ほのさんのバラ色在宅生活


低酸素脳症、人工呼吸器をつけた娘とのナナコロビヤオキ的泣き笑いのバラ色在宅ライフ
by honohono1017
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ほのさんがかあさんに与えた問い

ほのさんが、小学校に入学したら…

ほのさんが、成人を迎えたら…

そんな、長い期間での子どもの成長と共に、家族の生活の計画をたてること。
我が家にはできない。

ほのさんと家族三人でおうちで過ごすこと1年。
過ぎてみて初めて「1年後」がわかった。
1年後、こんなに穏やかに楽しく生活しているとは、想像がつかなかった。

穏やかに生活できるはずがない、と思っていたのではない。

「想像がつかない」のだ。

2年目は、1年目とは違う。

ほのさんは2歳だし、
かあさんも、かあさん2年目だ。

だが、2年後も同じく、想像がつかない。

5年後、10年後は、もっとだ。

だがそれも、もはや嘆くべきことではない。

この1年間で、たくさんの人に助けられながら、
病院ではなく
我が家で、ほのさんを自分の手で育て、
ほのさんといういのちが、
ほのさんという子が、
どういう子なのかがわかり、
1日1日を無事に過ごせることの有難さがわかった。


でも、はじめはそうではなかった。

今日は無事でも、明日はわからない。
今日、しあわせなのも、刹那的なものだ。
先のことがわからないのなら、今日を楽しむしかない、と投げやりに思った。

先のことがわからないのは、きっとみんな一緒だ。

どんなに人生のプランを立てていても、
いつ、何が起こるかわからないのが人生だもん。

だが、いのちは、どうだ。

人はみんな、生きている限り、死が来る。
みんな、平等に。
そして、それがいつやってくるかは、わからない。
みんな、平等に。

確かに、みんな、自分の意志で生まれてきたのではないように、
いつ死がやってくるか、誰もわからない。
そういう意味ではおんなじだ。

だけど、子どもが親より先に死ぬことを宣告されているということは、
みんな、同じではないと思う。

それは、いいとか悪いとかではなく、
たまたま、親よりも先に逝く運命の子どもだということ。

この事実について、かあさんの気持ちもいろいろに揺れた。
今でも、揺れる。

欲しいのは、それに対する「覚悟」ではない。
そんなもの、できるはずがないから。

いつもいつも、こんなことを考えているわけではない。
ほのさんの前で、涙することもない。
時々、かあさんが、頭の中で、考えているだけ。

だが、こうしてきちんと考えられるようになったなら、
このことから変に目を背けたり、
子どもの「死」について語ることをタブーにしたくないと思う。



かあさんは、ほのさんを授かる前、ある資格取得のために「死生観」について
たくさん講義を受け、徹底的に考える機会があった。

ほのさんの母になった今から考えると、
そのときの自分の考えていた「死生観」は、机上の空論でしかない。
「中身」が、ではない。
「実感」が、伴っていないのである。


かあさんが、いま、思うことは、
「死生観」は、そのまま「人生観」であり、
もしかしたら「幸福論」であるかもしれない、ということだ。

世の中のことは、とかく、二つにわけられる。

白か、黒。
表と、裏。
始まりと、終わり。
プラスと、マイナス。
生と死。

それらは、本当に2つの、逆のことだろうか。

白でも黒でもないこと。
表が裏で、裏が表で、表でも裏でもないこと。
始まりがあって終わりがあるけど、終わりは始まりで。
プラスは評価されるけど、マイナスから生まれるパワーもプラス。

そして、生と死。

赤ちゃんは、生まれてくるとき、
本当にすごく、
がんばって、
おかあさんの中から出てくると思う。
だからこそ、生命の誕生は、
神秘的で、
感動的なのだ。

生まれてくるときのことを、誰もはっきりと覚えていないからわからないけど、
おかあさんが苦しんで苦しんで赤ちゃんを産むように、
赤ちゃんも、怖い思いをして、ちょっと苦しい思いもして、
でも、産まれてきたくて、
がんばって出てくるのだと思う。

もし、お腹の中の赤ちゃんにはっきりと意識があったのなら、
人が死を目前にしてそれを恐れるように、
赤ちゃんは、その誕生を恐れたのではないだろうか。

生と死。

死を迎える人は、それまでの人生の中での
たくさんの記憶や知識に邪魔されて、
その自然な「死」を、
いのちの誕生の時のように、
赤ちゃんのように、
それを素直に受け入れられないのかもしれない。

生も死も、生である。

かあさんは、ほのさんのいのちについて、
いつか来る、その日のことを考えていたつもりが、
それはやっぱり、
ほのさんに限らず、
自分のことであり、
とうさんのことであり、
家族のことであり、
大切な人たちの、
いのちのことだった。

子どもが自分よりも先に旅立つことを宣告されたことが、
何か特別なことだとしたら、
こうやって、
いのちについて、
生と死について、
きちんと考えさせられる機会がはっきりと与えられたということなのかもしれない。

ほのさん、
あなたがかあさんに与えてくれたこの問いは、
とっても難しくて、
とっても尊くて、
答えなんてでないけれど、
こうしてきちんと向き合うことで、
かあさんは、
ほのさんとの日々を大切に大切に生きているよ。

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by honohono1017 | 2009-08-05 21:22 | Life
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