ほのさんのバラ色在宅生活


低酸素脳症、人工呼吸器をつけた娘とのナナコロビヤオキ的泣き笑いのバラ色在宅ライフ
by honohono1017
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それは「子育て」ですよ!

NICUから小児科に移動して、ほのさんが在宅生活を始める準備、特訓をしていた
去年のちょうど今頃、主治医のT先生に聞いた。
「家に戻ってから、何かの異常の目安になることは何ですか」と。

T先生は、「サチュレーションと心拍、残乳ですかね」と。

それを聞いた母さんは、いえいえ先生ね、そうじゃなくってね…、と思った。

だけど、今になってその意味がよ~くわかる。

サチュレーションと心拍の数値の表す意味、そこから読みとるほのさんの体調。
なぜサチュレーションが低いのか、呼吸器の圧はどうか、肺に痰が詰まってないか、
首の向きが悪いのか、それともおしっこうんちがたまっていてお腹が苦しいのか。

心拍の高低。体温コントロールは大丈夫か、おしっこうんちがしたくて興奮していないか。

残乳(ほのさんは鼻から胃までチューブを通していて、そこから機械式ポンプで
ミルクを注入している。注入する前に、胃にミルクの残りがないかどうか、シリンジで引く。)が
あるかないか、あるならどれくらいの量で、どんな状態のものか、胆汁なのか胃液なのか、
それともミルクそのものなのか、それじゃお腹の調子はどうなのか、お通じは?

「サチュレーション、心拍、残乳」この3点セットの物語ることの奥深さが、その時の母さんには
まだちっともわからなかったのだ。
そして、当たり前だが、それぞれの数値が表すことが、ほのさんというひとつの体の中で
起こっているということ。
呼吸は呼吸、心拍は心拍、ではないのだ。
逆に言えば、すべてほのさんという体のある部分を表しているにすぎない。

今回の痰詰まりも、それとすぐに気づいて対処できたからよかった。
昨年末に起きたときには、母さん自身の理解も今より乏しく、
排痰もうまくやってあげられていなかったのだろう。
結局、ほのさんが文字通り「命をかけて」教えてくれなければわからなかった。

ほのさんはもともと気管の痰が少ない子だ。
だが、痰詰まりは痰が少ないから起きない、というわけではなかったのだ。
たまたま痰が、気管の大きなところにスポッとはまってしまって、肺がうまく膨らまなくなる。
それが、恐ろしい恐ろしい、痰詰まり。

昨年末のほのさん瀕死事件を思い出すと…





午後5時過ぎ、おやつのソリタ水を飲み終えたほのさん。
ほのさんの注入ボトルを洗おうと、ほのさんのそばを離れようとした。
だが、食後によくそうするように、サチュレーションを下げ始めたほのさん。
母さんは、いつものように酸素濃縮器のスイッチを入れた。
そして、再びほのさんの傍を離れようとした。
一旦、台所まで行ったが、なんとなく気になって、ほのさんのところへ戻り、聴診。
胸の音を聞くと、空気の入りが悪い。胸の上がりも悪い。
胸の音を聴いているうちに、悪いどころか、どんどん、空気の入る音が聞こえなくなってくる。
酸素をMAXで流し、急いで父さんを呼ぶ。

隣の部屋にいた父さんがほのさんのところに来たときは、ほのさんの胸はまったく上がっていない。
サチュレーションがぐんぐん下がってアラームが鳴る。
急いで救急隊要請。
心拍もみるみる下がってくる。
父さんが、呼吸器からアンビューにつけかえてバギング。母さんはほのさんの体を大きく揺する。
ほのさん、ほのさん、どうしたの。ほのさん、ほのさん、父さんも母さんもいるよ!
ほのさん、ほのさん、頑張れ、どうした、ほのさん!
母さんが吸引する。気管からは何も引けてこない。
ほのさんは青いどころか黒ずんだ顔になってきた。
今度は母さんが心臓マッサージ。心拍が0になったが、数値が少し上がってきては下がる。
心臓マッサージをしながら、母さんがほのさんの口に息を吹き込んだ。すると、鼻から鼻水がどっと出て、母さんはほのさんの鼻水を飲んでしまった…。
ほのさん、ほのさん、死んじゃうの?こんなことで死んじゃうの?父さんも母さんもいるよ!
父さんも母さんも、なんとか救急隊が来るまでは諦めちゃいけない、と見よう見まねで必死に蘇生。

