば、レスパイトを受けてくださっている、ほのさんの病院。

そこが、「レスパイト事業」としてはじめたとする。

ほのさんにとっては、元気な状態で預かってもらうのに、
呼吸器が付いた重症キッズであるから、預かりは「重症部屋」であり。
そうでなくとも、病院に預けることは、
少なからず、感染の危険を考えながらお願いするのだ。
預かってくださるという病院には感謝しながらも、
他に良い選択肢が無いために、仕方なく預けると面もあるわけで。

これが一旦、「レスパイト事業」となれば、
これまでと同様、危険いっぱいの状況での預かりに変わりは無いのだが、
これまでは「医療」での請求が、
自立支援法での1割負担の請求に変わるため、
身体障害者で医療費がかからないほのさんにとっては、
環境的に変わらない預かりに、お金の負担が増えるわけだ。


こう言った事情があることを、行政担当者がご存知であれば、
こちらもお伝えすることができれば、
「助成のお金を出している」 = 支援 
という図式が簡単に成り立たないということがわかり、
支援の内容も変わってくるだろう。



そういったお話をすること、1時間半。

最後に、
「支援って、難しいですね…」
「福祉や、医療は、人ですね…」
という言葉を残された。


あらためて、支援してもらいたければ、
こちらもたゆまぬ努力をしなければならないということを思った。

不足している制度を指摘する努力ではなく、
かあさんがもっと伝えなければならなかったのは、
普段話しているような、
ほのさんのいのちの輝きや、
日々のかけがえのない、ほのさんとの幸せな時間のこと、
日常のことだったのかもしれなかった。



そして。

お忙しい中、チラシを1000部も印刷して、
雨の中、届けてくださったWさん、ありがとうございました。


みなさんが、ほのさんとかあさんの歩みを理解しようとして下さることに感謝して、
これからも、ほのさんのいのちの声に耳を傾け、
信じて進んで行こうと思います。


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by honohono1017 | 2009-08-31 23:51 | Life
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