ほのさんのバラ色在宅生活


低酸素脳症、人工呼吸器をつけた娘とのナナコロビヤオキ的泣き笑いのバラ色在宅ライフ
by honohono1017
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いのちの誕生を思い出そう…

かあさんが、ほのさんを十月十日お腹の中で育てている間、
結構いろんなことがあった。

はじまりは、ものすごくひどいツワリ。
食べられないばかりか、水分も飲めず、
毎日、吐きたいのを堪え、チャリ(!)で点滴に通った。

そろそろ3ヶ月続いたツワリも終息かと思われた頃、
持病のアトピーが悪化し、
なぜか膝から下の皮膚から浸出液がダーッと出て、
ゾウの足のようにむくみ、薬を塗ってタオルぐるぐる巻きにした。
皮膚科の先生からは、水分の取りすぎ…などと言われ、
おーい、だって、ツワリで脱水だったんじゃねーのかよー…。
だから点滴毎日してたんじゃねーのかよー…。

タオルグルグル巻き生活からも開放され、
ツワリからも開放され、
3キロ減だった体重が、2週間後の妊婦検診のときに一気に2キロ増で、
即入院(体重管理に超キビシイ個人産院だったのだ…)。
だったら、あのつわりのとき入院させろって話もあるが…。
おとなしく入院生活を送るも、別に悪いところがあるわけでもないから、
すぐ体重ももとに戻り、そろそろ本気で帰りたい、入院生活2週間目。
エコーで詳しくほのさんをみると、「足が短く」て、1週前の大きさだ、と言われる。
何か発達異常が認められるわけじゃないが、
このままその個人産院での出産を希望するなら、きちんとほのさんの体重を
大きくしないと難しい…と言われて、さらに1ヶ月の安静入院生活。

かあさんは、自分が幼い頃から病気がちで、入院生活を何度も経験していた。
だから、大きな病院で、この人生初のお産をするのはイヤだったのだ。
32週まで入院生活を送り、小さいながらもきちんと成長はしているので、
問題ないとは思うが、1度大きな病院で診てもらったら、と先生が勧めてくれ、
ほのさんが、現在もお世話になっている、NICUのある病院に受診に行った。

「小さい」というのは、病名にすると「子宮内胎児発達遅延」と言うらしい。
その疑いで、受診したのだが、そこは大病院。
ほのさんは「小さい」うちには入らず、他にもっとハイリスク妊婦がたくさんいるのだ。

だが、この時出会った産科のN先生(偶然にも我が家と同じ姓!)が、
とても良い先生で、このまま個人産院を退院して、こっちに転院してもいいし、
入院して安静にするほど小さくはないけど、希望するなら入院してもいいよ、と
おっしゃってくれた。

個人産院で産むにも産めないほど小さくはない。
でも、大事を考えれば転院したほうがよい。
その結果を、入院中の個人産院に持ち帰ると、
心配性の先生は、転院するにはギリギリの32週だから、
今すぐ転院して、向こうで入院させてもらいなさい!と。

もしもを考えれば転院は免れない。
かあさんが一人思い描いていた、個人産院での出産の夢は崩れる。
でも、転院すれば、もしかして1ヶ月半ぶりにお家に帰れる!
という淡い期待を抱いていたから、すごーく悩んだけど、
あとで後悔したくないから、診察の翌日、
家に帰ることなく、大荷物を抱えて、個人産院からそのまままた入院生活が始まった。

38週に入って、ようやく2500gの大台に乗り、
早く生まれたとしても、もう問題ないだろうということで、
やっとお家に戻り、予定日までの約1ヶ月間をお家で過ごした。
N先生も、本当によく頑張った!と、喜んでくれた。
この3ヵ月半の入院生活で、とうさんが、かあさんとほのさんに
面会に来なかったのは、たった4日ぐらいだったと思う。

もう、何も、心配ない。
あとは、出てきてくれるのを、待つばかり。

本当に、穏やかな気持ちになれた、妊婦生活最後の1ヶ月。
9月の終わりといっても、まだ残暑が厳しく、
夕暮れ時になってから、何とはなしに、
ただ、お腹のほのさんをトントンしながら、話しかけながら、
「ほらほのちゃん、夕焼けが出てるね」
「ほのちゃん、今日はひこうき雲が出ているよ」
と言って、近所を歩いた。

お腹をたたいてトントンすると、ほのさんは必ず
「かあさん、なあに」と、けり返してくれた。
とうさんに、ほらほら、と言って、
とうさんがトントンしても、返事がなかったりして。
とうさんは少し淋しそうだったこともあった。

そして、ついに、予定日をすぎること3日、陣痛が来た。
朝9時に病院に行き、陣痛室に入るも、
子宮口は2センチしか開いておらず、陣痛も弱い。
初産だし、おそらく産まれまでに、日をまたぐかも…と言われた。
早く生まれるように、産科の長い廊下を歩きなさい、などと言われた。
余裕で昼食もとり、食休み…実は陣痛ってこんなもん?と思ったら、
急に陣痛が強くなり、吐きたくなったり、気が遠くなったり…
これまでずーっと「小さいけど元気!」と言われ続けたように、
このときもほのさんは、かあさんのお腹の中で暴れまくっていた。

午後4時過ぎに、付き添っていたとうさんとばあさんが、一旦陣痛室の外に出された。
診察すると、もう産まれる、ということで、
ふらふらと分娩室へ。

大好きなN先生と、女性のM先生がいらした。
分娩台に上って、N先生が診ると、先生の優しいお顔が急に険しくなり、
「血清羊水!すぐNICUに連絡」と言うや否や、急に周りが騒がしくなり、
立会いを希望していたのに、とうさんが呼ばれるはずもない。

なんだかよくわからないうちに、M先生がかあさんの上に馬乗りになって、
お腹をボンっと押した。
おそらく、
これが、
ほのさんの誕生。

かあさんはその顔を見ることもできず、
もちろん産声をあげることもなかったから、
かあさんは、本当に、ほのさんを産んだかどうだか、わからなかった。

スタッフのみなさんは口をそろえて
「いま、新生児科の先生が精一杯がんばっていますからね」と。
だから、何を、頑張っているのですか。
何が起きたんですか。
と、聞きたいのだが、かあさんにもそんな力がない。


とうさんとばあさんにしてみれば、一旦外でお待ちください、と言われたっきり、
誰も何も言いに来ない。
ただ、かあさんの他に妊婦のいない分娩室に、
ただ事ではない勢いで、医師やらナースやらが出たり入ったり。
ほのさんはおろか、かあさんだって生きているのかわからない。

その時に、たくさんの先生に囲まれて出てきたあかちゃん。
とうさんが、「ほのか!」と思わず駆け寄ると、
「危険な状態ですから、離れてください!」と振り払われる。
ただ、ほんの一瞬見えたその顔は、
とうさん曰く、
苦しそうではなく、
死んでしまいそうでもなく、
とてもとても
可愛かった…と。

これが、
ほのさんの誕生の、
ものがたり。

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by honohono1017 | 2009-06-20 19:12 | History
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