救急車のサイレンが聞こえて、ようやく救急隊到着。
隊員とすぐ交代して心臓マッサージをしてもらうと、トントントンと、心拍が復活。
助かったかな…。
ほのさんの様子を説明しながら、呼吸器をなど病院へ持って行くものの準備。
救急車の中でサチュレーションモニターをつけるとなぜか100…。
死に物狂いで、ほのさんの体を揺すっているうちに痰がぬけたのだろうか…。
病院に着いた時には顔色も戻っていて、吸引すると気管からズルズルと大量の痰が…。


ほのさんは、こんなにも簡単に死んでしまうこともあるんだ、と思った。
目の前で死にかける我が子を前にして、本当に怖かった。
でも、一番怖かったのは、ほのさんが、もう生きることを諦めてしまったのではないか、ということ。
もう、お家での生活、十分楽しんだ、思い残すことは無いよって、もしほのさんが思っていたのだとしたら、それは父さんと母さんがどんなに頑張ったとしても、救うことはできないから。

でも、すっかり落ち着いて、というより、何事もなったかのような顔をして病棟に運ばれるほのさんを見ていたら、それは違う!とはっきりわかった。
ほのさんは、死んでもいい、なんて、思っていなかった。
父さん、母さん、もーあたしびっくりしたよー、何?痰詰まったの?
そんな顔をしていたから。
検査しても、感染も炎症も肺炎も無く。


今思えば、きっとこんな風になる前に、ほのさんは確実に母さんにサイン、出してたんだ。
母さんが、それに気づかなかったんだ。

ほのさんとの生活は、何かが起きて初めてわかることばかり。
ほのさんが体を張って教えてくれる。
だから、母さんにできることは、ほのさんのサインを見逃さないこと。
その時、何のサインかわからなくとも、とにかく気づくこと。
ほのさんは、サインを出せば確実に母さんが気づいてくれると信じているんだ。
そして、同じことは繰り返さないこと。経験から学ぶこと。

もう一つ、大切なこと。
ほのさんが、日々、成長しているということ。
今までうまくいっていたケアの仕方も、成長するにつれて見直さなくてはいけないこともある。
だから、ほのさんに合わせて、色んなことを変えていけるように。

今回のお腹の中にエイリアン?事件も然り。
いつもの時間におしっこが出なければ、ほのさんがミルク飲んでいるときだって、
逆流しないように気をつけさえすれば、おしっこさせてあげればよかったんだ。


母さんがどんなに頑張っても、ほのさんの生きることのできる時間を
引き伸ばすことはできないんじゃないかと思う。
そしてそれは、悲しいことでもなんでもなく、みんなおんなじ。
でも、ほのさんが「あたし、生きたい!」と思っている間、
その時間を精一杯輝かせてあげることはできるはずだ。

子育てって、そういうことなのかなって思う。
ほのさんが特別なんじゃないのかも。
母さんの子育てが特別なんじゃないのかも。

日々成長する子どもたち。
ひとりではできないことも多いから、その子が望むことを助けてあげる。
どんなに幼い子どもにも意思がある。
うまく表現できない子どもの意思を、きちんと読みとってあげて、それが叶うように手を差し伸べる。
母さんがしているのは、特別でもなんでもない。
「子育て」だ。
その上で、ちょっとしたことでもほのさんの場合は、「命」にかかわるのだ、
という覚悟をしている必要があるということ。
そういうことなんだ。


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by honohono1017 | 2009-04-30 17:23 | Life
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