ほのさんのバラ色在宅生活


低酸素脳症、人工呼吸器をつけた娘とのナナコロビヤオキ的泣き笑いのバラ色在宅ライフ
by honohono1017
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胸張って、生きていくのだよ。

今日を限りに、このことを書くこともなくなる。
なぜなら、「決まった」のだから。

だから、今晩、
書いておこう。

参議院は本当に「良識の府」だったのだろうか。

あまりに政局に左右されたこの法律。

臓器移植法案は、
「政治」ではなく、
我が家にとっては、
「いのち」であり、
「日々のこと」にかかわるものだった。

ほのさんの状態を宣告された、生後20日目以降、
ほのさんのことを、「脳死状態」であると考えたことはなかった。
とうさんとかあさんにとって、
ほのさんは、なんら健康な子と変わらない、
大切な大切な、可愛い可愛い存在だったから。

今回の改正がなければ、
ほのさんのことを「長期脳死」なのか?
などと考えることだってなかったはずだ。

だって、「脳死」とか「長期脳死」とかいう概念は、
「臓器移植」に際して用いる定義だから。

ほのさんは「人工呼吸器」という医療のチカラを借りて生きている。
「臓器移植」もそれとおんなじ、医療の一つだ。
それを実現さるために、
なぜ、法律で「人の死」まで定義しなければならないのか?

「拒否する権利」と言うけれど、
「拒否する」ということは、
「拒否しない」ことが大前提で、大多数で、フツウのことだと
言われているのとおんなじだ。


今回の法律を心待ちにされていたお母さんが、
さきほどTVでおっしゃった。
「これまでの法律だと、
臓器提供をしてください、と言うことは、
誰かに死んでください、と言わなければならなかった」と。

それを、
脳死=人の死
と決められたことで、
死んでいる人だから、
その罪悪感は無くなった、ということなんだろうか?

本当に、
脳死の人が死んでいるのかどうかを考えたのか。

死んでいる人からは、
本人の承諾なしに
臓器をとってもいいのだろうか。

個人の意見を批判したくは無いけど。
だけど、
ほのさんの顔を見ていたら、
我慢できなかった。

こんなことを言うと、
「あんたの子は法的脳死診断を受けたわけじゃないんだから関係ないよ」
って言われるのもわかっている。

でも、関係なくねーよ。

ほのさんは、何の実感もない、机上の空論を言っている人よりも、
脳死に近い状態にいて
それでも自分のいのちを大切に大切に、
毎日頑張って生きているし、
かあさんは、そのいのちの輝きをを毎日見ている。

それなのに、
「最近の長期脳死と呼ばれる子どもたちは
今回の法案となんら関係ない」などと言われて、
自分たちの存在を知らしめ、
意見を言うことさえ阻まれようとした。

こんな世の中ってあるだろうか。

でも、ほのさんもかあさんも、そんな世の中で生きている。

そんな世の中でも、
ほのさんのいのちはキラキラしている。

ほのさんが生きることを選んだ世の中だから、
「捨てたもんじゃない」はずだから。

明日からまた、
胸張って、楽しく、
大切なおともだちと
みんなで、
生きていくのだよ。。



最後に。
本当に臓器移植を待たれている方々が、
臓器提供を望む方々の納得される方法で、
各方面のきちんとした整備のもとに行われるように、
望むばかりです。

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by honohono1017 | 2009-07-13 18:53 | normalization
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