ほのさんのバラ色在宅生活


低酸素脳症、人工呼吸器をつけた娘とのナナコロビヤオキ的泣き笑いのバラ色在宅ライフ
by honohono1017
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参議院採決まで、カウントダウン

みなさんコンニチワ。
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今日の午後1時、参議院で臓器移植法案が採決される。

昨日は、これまでの委員会での質疑などを
とうさんと1日見ていたが、
もう、なんだかね~という感じ。

A案提出者は、あくまで臓器移植を推進させるという立場で、
誰が何を言っても、
拒否できる権利が残されているから問題ないとか、
長期脳死は存在しないとか…

いくら言っても議論は平行線で。

ただ、あくまで「臓器移植ありき」の話をしているのに、
一般的に脳死を人の死とまでに広げることのおかしさについては
まったく気付いておらず、
法的効力を発しないからいいんだとか…

どっちみち明日以降の早い段階で
衆議院も解散されるわkで、
となると、やはり参議院でもA案を通すだろうし。

かあさんも、恥ずかしながらこれまで真剣に何かの法案について、
どのように国会で話し合われているのかということを
追ってみてきたことが無かった。

だが、今回たまたまこの臓器移植法のことで、
衆議院からずっと見てきたが、
あきらかに議員たちは真剣みを欠いた話し合いをしていたし、
解散や選挙などとの絡みもあって、
法案の内容そのものだけでなく、
政治的な要素、思惑などが優先されたり、左右されたりということが
往々にしてあるということがよ~くわかり。

だとすれば、A案が通って、
臓器提供を待ち望むいのちが一つでも助かるようになるしかないし。

そして、かあさんたちは、
A案などという恐ろしい法案が通った世の中をきちんと見張って、
ほのさんたち、子どもたちの権利が侵されることのないようにし、
より快適に過ごせるような世の中を作ることにチカラを注ぐしかないわけだ。

7月7日の委員会で、
大阪府立大学社会人間学部教授、森岡正博さんのお話。
本当にそうだな~と思ったので、
採決までのカウントダウンの中、
みなさんに、読んででいただければ…

「ここにもマスメディアの皆さんがおられますが、脳死についての正しい情報を是非とも国民に知らせてください。心臓が100日以上動き続け、成長し、身長も伸びる脳死のこどもが、死体である、とする、国民のコンセンサスはありません。

また、長期脳死になるかならないかを見分ける、医学的な基準も発見されていません。

たとえ、親の同意があったとしても、長期脳死の可能性のある脳死のこどもを死体と断じ、
その身体から心臓や臓器を取り出すことは、危険すぎます。
これらの点について、こども脳死臨調で、専門的な調査をおこなって、その結論が出るまでは、
脳死状態のこどもからの臓器摘出を許可してはならない、と私は考えます。

(中略)

ドナーカードを持っていない人というのは、持たないことによって、何かの意思表示をしていると思うのです。

そのうちの多くの人々は、迷っているのです。

この、迷っていることを尊重すべきだと、私は思います。

我々には、脳死が人の死かどうか、臓器を摘出すべきかどうかについて、迷う自由があります。

この迷う自由を人々から奪ってはなりません。

迷う自由を保障するもの、それこそが、本人の意思表示の原則であります。

すなわち、迷っている間はいつまでも待っていてあげる。
もし決心がついたら申し出てください。

これが、本人の意思表示の原則なのです。これが現行法の基本的な精神となっております。

A案、すなわち、拒否する人が拒否の意思表示をすればよい、というA案では、
この、迷う自由、悩む自由というものが守られません。
なぜなら、あれこれ迷っていたら、迷っているうちに脳死になってしまい、
家族がもし承諾してしまえば、臓器をとられてしまうからです。
迷っていたら、臓器をとられてしまいます。
これが、わたくしがA案に反対する、大きな理由の、一つです。

最後に、脳死の議論で忘れ去られがちになるのは、脳死になった、小さなこどもたちです。
彼らは、生まれてきて、事故や、病気で脳死になり、そして、
ひょっとしたら、何もわからぬまま、臓器までとられてしまうのです。
あまりにもふびんではないでしょうか。

ここから、私の個人的な見解、といいましょうか、思想、哲学になるのですが、

こどもたちには、自分の身体の全体性を保ったまま、
外部からの臓器摘出などの侵襲を受けないまま、
まるごと成長し、そしてまるごと死んで行く、
自然の権利というものがあるのではないでしょうか。

そして、その自然の権利がキャンセルされるのは、
本人がその権利を放棄する事を意思表示したときだけではないでしょうか。

私はこのように思います。

そして、現行法の本人の意思表示の原則というものは、
このような考え方が具現化されたものではないかというのが、
私の解釈、考え方であります。

外国では、脳死のこどもからの移植が可能だというふうに、すぐに外国のことを我々は気にします。

しかし、日本は、実は、世界で最も、脳死について、国民的な議論をした国です。

その結果成立したのが、本人の意思表示の原則という、日本ルールなのです。

我々は、この日本ルールにもっと誇りを持とうではありませんか。
もちろん、移植法全体としては、昨日、ぬで島さんが指摘したような改善点は、当然あります。
しかしながら、本人の意思表示の原則というものは、世界に誇れるものだと思います。

わたしからは以上です。」


こどもたちには、自分の身体の全体性を保ったまま、
外部からの臓器摘出などの侵襲を受けないまま、
まるごと成長し、そしてまるごと死んで行く、
自然の権利というものがあるのではないでしょうか。


かあさんからも、以上です。

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by honohono1017 | 2009-07-13 11:13 | normalization
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